何度も繰り返しますが、深層心理学とは心の病を治療するために考案された学問です。したがって、心の健康な人を透視するためのものではありません。これが基礎です。例えば、意中の異性の心の中を覗きたいと思うがゆえにユング心理学に手を出すと大変な挫折を味わうことになるかと思います。しかしながら、健康な人の心のあり様が全く分からないかというと、そうではなく、健康であるがゆえに非常によく理解でき、自分でも怖くなるくらいです。文学や哲学に非常に接近しているユングの論文を読んで、そんなことがわかるわけないやろ!!と言いたくなる気持ちもよく理解できます。私も最初はそうでした。しかし、哲学や文学に手を付けだすと、ユング心理学がだんだんとわかってくるから不思議です。要するに、ユングの著作物のみを読んでもほとんど何もわからないと思います。ですから、副教材として文学作品や哲学の書、さらには中国哲学の研究なども行い、ここに臨床の経験が加わることにより、真なる理解を得られようになります。ここまで書くとお分かりかと思いますが、深層心理学とは人の心を読むものではなく、やはり治療に使うものとして考えるのが妥当だと考えられます。

 

では、なぜこのようになるかですが、それは何といってもユング自身が人間の心の根拠をこれらのものに求めたからであります。皆様方がユングの著作物を読んで文学的であるとか哲学的であると感じるのは、彼の「論拠」の部分があまりにも長いこともあり、それがあたかもユングの理論であるかのように読んでしまうことに原因があるように思います。ここが重要なことだと思います。このシリーズの初回に述べたと思いますが、ユングの論文の特徴は論拠に紙面の大半を割き、自分の理論は少ししか述べないのが常であります。このパターンに気づくか否かでユングの主張をどこまで読み込むことが可能かを決定させるかと思われます。

 

ユング心理学というものはもともと統合失調症の治療のために考えられたものであることは既に論じておりますが、このことからしても人の心を「読む」ためのものではないことは明白であります。しかしながら、この副産物として健康な人の心を読むことができると考えるのがよいでしょう。では、哲学や文学から一体、どのようにすればユング心理学を理解できるようになるのか?ですが、これについてはユングが根拠としている文学作品や哲学の書を参照していくのがベストなのですが、例えば、中国哲学からユング心理学を眺めるとどのようになるかを考えてみましょう。私の意味するところの中国哲学とは、古代中国の、それも春秋時代の孔子の教えから始まるものを意味します。この後に戦国時代に入り、諸氏百家の時代に入ると、儒家と墨家の論争に入り、これに続き、老子との対決へと変化していきます。この対立の関係がユング心理学が意味するところの「対立」と酷似していることに注目し、そこから「中庸」という大きなキーワードができまして、この中庸というのがユング心理学でいうところの「個性化」というものに該当すると考えられており、さらに、ユング自身が老子に大きな影響を受けたことから、ユング心理学において中国哲学が非常に参考になる所以であります。また、ユングは「易経」にも影響されており、その意味で、「占い」の要素も取り込み、そこにユング心理学の複雑性がでてくるのであります。

 

長々と話をしておりますが、要するにユング心理学とは、人の心を読むためのものではなく、「良くする」ためのものであり、決して人の心の裏側をのぞき込むためのツールではないことを主張しておかなかければなりません。但し、ユング心理学を追求すればするほど、健康な人の心も読む力が身につくことを主張しておかなければなりません。例えば、何かを知っていこうとする儒家の立場と無知無欲の老荘の立場。この二つが中国に存在したからこそ「中国哲学」が成立したとされており、まさにユングのいう「意識と無意識」との関係と同じではないかというのが中国哲学との関係であります。

 

そして私が本論において一番述べたかったことは、ユング心理学を臨床ではなく、まず、文字の上で理解していくには、「易経」をマスターしていただきたいことです。この易経にはユング心理学を理解していくうえで、非常に多くのヒントを与えてくれます。例えば、「太極」とは、物事の無限であるはずの根源でありますが、同時に、その根源が有限であることを示すなど、特に、夢分析を行っていくうえで非常に重要になってきます。

 

深層心理学とは何のために存在するのかについて論じるために設定した今回の題材ですが、あくまでも治療目的であることを認識していただき、深層心理学を学ぶ者はこのことを肝に銘じておく必要があることを明記しておきます。人の心を読むために勉強しても何も得ることはないでしょう。自分のためにではなく、人のために役立てるのなら、ユング心理学はあなたの道を開いてくれる可能性を非常に高めてくれるでしょう。そのことを願いつつ、ここで筆を置きます。ご高覧、ありがとうございました。