虚構なる世界への強い実感 | 3年前のしこうの楽しみ

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帰国の途につく朝に感じた自己不一致を掘り下げてみました。
最終的には今回の受け取りがそこに集約されている気がしたためです。
もしかしたら服をホテルに忘れた原因もこれが関係していたのかもしれません。
 

確かにギリギリのバランスだったと振り返ります。
その一端は自然を見つめていてキャッチした違和感でした。
見た目の美しさに不一致な悲しみをとらえた件です。
 

風がよく抜けていくものの爽やかさがありませんでした。
実際に忘れ物もその翌日に起きています。
このあたりからどうにもこの世界に対する虚構感が拭えなくなっていきました。
 

かなり昔に認識していたもののそれは現実的に目の前にあるものでもありませんでした。
なので日本人的自然観のバイアスが強くかかっていたのだと想像します。
要するに人間の営みも自然の一部のような実感です。
 

いずれにせよなぜそんなことになってしまったのか理解に苦しむ印象でした。
もちろんそういうものとして受け入れることはできますがそれは無関係を装う立ち位置にも感じました。
以前はそこから浄化をしていたものです。
 

でも今やそれもできないくらい土地に共鳴してしまったのかもしれません。
何だか当事者として巻き込まれてしまった雰囲気です。
どうにも文化破壊の行く末を見せつけられているかのようにも思いました。
 

この不一致さは初めて実感したレベルのものでした。
同時に分割統治なる概念に想像以上に世界が影響を受けてきていることも知覚しました。
この発想の生みの親が誰かは知りませんが人類史に重要な影響を与えている気がします。
 

世界平和に寄与するのであれば真っ向勝負をしないとしてもここは直視せざるを得ない課題だと推測します。
まさに古典的な常套手段で極めて逃れにくいものという雰囲気です
もちろんそれは国や民族という大きな単位だけの話題ではありません。
 

個人においても同様の性質があります。
自己不一致な状態はそれだけ翻弄されやすく支配されやすいポジションだということです。
本人のエネルギーが内部で相殺されて活力が低下しやすいとも解釈できます。
 

おそらくこれは病気にもなりやすい状態です。
結果的に何かに依存しやすい心理になるわけです。
だから万人がある程度の自己一致に達すれば自然と時代は動きそうです。
 

構造として理解するのにはシンプルです。
とはいえこの課題を解決することは容易ではありません。
そもそもバーストラウマが膨らんでいることが自己不一致の根源にあります。
 

それはすでに生きているのに自分が生きていることを承認できない状態です。
その表れが自己否定です。
ともかくほとんどの人がそのパラダイムにいると推測されます。
 

しかもこれは誰かに作られたものなのかもしれません。
当然ながらそれを悪とは感じませんしそのメリットの上に生きている事実もあります。
でも何事もやめ時を見定めることは新たなことを始めるよりも重要です。
 

そのためにも改めて利息や金融の本質を見つめてみることにします

谷 孝祐
2023.7.5