近代に至り現在の此花・福島区域境界が
どのように図像として表現されてきたかを
追究しております。
きっと、歪んでいるでしょう。
その歪みには意味があるだろうと考えております。
その意味までは読み解けないまでも
歪みを指摘し、
それを端緒として心象としての「鼠島周辺像」に
迫りたいのです。
今回も物差しとして
実測図以降の絵地図である
「新町名入大阪市街全図」から
読み取られた4点を提示します。
(1) 伝法川右岸に東西に見える街区に
「大字北伝法」と記述されていること。
(2) 伝法川左岸に「大字南伝法」と記述されていること。
(3) 正蓮寺川の森巣橋下流に中州が描出されていること。
(4) 正蓮寺川右岸に正蓮寺を表示する卍が記されていること。
今回、俎上に載せますのは、
*第20図 新選大阪市中細見全図 明治14年、1881です。
*第20図・・・:玉置豊次郎、1980年『大阪建設史夜話』附図
大阪府立中之島図書館所蔵、掲載許可
この絵地図を目にして驚きますのは、
中津川はもとより伝法川、正蓮寺川の表記が全くないこと。
鼠島はもとより、中州の島影が描出されていないこと。
大胆にデフォルメしたというべきか?
中津川両岸の地名なども粗雑なものです。
そういった中で、左岸には「北傳法村」がありますが、
中津川と思しき水流の左岸にあって、
分流以北に描写されています。
そこには寺院名など見えません。
そういった中、「南傳法」表記の下(南西)に
「秀ノ新田」「弥左《ママ》ヱ門開」「五左ヱ門開」が読み取られます。
ここでは(4)に挙げました「正蓮寺」の表記は見えません。
この範囲には寺社の表記は乏しいようです。
左岸の「野田新家」も表記は、中津川分流の
左下(南東)にはありません。
「西九条流作」の表記が
中津川分流と「逆川」表記の流れに挟まれて見えます。
現在の此花・福島区域境界など
全く問題にもされなかったのでしょう。
この両区に限って彩色されておりますのは、
西九条村の紅色と
安治川右岸の「下福島村」を含むマチバと
堂島と堂島小橋以北の福島だけです。
ずいぶん大胆に水流を描いた絵地図でありますが、
マチバを着色するなど、
「新選大阪市中細見全図」は
市中の描写に重点を置いた絵地図なのです。
絵地図は、方位、形、距離も大事ですが、
目的に応じて情報に偏りが見られるものなのでしょう。
大阪民俗学研究会代表 田野 登
