ある演奏会へ向かう時のことでした。
今までの経験上、大渋滞していると2時間くらいかかってしまうことから、念のため2時間半前に出発するつもりでした。
しかし、なんだかんだ用事を済ませたり、準備に手間取ったりしていて、少し出発が遅れてしまいました。
それでも普段であれば十分すぎるほどの余裕があることから、特にそのことを気にとめることはありませんでした。
コンサートホールに早めについてゆっくりする時間が、もしかしたらなくなるかもしれないという程度の気分でした。
しかし、よく考えれば年末も近い夕方です。
渋滞しているという前提で考えるのが妥当でしょう。
そんなわけで、到着予想時刻がわかることから、出発して15分ほどたったくらいでナビを使うことにしました。
目的地をセットすると、想像以上に渋滞していることがわかりました。
なんとか間に合うかといったところでした。
といっても間に合わないわけではないので、特に焦ることもありませんでした。
しかし、この予想時刻は当然のことながら変動します。
目的地が近づくにつれ次第に遅くなっていき、残り10kmくらいのところでは10分遅刻になってしまいました。
それでは意味がないので他のルートをとると、表示が30分縮みまだ間に合うことが分かりました。
都内の道は面白いもので、ほんの少しの差で大きく時間が変わってしまうようです。
ナビが示している右左折が信号や歩行者の都合でなかなか進まない場合は、迂回して曲がるのに時間がかからないルートにするのが賢明だということが分かりました。
なかなか総合的な判断が求められ、パズルゲームをやっているかのようでもありました。
久々に思考と感覚がフル稼働しているようでした。
目的地の場所柄、近づけば近づくほど時間がかかって、結局ピッタリの時間にホールに到着しました。
諦めずに信頼してベストを尽くすことの重要性を、ささやかながら実感しました。
実際の時間にせよ、内面的プロセスの進展にせよ、目標達成にせよ、何にせよ微妙な状況な時ほど立ち位置が結果に影響を与えるのかもしれません。
しかし、そのボーダーラインの内か外かというほんの少しの差は、大きな差となって自分にかえってきそうです。
ひとまず無事に間に合って良かったと思いました。
谷孝祐
2014.12.17 23:39