ここでフロイトの話題に変えてみる。


フロイトといえば深層心理学の始祖である。彼は医学的な研究を進めいく内に、医学的な技術では解明できない人間の体の不思議に気づくようになっていく。とりわけその頃の西欧では抑圧が強く、体は健康である故の体の故障が報告されだすようになる。


例えばその頃のイギリスでは頑丈な体を持ち、至って健康体の御婦人方が産婦人科や内科の診療に傾倒するようになっていた。それも貴族や資本家のご婦人方であることも特徴的であった。


医師が診察してもどこにも異常は認められないが、本人たちは体調が悪いと主張し続ける。しかもその人数たるや、毎日大勢でクリニックを訪れる始末であった。但し、触診をすると具合が良くなるという、怪奇現象的な事が頻発するようになっていたことに医師達は大いに悩むのであった。


当然のごとくフロイトもこの現象に悩まされることになる。そして何より、多重人格や離人症もこの頃に流行しており、内科的な診療を含め明らかに心の病を患う患者への対応について、医師たちの方がおかしくなるくらいに大変な時期において深層心理学は誕生したのである。


よって、ある意味で深層心理学の勃興は必然的でありながらにして、フロイトによる無意識の発見は奇跡へと発展を遂げたとなろう。


ヒステリーの研究でも大きな研究成果をあげたのもフロイトである。フロイトとしては以前から注目していた現象であったが、シャルコーがヒステリーは心の病であることを明かにしたことから、フロイトは自分の研究成果に自信を持つようになり、ここから催眠療法を開発するようになる。これにより、フロイトのオフィスでの精神分析は基本的に催眠療法に近いスタイルを採用するようになる。この点がユングとは正反対となる。


催眠療法とは何かといえば、その目的は夢分析となる。その意味でフロイトは夢を非常に大切にし、クライアントから発せられる言葉からコンプレックスを抽出しようと努力したのである。


ところがその夢から抽出された素材の全ては性的なものが由来であるとしたところに問題があり、ユングはこの状況をフロイトの弱点とした。帰納的な研究方法でしか論じないことに対し、研究者としての資質を問うようになり、二人の仲は悪くなっていったことは有名な話である。


とはいえ、フロイトの影響は現在の心理学においても影響は大きく、とりわけ西欧では内科にいながらにしてヒステリー的な症状を示す患者に対しては、フロイト的な接し方で患者と向き合うことが行われる場合がある。


ユング派はフロイト派と対立はしているが学ぶべき点は多く、その意味で、本気で喧嘩を行っているわけではないことをご理解いただければ幸いである。


次稿に期待されたい。