呉市の発展は日本の歴史にも大きく影響している。
呉で建造された軍艦は日本の技術力の粋を集めた結晶のようなもので、日本の技術立国としての先駆けの一つであることは間違いないだろう。
その物作りの日本の現状は・・・・。
以下産経ニュースより転載
明治22(1889)年に旧海軍の鎮守府が置かれて以来、国内最大の海軍工廠を有する一大軍港として発展した広島県呉市。
海軍が消滅して70年以上たった現在もなお、市街の至る所でその遺産を目にすることができる。
◆軍港で急速発展
呉市中心部から北に5キロほど離れた山あいに位置する本庄水源地。大正7(1918)年に海軍が築造した貯水池だ。
表面に花崗(かこう)岩を張って丁寧に装飾された堰堤(えんてい)は現代のダムには見られない重厚な美しさがあり、平成11年には国の重要文化財に指定されている。
「この水源地の貯水能力は196万立方メートル。完成当時は東洋一の規模で、現在も現役です」。同水源地を管理する同市上下水道局の田原昌明経営企画課長は、そう誇らしげに説明する。
これほど大規模な貯水池が必要になったのは、呉鎮守府の開庁以後、軍港の発展にともない水不足が深刻となったためだった。
鎮守府設置直前の明治20年にはわずか1万5千人ほどだった呉の人口は、市制が施行された35年には約6万人、43年には10万人を超えた。
発展の原動力となったのは、間違いなく海軍工廠だった。工員数は工廠発足時の明治36年には約1万3千人、日露戦争後の40年には約2万4千人と飛躍的に拡大。
明治末年には海軍が長年の念願としていた、海上戦力の中核である戦艦の国産化に至った。
◆学ぶ組織の威力
後発工業国の日本が、これほどの速さで当時最新のテクノロジーの結晶である戦艦の国産化に成功した秘訣(ひけつ)は、極めて貪欲な海外知識の吸収力にあった。
明治の海軍が、いかに特異な組織であったか。
大和ミュージアムの戸高一成館長は「外国留学が超エリートだけのものだった時代、上は提督から下は若い水兵まで、海外体験者が組織構成員のほとんどを占める組織は海軍だけだった」と指摘する。
英国をはじめとした西欧から軍艦を購入する際には、日本海軍の軍人が現地に赴いて引き渡しを受け、日本まで回航する。
その航海の途次では、植民地にされたアジア各地を目の当たりにし、厳しい国際環境を肌で知ることになる。
「当時の日本にあって、世界の現状を一番知っていたのが海軍」(戸高館長)
技術面でも海軍は輸入を通じて計画的に生産技術を移入した。まず水雷艇や小型の巡洋艦から始めて、次第に難度の高い火砲や甲鉄板、機関の技術を蓄積。最終的には戦艦建造を実現する。
千田武志・呉市参与は「こうした技術は一朝一夕に得られるものではない。戦艦建造は日露戦争で戦艦2隻を失ったことで思いついたわけではなく、明治10年代にさかのぼる段階的計画の結果」と語る。
主要な技術導入元だった英軍需企業アームストロング社の厚意も大きかった。海軍は、日本の知力を結集した「学ぶ組織」だった。
◆現代への教訓に
大正から昭和初期には西欧先進国に肩を並べる技術力を身につけた海軍だが、能力が高まるほどに国内で完結することが増え、「学ぶ組織」としては変調を来していく。
「アームストロング社との合弁で作った日本製鋼所も海軍火薬廠も、後には相手を追い出している。だが現在の米国だって一国ですべての技術をまかなおうとはしていない。現に戦中の航空機の生産合理化などは欧米よりひどく遅れてしまった。何でも国産化に拘泥しすぎたのは落とし穴だった」(千田参与)
戸高館長も、海軍のめざましい成功の中に破綻の因子がひそんでいたとみる。
「海外の物事を真摯(しんし)に学ぼうとしていた間は非常に発展したが、昭和10年ごろにもう一人前だと思う時期にたどり着く。その瞬間に真摯に学ぶ意識は途絶え、自己中心的となって自らの力におごってしまった」
その姿は、「技術立国」「ものづくり大国」との自画自賛が揺らぎつつある現在の日本とも二重写しになる。
戸高館長は、こう続ける。「海軍の成功と進歩発展は、どこかでスイッチを誤り、破滅へと向かった。これは日本近代の歴史ときれいに重なる。海軍の歴史を勉強するということは、そのまま日本の過去の成功と失敗をたどることになる」
【用語解説】呉海軍工廠
明治36(1903)年、呉海軍造船廠と呉海軍造兵廠が合併して設立。
日本最大の海軍工廠として、大型火砲や装甲板の製造などの高度な技術を有し、特に戦艦建造の中心地となった。戦時中の最盛期には工員ら約10万人を擁した。
(産経ニュース)
呉という街は不思議な魅力のある街であった。
歴史もある街、海軍や戦艦大和の街・・・・。
でも夜に食事をしようとしたら午後8時には店じまいして食事するのに大変な街・・・・。
友人と一緒に旅をした街だ。
また行くことがあるとしたら・・・・・・、もっとゆっくり時間をかけて歩きたいものだ。