Sat Nam みなさま
2020年の今日は、72日目です。
わたしは、ブログの更新にけつかっちん(笑い)
苦しいですね~![]()
わたしたちが「苦しみ」を感じている時、幸せを感じる事は簡単ではありません。
自分の内側にある豊かなエネルギーや心の余裕にフタをして、
内側が「苦しみ」の意識に占領されているような状態です。
つまり、
エゴによる病いに苦しんでいるような感じですね。
エゴが慰められないとき、それは「苦しみ」となります。
「苦しみ」は、エゴが「わたしだけを見て!」と叫び、他のことに意識が向かないようにします。
エゴへの執着。
その執着に気づいた時、どのようにその「苦しみ」や執着を手放せばよいでしょう?
エゴに罪はありません。
エゴを責めれば、
エゴの裏、もっとその奥深くにある何らかの痛みに触れ、更に「苦しみ」ます。
痛みは人間の生存本能であり、生きていく上で不可欠、必要ですから避けることはできません。
肉体的な痛みは、生命的な危険を教えてくれます。
心の痛みは、人間としての成長の糧となります。
全く痛みのない愛なんて存在しませんよね?
痛みを癒やし赦す時、わたしたちは私達自身の優れたマインドリーダーになります。
「苦しみ」は、わたしたちが痛みの上に上乗せしたモノ。
「苦しみ」は、“執着”した時に生まれるモノです。
「苦しみ」は、過去から現在へ持ち込んだ、解釈、信念、ニーズです。
でも、「苦しみ」は、人生のオプションとして上乗せしたもので、「苦しみ」から新たな痛みを作ってはいけません。
過去の痛みを受け入れ、痛みから意味のある何かを学び、
そして手放す。
「苦しみ」は、過去の痛みに気づかせ、克服するためにあります。
瞑想によって、「苦しみ」の根底にある痛みを認識し
意識的にその痛みを手放していくのです。
Bendiciones,
様々な痛み:恐怖、悲しみ、後悔、不安など。 この世界は単純ではありませんが、大いに満足できる世界です。 私たちが神聖さの真の源につながることができれば、大きな苦しみの中にあっても、魂が宇宙に飛び込むのを感じることができます。 私たちは真実の光を放ち、心を包み込むそれらの光の暖かさを見て、自然な振動に自分自身を回復することができます。
マントラ「Hey Gobind、Hey Gopal」は、私たちを嵐の中の海に連れて行く船のようなものです。 このマントラは、居場所を失った人がその痛みから解放される強力なマントラです。 それは創造力(Gobind)への祈りであり、育み、支え、助けます(Gopal)。 また、思いやりの力を発達させ、団結の場所に私たちを動かします。 結局のところ、私たちは皆同じ海にいるのです。
自分のため、他の人のため、そして皆のためにそれを歌ってください。
このマントラはすべての人類のためのものです。
平和が地球に広まり、すべての魂が苦しみから解放されますように。

