おさむの書

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いち医学生から研修医、そして一人前の医師となり地域について考えていくブログ


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先日の週末は盛り沢山でした。

その中でも、DMATのことについて書きたいと思います。といっても、DMATって何?的なものはまた後日・・・(まとめて書くと長くなる)。研修の感想的なものも後日。今回は、なぜ今回災害医療に関心を向けることになったかのそのことについて書いていきます。

 

学生の頃から...というか研修医の頃もそうでしたが僕はある程度は急性期・救急医療には関心があった。

しかし、その中で外傷医療は嫌だった。救急科での研修も、交通外傷とか本当に嫌だった。

 

当時考えていたことって、外傷ってぶっちゃけ運ゲー(言い方悪いけど、伝わりやすいかなと思ってあえて言います)。

タイミング次第やほんの少し打ちどころが違うだけで生死が変わったり外傷=診断が変わったりする。

それが嫌だった。ただそれだけ。

 

 

ちょっと様子が変わってきたのは、医師3年目の4月だった。日付も言えます。4月15日です。

その日は、3年目で麻酔科に入局してはじめて某救急告示病院に当直にいったときだった。

開業医が強く欲する医師は、そう言う夜間当直医といっても過言ではない。

とはいえ、病院に医師は自分ひとり。できる検査も限られている。そして、受け入れ可能か判断するのは自分という。2週間前まではいつも後ろに先輩がいた状況と一気に変わった。そんな環境に放り出される中、数台の救急車を受入医療のやりがいを感じていた(2年間の研修の濃さと身についたものの大きさ)。

 

その深夜に、地震があった。

 

こうやって救急当直をする医師がいて病院を支え地域を支えるやりがいを感じているときの出来事で、残したものは大きかった。

 

当時の記事「災害時の医療

※ちなみに、このときのブログにはJATECまではやるがDMATはしないといっている(苦笑)

 

 

県内各地でICLSをやっていて、そのメンバーの多くがDMAT隊の隊員であり非常に近いところにはいた。

 

 

 

4月に異動になって、その病院も災害拠点病院だった。もちろん、大学病院も災害拠点病院に違いないが、チャンスが回ってくる確率は確実に市中の方が多い。

 

院内で推薦をいただき、いいタイミングでDMAT研修を目指すことになった。

 

ところが、日本DMATの研修は県で選ばれず研修に行けず・・・orz

しかも、日程調整の県でいろいろ周りに迷惑かけたにもかかわらず。。。

 

DMATといえばもう一つ、大分DMATというのもある。

 

その研修は基礎コースと野外実習コースの2日間が別日程で組まれており、最初の基礎コースにどうしても都合をつけることができなかった。基礎コース研修を終えないと野外実習には出れない・・・。

 

 

 

 

僕は、人生って流れがあると思っている。

 

そもそも医学部編入試験(地域枠)もそうだった。ずっと前からあるにもかかわらず、ある日突然自分の目にとまる。ずっと前から見えていたはずなのに見えていなかったものが突然見えるようになる。それがタイミングだと思う。

もちろん、そのすべてが答えではない。自分だって弾かれることはある。その一つは、風に立つライオンの旅だった。

 

自分がやろうと思ったことで初めて選考に落ちた経験であり、それなりに凹んだ。

 

しかしまぁ、そこでは終わらずNPOの理事長の方に個人的に連絡をとって病院見学やイベントにも声をかけていただき、今でも「大分のしいたけの中西」ということでつながりを保っている。必ずしもインドの海外医療研修が答えではなかったわけだ。

 

正直自分がこうやって災害医療に興味をもつことも迷いはあった。

 

麻酔科医というとどちらかというと災害時には現場に行くよりも後方支援というか地域の病院機能の維持・運営に力を割くべき存在。普段の業務もそう。外傷診療を経験することも少ない。

 

でもそれでも、やってみようと思ったのは、やはりこの4月から地域に出て、自分は地域枠卒医師としてこうして地域の前線に出ていって医療をやる機会が多くなる。そういったときに、自分がどういうスキルを持っているかって重要と考えた。もう一つ大きいのはつながり。地域勤務していて重症度の判断をし、必要な治療が何かを見極めてそれをたくせる人脈を持つことは地域医に重要な要素である。と自分は考えている。だからそうしている。

それが正しいのかどうかわからないけど、正しいと思うからやる。

 

 

 

というわけで、この災害医療に自分が興味を持ち出したことが正しいことなのかどうかはわからないけど、とりあえずこの道を進んでみることにした。

 

日本DMATは選ばれず(ま、先輩は2年かかってようやく選ばれたらしいからある意味気長に)、大分DMATも今年度は受講できなくなった。

日本DMAT研修に選ばれるように、少しは災害医療系の資格も持っておこうかと思ってJATECにエントリーしだした。

 

JATECとは、外傷診療に必要な知識と救急処置を模擬診療を介して学習できるトレーニングコース。

 

これもまた、全国各地で定期的に開催されてはいるものの、毎度毎度それなりの倍率でそう簡単に受講できない(先輩談)。

 

e-learinngを終え、エントリーラッシュ!!とにかくエントリーできるものに片っ端からエントリーした。

 

滋賀→落選

 

・・・・ま、そんなもんか

 

 

東京→受講可

 

 

 

 

えっ!!??

 

 

よりによって、数的に激戦(なはず)の東京でなんでOKやねん!!!!

 

 

コースは12月なのですが、この意味は何なんだろうな...

 

 

 

 

 

さらに、ダメだった大分DMAT。

 

基礎コースが台風のため中止となった。

 

諸事情により延期ではなく中止であり、今年度のDMAT研修は行われない。

 

それどころか、来年度以降も諸事情によりこれまでのような形では開催されない。大分DMATへの道は完全に絶たれた。

 

 

あ、これもしかして、違うのかな?とも思った。こういうふうに、違う道に行きかけると修正かけてくれるから助かる。

 

自分、ほんとこれまでの色んな経験から導きの神様みたいなものって本当にあると思っています。

 

 

 

少し迷ったけど、修正・・・

 

 

 

 

かのようにみえた

 

 

 

 

 

 

ところが、このままなくなるのも嫌だというスタッフの熱意で、ほんらい野外実習コース開催予定だった日に特別な勉強会を開催することが決定した。

 

たまたまこの日程は空いていた。その前日にICLSインストをするために週末の予定を空けていたのだ。

 

 

トリアージ研究会という勉強会。

 

特別にA〜Dコースという4回に分ける短編実習コース4つを1日に集約した特別バージョン。

 

 

そしてなんと、Dコース修了した受講生は、災害拠点病院に勤務していたら病院の方から大分DMAT隊員申請ができるという。

 

 

 

 

えっ!!??何この強運っ!!!!!!!

 

 

台風による中止諸事情、、、。

 

 

 

というわけで、受講してきました。

 

 

イントロのプロモーション映像では、使命感を持って災害医療に携わる医療人の頼もしさに思わず目がうるんでしまいかけた。

 

トリアージに関しては、啓蒙の意味も込めて別の機会にいろいろ書きたいと思う。

 

ICLSでの知り合い、久しぶりに合う方もいた。

 

 

先生、今さらなに受けに来てんの笑

 

そう、たいがいそういわれるが、自分が慣れてるのはICLSのみで病院の外に出ると一気に素人同然!!

 

1日を通して救護所の医療やトリアージ等々たくさん実習できました。本当にスタッフのみなさんのおかげで楽しかった

 

普段現場に出ることがない麻酔科医だが、逆に搬送を受けてその後の治療に当たる立場だからこそ、治療やその後のことがわかり、そのために急がなきゃいけないのは何か、待てるのはなにか、どう待つか・・・。なにげに普段が役に立つ場面もあった。

 

麻酔科医は呼吸と循環は得意で、その2つを確保してとにかく死なせないこと!

 

 

 

うまく言えないけど、麻酔科医でもpre hospital医療を知ることは意味あることだと思う。自分たちが受け入れる前に何が行われているかを知ることは有事の際に良好なコミュニケーション=意思疎通をスムーズに行うことができるだろう。もちろん、現場に出た際はその後のことがわかるからそこで下す判断もきっと自分の色が出せるだろう。

 

地域にいるその場所がいつ災害にあうかわからない。きっと、きっと役に立つと信じている。スキルだけでなく、その人脈も武器になる。

 

10月は頭にはTNT研修で栄養学を学んだ。医師でDMAT隊員資格を持っていると、そこの病院で災害チームが作れる。

 

地域勤務は、いつか一人で大きな責任を背負って勤務することもある。その日に備えて、今のうちに蓄えられるものは蓄えておこう。

 

今回のこれも、その一つ。

 

 

 

災害医療は、きっとやりがいがあり、おもしろい。

 

 

12月はJATECでスキルをブラッシュアップっ!!!


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毎年この時期は空手に関する記事を書いていると思います。

 

そう、毎年恒例の九州での大学学生空手の試合(団体戦)がこの時期だからです。

 

といっても、昨年は行っていません。ちょっと諸事情により部と決別していた時期がありまして...。

 

 

僕の空手道との出会いは遅く、実は大学二年生の頃でした。完全に遅咲きです。

その辺のことについては過去記事「支えるために」に書いています。

 

人より遅く空手部に入り、突然の退学→大学院進学(飛び級)になり当時のホームシックから21歳にて監督を務めることになった。

 

部のためにと思って、学連の合宿にも出たりセミナーに参加したりしていた。当時の様子がまだ残っていました

2005インターナショナルサマーセミナーIN平戸

ラスベガスの国際試合にも参加しました

2007USA OPEN KATRATE CHAMPIONSHIP

僕が出場した大会の中では間違いなくTOPであり、あのときのコートを踏みしめた感覚は今でも覚えている。

 

監督でありながら選手を...。それが大分の後輩のためになればと思って

 

 

北九州の早稲田でも空手を続け、そこで松涛連盟の流派と縁ができた。

 

東京に行き、門を叩いたその先は世界チャンピオンが所属する伝統ある道場であった。

 

学生の頃から王者として君臨していた選手層を普通にみかけ、こんな自分に対しても指導してくださり、同じ学連として大学空手道部運営の相談にも乗っていただいた

 

 

 

このとき改めて感じたのは、

 

手を伸ばせば届く栄光もある。

 

きちんと、夢をつかむために手を伸ばそう。

 

ということであった。

 

立場上最近よく妬まれるのだが、そうウダウダ言う人に限って手を伸ばしていなかったりする。また、こっちが近寄せても手を伸ばそうともしない人もいる。非常にもったいない。

 

 

 

スポーツ校って、なんか怖くて野蛮で...ってイメージあるが、さすがは伝統ある空手道の強豪校は、人間的にも優れ、忍耐力を持ち、自己研鑽を欠かさない方々がそろっていた。研鑽の方向は違うかもしれないが、自分もそれに負けないよう日々を過ごしているつもり。

 

その人脈は今でも続いており、また離れた僕でもいつも気にかけてくださり、『試合どうだった?』『今度来る?』といまだに連絡をくれる。医師国家試験に合格した際にはお祝いもいただいて今でも大切にしている。

 

 

伝統武道のやり方は、現代にはもしかしたらそぐわないと言われるのかもしれない。

ゆとりかさとりかよく分からない言われ方をする現代人だが、空手道でははたから見たら体罰や暴力にも思えるシーンもあったり、当然組手はきついし痛いし...。何より基礎!!!

「押忍!!」と、とにかく何を思おうが騎馬立ちで正拳突き100回を何セットもただひたすらやらされる。

 

現代流に言うと「この練習には筋肉のドコドコを使って回数を繰り返すことで筋繊維が...(以下略)」という意味を説明して同意を得てやらないとブラックってすぐ叩かれる。めんどくせ〜〜。

 

 

また、こういう昔からの手法って現代離れしてることもあって、福祉工学で少しはロボットで筋力や可動域やそういったものをかじってた自分は「もっとこうやった方がいいのではないか?」と思うこともいくつかあった。

でも、実際技術が上がっていくうちに、昔ながらの伝統の鍛錬法が実は一番効率的であるということのある日気づいた。

 

 

気づけないのは自分が未熟ゆえ。

 

習熟するまで、カタチを教わりその真似から入る。

 

意味はあとからついてくる。

 

非常に大切なことを教わった。

 

 

行動するのに意味を要求する人の多い社会の中で、いちいちそれを気にしていては進歩が遅くなる若しくはいつまで立っても上にはいけない。

 

型を真似る

 

理由はあとからついてくる

 

 

日常に通じるものもたくさんある。

 

押忍の精神、昔も少し記事にしました

 

 

かれこれもう監督歴16年になります。

 

10周年を記念で祝いそびれ、気がつけば15周年も過ぎてしまい・・・20周年は・・・なんかしよう(笑)

 

 

 

大分を離れて大学院で北九州に行っても練習にいくのは余裕でした(が、当時はまだ指導できるほどの技術はなかった)

 

東京に行っても、練習は厳しいけど新歓コンパなど重要な会や試合の監督にはいけました。

 

大分に戻ってきて、多忙と言われる医学生でも指導・監督はなんとか行けました。あの国試(というか卒試)期間でも監督だけは続けることができました。

超多忙といわれる医師になっても、なんとか指導には行けるし、勤務よければ監督もできる。

 

ただ、次第に年数を重ねることで本業としての責任も上がり、地域を離れられなくなる時期ももしかしたらどこかで出てくると思う。その時、どうするかを考えないとな〜〜〜。

 

ま、でも、上記経験から、少なくとも東京以西在住であれば、そして医師と同等の忙しさ程度の社会人であればこの役割って可能ってことだと思っているので...そろそろ引き継ぎせんとなーと思う次第です。

 

 

 

 

最近は大会医の依頼も増えてきた。

どの競技でもそうだと思うが、やはりその競技経験者が大会医をやるのは選手にとってもメリットあるだろう。

実際自分も特等席で観戦ができるのでとてもうれしい依頼です。臨床経験もあがるし。

 

 

自分は、自分の所属する県の連盟とは非常に仲が悪い。ま、それはいろいろ事情があるのですが、道があの人達とは違うので。好きの反対は嫌いではなくて無関心という言葉があるように、ホント無関心なんです。ただ、競技団体って基本的には各都道府県の連盟がまずは玄関ってなることが多いので、実績の割には公式に認められず履歴書の裏に書くようなものばかり。ただ、認めてくれることろは認めてくれるので、自分のところで認められずに他で実績を積み重ねるって僕の人生よくあることです(例:大分大学には結局活動を認められることはなかったが県立芸文短大HPには多数登場し、新聞掲載やメディアに出ることもそこそこ多かった。が、GD新聞の「ひと」の欄には取材されずというまさに無冠の栄光・・・orz)

 

スポーツドクターの資格とろうかと考えたこともある。そのことをSNSでつぶやいたら「推薦もらえるよ」とのアドバイスをいただきました。ほんと、思いを発信することの重要性ってこういうことですね。思いを発信すると叶うっていう(笑)

 

 

30倍の難関と言われる医学部編入試験の面接を切り抜けたのも、この空手を続けてきたことだった。

医学部合格というのがその意味だと思ってもう完結したと思っていたが、どうやら自分の人生に空手道が与えてくれるものはまだまだありそうです。

とりあえずまずは来年から2カ年計画で資格をとって、次のステージは次に行ってから考えようと思う。

 

地域医として、地域の健康に関わることも将来きっとどこかであると思うから。


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最近毎週末台風が接近していますね。天候が心配されましたが、うまくそれてくれたようです。
 
 
さて、この週末は岡山県で開催されたTNT研修会にきています。
 
 
 
TNT(Total nutrition therapy)は、臨床栄養法を普及させるための教育プログラムで、世界各国の医師を対象とした共通のプログラムで日本では日本静脈経腸栄養学会が主催しています。
 
後期研修2年間、大学病院で手術麻酔をベースとした集中治療、ペイン・緩和ケアを学び、濃い2年間を過ごして麻酔科標榜医を取得。4月から地域の病院で麻酔科医として勤務しています。
 
地域に出ると、麻酔科医にかけられる期待とその効果。麻酔科医がいればそこで外科手術ができる。緊急手術もできてその病院がカバーする医療圏の地域住民に貢献できるだけでなく、別の医療機関の意思が疲弊しないようにここで食い止める発想から大きな目で見ると大分県全体の医療を支えているというやり甲斐を感じることができる毎日です。
それだけでなく、いままで集中治療で学んできた急性期の全身管理、そのためのアセスメントが外に出るとものすごく頼りにされる。大学にいるとコマとしか感じにくかったけどそこで身につけたものって外に出ると実はすごいことを学んできたんだなと感じます。
 
反面、自分の診療力にかけられる責任の大きさも痛感します。
 
 
頼られるということは、逆にその人のレベルの医療しか提供できないってことになる。
 
 
 
 
あらためて、ブラッシュアップが必要だと感じました。
 
 
 
 
集中治療は、術後の症例だけでなく内科系や救急系の集中治療が必要な患者の管理もやっていた。
その場合は、在室期間が長くなったりするので長期の管理になる。
 
 
脳(意識)、心(循環)、肺(呼吸)、消化管、腎、血液、感染、輸液、内分泌、栄養...
 
 
 
そのなかでも、栄養について。
 
 
 
今まではなんとなくの流れでやっていた感があった。
 
活躍の場を集中治療室から病棟にうつし、ペイン・緩和ケアの研修では栄養管理も緩和ケアチームで介入していた。
 
 
 
 
 
あらためて今まで身につけてきたものを一つ一つブラッシュアップしたい。そこで知ったのが今回のTNT研修会だ。
 
 
月に1回の会議で「こういう研修会があるので」というアナウンスにこっそり食いついた。
TNT研修を修了した医師は、栄養サポートチームNSTとして依頼があった患者に介入すれば特別な栄養管理をしているということで加算がつく。金の問題だけじゃないが、しっかりと栄養まで介入して患者の治療を行うという意味だ。
 
いろんな予定もあって年内に受講できそうなのが今回の中国地方での研修会ということで今回参加した。
 
 
会場は川崎医科大学(附属病院)
 
 
「川崎って、神奈川の?」レベル、
 
「岡山?どこ??」
 
 
 
 
・・・・・・相変わらずなわたくしでございます(笑)
 
 
前後の日程を考えると車での移動が最適最安となったので、前日に大分で研修医向けのセミナーを終えたあと休憩して大移動〜〜!!
 
 
△川崎医科大学
 
 
 
 
 
 
ひろいな〜〜〜
 
 
 
僕はこんな大病院では働けないな〜〜〜〜
 
400床クラスが限界です...(初期研修1年目の研修病院がそのくらい)
 
600床ですら大きいと感じて職員同士の顔が見えないからやりにくいって思ったくらい。
 
 
 
 
なんかアミュプラザみたいな病院でした(階層や構造的にってだけです)
 
 
 
 
集中治療、超急性期の重症疾患の栄養は『この栄養剤をこう使う』って程度しかやってこなかったので、初心にかえって勉強です。
 
 
 
2日間。久しぶりの座学です。
 
休憩少なくぶっ通しで講義を受けて、ワークショップや症例検討で知識の使い方を学ぶ。
 
 
 
 
確かに、この本は持ってますし読んで実際症例に使ったこともあります。
 
 
でも、こういう知識って実際の臨床でどう使っていいかわからないことも多いです。
 
 
たんぱく質はストレス時は1.2〜2.0g/kg
 
とか
 
脂質は通常時は総エネルギーの25〜30%
 
 
という知識はあっても、実際そういうのってどう使っていいかわからないですよね。
 
そこからどうやって栄養計画をたてるかとか...。
 
 
まずは座学で知識の再確認をして、その知識をどう使うか。
 
 
患者の栄養状態を評価して、必要な栄養を算出し、それを満たす実際の処方(使用する栄養剤や形態、投与方法)まで症例検討で行った。
 
 
あそこでやった勉強ってこうやって使うんだ!!
 
 
という再発見ばかりでした。確かに勉強したことあったり知ってたことあるけど、それを使うって使い方わからないことありますよね。
 
 
こういうのって、研修会とかでまとめて勉強するとかそういう機会を自分で見つけていかないといつまでたっても生きた知識にならない。
 
 
 
とてもハードな2日間でしたが、無事に講習を修了しました。
 
 
これで、「栄養管理にかかる所定の研修を修了した医師」になれたので、またひとつ自分の強みができた。
 
何かあった際に再就職先を探すときに便利♪
 
医者なんて毎年1000人近く生まれてるわけだから、「医者はいいねぇ〜」という外乱に惑わされずに自分の武器を身に着けて磨いて差別化していかないといけないから(アントレプレナー的発想)
 
 
いままで完全にスルーしていたたんぱく質、脂質、炭水化物のバランスやビタミン、微量元素...さらには摂取方法。一般的には「ちまたで言われているあのダイエットってどうなの?」というところまで...少しは栄養について詳しくなれたかな?今までは総カロリーと、まぁ塩分くらいしかみていなかったけどもうちょっと成分表詳しくみて食事について考えていきたいと思います。
 
麻酔科医で集中治療もやって全身みます というからには、栄養のこともわからないとね。
 
患者へのアセスメントの一環として、栄養も考慮すると少しは患者良くなるかな?
 
 
ICUカルテのテンプレの<Nutrition>のところはちゃんと
 
総カロリー(    )kcal【タンパク質  g/脂質   g/炭水化物   g】
 
 
ってなってるのに【】の部分を勝手に消して、学生にも「あ、ここはまぁ。簡易式で25かけで出すのでいいよ」って指導していた自分を反省。
 
自分ができないことは学生に教えれんよな。。。
 
 
 
 
いつか、どこかの地域勤務になったときに「先生が来たから栄養管理できて加算も取れるようになったわ」と言われるような価値ある医師になりたいな♪

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全国9000人超の医学部6年生のみなさん

 

ぼちぼち、卒業試験がはじまるころでしょうか。

 

 

 

 

とにかく頑張って!!最後まで諦めないでください。

 

みなさんは優秀なはずです。

 

優秀というのは、何も頭がいいというわけではありません

そもそもスタートである医学部入試。世間からは勝手にエリートと言われていますが、しょせん入試である以上は攻略法がある。その攻略法に則って正しい努力をして、今の自分に足りないものを客観的に分析し、戦略を立てて研鑽を積み重ね入試を乗り越えてきたはずです。医学生は頭がいいのではありません。自己分析力、行動力、努力できる人ってだけです。

卒業試験も同じです。医学知識が問われるのではありません。しょせん試験です。これまで同様、攻略法があります。

ここまでこれた人であるなら、同じように乗り越えられるのでとにかく泣いてでもいいから前に進むこと。

 

 

 

もし、傷ついてしまったのならばいつでも遠慮なく連絡してください。励ましてあげます!!

 

(と、僕も以前言われて、励ましてもらいました→当時のブログ

 

 

<<以上、本文終わり。以下、詫び文>>

 

さて、以前、卒業試験対策を述べましたが、

 

スケジュールよく見てませんでした∑(゚Д゚)

 

 

まじで凡ミスです。すみません。

 

 

 

僕の頃は、2日おき(あいだ1日開けて次の試験)のスケジュールだったので、その1日...というか試験終了の15時試験日13時までの46時間・・・。本当に試験ラッシュがはじまったらこういう時間の管理法をしないといけないくらいのマラソンなんです。

 

 

今年の試験日程を改めてみてみる(励ましの焼き肉会いつにしようかなと見ていたところ)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・2日連続試験ってなんやねん!!!(ノ゚ο゚)ノ

 

 

 

 

まままままマジっすか!?

 

なんか1週間短くなった分詰め込まれたのか・・・

 

 

ってわけで、訂正!マイナー対策は、ビデオ講座&レビューブックマイナーベースというのは変わりなし。

 

逆に言うと、マイナーはマイナーと割り切って対策をして、主要内科科目は時間の合間を見つけて繰り返すのみ。

内科は夏までに一通り仕上がっているはず(仕上がってなかったらもう遅いので、卒試終わったら急ピッチで追いつくように)なので、そこはもう過去問をひたすらやるべし。

 

あと、それぞれの対策(察してください。代々伝わる手法があるはずです)は必ず!!

 

 

特に学士編入組や再入学組は、ちょっと年いってたり社会経験があったりする分まじめで、「こんなの医学の本文にあらず」とか「良き医療人になるために」と思うかもしれませんが、そんなの気持ちだけキープしてここは融通きかせて郷に入れば郷に従え!です。実際僕も、まじめ派でしたが、試験にはいちいち苦労しました。でも、割り切ってからは一切試験落とすことなかったです。

 

信念貫いて卒試落ちて「この大学の卒業試験はおかしい!」とか「医師国家試験のあり方」を論ずるのは二の次にしましょう。

実際僕も、東京の学生団体とか(多分、この影響?)そのつながりで全国の医学部の臨床医学の試験のデータベース作ろうとして(こんなサイト作ったり)たりしてました。

 

 

そんなのね、卒試受かって無事に卒業できて医師国家試験に受かって医師免許取れさえすれば、ど〜〜〜でもいい!!!

 

 

実際自分も、地域医療のために実習の適正化とか地域活動とかワークショップとか散々やってきたけども、そんな特別な活動をしなくても地域で臨床医してると医療ってすっごく面白いから、そのありのままの姿を見せることが最大の地域医療への勧誘である。

 

しかも、現場の医者にしかできないし。

 

ワークショップや地域活性化活動は医者でなくてもできる活動。それが昔の自分はわかってなかった・・・

 

 

 

 

 

栄光の階段の頂上まであと半年!!!!


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地域活性化という言葉は、使ったほうがイメージ湧きやすいと思って使っています(不本意ですが、なんとなくぼかしたほうが広く伝わるでしょう)

 

 

社会人になってずいぶん、まちづくりやイベントといったものと関わらなくなりました。

竹田は相変わらずやってるし、今までまちづくりやイベントで培った能力は今後大分県の地域医療で発揮していくつもり(現在進行系)なのでそれで許してくれるよね?立場のない人がそれを無理やりやるというのは非効率だし、時間がかかる・・・

それに、そうなって見えてきたものもある。「距離をおいて見えてきたもの

 

 

さて、先週末。実は9月12日から14日にかけて大分大学旦野原キャンパスにて日本音響学会秋季研究発表会が開催されました。

僕の元研究室の同志も演題の発表もあって大分に来てくれました。学会名はシンプルであるほどその学会は老舗で信頼度の高い学会というイメージがあります(電気学会とか...)が、日本音響学会は会員数4,000名ほどの一般社団法人。

もう医療の道なのでこの規模がどうなのかまったくわかりませんが、全国的な学会の開催ということでまずは大会実行委員の先生方ご苦労様でした。

 

10年前...長年の夢だった状況という環境を捨てて大分に戻ってきた。

医学部編入試験の道は過酷であり、半端ない努力を要した。自分のようやく手に入れた環境から離れるためにめちゃくちゃ努力をするってなんとも言えない気持ちの作り方。一度が大分を出た身として、自分自身を納得させるために東京以上の大分を見つける必要があり、そのために学生団体を作って活動した。結果、東京に負けない大分を見つけ、こうして仲間が大分を訪れるとき胸を張って案内できる。

 

 

 

こういう全国規模のイベント?(学会とか大会とか)で思うのは、これに合わせてイベント打てばいいのに

 

もっというと

 

 

◯◯学会 ようこそ!大分へ!!!

 

 

くらいやってもいいのでは?

 

 

はい、9割は人生パクって生きている僕ですが、これもパクリです(笑)

 

パクリということは、すでにやっているところがあるんですよね。

 

 

多すぎて一つ一つあげませんが、一番すごいのは毎年夏に産婦人科学会が開催しているサマースクール。毎年長野県の美ヶ原でやってるんですが駅を降りたときから歓迎がすごいんですよね。バスに乗るのも迷わないし、タクシーに乗って行き先を事細かく言わなくて良いお土産買うのも迷わない

 

 

 

大分の商店街でも、成人式選挙の日...入学式卒業式に合わせて協力してくれるお店の方と割引サービスなどをやったこともあった。今ではその方は街を少し離れたので昔みたいにはできなくなったけど。

 

大分の県民性なのか、すでにあるものを活用するというのが苦手のようだ

 

何かと何かを組み合わせて掛け算して大きな物を生み出すよりも、ゼロから生み出そうというのが傾向としてあるのをずっと感じている。僕もその一人なのは言うまでもない。でも、できるだけもともとあるものを活用しようと努力はしたつもり。すでにある大分と、すでにいる自分たち若者と掛け合わせてきたつもりです(言い訳がましいが)。

俺が俺が感も強いのか、とにかくゼロから作りたがる。すぐゼロに戻るが・・・・。

僕がゼロから作ったものも、ゼロになってしまったものもあるし別の人達がやってくれてたりするものもある。

 

 

そんな僕のささやかな抵抗・・・いや、違うな。ささやかな行動。

 

個人個人で大分の案内はした。

 

それに加えて、学会事務局がTwitterアカウントを更新していた。

 

更新内容は旦野原キャンパスまでのアクセスとしてJRの時刻やバスの時刻といったものであったが、ハッシュタグが用意されていたのでそれを使って大分のオススメの食事処を案内(投稿)した。いくつかリツイートもされ、少しでもなにかの参考になればと思った。もちろんbotじゃないので学会スケジュールに合わせて『懇親会の後はシャトルバスでまちなかへ!』『昨晩のApple発表会はお疲れ様でした』といったできるだけ生の投稿を心がけた

 

前にも似たようなことをやったことがある。

衆院選の投票呼びかけで、#シューインセン大分 は肝心の選管アカウントよりも僕のほうがツイート多い時間帯もあった

東京だとこういうハッシュタグはツイート合戦になるんだが、地方だとこうも簡単にTOP取れるからまじで楽勝wwwwww

 

 

やらなきゃやられる環境で活動してた自分としては、ついつい昔みたいにやってしまう

また、地方にはライバルがいないからヌルいとか思われないようにせめて自分がそういう人のライバルになろうと今でも意識しています。

 

 

 

学会とTwitter

 

 

両方ともすでにあるもの

 

 

 

何かと何かを組み合わせて何かを生み出す

 

 

 

チャンスを掴む

 

 

 

 

 

ポケットの中の戦争的というわけじゃないけど、人知れず起こった出来事。

 

 

なんか昔に戻れた気がした。

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