見えない第二の建国を投影して | 3年前のしこうの楽しみ

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異界と呼ばれる場所を巡ったからでしょうか。
ある種の胎内巡りだったのかもしれません。
修験道においてこれは通常の概念です。
 

岩穴や木の穴をくぐることで生まれ変わるメタファーとする文化です。
大体の行場にあるものです。
もちろん実際にそれをしたわけではありません。
 

似たような意味合いがあったのではないかとの推測です。
確かに6月に神宮巡りを完了した後の次なる完了だった気はします
加えてそれは対になっていた印象です。
 

ちなみに先月の帰結点は九州でした。
本当の最後は天岩戸ですがその直前は日向です。
つまり神武の東征の出発点だったわけです。
 

次なるタームの始まりが含まれていたと後から振り返ります。
実質的に今回はその帰結点に向かったことになりました。
しかも海側から山側に向けてです。
 

心持ちは数年前の奥駆け道を辿りなおしたというイメージかもしれません。
特に奥宮にあたる神社では宮司さんとその話もしました。
当時泊めていただいたこともあり令和の改修のご奉賛手続きからその話になったのです。
 

だからどうというわけでもありません。
とはいえこれは感覚的に大切なことだった気はします。
実際に歩いた時との違いは目的です。
 

昔はあくまで自分自身の修練でした。
その頃は霊的国防の一端として動くとは思ってもいませんでした。
現在でもそれは検証し得ないことではありますが少なくとも顕在意識が分からないままに動かされています。
 

だから個を超えた意味合いを持っていた可能性はあります。
例えば国家としての再出発のような意味合いでしょうか。
見えないレベルにおいてその性質もあった雰囲気は感じます。
 

当然ながらこれはリアルな政治などとは別件の話です。
でもそれが潜在的な洗い替えのような意味合いなのかもしれません
原点回帰とも言えるでしょう。
 

様々なものが煮詰まっていることはありそうです。
ここから本質的な世界平和なるものにつながっていくのでしょうか
それとも種の衰退に進んでいくのでしょうか。
 

単なる変容ということもあるでしょう。
そんなせめぎ合いの時代の中ですができる範囲のことはやっておこうと思います。

谷 孝祐
2021.7.22