アレンジしてしまう理由 | 3年前のしこうの楽しみ

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寝起きになぜだか数週間前のことが思い出されました。
それは飲んだ流れで数名で久々のカラオケに行ったことでした。
自分にとってはなかなか珍しい機会でした。

意図せずにその時の様子が回想されて映像が流れたかのようでした。
自覚はないものの印象的な体験だったのでしょうか。
ありふれた事象でも潜在意識で何かが動いたのでしょう。

それと共に感じていたことが思い出されました。
それはその時には明確に認識していなかったことでした。
顕在意識でとらえておくように強制的に出てきたかのようでした。

しかしなんだかこれで答えが出たような気もしました。
自分はそこまでカラオケが好きではないようです。
うすうす気づいていたけどそれを認めていなかったのかもしれません。

過去においては割と好きという認識だったためでしょう。
自分の変化に認識がついてきていなかったわけです。
そして曖昧な状態を作り出していたようでした。

今回はそれに終止符がうたれた感じでした。
なぜなら理由が明確になったからです。
歌うことが好きではないわけではありません。

だからそれなりには楽しめるけれど満足感がなかったのです。
その原因は意外なところにありました。
自己一致したまま歌える曲がないのです。

だからアレンジしてしまうことが多かったのかもしれません。
これで原曲通りに歌うことに興味がなかったことが納得できました。
曲を知らないだけとも考えられますがその可能性は低いでしょう。

気に入っていた曲ですらそんな状態です。
要するに誰かの曲では自己表現できる余地が少ないわけです。
かといって作曲しようというほどの気にもなりません。

こう考えているとカラオケも否定しないようにする対象になっていたように感じました。
ひとまずこのナチュラルな感覚を認めていこうと思います。

谷 孝祐
2015.4.20 22:45