前章でこの闘病記も一段落、がん発見から2年で終わりにしようかと考えておりました。しかし、その後の検査や自分の進路に関していろいろとありましたので、もう少し続けることにしました。がん発見1年後の大腸ファイバー検査は北関東の勤務先で私の大腸がんを見つけてくれた先生にお願いしました。しかし、昨年9月から東京に帰ってきての勤務となりました。現在勤務している病院はもちろん大腸ファイバー検査はやっていません。そこで、自宅がある池袋で3月の時点ではまだ有給休暇がもらえませんでしたので土日に検査してくれるクリニックを探しました。昨年12月に主治医のY教授に紹介状を書いてもらっていたクリニックに電話して予約を取ろうとしましたが、あまりに電話対応が悪かったので別のクリニックにしました。こちらも診察も検査も土日にやっていました。ビル4階のクリニックに検査前の診察などで行ってみると、まず患者さんが若い人ばかりなのに驚きました。そして、検査の同意書も書面ではなく、自分のスマホで登録するだけなのにはさらに驚きました。

 

日曜日朝の検査当日も自宅で下剤を飲んで準備してきてからクリニックに来ればよいとのことでした。前日は残渣の少ない(?)専用のレトルト食品を朝、昼、夕と食べました。ただ、当日早朝から飲み始めた下剤はこれまでの3回で飲んだ下剤より明らかに不味くて飲みにくいものでした。しかし、検査自体は若い先生にやってもらいましたが、私が医師であることも主治医のY教授のこともとてもよくご存じでした。検査自体はこれまでの3回と比べても全く痛みも苦痛もありませんでした。結果はもちろん全く問題なく、吻合部も全くそれとわからないようにきれいな状態で、さすがY教授の手術、と感動と感謝を新たにしました。検査後、クリニックの院長、これもとても若い先生ですがやはりY教授のことをご存じで詳しく説明してくださいました。3か月後の造影CT検査はそこのクリニックにはCTがなく、勤務先の病院もあまり造影検査をやっていないので、最近、山手線の駅前などに多くある画像診断専門のクリニックで撮って、それをそこのクリニックで診てもらうことにしました。

 

前日の食事が面倒くさかったり、下剤が不味かったりしましたが、検査自体はこれまでの3回と比べて最も楽でしたので、来年もここで受けることにしました。ただし、下剤だけは別のものに代えてもらおうと思いました。それにしても池袋あたりのクリニックはさすがに競争が激しく、土日もやっているのが当たり前でやはりサービス良くしないとすぐ潰れてしまうのだろうと思いました。昨年の秋に懇意にしている脳外科の主任教授から山手線の駅前クリニックの雇われ院長をやらないかと誘われました。やはり画像診断装置がなく隣の駅前の画像診断クリニックに依頼するという話で、もともと好きな仕事の順番はほとんどの脳外科医がそうでしょうが、①手術 ②病棟管理 ⓷外来、ということであり毎日外来だけには耐えられないと思い断りました。そんな気持ちでこのような厳しい生き残り競争を戦う開業医には自分はとてもなれないと思いました。