前回、182話の結びは、
「神体としての「石」を『南路志』記事の「野神」と照らすことです。
「野神」が如何に変装して次の段階の祭祀対象となるのかを知りたいのです」でした。
しばらく大阪市城東区の「野神」を先延ばしにして
『南路志』記事の「野神」に遊びたいのです。
今回のタイトルは「大松」です。
写真図1 ぬくもりを感じさせる大松

182話≪ミィさん≫では、ミィ(巳)さんが居付いたとされた大木は楠でした。
今回の『南路志』の世界では、大きな松を発見しました。
最初に「野神」の神体を探ります。
『南路志上巻』闔国之部、高知県文教協会、1959年、国立国会図書館所蔵の記事から
作成した「南路志野神類台帳」から「野神」記事を全て挙げます。
⑧【野神】同*(野神)同*[穴川ノ上]御神躰石 同*(祭礼)五月五日/九月九日
@第9之3「安芸郡下」「伊尾木村」
⑨【野神】同*(野神)[ハツチヤシ]同*(祭礼)五月五日/九月九日
@9之3「安芸郡下」「伊尾木村」
⑩【野神】同*(野神)[安田岡]同*(祭礼)五月五日/九月九日
@第9之3「安芸郡下」「伊尾木村」
⑪【野神】野神[玉造地蔵の後神体赤石]
@第9之3「安芸郡下」「土居村」
⑯【野神】野神[味谷/神体石]/社記云矢神と申伝寺尾の畝鼻に地面弐代斗有其内に大石有其間に矢根ありし由今ハ散失古へ寺尾何某矢根と申伝
@第9之3「安芸郡下」「川北村」
⑰【野神】同*(野神)クホタ神体石社地ハ昔ハ弐丁斗艮ノ方ニ有
@第9之3「安芸郡下」「川北村」
㉑【野神】野神[右*(蔵王権現)境内]神体[トウモチノ木]
@第9之3「安芸郡下」「川北村」
㉓【野神】野神[新町ノ後]神体石 同*(祭礼)九月十日
@第9之3「安芸郡下」「松田島村」
㉔【野神】野神[天神坊 神体石/祭神 土居村耕作牛馬]
祭日[三月三日/五月五日/九月九日]
@第9之3「安芸郡下」「江川村」
㉕【野神】同*(野神)[堂尾]同*祭日[三月三日/五月五日/九月九日]
@第9之3「安芸郡下」「江川村」
㉜【野神】野神[ウトノ口無神体大松一本を祭]同*(祭礼)九月十五日
@第10之1「香美郡上」「夜須村」
以上「野神」項目11件中10件が「安芸郡下」に見られます。
㉜【野神】野神「香美郡上」「夜須村」にタイトルの「大松」を目にします。
此処では「大松」を扨て置き、先ずは「野神」を祀る10件の地域を通覧します。
『保存版 地図で知る平成大合併』2006年、平凡社を読図しましたところ、
高知市の東に「香南市野市」「香南市夜須」、
更に東に「安芸市伊尾木」「安芸市土居」が読み取られます。
「香美郡夜須村」は現在の高知市の東に接し、
「安芸郡」は「香美郡」の東に隣接する地域であります。
「野神」と称する「神」は高知市の東、
とりわけ「安芸川」「伊尾木川」の河口部に「野神」が分布することがわかります。
神体についての記述に目を遣ります。
「神体」明記は7/10件、7件のうち「石」6件、「赤石」1件、
あと1件の㉜【野神】は「無神体大松一本を祭」とあります。
此の「大松一本」は神体で無いまでも此れを祭祀の対象としているのであります。
何処か大阪市城東区の「字東野塚」の塚に似ています。
「松」に注目します。
㉜【野神】の「香美郡」は「安芸郡」の西に隣接する地域であります。
夜須村の「ウト」につきましては既に本ブログ177話「謡坂」で
柳田国男1910年を引いて、次のとおり記述しました。
◆「ウタウ坂」というのは「ウト」「切り通し」の洒落言葉であって、これまた山間です。
『南路志』における「松」は、
「香美郡上」「深淵村」の㊴【野宮八幡】にも見えます。
◆野宮八幡[野宮]祭日六九月十八日/社記云社地十八代
[久敷退転無社里人松を野宮と祭来ル]
正保三年当村郷士原源五右衛門成直社を建立す
東鏡云養和二年九月廿五日癸巳云云
於野宮辺希義被討之由云云
「野宮」と称される字名に祭祀される「野宮八幡」につき、
「里人松を野宮と祭来ル」とあります。
写真図2 神秘感をそそる大松

㉜【野神】の「無神体大松一本を祭」と対応します。
此の㊴【野宮八幡】につき*『高知県の地名』は次のとおり記述しています。
*『高知県の地名』:『高知県の地名』日本歴史地名大系第40巻、1979年、平凡社
項目は「野々宮神社」です。
◆野々宮神社 現在地:野々市町西野 東上野/西野の北部、通称東上野に鎮座。
八幡宮と野神(のがみ)社が合祭され、野宮(ののみや)とも野宮八幡ともいう。
注目すべきは「野神(のがみ)社が合祭」されたとあることです。
『南路志』㊴【野宮八幡】に見えなかった「野神」が見えます。
此処でも「野神」が地域にあって有力な神社に取り込まれたのでしょう。
八幡宮の末社としての「野神社」が祠に祀られているものと考えます。
此処の「野神」はいったい何方様なのでしょうか?
次回は此れまた『高知県の地名』にあって『南路志』に無い解釈から始めます。
大阪民俗学研究会代表 田野 登
























