Tokyo Worker(夏詩の旅人 ~ ZERO) | Tanaka-KOZOのブログ

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★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!

1986年4月
僕は山手線に乗って、バイト先の渋谷まで向かっていた。

この春から大学生になった僕は、渋谷にある「ダイニング“D”」というダイニングBARで、アルバイトを始めていたのだ。

その仕事はウェイター業務で、17時から21時まで週5日勤務する。
5日も働く事になったのは、高額な楽器を3年ローンで購入した為である。



僕は先日、ギタリストのカズとオリジナルの楽曲を録音した。
その時に感じた事は、ただ曲が作れたというだけじゃダメなんだという事。

それは、そんなやつは世の中にはゴマンといるからだ。

だから僕は考えた。
曲を作る時は、その先にある何かに気づけなくちゃならないんだと…。

僕はバイトに向かう電車の中で、その事を考えていた。



渋谷 ダイニング“D”

「おはよう…」
ホールに出た彼が、バイト仲間に挨拶をした。



「あ!、おはよう」
O短大のミマが振り返り、彼に挨拶をした。



ミマはウェーブのかかったワンレンで、グラマラスな体形をした女性であった。
顔は、現在(2024年)でいうと、中村アンに似ていたと思う。


「どうだ?、この前の新人、来てるか?」

彼がミマに訊く。
それは数日前に採用された、バイトスタッフの高清水の事である。

「来てるわよ…、相変わらず無口で、ほとんど誰とも喋ってないけどね…(笑)」(ミマ)

「そうか…、続いてるか…」
彼はそう言ってホッとする。

彼がそう安堵したのは、現在のバイトスタッフの人数が充足していなかったからだ。
3月にベテランバイトが卒業と同時に引退し、現在は新人数名で回している状態だった“D”では、男性スタッフでも大歓迎であったのだ。

男性スタッフでも大歓迎というのは、店長の“ドカチン”こと、永川ひさしが、バイトスタッフは全員女性で固めたいという強い意志が働いていたからである。

店長の永川は、21歳でありながら頭頂部が薄い、いわゆる“若ハゲ”であった。
あだ名の由来は、漫画「はじめ人間ズートルビ」に登場する、ゴリラのキャラクターに似ていたからだ。

勿論、そのあだ名は彼が付けたのだが、意外な事に、本人はそのあだ名で呼ばれる事を喜んでいる様であった。



永川は、恐らく(※まず間違いなく)、素人ドーテーであった。
やつはスタッフを全員女性にしておけば、そのうち自分にも、おこぼれが回って来るのだと信じていた。

しかし現実には、それは難しく、永川は仕方なく男性スタッフも採用するのであった。
そうしなければ、自分の休日が無くなってしまうからだ。

そんなワケで、彼を含めた男性スタッフたちは、背に腹は代えられない状態の永川が、嫌々採用した者たちなのであった。


「おう、ヤマギシ…、おはよう…」
今度は、フロアからバックヤードに戻って来た、ヤマギシあゆみに彼が挨拶をする。



「おはよー」
彼に気づいたヤマギシあゆみが、挨拶を返す。

彼女はB女子大生で、バストが大きい、ストレートロングヘアーの女の子だ。
ミマと同様、その辺りが永川の採用基準に大きく作用している様である(笑)
ヤマギシは、インディーズのバンドマンと当時付き合っていた。

「高清水くんは、続いてるみたいだな…」と、小声で訊く彼。

「良かったわよ…、今、辞められると困るからね…」
そう言って、オーダーを取っている高清水を、遠巻きに見つめるヤマギシ。

「ヤマギシは、高清水くんが誰とも喋らないから、すぐ辞めるんじゃないかって心配してたもんな…」と、彼が言う。



「だってあの人、金髪にソフトモヒカンで、無口で、いつも怒ってる様な顔してるじゃない?」
「ゼッタイ、接客業には無理があると思わない?」

「確かにな…(笑)」
「それにしても、“高清水”って苗字…、まるで“愛と誠”、みてぇだな…(笑)」



※劇画ブームの時、大ヒットした少年マガジンで連載していたマンガ。「君の為なら、死ねる…」というセリフが有名。

「“愛と誠”は、“岩清水”でしょ!」(ヤマギシ)

「ははは…、あ!、そっかぁ~!(笑)」(彼)

「それと、“愛と誠”なんて、古すぎ!」(ヤマギシ)

「早乙女愛…ッ!(笑)」
彼がそう言って、“愛と誠”のヒロインの名を言う。

「ははははは…!」
それを聞いたヤマギシは大笑いし、彼もつられて笑う。



「ほら、そこ!、オタクたちッ!、お喋りしてないで、仕事!、仕事!」
そこへドカチンが、せわしなく現れた。

「は~い…」(ヤマギシ)

「なんだよ?、“オタク”ってぇ…」
彼がそう言って苦笑い。
ドカチンは相手の事を、いつも“オタク”と呼んでいた。



 PM9:00
バイトが終わった。

「なぁ、高清水くん…、今から軽く飲みに行かないか?、君の歓迎会って事で…」
更衣室で彼が、隣のロッカーを使っている高清水に言う。

「え?」と、振り返る高清水。

「近くに良い居酒屋があるんだ。ミマとヤマギシも誘ってるから、一緒に来てくれよ(笑)」

「そうスかぁ…」(高清水)

「何だ?、家、遠いのかい?」

「三茶(三軒茶屋)っス」

「なんだ近いじゃん♪、なら問題ないな?、さぁ行こう!」
こうして高清水は、彼に誘われるまま居酒屋へ行く事となった。



そして場面変わって、居酒屋がんこ親父の店内

「君は実家どこなんだい?」
四人掛けテーブルの隣に座る高清水に彼が訊く。

「秋田っス…」
口数の少ない高清水が答える。

「そうかぁ!、だから“高清水”なんだぁ!」
高清水の目の前に座るミマが言った。

「へ?、なんで?」と、彼。



「高清水って日本酒あるじゃない?、あれ秋田のお酒なんだよぉ」(ミマ)

「へぇ…、そうなんだぁ?、じゃあ君の実家は造り酒屋ってワケかぁ?」と、高清水に訊く彼。

「違います…」
無表情でボソッと言う高清水。

「あら…」と、身体を傾ける彼。

「ねぇ…、高清水さんて、三上博史に似てるって言われない?(笑)」
今度は、ヤマギシあゆみが、高清水に訊く。

「そうかぁ?」と、高清水が答える前に彼が言う。

「似てるよぉ…、ほら、三上博史が機嫌悪そうにした時の顔に…」(ヤマギシ)



「そう言われてみれば…」(ミマ)

「あのさ…、君らは、三上博史の機嫌悪い時の顔って、見た事あんの?」(彼)

「ないない…」
そう言って、手を振るヤマギシとミマ。

「なんだよ、そりゃ!(笑)」
テキトーな事を言う女性陣に彼が苦笑いする。

「お待たせしましたぁ~♪」
その時、居酒屋の店員が飲み物を運んできた。

「おお、来たかぁ~」
そう言って中生を手にする彼。

ミマはカシスソーダ、ヤマギシは梅酒のロックを店員から受け取る。

「おまいらさぁ…、最初の一杯はビールだろぉ~?」
「なぁ、高清水くん…」

そう言って、隣の高清水に彼が言う。

「あれ?」
彼がそう言ったのは、高清水が徳利を手にしていたからだ。

「日本酒…」(ミマ)

「まさか…、高清水…?」(ヤマギシ)

「越乃寒梅っス…」
そう言って、手酌で猪口に酒を注ごうとする高清水。

「コシノ…?、なんだそりゃ…?」
聞いた事もない銘柄に彼が言う。

「シブイわねぇぇ…(笑)」(ミマ)

「私、注ぐよ…」
ヤマギシはそう言って、高清水の手から徳利を奪う。

「良いっス…」
高清水が、ヤマギシにそう言って遠慮した。

「いいの、いいの…、手酌は出世できないって言うよ(笑)」
ヤマギシはそう言いながら、高清水の猪口に酒を注いだ。

「君、いったい何歳なの…?」
彼が高清水に年齢を訊く。

「え?」
その質問を聞き返す高清水。

「いや…、だってさ…、俺らの年代のやつらが、飲む様な酒じゃないからさ…(笑)」

「19っス…」(高清水)

「現役って事?」

「大学落ちたんで浪人っス…」

「いずれにしても、俺より若いって事かぁぁ?」



「どこ受けたの大学(受験)は?」(ミマ)

「ワシダの政経っス…」

「頭良いんだなぁ~?、見かけによらず…」

「こーさん!、失礼でしょッ!」(ヤマギシ)



「だって、金髪、ソフトモヒカンに、左耳ピアスだぜ!(笑)」

「確かに…」(ヤマギシ)

そう言った2人に対し、含み笑いを浮かべる高清水。
どうやら彼は、そのギャップを楽しんでいる様だ。

「他は、どこ受けたの?、三茶から近いから、やっぱ、シカン(国士館)とか?」(ヤマギシ)

「こらこら…、お前こそ失礼じゃないか…」(彼)

「ワシダの政経、一本っス…」

「なんでぇ?」(ミマ)

「そこ以外だと合格しても、親が入学金を払ってくれないんで…」

「うそ!、キビシー!」(ヤマギシ)

「ワシダの他の学部でも!?」(彼)

「うす…」
そう言って頷く高清水。

「そうなんだぁ?、それにしても高清水くんは、体格良いねぇ…?」
細マッチョ体系の高清水を眺めながら、彼が言う。

「自分、ラグビー部だったんで…」

「そうなんだぁ?」(彼)

「ねぇ、高清水さんは、週3しかバイト入ってないけど、予備校でも行ってるの?」(ヤマギシ)

「自分、宅浪なんで…、他の日は別のバイトしてるっス…」



「そう…、やっぱ引っ越し屋とか、工事現場とか…?」(ヤマギシ) ←どうしてもガテン系にしたいヤマギシ(笑)

「学習塾で講師やってるっス…」

「うっそぉぉーーッ!」
一同、引いて驚く。

「問題児専門の学習塾なもんで、このままのカッコウで指導してるっス…」※実話

「そんな塾、あるんだぁ?」(ミマ)

「でも、問題児って、不良って事でしょ?」
「そういうコって、塾なんか行くのぉ?」
ヤマギシが訊く。

「だから、ぶん殴って、半ば脅して勉強させてるッス…」

「大丈夫なの?、親からクレーム入らないの?」(ミマ)

「大丈夫っス…、親の方から、ぶん殴ってもいいから、高校だけは受からせてくれって頼まれてンで…」

「都津下ヨットスクールじゃんかぁ!」
彼がそう言うと、高清水は「ええ…」と言って、頷き笑った。

 それから、高清水の歓迎会は程なくして終わった。



渋谷駅までの帰り道。
宮益坂を降りて行く4人がいた。

「ところでさぁ…、高清水くんは、高校時代、何て呼ばれてたんだ?」
ほろ酔いの彼が、隣の高清水に話し掛ける。

「“タカ”って、周りからは呼ばれてましたね…」
高清水が、ボソッと言う。

「そうかぁ…、じゃあさ…、人間関係も構築できたという事で、今後は“タカ”と呼ばせて貰うけど良いかな?」

「いっスよ…」

「それじゃこれからは、タカさんね…」
ヤマギシが笑顔で言った。

「あ~!、良かった!」

「どうしたの?」
何が良かったのか?、ミマが彼に訊く。

「だってさ、“タカシミズ”なんて、長すぎて呼びづらいよ」

「確かに…(笑)」(ミマ)

「良かったね?、タカさん♪」(ヤマギシ)

「何がっスか?」(タカ)

「ヘンなあだ名、付けれなくて…(笑)」
そう言うヤマギシの言葉に、少しだけ首を傾げるタカ。

「こーさんってね、人の名前覚えるのが面倒だから、すぐ変な、あだ名つけるのよ」
ミマがタカに言う。

「店長の事も、“ドカチン”って、名付けたの、こーさんなんだから…(笑)」(ヤマギシ)

「失礼よねぇ~(笑)」
タカに相槌するミマ。

「なんだよぉ、おまいらだって、そう呼んでるじゃねぇかぁ」(彼)



「だって、ホントに的を得た、あだ名なんだもん…(笑)」(ヤマギシ)

「だろ?(笑)」(彼)
彼がそう言うと、ほろ酔いのヤマギシや、ミマも笑った。


「じゃ!、また!」

彼がそう言うと、他の皆も同じ様に「また!」と、言う。
それぞれ、帰る路線が別だったのえ、JRのガード下の辺りで、皆は解散した。


 翌日
講義が終わった午後の大学講義室

彼が講義室の前を通ると、ギタリストのカズの周りに人だかりが出来ているのに気づく。
周りには、いつもの仲間たちがカズを取り囲んでいた。

「それでまぁ…、こういうシーンもバッチリってワケよ♪」
カズが仲間たちに得意げに話す。

「なに話してンだ?」
その講義室に入った彼は、傍でカズの話に耳を傾けている、大山テルに訊いた。

「ああ…?、君か…?、今、大事な話し聞いてんだから邪魔しないでくれよ…」

小柄でぽっちゃりした、メガネの大山テルが面倒くさそうに言う。
そのタイミングで、講釈をたれているカズが、彼に気づいた。

「おお~!、こーくん!、丁度良かった!、君も今夜ウチでやる鑑賞会に来るかい?」(カズ)

「鑑賞会…?」
怪訝な表情の彼。

「俺さ、バイト始めたんだよ!、レンタルビデオ屋で♪」(カズ)

「そうなんだ…?、カズもバイト始めたんだぁ?」

「ああ…、それで、その店は、大泉学園の駅前にある店でさ!、“スクリーン&GOO”っていって、デカイ店で有名なんだよ♪」
「芸能人とかも会員で、ビデオ借りに来るんだぜ♪」(カズ)

「芸能人…!?」



「この前なんか、“太陽にほえろ”の、山さんが借りに来たぜ♪」
「帰り際、『山さんッ!』って、俺が声かけたら、手を挙げて応えてくれたぜ♪」(カズ) ※実話

「へぇ…、そいつぁスゲェなぁ…」

「それでさ、その店の天井裏に、あるビデオを発見しちゃったんだよ♪」(カズ)

「あるビデオ?」

「裏だよ、裏!、“洗濯屋ケンちゃん“”とか、“レッドゾーン”とか、いっぱいあってさ♪」
「多分、店長が店の天井裏に隠してたんだな…、それを俺は持ち出して、家で観ちゃったんだよ♪」
カズがそう言うと、周りの連中は一斉に「ウラぁッ!」と、口を揃えて叫ぶ。

「お前、そんなことして大丈夫なのか…?」

「大丈夫!、大丈夫!、店長だって、『おい!、天井裏の裏ビデオが消えたけど、お前ら知ってるか?』なんて、バイト連中に訊けないだろ!?(笑)」(カズ)

「それで、その裏ビデオを、今夜カズんちで鑑賞するってワケか?」

「そうそう♪、だからお前も来いよ♪」

カズがニタニタしながらそう言うと、周りの連中も彼を見てニヤニヤしながら、「ウ~ラ、ウラウラ…、ウラァッ!」と、叫んだ。

「レコーディングは良いのか?」
今夜は、いつも2人でやってるオリジナル楽曲の録音はやらないのか?と、彼が訊く。

「今夜は鑑賞会が優先だ♪、だから録音は、その後だ!」(カズ)

「鑑賞会の後なんて、できねぇだろ?、なら俺はいいよ…」

「まぁ聞けよ…、実はな…、今夜、スゴイものが手に入ってな…(笑)」(カズ)

「天井裏からか…?」

「そうだ…(笑)」(カズ)

「なんだよ?、スゴイものって…?」

「アイドルの裏ビデオだ…(笑)」(カズ)

「ええッ!?、噂では聞いたコトあるけど、あれってホントにあンのかぁ!?」

「ある…!(笑)、しかも、おニャン子の新田エリちゃんの裏だッ!」
カズがそう言うと、テンションの上がった取り巻きたちが一斉に、「ウラァァーーッ!」と、叫んだ。

「そういう事なら仕方ない…、事実かどうか確認しなくちゃな…」

「何スカしてんだよぉッ!、観てぇなら観てぇって、素直に言えよぉッ!」
「じゃあ、今から俺んちで、鑑賞会へ行くぞぉぉッ!」

カズが手を挙げて、そう叫ぶと取り巻きたちは「ウラァァーーーッ!」と、声を1つに叫んだ。

そして講義室を出るカズたち。
連中は、「ウ~~ラ、ウラウラウラァ……、ウラァァーッ!」と、叫びながらカズの後をついて行く。



「“ジャングル黒べぇ”かよ…?」
彼はボソッとそう言うと、少し距離を取りながら、連中の後について行った。



 練馬区石神井 カズの自宅部屋
カズの自宅に着いた皆は、地下スタジオと直結しているカズの部屋に陣取る。

「じゃあ、さっそく新田エリちゃんのやつから始めっぞ…!」
優越感に浸るカズが、イヤラシイ笑みを浮かべながらビデオをセットした。

鑑賞会がスタートした。
彼は、TV画面の前で食い入る様に胡坐をかく連中の後ろから、少し離れて腕を組み立っていた。

画面から女優が出ると、連中は「おお~ッ♪」と、歓声を上げた。
すると後ろに立っていた彼が、突然笑い出す。

「ははは…」
笑う彼に、一同が振り返る。

「なんだよ?」
カズが怪訝な顔で彼に訊く。

「お前らバカだな…(笑)」

「何ッ!?」
一同が、彼にムッとする。

「そりゃぁ、新田エリじゃねぇ…(笑)」

「えッ!?」(一同)



「新田エミだ…(笑)」
ニヤリと、彼。

「新田エミッ!?」(一同)

「おニャン子人気に、あやかってAVデビューした、そっくりさんだ…(笑)」

「ええッ!?」(一同)

「まったく…、そんなこったろうと思ったぜ…」
彼はヤレヤレという感じで、連中を眺めて苦笑いをするのであった。


 PM7:00
「なぁみんな、ヤギ(八木原)なんか無視して、このメンバーで新しいバンド組まないか!?」

ビデオ鑑賞会も終わり、カズの部屋で酒を飲んでいた仲間たちへ、ギタリストのカズが突然言った。
それを聞いたドラムの鈴木ヒロカズや、キーボードのナカジーが、「え!?」と、驚く。

「こーくんをボーカルにして、オリジナル(曲)で、ライブやろうぜ!」
「あんな金や時間にだらしないボーカルなんて、もう要らないじゃん♪」(カズ)

「オンナにもです…」
バンドには関係のない、ライブの常連客である大山テルが、ボソッと言う。

「カズ…、俺はまだボーカルなんて無理だ…」
彼が言う。

「大丈夫だって!(笑)、年内には初ライブをやろうぜみんなぁ♪」
「なぁ荒木くんも、そう思うだろ?(笑)」

カズは、隣にいた荒木に訊く。
しかし、荒木は返答に困っている様子で、何も言えないでいた。

「カズくん…、荒木くんは、バンドから君が抜けたから、やっと今、ギタリストに戻れたんだよ…」
大山テルが、そう言う。

荒木は元々ギタリストであったが、カズがバンドにいた為、ベース担当にさせられていた。



確かに八木原は問題の多いやつであったが、現在ギターを担当できる環境になれた荒木にとっては、複雑な心境である。
そんな荒木に気を遣うヒロカズやナカジーも、素直に快諾は出来ないのであった。

「そうかぁ…、悪かったな…」
みんなの気持ちを察したカズが、申し訳なさそうにつぶやく。



「カズ…、大体、年内にオリジナルでライブやるなんて、そもそも無理があるんだから…」
「まぁ、俺とバンドを組んでくれるという考えは嬉しいが、現実にはメンバーもいない状況なんだから、当分は曲作りでもしてようぜ…」
彼がカズに言う。

「そうかぁ…、ドラムとベースが必要かぁ…」
カズは天井を見つめる様に顔を上げ、そう言った。


 AM1:43

カズの部屋は随分と広かった。
既に仲間たちは、各々がカーペットの上で雑魚寝をしている。
ただ1人、彼だけは深夜放送をやっているTV画面を黙って見つめていた。

そんな中、しばらくすると自分のベッドで寝ていたカズが、眠い目をこすりながら起き上がって来くるのであった。

「おい、まだ起きてンのかぁ…?」
カズがTVを見つめる彼に話し掛ける。

「ああ…、悪い…、起こしちまったな…」

「いいよ別に…、ところで、なんでTVなんか観てる?」
深夜のCM放送を観ていた彼に、カズが訊いた。

「カズ…、俺さ、考えてたんだ…」



「何を…?」
タバコに火を点けたカズが言う。

「この前さ、ただ曲を作れるだけじゃダメだと…、その先にある何かが重要だってハナシ…だよ」

「ああ…、あれね…」
カズはそう言うと、大きなあくびをした。

「TVのCMを観てて思ったんだけど…、ヒットしてる曲ってのは、大体CM曲としてタイアップしてるんだなって…」

「それがどうかしたのか…?」

「こんな風に有名企業のCM曲として、何度も何度も曲が流れると、人ってもんは、その曲に馴染みを感じるんだろうなって…」
「曲のサビが何回も流れ続けるうちに、人はその曲に愛着を覚え、段々と認知されていくんだろうなって思ったんだ」

「それはあるだろうな」

「それで、その認知された曲を、人はカラオケで歌いたくなって歌い。それをカラオケボックスで聴いた人たちへ、連鎖的に広まって行って、結果その曲がヒットに繋がるんだとね…」

「その理屈は分かる…。だけどな、俺たちはアマチュアなんだから、そんなCMタイアップをするなんて無理だよ」

「分かってる…。だから数少ない発表の場で、いかに人々の心に印象付けるかがポイントなんだ」

「それは、どういう事だ?」

「つまり、曲名とサビを1回で憶えて貰うには、曲名はサビと連動しなきゃならない!、サビの歌詞を曲の題名にするんだ」
「それと、少ない回数でもTVで聴くのと同じ位、サビを印象付ける為、変に凝ったりせず、キャッチーなメロディにしてリフレインするんだ!」
「そうすれば、俺たちの曲を聴いた人たちは、必ず曲名もサビも覚えてくれるはずだ!」

「ナルホド!」

「そして、流行りに乗っかっちゃいけない…」

「どういう事?」

「流行ってのは、それに乗っかれば乗っかるほど、時間の経過と共にダサく見られてしまうって事だ」

「流行には乗った方が良いだろ?」

「ダメだ…。俺たちの曲が認知されるまでのタイムラグを考えたら、その頃にはもう、その曲はダサくなって笑いモンになってる…」

「じゃあさ、次の流行の最先端を先取りしちゃうってのは、どうだ?(笑)」

「それは、ものすごく確率が低い。そうやって成功したミュージシャンは、ほぼ、たまたま運が良かっただけに過ぎん」

「じゃあ、どうすんのさ…?」

「長く聴いてもらえる曲を作る!」

「え?」

「時代の流行に左右されない、いつ聴いてもダサく聴こえない曲を作るんだよ」

「そんな曲って、あるのか?」

「あるじゃないか!、山下達郎、ユーミン、サザン…、彼らの曲は、何十年経っても、人々に受け入られている」

「確かに…!、だけど、それをどうやって実現すんだ?」



「分からん…。それを今、考えてるんだ…」

「ふぅん…」
カズはそう言うと、ニヤリと笑った。

それは、これこそが、以前のバンドを抜けてまで、彼とバンドを組む意味なんだという事を…。



 2日後、渋谷ダイニング“D”

彼がバイト先に現れる。
この日は、タカとヤマギシ、そして、S大学のチヒロが出勤していた。

「おはようございます(笑)」
フロアに入った彼に、チヒロが挨拶する。



チヒロは、ストレートロングヘアで身長が175cmある。
当時、同じ大学に通うカレシと付き合っていた。
チヒロのカレは、彼女よりも身長はあったが、脚の長さではチヒロの方が長かった様だ。

チヒロが言うには、別にカレシが短足というワケではないが、カレシのデニムを穿いた時、チヒロには丈が短かったと言っていたからだ。

カノジョは、数年後、大学の卒業前に、ここでのバイトを辞めるのだが、その3ヶ月後に、ミスユニバース日本代表に選ばれた事を彼は新聞で知った。

その後、上岡龍太郎が司会をするTV番組に出ていたチヒロを観た時、彼女は芸能界に進むのだろうか…?と思ったが、それはなく、普通に一般人として地元で結婚した様だ。

「おはよう…」
彼がチヒロに挨拶をする。
そこへタカとヤマギシも彼に気づき、近づいて来た。



「おはよーこーさん」
ヤマギシが言う。

「うす…」
寡黙なタカもボソッと挨拶をして来た。

「おはよう!」
彼が2人に笑顔で挨拶をする。
するとタカがニヤッと笑い、彼に近づき小声で言った。

「こーさん…、今夜バイト終わったら、飲みに行きましょうや…(笑)」

「ああ…、いいぜ…(笑)」

「今日は俺が1人で、よく飲みに行くとこに連れて来ますよ…」
タカがそう言って含み笑い。

「日本酒専門店か?」
彼が訊く。

「“祭ばやし”の事ですかい?、あそこも行きますけど、今夜は違います(笑)」
※“祭りばやし”は、当時の渋谷に存在した日本酒専門の居酒屋

「違うんだ?」

「ええ…、今日は洋酒ですね…、BARです(笑)」

「タカは日本酒以外もイケるんだぁ?」

「ええ…、基本、何でも飲めます。俺、酒飲むと、あんま食べないから、BARとかの方が良いんで…(笑)」

「どこ行くんだ?」

「センター街のHABです」

「ハブ…?」

「そこは海外スタイルのキャッシュオンで、大体、ワンドリンク500円くらいです」

「BARにしちゃ、かなり安いな…(笑)」

「でしょ?、だからよく通ってます(笑)」

「じゃあ、そこへ行こう♪」
彼がそう言うと、後ろから店長のドカチンが近づいて来た。



「ほら、オタクたち!、おしゃべりしてないで、仕事やって頂戴!」
オネエ言葉みたいな言い方で、ドカチンが言う。

「は~い…」
ドカチンに注意された彼らは、フロアへ赴きオーダーを取りに行った。




 そしてバイト後、彼はタカと2人でHABに来ていた。

「タカの方から誘ってくるなんて意外だな…」
ウッドテーブルの正面に座るタカへ、彼が笑顔で言う。

「こーさんは、一緒にいても居心地悪くないんで…(笑)」
ウィスキーのロックを手にしたタカが言う。

「何だそりゃあ?」
彼はそう言うと、ジンライムを口にした。

「こーさんは、仕事の教え方も、アシストもバッチリなんスよ」

「ん?」

「仕事の説明は、心地よいテンポでしてくれるし、ピンチの時は、絶妙のタイミングでアシストしてくれるんスよ」
「痒いところに手が届くって言うか…、とにかく一緒に仕事してて、気持ちよく働けるんス…」

「そうか、ありがとう…」

「俺、高校んとき、地元の秋田でバイトしてたんスけど、そこのバイトの先輩がムカつくやつでしてね…」

「ムカつく…?」

「何でも正論をぶつけてくるんスよ、そいつ…」
「そいつは、俺が仕事で困ってる事の相談に乗る気なんて更々なくて、いかにディベートで、相手を言い負かすかという事が重要なんスよ」

「そりゃ、イラつくな…?、正論だと、こっちも分かってても、聞き入れ難いよなぁ…」

「でしょ!?、そいつ、今、この場でしゃべってる自分に酔ってるんスよ」



「嫌だねぇ~、そういうやつは…(笑)、大体、人を説得するってのは、言い負かす事じゃないからな…」
「まず相手が聞く耳持ってくれる様にしないとダメだし、言い負かしちゃったら、遺恨が残るだけだもんな…」

「で、そいつって、間が悪いんスよ。相手に仕事を頼むタイミングとか、仕事の説明するときとか…」
「いつも間が悪くて、仕事のペースを崩されるんで、すげぇイラついてましたもん…(笑)」

「そうだな…、結局、人の相性ってのは、心地よいテンポのリズム感なのかも知れないなぁ…」
「ツーカーの仲とかも、良いタイミングで互いをサポートする。それって仕事とかでも重要だよなぁ…」

「バナナの叩き売りなんかも、そういうとこ熟知してんでしょうね?」
「だから、売れるんでしょうね…?」

タカがそう言った時、彼が何かに気づく。

「ん!」

「どうしたんです?、こーさん…?」



「心地よいテンポとリズム感…、そうすれば人は、その者の事を受け入れやすくなる…」

「何、言ってんスか?、こーさん…??」

「ありがとうタカ!、何かヒントが見つかったよ!」
笑顔の彼がそう言うと、困惑したタカは、「ヒント…?」とつぶやく。

人々に、長く聴き継がれていく曲を作るヒントが、こんな場所で見つけられるとは…!?
彼は、ずっと悩んでいた事への突破口を見つけるのであった。

… To be continued.