睡眠の長短への善悪 | 3年前のしこうの楽しみ

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ここしばらくの睡眠異常について意識が巡りました。
単なる時差ボケにしてはおかしいと感じたためでしょう。
あまりに早朝に目覚めてしまうことも手伝ったかもしれません。

何かをする気にもならない時間があったわけです。
理解できていない現状が気になったわけです。
起き上がらずゴロゴロしながらいつまでこれが続くのかという懸念がそのスタートでした。

寝るのが好きな自分にとっては二度寝ができないのもどこか不満のようでした。
今までそんなことは感じたこともありませんでしたがそれを自覚したのでした。
すると現状を受け入れられていないことが分かりました。

十分に眠れていないことを否定的にとらえている自分がいたのです。
ということでひとまず今の状態を承認してみることにしました。
実際にこれといった問題が起きているわけではありません。

少なくとも今のところ支障は出ていないわけです。
昼間に眠すぎて辛いということもありません。
そんなわけでこんな時もあると承認しました。

すると強固な固定観念があることが知覚されました。
それは寝不足は良くないというものです。
確かに過去の体験ではそうでした。

自分にとって好ましいものではなく避けたいところだったわけです。
もちろん若い頃は寝ないで済めば沢山のことがこなせるという発想はありました。
しかしいつしかそれも消えてしまったようです。

潜在意識で睡眠のメリットに分配が上がっていったのでしょう。
とにかく寝ることが善になっていたようです。
要するに睡眠不足にネガティヴイメージがついていたわけです。

こうして自分の中でフラットになっていない部分が発見されたのでした。
当然ながらそうなればクリアにしたいものです。
といってもある意味ですでに平気なことは証明されていました。

やるべきことはそれを事実として認めるだけです。
これを進めようとすると裏側に潜む抵抗があぶり出されました。
短時間睡眠が平気になるとやらなければいけないことが増える気がしていたようです。

時間ができただけタスクが増えてしまう感覚です。
今までも何度となくそういうことはありました。
でもおかしな話です。

そのこと自体に大変な想いはありません。
ここで思いのほか集合意識の影響を強く受けていることが知覚されました。
まだらに一般的観念や希望が入り込んでいたのです。

この気づきによって睡眠の長短に対する意味づけから解放されたようでした。
より自然体に寝たり起きたりするのを意識していこうと思います。

谷 孝祐
2018.9.26