アマチュアミュージシャン、それもバンドを始めたばかりのミュージシャンがステージに上がった時の話を少し前に行いましたが、これについて少し補足的な説明を加えてゆこうと思います。

 

まず、ステージ慣れしていないミュージシャンがステージの上に立つとき、一番に感じることは、体が自由に動かなくなることです。この状況を「ステージには魔物が住んでいる」と表現するのですが、これは私もそうでありましたが、ステージ上ではこれ以上にないくらいに体が動いてもらわないといけないのですが、これが逆に動かなくなっていくのであります。一般的な言葉で表現すると、緊張のあまり体が動かなくなるとなります。この現象をユング心理学的に表現すると、ヒステリーとなります。

 

ヒステリーは統合失調症ではなく、神経症の症状となりますので、私はあまり得意な分野ではないのですが、個人的無意識が非常に関係する症状であります。つまり、ステージについてのコンプレックスがない人はステージ上でヒステリーを発症することはありません。しかしながら、多くの人がこの症状に陥る現実を見ると、日本人の多くの人はヒステリーに悩まされるだけの何らかの理由が個人的無意識の層に押し込められている状況であります。その理由は個人的なものであるため個別の理由を探て行くしかありません。

 

逆に、ステージ上でのコンプレックスがない人はそれが初のステージあっても何の症状も現れません。練習した分、相当なパフォーマンスを期待できます。ステージ上でヒステリーが発症する人と、そうでない人との差はこの点であります。

 

このような極度の緊張状態がステージ上でのパフォーマンスにどのようにつながるのかですが、これは会場には演者しか存在しないわけではなく、聴衆者も存在します。つまり、演者という主体とそれ以外の他者が存在ます。極度の緊張状態ではこれらの関係が大きく崩れます。具体的には、意図せず聴衆者に非常に接近することによる緊張感であります。なぜそうなるのかというと、緊張している演者を見て、聴衆者は演者に歩み寄ろうとします。つまり、救いの手を差し伸べ、そこに非常に温かい心を注ぎ込むことになります。こうすることによって演者と聴衆者との距離のバランスが崩れ、そこにヒステリーの症状が悪化するという原理であります。

 

心の問題は複雑であり、矛盾に満ちていることの典型例でありまして、極度に緊張している人に「緊張するな!」といったところで逆効果なのであります。しかしながら、演者がこれを乗り切った時、象徴が現れ、見るものを魅了するのであります。

 

心というものはとんでもなく難しいのであります。

 

例えばパールジャムというバンドのライブを見てみますと、世界中で非常に多くのファンを抱え、ステージでのパフォーマンスは経験豊富で、非常に安定感あるステージングであります。彼らがまだ若かったころにヒステリーがあったかどうかはわかりませんが、少なくとも現在のパールジャムはステージ上でのヒステリーはないように見えます。ではどのようにして緊張感を高めているかというと、会場にあふれるファンの目線であります。多くの目線が演者に集中することにより、演者は自然と心の奥へ入ってゆこうとします。これは軽い退行でありまして、ステージ上で退行が起こりますから、演者からすると相当な心理的な負担であります。そしてこの退行を自ら進めていくことにより、逆に過去の記憶へと到達してゆきます。経験が豊富なほど引き出しが多いですから、「今日はどの時のつらい思いを使おうか・・・」と考えることができてきます。

 

パールジャムほどのバンドになると、聴衆者は既に彼らに元型を投影しており、出来上がった象徴を持っております。パールジャムそのものが元型イメージを大切にする必要は少ななく、その意味で、ファンから投影されている元型を察知できているのであれば、その元型、個人的無意識、自我をステージ上で素早く統合させることができれば、約120分間の個性化が完成します。簡単にいいますと、大物ミュージシャンは退行から統合までのスピードが極度に早いのであります。ステージに上がって、1曲演奏し終わった後には、ステージ上での個性化が成立しております。ここまできて、初めてプロの仕事といえるのではないでしょうか。

 

今日の彼らの演奏はよかった!!と思える日は、彼らのステージ上での個性化が成功しているときであり、そうなると当然、聴衆者は象徴との統合を果たすことができるため、その日のステージは最高のステージとなります。逆に演者がステージ上での個性化に失敗すると、「悪くはないけど、よくもない」という状況となります。これが続くとファンが離れてゆきます。

 

本稿ではヒステリー症状が及ぼすミュージシャンへの影響を論じました。ヒステリーは発症しない方がよいのですが、芸術の世界において、それは付き合ってゆかねばならない症状でもあります。

 

ご高覧、ありがとうございました。