本人では気づけないこと | 3年前のしこうの楽しみ

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ホテルでの朝食の時、スタッフの対応がイマイチでした。
どことなく、こちらの意図が通じないのです。
ホテルでは珍しく、空気が読めないタイプのスタッフだったのでしょう。
どうもタイミングの合わない、ちぐはぐな対応になってしまいます。

その様子を見ていて気づいたことがありました。
当然ですが、本人はそれをちぐはぐだと思っていないのです。
なぜなら、おそらくそれが本人にとっての普通だからです。

まわりから見ておかしくても、本人はそのおかしさに気づくことができません。
おかしいということに気づけるのは、おかしくない状態を知っているからであり、いつもおかしいのであれば気づけなくて当然です。
そういった場合、誰かにおかしくない状態を教えてもらう必要があります。

そして、それは言葉で教わるだけでなく、体験を通じて理解しないと意味をなさないことが多そうです。
体で覚える必要がありそうだということです。
結局そうしないと、感覚的におかしいということに気づけません。

しかし、それはなかなか大変なことでもあります。
指摘されても本人が理解しにくく、おかしくない状態に違和感を持ったりします。
こういう状況では、教える側はペットに芸を仕込むような態度が必要かもしれません。

しかし、それに反発が生まれたりもします。
結局は本人次第というか、本人が分からなくても改善していこうという意識がなければ始まらないでしょう。
それがなければ、教える側の努力は徒労に終わるかもしれません。

であるなら、まずは自分を改善する意識が持てるところまでのサポートが必要となります。
教える側は、相手の意識を変えるのではなく、相手の意識が変わるようサポートするのです。

これは長い道のりではありますが、価値のあることでもあるでしょう。
スタッフの教育とは簡単にはいかないものです。

だから、観念的押し付けで縛る方法がスタンダードになったのかもしれません。

2013.12.16 18:19 谷孝祐