新型コロナウイルスが世界中で蔓延する中、JICAはボランティア全員を緊急一時帰国させることを決定しました。

日本のニュースで報道されたのが3月18日。

その日のうちにJICAモザンビーク事務所の調整員からも電話で連絡があり
「来週中にでも帰国させるから荷物をまとめて準備を」
と言われました。

「来週までならまだ時間あるけど、冷蔵庫の中を片付けんといかんなぁ〜」
って、まだ気持ち的には軽い感じでした笑

とりあえずは配属先のSDAEの同僚や相棒の養蜂家Felicianoや、元カウンターパートのMarquesや、中華スーパーの中国人や、馴染みのメルカドのおばちゃんや…
思い当たる人に帰国の旨を伝えて回りました。

Feliciano家の子供たちはまだ別れを理解していないらしく、いつものように「飴ちゃんちょうだい」って言ってくる。

いつイニャリメを経つのかもわからないまま別れを伝えるのは、自分にとってもあまり実感のないことでした。

まだ先行きのわからないまま、家の片付けや荷物づくりを始めました。

そして翌日、冷凍庫の中の豚ガラ、鶏ガラ、カニを見て、このまま捨てるのはもったいないと思い、すべてを圧力鍋にぶち込んでラーメンを作りました笑

鍋に溢れんばかりのガラをコトコト煮込んだら、自分のラーメン史上、最も濃厚なスープが完成しました笑
(余談ですが、尊敬するプロレスラー・中邑真輔さんも最近、自作ラーメンにハマってるみたいですイヤァオ!!)

スープをコトコト煮込んで麺を打ってる時に調整員から電話…
「明日にでも首都に上がってきてください。首都で待機して飛行機の予約が取れ次第、順次乗ってもらういます。」
とのこと。

せめて週末だろうと思ってた首都への移動が急に翌日に迫ってきた。

気持ちも落ち着かないまま、相棒のFeliciano家へ最後の挨拶へ…
帰国する時には彼にあげようと思ってたツナギを持って行きました。

子供たちも別れを察したらしく、悲しそうな顔をして見てくる。
「コロナが終息したら帰って来れるよ。」
と伝えるけど、いつコロナが終わるか見当もつかないし、これが最後の別れになる可能性すらある。
悲しいけど、別れの挨拶ができて良かったと思います。
そしてバイクはSDAEのディレトール(所長)に預かってもらうことになり、日が沈んだ夜にディレトールの家へ。
自分のやりたい重箱式巣箱での養蜂をよく理解してくれた優しいディレトールでした(^^)

その後帰宅して最後の家の片付け。
片付けようにも片付かない…
木材とか工具とか調理器具とか…
イニャリメに来て色々物が増えたなぁ…と呆れるしかありませんでした笑

捨てられないものは仕方なく部屋の片隅に寄せて、いつか帰ってきた時に片付けようと心に決めました笑

翌20日の早朝、元カウンターパートのMarquesが手配してくれたタクシー(ドライバーは学校の先生w)で首都マプトへ向かいました。
実はタクシーが迎えに来る30分前に、JICAの調整員から「上京は翌日で良い。」と連絡があったけど、もうタクシーも来るし、断われない…と思って仕方なく1日早くマプトへ行きました笑
息抜きで来たり、Felicianoたちと漁に出た汽水湖もしばらく見納め。
Tchau tchau Inharrime!

約7時間ひたすら国道1号線を南下してマプトへ上京しました。

続く…