大阪あそ歩「浦江・大仁」コースを4月1日(水)にガイドします。
「浦江」「大仁」と云われても現在の町名には見えません。
いっそ「ウメダの西」と云うことにしました。
3月17日(火)に下見で歩きました。
地元の人なら知らないようで何となく知っている情報を載せることにします。
「ウメダの西」と云われて「福島」を外すとは?
「浦江・大仁」は歴史的に一括りされる中で、ウメダに一層近い「福島」を
外したまでで、出発点は「JR福島駅」です。
写真図1 南から見たJR大阪環状線福島駅
「福島です」と云えば、まぁ遠い所でと返ってくることが時々ありますが、
大阪の福島です。
大阪市福島区の鉄道駅に「福島」と付く駅名は3駅あります。
菅原道真公が筑紫に左遷の砌、潮待ちの時、里人の歓待に喜ばれ、
「餓鬼島」の当地の名を「福島」と改めさせたとか?
近世のガイドブック『摂津名所図会』あたりから見えますが、
これが当時のコピーライター・秋里籬島の作り話か、地元の伝承か?
いずれにせよ他所の人による噺です。
「売れても占い商店街」こと福島聖天通を西に、
昔の農業用水排水道跡の道路を渡ると「売らないでも売れる」と
一時期、向こうを張った聖天通商店街です。
「聖天さん」の石の鳥居を潜り
右手の手水に立派なお地蔵さんが立ってござる。
写真図2 「聖天さん」の水掛地蔵さん
「宝暦六丙子年三月」とあります、西暦に直せば1756年です。
中央に「了徳院」と刻まれています。
聖天さんの正式名称は東寺真言宗「如意山了徳院」です。
子どもの頃は「浦江の聖天」と云い、
いつの間にか、「福島聖天」と称されるようになりました。
その辺の事情や如何?
「聖天さんの裏手」と云えば失礼ですが、北西にインドのタージマハルを
思わせる本堂のお寺があります。
われら阪俗研が話題提供する「福っくらトーク」の会場として使わせていただいている
曹洞宗妙寿寺です。
山門の右手に稲荷の祠があります。
「とげぬき稲荷」の幟が立っています。
写真図3 妙寿寺「とげぬき稲荷」の幟
道路側の看板には「浦江のお稲荷さん」とあります。
お寺やのに「稲荷」?何のこともありません。
お寺の鎮守なのです。
此のお寺にも石の鳥居?
明治政府による神仏分離令以前のお寺なのです。
JR神戸線のガードを潜れば北区です。
昔の「北浦江」です。
浦江八坂神社、正式名称「素戔嗚尊神社」は浦江公園の奥、東側です。
末社の一つに「野々宮」が鎮座まします。
写真図4 素戔嗚尊神社末社の野々宮社
現在の社地に遷座する明治42(1909)年以前は、
浦江でも北西の字江川に祀られて居ました。
御祭神は「飯豊受皇大神」です。
古代の神名としてなら「豊受大神」があり、
伊勢神宮下宮の豊受大神宮と音通しますが、如何?
「豊受」の「受」は「ウカ」を冠する「宇賀神」とも通じ
稲荷神ともなります。
子どもの頃「センギョセンギョ、ノーセンギョー」と野施行として
油揚げと赤飯を上げてきた神社です。
まさか斎宮禊の地とは?
この段に至って「摂津志」にある「田蓑島」言説に及びます。
本番では「難波往古図」と照らして、その顛末を話します。
浦江公園の北を東進しますと大仁八阪神社が鎮座まします。
此処では道すがら、「王仁博士」の伝説を話しましょう。
さらに東進しますと、ゴールの梅田スカイビルが間近に見えてきます。
いよいよ「ウメダの西」が実感されてきます。
梅田スカイビルの行く手に歩道橋があります。
「大広歩道橋」とあります。
写真図5 大広歩道橋
「大広」の「大」は大仁の「大」ですが、
「広」はとなりますと字名の「広戸」からのものです。
「戸」は場所を指す接尾辞の「と」でしょう。
この辺りに広い湿地でも広がっていたのでしょう。
市街地を歩きながら昔の地形を想像したりもします。
そもそも梅田スカイビルのある北梅田の「梅田」の「ウメ」は何でしょう。
「中自然の森」を通り抜けて「花野・新里山」に出ました。
写真図6 「花野・新里山」に咲く梅の花
里山に相応しく一群れ梅が咲いています。
あたかも新梅田シティ空中庭園展望台が借景の如く。
「梅田」の「ウメ」は菅原道真公が愛でたとされる梅?
それとも梅田スカイビルの先、東南に広がっていた「梅田墓」に
死人を埋めたから「ウメダ」?
現在の町名「大深町」の元の字名の「大フケ」から?
「フケ」は深田を指します。
この地一帯の原地形は低湿地なのです。
どうやらゴールを過ぎてガイドをしてしまったようです。
帰りの電車は「おおさか東線」の大阪駅からの乗車としましょう。
「おおさか東線」とは語頭の平仮名表記が付属語「辞」との
境目が付きにくくて、読みづらい。
目の前に「大阪駅うめきた地下口」を表示するビルが見えてきました。
写真図7 「大阪駅うめきた地下口」を表示するビル
平仮名表記の「うめきた」は「大阪駅」と「地下口」の間に挟まって
「梅田北」の愛称に相応しく口語の響きを感じさせます。
誰も「呻き田」を連想することなく「梅北」で以て「梅田の北」と解るでしょう。
語頭に「うめきた」や如何?
今回は出くわした名辞に拘りながら仮想案内をしました。
書を捨ててフィールド「野」に出てガイドをしてみたいものです。
興味のある方は「大阪あそ歩」HPをご覧ください。
↓アクセス
https://www.osaka-asobo.jp/course562.html
歴史に関心がなくとも、
地理・民俗・国語に関心のある方を歓迎します。
大阪民俗学研究会
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登















