エミリさんへの「虫の声」に関する質問(4) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

前回のボクからの質問に
エミリさんからの回答がありました。


1 フランス語では、虫の鳴き声は "chant" と言います。
 例えば、"le chant des cigales" は「蝉の鳴き声」ということです。
 "Chant" は歌のことなんですが、
 動詞の "chanter" (歌う)もよく使います。
 "cri" 「叫び」も言えますけど、
 虫の鳴き声より、動物の鳴き声についてよく使います。
 または、"crissement"「きしむ音」か
  "bourdonnement" 「ぶんぶんいう音/羽音」も
 よく使えます( セミ、コガネ、蜂の場合等)。
2 「音」を書く時に、「おと」を自然に書いてます。
 「ね」と言う読み方があったのは、知りませんでした。
 実は電子辞書で探すとも、ニュアンスがあまり分かりません。
 もし今度先生が「おと」と「ね」の違いについて
 説明して頂ければ、嬉しいです。


エミリさんからの回答に
ボクは満足して感謝しております。

ボクがエミリさんにお願いしましたことは
研究者として肩肘を張ってというよりも、
フランスの人々の日常的な意識を知ることでした。
だから、これで良いのです。
仏和辞典の裏付けを得られました。


"chanter"は鳥だけではなく虫にも及ぶのですね。
漢和辞典には「鳥歌」という熟語が挙げられていますが、
英語の“song”と同様の発想をするのですね。
改めて自文化としての日本語の世界を調べてみたくなります。

どこからが擬人化なのか、
人間中心に鳥獣や虫などの行動を見立てて
動詞表現しますから
線引きが困難な場合があります。


それに"cri"もおもしろいですね。
前回、記しましたところの
「欧米人は虫の声を騒音と捉えている」といった言説には
気を付けなければならない、
無意識の目論見が潜んでいるのかもしれません。
ボクが懸念します無意識の目論見とは、
「日本人の感性は優れている」といった
自民族中心主義に通底する思潮です。


人間誰しも、
鳥や虫の羽音や群舞に
恐怖を感じることはあります。
*アルフレッド・ヒチコックの『鳥』は
1963年のアメリカ合衆国の映画は
その心理を描いたものでした。
 *アルフレッド・ヒチコック:ウィキペディア「鳥 (映画)」
   最終更新 2013年9月3日 (火) 13:28


「季節感」についての
エミリさんの見解も興味があります。
エミリさんの云われる季節を感じるものとして
セミを挙げていました。
  ↓ここをクリック
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11767628615.html

フランスの南東の方で住んでいる人びとにとって、:⑤
夏の音はやっぱりセミだと思います。:⑥
虫の鳴き声と季節の関係は、:⑦
あまり知りませんが、:⑧
普遍的なことではないのですか。:⑨


温帯にあって四季の変化に応じて
野良仕事をしたりして
暮らしを立てている人々ならば
その指標として
歳時習俗が成立してくるわけで
ユーラシア大陸の
西と東に共通する文化の仕組みを
探究するのも興味深いものですね。


ところで
エミリさんから所望のありました
「音」を「ね」と読むのにつきましては、
『万葉集』における
「オト」「コヱ」「ネ」の用例162例をもとに、
分析した結果を4枚の表にまとめました。
はたして「虫の声」が見つかるやら?


次回、「万葉集の音の世界」(仮題)をブログアップします。

漢和辞典で確認したいことが
発生しましたので
今から、大阪市内の図書館まで出かけます。


究会代表 田野 登