義母が亡くなりました。
お通夜の日は、とても晴れていて、龍雲が多数見られました。
次の日の葬儀の日は雲の少ない明るく晴れた日で、火葬場ではやはり龍雲や、天使のような雲が見られました。
また、太陽は雲を明るく照らし、その形はまるで高次の神さまが降りてくるような形に私には視えました。
実はお通夜の夜、少しうなされたのですが、かすかに「いってきます。また会おね」と言葉が降りてき、ああ、この時間に天の国に行ってしまわれたのか、と納得しました。
今、小さな骨壺の中に入った義母の遺影を見ながらタイプしていますが、
人は亡くなってから、その神性が明らかになるのでしょうか。
義母は今、真っ白な巫女の衣装を着て、頭に冠をかぶり、天の国でたくさんの魂を癒し、再生を促す仕事をなさっておられます。
もともとそうしたお仕事を天の国でしていたのでしょう。また何度も地上にやってきて、同じように人の心を癒し、助けるお役目をなさっていたのだろうと思います。
あまりに高次エネルギーだからこそ、地上では苦労がとても多く、辛い思いもなさっていましたが、本人は特にそれをひがんだり恨んだりすることは全くなく、朗らかに受け取っておられたように思います。
また、生まれた年の同じ月に関東大震災が、また亡くなった同時刻ぐらいに青森で6強の地震がありました。
偶然の一致であるとは思いますが、義母の背負った役割を物語った出来事のように思われます。
なぜ私がここに嫁いだのか、すこしずつわかってきました。
人には生まれる意味、なぜここにいるのか、ということが必ずあります。
天の国で決めてきたことは、自分でもわかっていて、どの家に生まれて、どのように生きていくかのプランをその魂に刻んで生まれてくるのです。
義母は、その高い神性ゆえ、現世で多くの人を楽しませ、癒し、そして人に仕えました。たくさんの人が義母を慕い、いつも義母は人の中心にいたことを思い出します。
お葬式は家族のみ、というとても寂しいものではありましたが、最期の安らかなお顔がその高い神性を物語っており、人の参列はなくともたくさんの女神様、龍たちがお迎えに来てくれていたことを思います。
(あまりに高齢だったので参列してくれる予定だった人がすでに亡くなっていたリ、病気だったりで本当に家族葬で見送りました)
本当にお疲れさまでした。
また天の国でお会いできるのを楽しみにしています。









