3年前のしこうの楽しみ -34ページ目

3年前のしこうの楽しみ

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今さら年末の大掃除の話題です。
なぜだか鮮明な記憶になっているので記しておくことにします。
端的には力がついたという内容です。
 

それは事務所でのことでした。
具体的には洗濯機を持ち上げた体験です。
その裏や下には埃がよく溜まります。
 

だから本気で掃除するなら外せない場所です。
見えない汚れを落とす意味では最重要とも言えます。
でも以前はそれが大変な印象でした。
 

まさに一苦労というわけです。
掃除する効果が腑に落ちているからこそ頑張れる箇所でした。
なので心理的にも少し構える感じはありました。
 

狭い場所で移動しなければならないのがそれを助長します。
実際にほとんど壁にすっぽりおさまっているようなイメージです。
よくいえばうまく設計されています。
 

ただ買い換える時にはサイズを意識しなければなりません。
そのくらいピッタリなのです。
手が横からちょうど入る程度の隙間しかありません。
 

もしかたら実際以上に重く感じていたのかもしれません。
工夫して持ち上げる方法が取れないわけです。
そのため以前はとりあえず何とかずらしながら掃除できるようにするという感覚でした。
 

ところが昨年末は大きく変わりました。
すんなりと持ち上げて前に出せたのです。
想定外の楽勝という印象でした。
 

こんなに簡単で良いのかという雰囲気でした。
事前のイメージと違いすぎて良い意味での肩透かしのようなものです。
なので未だにその変化を受け取りきれていなかったのかもしれません。
 

確かにすでに昔よりは力がついたセルフイメージにはなっていました。
しかしそこまでの力がついている認識もありませんでした。
上を見れば力持ちまだまだだいるとしてもこれは客観的にその入り口くらいには立っていると推測されます。
 

そう考えると若かりしころは力のない状態だったことが思い出されました。
大きな打楽器やハープを運ぶこともありましたがそれは持ち方を工夫すれば意外に平気という感覚でした。
つまり持ち方の制約には対応できなかったのです。
 

いうならば工夫の賜物という状態でした。
今はその頃とはそもそも体つきが違います。
そんなわけで当たり前なことではあります。
 

一方でセルフイメージはまだ十分には書き変わっていなかったと感じます。
筋力がついたという自覚はありつつも前よりも力持ちになったとは思っていなかったのです。
ある種の矛盾でありズレ感でしょう。
 

力のある自分を承認できると何かが変わるのかもしれません。
見つめて今にあった認識に書き換えていくことにします。

谷 孝祐
2023.1.10