私はもともと経営学の研究室から出発しておりますので、当然、現在でも経営学については興味を持っております。この学問も深く突き詰めると面白いもので、深層心理学と違い、客観性を大切にしますから、出してゆく答えをはっきりとさせてゆくことが非常に重要となる学問であります。
その中でも私の専門とする経営戦略論ももちろん例外ではなく、経営戦略における客観性を重視するするあまり、我が国の経営学においても事例研究が非常にさかんとなってきており、そこでの結果が結論として反映されるため、どうしても成功企業の研究に事例が集中し、それゆえに成功のパターンを知るには非常に有効なのですが、成功へのプロセスへと目を向けると、ここが弱点となり、個人的には残念なところであると考える部分であります。
私は最終的に芸術経営論なる分野へ進んでゆけたらと思っていたのですが、いろいろと調べていくうちにこれはかなりハードルが高いということに気づくことになります。芸術経営論なる学問は存在しないわけではないのですが、我が国では行おうとする人はほとんどおらず、これには様々な原因があるのですが、私がこの学問は非常に難しいと結論付けたのは、やはり、音は音として存在しない、色も色として存在しないという現実であります。こうなるともはや芸術は芸術としてとらえていくほかなく、客観性を重視する経営学に組み込んでゆくことは非常に困難であり、一つの学問体系に仕立てるには無理があるのではなかろうかと感じたことでありました。
このように感じていた時に野中郁次郎博士によるナレッジマネジメントを知ることになり、衝撃を受けることになります。ナレッジマネジメントはこれまでの経営学とは違い、企業の成長へのプロセスを示した理論であり、これまでの成功企業の差別化の議論とは全く異なる内容であったため、日本の学会も驚いたのでありました。内容については、例えば『知識創造企業』東洋経済新報社 などをご覧いただきたいのですが、非常に人間に接近した議論となっていながら、組織論に偏ることもなく、非常に独自の議論がなされていたのが印象的でありました。
人間の心に非常に接近した議論が可能となれば、深層心理学を援用し、芸術にかんする経営理論を組み立てていくことは可能ではなかろうかと思い始め、現在に至っております。
現在においてはもっぱら学問として役立つというより、実践で役立つ理論を組み立てることに専念しておりますが、それにしてもナレッジマネジメントがこの世に出ることがなければ私たちのような若輩者が学際的な研究を行うことはなかったでありましょうし、出会いとは大切であると日々感じております。
経営学と芸術とは水と油の関係であると思われがちでありますが、考えようによっては乳化という作用も考えられ、人間の主観的、さらには無意識の部分と経営学の客観性を重視する方法をどのようにして克服してゆくのかが私のもう一つの課題であります。
どこまで実現できるかわかりませんが、今後とも精一杯の努力を続けてまいります。
ご高覧、ありがとうございました。