バラードは命と引き換える 2話 (夏詩の旅人2 リブート篇) | Tanaka-KOZOのブログ

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 2005年5月のGW明け
この日は気温が高く、まだ5月だというのに陽射しの強い、暑い日であった。

歌手の櫻井ジュンは、柳瀬川沿いの遊歩道を早足で歩いていた。
彼女にとって、ここに訪れるのは実に17年振りである。

太陽の陽射しが、柳瀬川の水面をキラキラと反射させる。
この道を歩きながら、ジュンは当時高校3年生だった頃の自分を思い出していた。

当時組んでいた大学生たちのバンドメンバーや、親交のあった青学の軽音サークルメンバーたちと、よくBBQをしていたこの川。
姉の様に慕っていた青学のクミ、同じプロ歌手となったユミオ、高校時代からの先輩のカズ、そしていつもここで釣りをしていたバンドリーダーの彼。



ここ一ヶ月は辛い事の毎日であったが、懐かしいこの地を訪れた事でジュンの心も癒され、自然に表情にも笑みが生まれた。

(あ!、本当にいた!)
そう思ったジュンの先に、空を向いて寝そべっている1人の男性を発見した。
その男性は、ジュンが歌手デビューする前に在籍していたバンドのリーダーであった。

(ふふ…、今日は釣れないみたいね…)
彼が釣りをしないで寝そべっている姿から想像を張り巡らしたジュンが、笑みを浮かべながら川の方へ降りて、男性の方へと近づいて行く。

「おい!(笑)」
日傘を手にしたジュンが、少し驚かす様に男性の真上から声を掛けた。

ハットを顔に被せていた彼が、ジュンの声に反応して彼女の方を見上げた。

目が合う2人。



「こーくん、久しぶり…」
ジュンが微笑んで言う。

「ジュン…!?、久しぶりだな…、どうしてここが…?」
寝そべっていた彼が身体を起こしながら、少し驚いた表情で聞いた。

「カズが言ってたの」
「あいつなら、きっとここだって…」
彼の問いかけに、ジュンは笑顔で応えた。 

「ふぅん…」
彼がそう言うと、ジュンはその隣に座るのだった。

「よくこんな暑いとこでずっと居られるわね。」
日傘を差したジュンが柳瀬川を見つめながら、隣に座わる彼に言った。

「君だってかつてはそうだったじゃないか」
彼が言う。

「ふふ…、そうね…、そうだったわね…」
柳瀬川の流れを眺めるジュンの横顔は、その頃を思い出し、笑みを浮かべる。



それからジュンは、ポツリ、ポツリと話し出す。

「なんかね…、この川を見てると思うの」
「人生って、青春って、この川の流れみたいに、あっという間に過ぎ去っちゃうんだなって…」

「私がデビューしてから暫くすると、私と同じ様なタイプの若いコたちが、後から後からどんどんデビューして来たわ。私の事を追い詰める様にね…」

「私は追い詰められている後ろを振り返るのが怖くて、ずっとずっと前ばかり見て走ってた…」

ジュンは川の流れを見つめながら、隣の彼にそう言うのであった。

それからしばらくすると、彼が思い出す様に、ジュンに聞く。

「そういえば、今日、のぞみはどうした?」(彼)

「プライベートですからぁ…」
ジュンがカラッとした笑顔で彼に応える。

その言葉を聞いた彼は、(珍しいな…)と思った。
それは、ジュンとマネージャーの、のぞみは姉妹の様に仲が良く、プライベートでも何でも、いつも一緒に行動をしていたからである。

のぞみは中学生だった頃、ジュンの歌の大フアンであった。
ジュンの歌が好きだったのぞみは、高校を卒業すると、ジュンのマネージャーになる為、彼女の所属する事務所へ就職するほどだった。

だが、のぞみがマネージャーに付く頃のジュンは仕事も減り、かつての輝きも消えかけていた。
そんな中でも、のぞみは一生懸命、頭を下げて走り回り、ジュンの歌える場所を見つけ、彼女を支えていたのだった。


「ねぇ、今夜高田馬場のTへ来ない?、私のライブがあるの」
それからジュンが、彼に続けて言う。

Tは、かつてのジュンがライブするには、かなり小さなハコだと彼は思った。

「私、4月初めに新曲リリースしたじゃない?」
「でもほとんど反響ないんだ」

「何が悪いのか、あなたに聴いてほしいの」

ジュンが彼にそう言った。

「分かった何時からだ?」(彼)

「20時」(ジュン)

「じゃあそれまでに行く」(彼)

「よろしく♪、待ってるから…」
ジュンはそう言うと、立ち上がる。

こうしてジュンは、当時のバンドリーダーだった彼を、今夜のライブに誘い込む事に成功した。




 夜21時半。
高田馬場Tでの、ジュンのライブが終了した。

まばらだった客たちは皆帰り、テーブル席には、かつてのバンドリーダーだった彼しか残っていなかった。



「どうだった?」
ステージを終えたジュンが、しばらくすると彼の席までやって来た。

「どうって?」(彼)

「あなたの意見を聞きたいの」(ジュン)

「いいのか?、俺は辛口だぜ」(彼)

「知ってる…。だから聞いてみたいの」(ジュン)

「分かった。じゃあ言ってやろう…」(彼)

「君の歌っている歌詞の内容…、あれ、自分で書いてンだろ?」(彼)

「うん…」(ジュン)

「“好き”とか“寂しい”とか…、なんだありゃあ!?、中学生の作文かと思ったぜ」(彼)

「まぁ…!、ひどい事いうのね」
ジュンは、こういう意見を期待してなかったので、ムッとする。

「あれじゃ無理だ…」
彼は突き放す様に言った。

「でも、私はこれでずっとやって来たわ!」
「これで今までヒットして来たわ!」
彼の言葉にジュンは喰ってかかる。

「それは君が若かったからだ。君がアイドルだったからだ」

「でも今は違う…。君も大人になった」
「そんな事も分からないのか?」



 静寂のライブバー。
ジュンは、彼に言い返せず黙って聞いていた。

「なぜアイドルでデビューした?」
「チヤホヤとおだてられ、耳障りの良い意見しか聞き入れなかった結果がこれだ」

「君の実力があれば、シンガーソングライターとして十分やっていけたはずだ」

彼は、ジュンのデビュー当時から抱いていた不満を、ここぞとばかりにぶちまけた。

「仕方ないじゃない!」
「この世界で生き残っていく為よ!」
ジュンが彼に言う。
彼がそのセリフをジュンから聞くのは、彼女がデビュー間もない頃、浅草の浅草寺で聞いて以来、2度目であった。

「君がそれで良いのならそれで良い…。だがな…、俺だったらやらない…」
「君はもう若くない」
「君がやっている事は、今の若い子たちには響かない!」

彼がそこまで言うと、ジュンは目をにじませ、「ひどいよ…」と小さく言った。

「でも、それが現実だ…」
ボソッと言う彼。

「じゃあ私はどうすれば…?」(ジュン)

「若い奴らと同じ土俵で勝負する必要はない」
「僕らの年代は、僕らの年代ならではの音楽で勝負すれば良いだけだ」

「若者にウケるから良いとか、売り上げが多いから良いとか、そもそも人の心に響く歌ってのは、そういうもンじゃ測れない」
「ユーミンやサザンを見てみろ!、僕らのガキの頃から活動して、未だにトップを走り、老若男女に支持されてるだろ?」

「これからは、一時的にヒットした曲など、人の心に残らずに、どんどん消えて行く…。大事なのは時代に流されずに、長く聴いて貰える曲を作る事だ」
「ジュン!、今の流行に振り回されるな。自分の1曲、1曲をもっともっと大切に扱うんだよ」

彼はそこまで言うと、タバコに火を点け煙を吐き出した。

「ねぇ、あなたが私のプロデュースして!、私、社長に話付けてみる!」
そしてジュンが突然言い出した。

「無理だ」(彼)

「なんで?」(ジュン)

「ジュン…、君は今回の新曲で、だいぶお金をかけてもらった。作曲、アレンジャー、演奏メンバー、そして大掛かりなプロモーション…」
「それでも売れなかった君に、社長はこれ以上、カネなんか出しゃあしない」

「それに君の事務所は大手だ」
「俺の様な、得体のしれない奴を抜擢するとは思えない」

「残念だが、次回のチャンスを待つんだ」

彼がそう言い終えると、ジュンが声を荒げて言い出した。

「それじゃダメなのッ!」
「私には時間がないのッ!」

「何をそんなに焦ってる…?」
ジュンの態度に驚いた彼がジュンに理由を聞くが、彼女は黙ってしまった。

「話してくれないか?、その訳を…」

彼が再び聞く。
するとジュンはゆっくりと話し出した…。



 彼女の話は、マネージャーの、のぞみの話であった。
のぞみは31歳。
ショートカットの似合う、童顔で明るい女性だ。

のぞみは、売れなくなったジュンと苦楽を共にした、いわば戦友の様な存在であった。
彼女はジュンの仕事を取るために、毎日がむしゃらに動き回っていた。

「なんか身体が重だるい…」
そう言ったのぞみに「あんま無理しないでね?、あなたが居ないと困るわ私」と、ジュンが言った。

それからしばらく経った4月の半ば、のぞみは無理がたたったのか倒れてしまう。

緊急入院する事となったのぞみ。

「こっちは大丈夫だから心配しないで。早く元気になって戻って来てね」
ジュンはのぞみにそう言った。

のぞみも笑顔で「行って来ま~す♪」と、明るく応えた。
しかしのぞみは、なかなか退院することができなかった。

日々、痩せ細っていくのぞみ。
見舞いに行ったある日の帰り、のぞみの母からジュンは、彼女の容態を知らされた。

のぞみは急性白血病であった。
明日から抗がん剤の治療が始まるが、はっきり言っていつまで生きられるか分からないという状態であったのだ。

 ジュンの話が終わった。
うつむいていて、髪で顔が見えなかったが、彼はジュンが泣いていると分かった。

 「だから私には時間がないの!」
「あの子が死ぬ前に、もう一度ヒット曲を出して、あの子を安心させてあげたいのッ!」
ジュンが訴える様に彼に言った。

「分かった…。そういう事なら力を貸そう」
彼が静かに言う。

「ありがとう…」
「でも…考えてみたら。私には、あなたを雇うだけの資金を持ち合わせていないわ…」(ジュン)

「ジュン…。僕らはバンドで知り合ったときから、一度だってカネ目的で音楽をやった事なんてなかったよな?」
「だから金の事は気にするな。君もあの頃の、そういう気持ちを忘れるな」(彼)

「ありがとう…」
彼の言葉を聞いたジュンは、うなだれて声を震わせながら言った。

「じゃあ、明日からカズの家のスタジオに集合だ」
「金もかけられない。だから新曲は、ピアノだけのバラードで勝負する」(彼)

「ピアノだけ…?」
ジュンが聞き返す。

「そうだ。俺が初めて君の歌を聴いたのは、君が弾き語るバラードだった」
「君がデビューするきっかけになったのも、そうだった」
「君の1番のウリは、弾き語りナンバーなんだ」(彼)

「分かったわ」
ジュンが応えた。

「それからヒットするか、どうかなんていうヨコシマな考えは止めろ」
「自分が今できる事だけを考えて実行するんだ。分かったな?」
彼がそう言うと、ジュンは黙って頷いた。



そして、それから間もなく、2人は夜のさかえ通りを駅に向かって歩いていた。

「ジュン…、カッコつけるなよ」
高田馬場駅が近づく頃、彼が隣を歩くジュンに言った。

「カッコつける?」(ジュン)

「そうだ…。気取らずに歌詞を書けという事だ」(彼)

「ふぅん…」(ジュン)

「ジュン…、人ってのはな…、カッコつければ、カッコつける程、皮肉な事に、周りからはカッコ悪く見られちゃうモンなんだよ…」(彼)

「へぇ…、でも、こーくんなんか、いつもカッコつけてない?」(ジュン)

「俺?…、俺はカッコつけてなんかないよ…。(笑)」(彼)

「そお?」(ジュン)

「俺は、これが素のままだ…」(彼)

「そうなの?」
怪訝な表情でジュンが言う。

「俺はカッコはつけない…。だが、カッコ悪く見られない様には、気をつけている」(彼)

「何?、それって同じ事でしょ?」(ジュン)

「違うよ…。そうだなぁ…。ほらジュン!、あの女性を見てみろ」
彼はそう言って、駅に向かって小走りをしている女性を指す。

「あれが何か?」
その女性を見たジュンが聞く。

「彼女は、あんなにファッションをバッチリ決めて、しかも美人なのに、ドタバタと足を上げて走っていて、勿体ないと思わないか?」(彼)

「どういう事?」(ジュン)

「あの女性の今の姿と、あの女性が、黙って落ち着いて、たたずんでいる姿とでは、どっちが良いオンナに見えるかって事だよ」(彼)

「そりゃあ、黙ってたたずんでる方が、良いオンナに見られるんじゃないの?」(ジュン)

「そうだよな?、彼女は美人なのに、わざわざ自分の価値を下げてしまっているよな?」
「そこで俺なら、あの女性にドタバタと走るのはみっともないからやめろとアドバイスをするとしよう」

「するとアドバイスを聞いたあの女性は、自身の価値を下げず、今までよりもワンランク上のオトコと出会えるというワケよ」
「そこでジュンに質問する。あの女性がドタバタと走る行いをやめる事は、カッコつけてる事か?」
彼がそう聞くとジュンは首を横に振る。

「違うよな?、つまり彼女は、カッコ悪く見られないようにしただけだ…。俺が言いたい事は、そういう事だ…」
彼はジュンにそう言うと、ニヤッと微笑むのであった。

 こうして2人は何十年振りかとなる、カズの自宅録音スタジオに集まって、ジュンの新曲作りを始める事となった。



翌日
都立H病院、血液内科病床

「え!?、ジュンちゃん新曲を作るの?」
ベッドに横たわるのぞみが、ジュンに言う。

「ええ…、この前リリースした曲に、いつまでもこだわっててもしょうがないでしょう?」
「だからさっさと気持ちを切り替えて仕切り直す事にしたの!」
ベッドの脇の椅子に掛けているジュンが、のぞみに言った。

「よく宝田社長はOKしたね?」(のぞみ)

「社長の許可は取ってないわ。私が勝手に動いてやるの!」(ジュン)

「1人で大丈夫なの?、ジュンちゃん…」(のぞみ)

「1人じゃないわ。学生時代のバンド仲間に協力してもらうの」(ジュン)

「学生時代のバンドメンバーって、前に石神井公園でレコーディングしてたあの人たち?」(のぞみ)

「そう、こーくんとカズよ!」
そう言って微笑むジュン。

「そうなんだぁ…?」(のぞみ)

「待っててね、のぞみ!、その新曲が完成したら、いの一番にあなたに聴かせるから!」(ジュン)

「うん」(のぞみ)

「そして、その曲をTVに出演(で)て、歌うから、あなたに画面に映る私を見せてあげるからね!」(ジュン)

「そんな無理しなくても良いよ、ジュンちゃん」
ここ数年、歌番組で歌うどころか、TVにも出られないジュンを気遣って、のぞみは言う。

「私は、その曲を完成させたら、必ずTVで歌う!、約束するわ!」(ジュン)

「ふふ…、ありがとう…。待ってるね…」
ジュンが余りにも熱く語るので、のぞみは少し嬉しく思うのであった。



「それじゃ今日はもう帰るね!、これから新曲作りに行くから!」(ジュン)

「うん…、頑張ってね…」
のぞみがそう言うと、ジュンは「またね!」と言って、病室を元気よく飛び出して行く。

ジュンが病室を出て数秒後の事であった。

「はぁはぁはぁ…」
のぞみが苦しそうに息をする。

のぞみはジュンに心配かけまいと、無理して元気を装っていた。
抗ガン剤の点滴治療も既に始まっており、その副作用の苦しさが、のぞみの身体を襲っていたのだった。

東京 練馬区
石神井公園にあるカズの自宅前に来ていた。

「じゃあ俺、これからレコーディングあるんで!」
これから青山のレコーディングスタジオに向かうカズは、地下のレコーディングスタジオを勝手に使ってくれと、2人に言った。

カズは、今では様々なレコーディングに参加する、売れっ子ギタリストになっていた。

「出かけるときはちゃんと鍵かけろよ!いいな!?」
そういうとカズは車の窓を閉めて出発した。

2人は走り去っていくカズの車を見送りながら、ポカーンと立っていた。

「いいなぁ…」
仕事が途切れないカズに、ジュンが羨ましそうにポツリと言った。

「さぁ!、始めるぞッ!」
元バンドリーダーだった彼はジュンにそう言うと、2人はレコーディングスタジオに入った。

 「さてと…」
彼は言った。

「君の楽曲のアプローチはあれで良い」
「問題は君の書いた歌詞だ」

「君の歌詞は、“悲しい”とか“辛い”とか、ネガティヴなワードばっか出てくる」
「自分の弱さを楽曲に込めて、ストレスを吐き出してる様な感じだ」

「昨日も言ったが、若いころだったらそれで良い」
「なぜなら若い時は繊細で、誰もがそう悩んでいるからだ」

「当時君が売れたのは、そういった若者リスナーの、“心の代弁者”になっていたからだ」
「でも代弁者になれたのは、君が彼らと年齢が近かったから、お互い仲間意識を持ってもらえた事が大きく作用している」

「今となっては君も、さんじゅうご…、」
そう彼が言いかけると、ジュンは彼をギロリと睨んだ。

 「はは…、まっ…、まぁとにかくだな、若者の気持ちを僕らが同じ目線で語ったところで、拒絶されるのがオチさ」

「では、当時君の曲を聴いてくれていたリスナーは現在どうか?というと、僕らと同年代だ」
「結婚や子育てやらで、はっきりいって君の愚痴なんて聞いてる余裕なんかはない」



「じゃあどうすれば良いの…?」
ジュンが聞く。

「君は今まで、自分の事だけの気持ちを、独りよがりに歌詞にして歌って来た」
「“自分の事を分かって欲しい!”と、ひたすらにだ」

「今まで君の歌を聴いてくれていた人たちの為に、今度は君がみんなの力になれる様な歌詞を書くんだ」
「今度は自分の為じゃなくて、他人(ひと)の為に歌を作るんだ」

「他人(ひと)の為…?」
彼をまっすぐ見つめてジュンが言う。

「そうだ…。他人(ひと)の為だ…」(彼)

「ふぅん…」(ジュン)

「ジュン…、いいか?、人はな、人の為に生きてこそ、その姿が美しい、そして人の為に生きている人こそが、本当の幸せを手に入れられるんだ」(彼)

「本当の幸せ?」(ジュン)

「ああ…、幸せってのは、カネや地位を手に入れる事ではない。そうやってカネや地位でしか、人と付き合って来なかったやつは、最期は寂しく孤独に亡くなって行くんだ」

「人間は死ぬときに、その人がどんな事を残していったかによって、価値が決まる」
「後に残した人たちの為に生きて来た人は、亡くなった時、多くの人たちに惜しまれ、そして永遠に語り継がれていく」

「そういう生き方を全うした者が、本当の幸せを手に入れたんだと思う。分かるか…?」

彼がそこまで言うと、ジュンは無言で頷く。
そして続けて「分かった…。やってみる!」と言い、彼をまっすぐ見つめるのであった。

こうして、2人の曲作りはスタートした。


1週間後
都立H病院、血液内科病床

「え!?、もお曲が出来たの!?」
ジュンの報告に驚くのぞみ。

「曲が出来たと言っても、まだメロディーラインだけよ。歌詞作りは今日から始まるの」
「歌詞が出来て行く行程で、曲もアレンジしていくから、まだ曲の構成は、ざっくりで良いんだってさ…」
ジュンが微笑みながら、ベッドに寝ているのぞみに言った。

「へぇ…、そうなんだぁ…?」(のぞみ)

「それよりもさ…、今日は、マーロウのプリン買って来たんだよ♪、一緒に食べようよ♪」
ジュンが、西部デパートで購入して来たプリンを袋からガサゴソと出す。



「マーロウって、美味しくて有名なやつでしょ?、ビーカーに入ってる、変わったプリンだよね?」(のぞみ)

「そうだよ♪、早く食べよ♪」(ジュン)

「ごめんジュンちゃん…、私、今、食欲無くて食べれないよ…」
のぞみが弱々しく言う。

「そっか…」(ジュン)

「ジュンちゃん1人で食べて…」(のぞみ)

「え!、いーよ!、いーよ!」
「冷蔵庫に入れとくから、後でお腹すいたら食べて!、もう1つはあなたのお母さんにでもあげて」
ジュンはそう言うと、個室病床に設置してある冷蔵庫の中にプリンを並べて入れた。

「いつも悪いね…」(のぞみ)

「良いのよ別に…!」
「それじゃ私、そろそろ行くね!」(ジュン)

「うん…、頑張ってね…」(のぞみ)

「じゃあ、またね!」
ジュンはそう言うと、病室を後にした。

「ふぅ…」
ジュンが出て行ったドアを見つめるのぞみが、ため息をつく。

「私どうしちゃったんだろ…?、最近は食欲も無いし…」
のぞみはそう言って、額から前髪をかき分けた。

「えッ!?」
のぞみが驚く。
それは、のぞみの手の平に自分の抜けた髪が、ごっそりと絡みついていたからだ。

「え?、え?…、やだ…、なにこれ!」
泣きそうな声で、のぞみが言う。

のぞみはベッド脇の棚から引き出しを開ける。
そして震える手で鏡を持つと、自分の顔を恐る恐る見た。

「いやぁぁぁ…ッ!」
鏡に映る自分を見たのぞみが、悲鳴を上げた!



 練馬区 石神井公園 カズ自宅スタジオ
のぞみの見舞いからスタジオに入ったジュンは、歌詞作りを始めていた。

「ダメだ!ダメだ!こんなんじゃ!」
ジュンの書いた歌詞を見たバンドリーダーだった彼が言う。

「あなたの言う様に、ちゃんと思うままに書いたわよ…」
キョトンとしてジュンが彼に言う。

「いいか?ジュン。特定の恋人や親族をイメージさせる歌詞は、ほとんどの人が他人事だと思って、メッセージに関心を持ってくれない!」

「“これって、もしかして自分にも当てはまるかも…?”と想像してもらえる様な、広くて、曖昧な言い回しにした方が良いんだ!」(彼)

「どうして?」(ジュン)

「人ってのは、自分に関係のないものには傍観してしまうんだよ。どれだけのミュージシャンたちが、日々、曲を発表してるか考えろ」

「サザンやユーミン、達郎(山下)らの曲が、人々を惹きつけるのは、幅広いターゲットに当てはまる、メッセージを発信しているからだ。だから共感されるんだ」(彼)

「あなたもそうやってるの?」(ジュン)

「俺が何で夏の曲を書いているのか分かるか?、夏をテーマにすれば、誰でもどこかで共感する部分が出て来るからさ」

「恋人がいる人なら1度は海に行くだろ?、恋人が1度も出来た事のない人だって、子供の頃の夏休みの思い出とかあるだろう?」

「夏祭りや、昆虫採集、親の田舎に泊まりに行くとか、いろいろあるだろ?」

「つまり夏ってのは共感度を生む可能性が極めて高い。そして気持ちをワクワクと開放させてくれるから、リスナーから受け入れられやすいんだよ」

「俺はそうやってターゲットを設定して曲を作っているよ」

彼がそこまで言うと、ジュンは「へぇ…、そうだったんだぁ…?」と、少し感心した。

「それからな…、君の書いた歌詞を見て思うんだが、これは歌詞ではない」(彼)

「歌詞じゃない?」(ジュン)

「そうだ。歌詞ってのは、音楽に乗せて聴いて、初めて効果を発揮する」
「だから歌詞だけを読んでも、文章自体には、そんなに感動はしない」(彼)

「私は凝り過ぎていると…?」(ジュン)

「まぁどちらかと言えばそうだけど、そこまでも行ってないよ。前も言ったが、まだまだ中学生の作文ぐらいの表現力だからな…(苦笑)」(彼)



「まったく!、失礼しちゃうわね!」(ジュン)

「ジュン…、歌詞を作詞するのには、ルールがあるんだよ」(彼)

「ルール?」(ジュン)

「そう。作詞(lyric)は俳句の様に、決められた枠の中、最小限の言葉で最大限のメッセージを伝えなきゃならない。それとテンポも重要だ。そういうところは、俳句や短歌に似ている」

「一方、作詩(poem)は、文章を読むだけで心に響くメッセージを送るのが重要だ。だからテンポも関係ない、むしろ難解な言い回しで、相手の目を惹きつけ、読む行為を止めさせてしまっても良いくらいだ。(彼)

「難しくて分からないわ…。何かテクニックとかないの?」(ジュン)

「無いこともないが、あまりそういうのを狙って書かない方が良い。1番良いのは、歌詞を書く技法が自然に出てくる事だ」

「だが、よい歌詞が書けた時に、その理由を検証する場合に、その技法を知っておくというのも大事な事だ」(彼)

「じゃあ、それ教えてよ」(ジュン)

「しょうがないな…。分かった。例文を出して解説しよう。ただし、絶対にテクニックを意識して狙った歌詞を書くなよ。返ってダサくなるから…」(彼)

「分かった…」(ジュン)

「まずは、俺が書いた詩(poem)がこれだ」
彼はそう言うと、自作の詩(poem)をキャンパスノートへサラサラと書きだす。

「これは詩(poem)だ」
そう言ってノートをジュンに見せる彼。

症候群(シンドローム)

 朝、目が覚めると僕の身体から、根が張っている事がたまにある。
布団には、僕の身体から生えている根がしっかり張られており、まるで身動きが取れない。

 さういう朝は、決まって、昨日までの僕の鋭気が、逆に布団へと吸いとられてしまうのだった


症候群(シンドローム)@Tanaka-KOZO

「何これ?、意味不明なんですけど…」(ジュン)

「詩(poem)ってのは、何でもない日常の1コマを、敢えて難解な言い回しで書いたりする。それが文学的でかっこいいんだよ(笑)」

「“さういう”ってのも、本来なら“そういう”って書くところを、そう書いた事で、戦後間もない昭和の雰囲気を醸し出す様に表現してる」(彼)

「ふぅん…」(ジュン)

「では次は、作詞(lyric)だ」
「これは俺の弾き語り曲で、1番の歌詞だけを書いたもの…」
そう言って、ジュンに歌詞を見せる彼。

 長い坂道

長いあの坂道
自転車で降りてみた  
いつかの海が見えた

通りすがりの雨も止んで、雲の隙間から陽ざし

遠回りしたわざと、ゆっくり眺めたい 
波は必ず僕に寄せては返すよ

遠くの町で暮らしてる君に見せてあげたいよ。
ここで一緒に


長い坂道@Tanaka-KOZO

「ふぅ~ん…」(ジュン)

「な?、歌詞って、それだけ読んでも、あんまり心に響かないだろ?(笑)」
「それは歌詞ってのは曲の一部でしかないからなんだ。歌詞はメロディーに乗せる為に書かれたものだからだ」

「では、この歌詞について解説しよう」
そう言って彼は、ジュンが見つめる歌詞について解説をする。


  長い坂道 (曲名)

(Aメロ1)
長いあの坂道
自転車で降りてみた  
いつかの海が見えた

(Aメロ2)
通りすがりの雨も止んで、雲の隙間から陽ざし

(Bメロ)
遠回りしたわざと、ゆっくり眺めたい 
波は必ず僕に寄せては返すよ

(サビ)
遠くの町で暮らしてる君に見せてあげたいよ。
ここで一緒に


※解説
「この歌詞は、遠距離恋愛を歌っている内容だ」
「元々は近くに住んでいた恋人の女性が、今は遠くで暮らしていて、その恋人へ宛てたメッセージなんだ」

「曲名の“ 長い坂道 ”とは、湘南の七里ヶ浜の前にある長い坂道の事だ」



「海と踏切を背にして、まっすぐに伸びる広い坂道は、左側に県立七里ガ浜高校。右側には鎌倉プリンスホテルやゴルフ場があり、その間を通っている」

「坂を上って振り返ると、その目の前には七里ヶ浜の海が見渡せる、絶景viewポイントが広がる」

「(Aメロ1)では、主人公が恋人を思い出している様子が分かる。そして、以前、恋人とここに来たことがあるのだと分かる」

(Aメロ1)
長いあの坂道
自転車で降りてみた  
いつかの海が見えた


「(Aメロ2)では、その場所にいる主人公の情景を伝えている。そして、つい先ほどまで雨だったが、今は晴れ渡っている事が分かる。その光景は、主人公の心情も表している」
「この様にAメロ1、2では、情景描写を中心に書き、聴き手のイメージが湧きやすくなる様にしている」

(Aメロ2)
通りすがりの雨も止んで、雲の隙間から陽ざし


「そしてBメロ。ここでは主人公の願いを込めている。ちょっと分かりづらいと思うが、ここで比喩表現を入れている」

「“波は必ず僕に寄せては返すよ”というフレーズは、いつかチャンスは、再び自分に舞い戻って来るはずだという願いを比喩表現で書いた。この様に、歌詞の中に比喩表現を入れるのは良い表現方法だから覚えておく様に…」

(Bメロ)
遠回りしたわざと、ゆっくり眺めたい 
波は必ず僕に寄せては返すよ


「さて、最後にサビだ。ここでようやく、恋人たちが離れて暮らしているんだなぁと分かる。そして、“ここで一緒に”というフレーズで、またここで一緒に暮らそうと呼びかけてる訳だ」

(サビ)
遠くの町で暮らしてる君に見せてあげたいよ。
ここで一緒に


「ちなみに、2番の歌詞ではサビを変えている」

(サビ2)
遠くの町で暮らしてる君に聴かせたいんだよ。
ずっと、ずっと…。


「聴き手に印象を与えたいのならば、この様に歌詞の最後をリフレインさせるのも効果的だ。この、“ずっと…、ずっと…”という部分だ」

「さて、ここまで説明したが、歌詞の文章を文学的に響かせる手法がある。それが倒置法だ」
彼がそう言うと、ジュンは「倒置法!?」と、聞き返した。

「倒置法とは、語順を通常とは逆にする表現方法の事だ」
「通常は、主語~目的語~述語で言葉は語られる」

「しかし倒置法では、主語~述語~目的語という並びにする事で、そのフレーズに深みを与えて強調させる事が出来る」
「倒置法を使う事で、文章がどう文学的に響くか、例文を書いてみようか…」
彼がそう言って、倒置法の例文を書く。


例文1
また一つ、綺麗な花が咲いたよ(通常文)
綺麗な花が咲いたよ。また一つ(倒置法)

例文2
蝉の鳴き声が、夏を知らせる(通常文)
夏を知らせる。蝉の鳴き声が(倒置法)


「どうだジュン、分かるか?、この違いが…」(彼)

「うん…、確かに倒置法を使う事によって、何でもない情景描写が、情緒的に聞こえて来るわね」(ジュン)

「そうだろ?、そして、この倒置法を多く取り入れてるのが、俳句や短歌、小説になる。だから本読まないと、倒置法とかが作詞に自然と出て来るのは難しいという事だね」

「それじゃ、倒置法を理解したところで、さっきの、“長い坂道”の中で倒置法が使われてるのが、どこの部分なのか見つけられるか?」(彼)

「え!?、さっきの歌詞の中に?」
ジュンは、そう言うと歌詞をじっくりと眺め出す。

「う~ん…?」
「あ!、分かった!、ここだぁ♪」

そう言ってジュンが指した部分は、(Bメロ)の、“遠回りしたわざと、ゆっくり眺めたい”のフレーズだった。

「“わざと遠回りした”という通常文を、倒置法で、“遠回りしたわざと”と、逆にした!」(ジュン) 

「正解!」
彼はそう言って、ジュンに含み笑いをした。

それからジュンは、彼に歌詞を何回も書き直させられた。
だが、彼からのダメ出しにも、ジュンは懸命について行った。

 6月に入った。
ジュンが彼と再会してから、ちょうど一ヶ月が経った。
彼女の新曲は、まだ完成していなかった。


 都立H病院、血液内科病床

「のぞみ、どうしたのぉ~?」
ベッドのシーツを頭から掛けて寝ているのぞみに、ジュンが言った。
だがのぞみは、ジュンから背を向けたまま無言であった。

「どうしたのよ?」(ジュン)

「嫌…」
のぞみがポツリと言う。

「何が?」(ジュン)

「見られたくない…」(のぞみ)

「あれ?、ニット帽買ったの?、かわいいね♪」
シーツから少しだけ見えたニット帽を見たジュンが言った。

「髪が抜けた…」(のぞみ)

「え?」(ジュン)

「この前、私を見た他所の赤ちゃんが、私を見て怖がって泣き出したの…」

「毎日、毎日、どんどん抜けて…、私の顔…、お化けみたいだった…。だから急いでニット帽、買って貰った…」

のぞみは、かすれる様な声でそれだけ言うと、小さく嗚咽した。

「のぞみ…」
その言葉を聞いたジュンは愕然とする。
そして、時間がもうあまり無いのだという事を理解するのだった。


 その日の午後
練馬区石神井公園 カズ自宅スタジオ

「ジュン!、前も言ったが、カッコつけるなよ!、万人に好かれようと思って書くなよ。アンチなんてもンは、いつだって一定数、存在すンだからさ…」
ジュンの書いた歌詞を見て彼が言う。

「万人に支持されなきゃダメなの!、アンチも全て取り込まなきゃ、ヒット曲にはならないのッ!」(ジュン)

「ヒットするかなどと考えるなと、俺は言ってたはずだ…」
彼のセリフにジュンは黙ってしまう。

「ジュン…、パレートの法則って知ってるか?、イタリアの経済学者、ヴィルフレド・パレートが説いた法則だ…」(彼)

「知らないわよ…」
ジュンが面倒臭い感じで言う。

「人の相性には、必ず『2:6:2の法則』があるって事だ」(彼)

「『2:6:2の法則』…?」(ジュン)

「そこに10人、他人がいたら、君に好意的な者は2人だけ、同時に、君を絶対受け入れられない者も2人いる。あとの6人は、君の事をどうでもよいと、関心の無い人たちだ」

「経済学者のパレートは、マーケティングの研究で、そういった人々の心理を発見した。これは、どんな状況や場所でも存在する、逃れられない事象なんだ」

「君は今、2割のアンチを説得する為に奔走している。だが、それは無駄な行為だ。アンチの2割は、絶対に分かり合えないからだ…」

「ジュンが今やるべき事は、君に無関心な6割を自分の方へ向けさせる事だ」

「そうすれば、全体の8割の支持を得られる。君の支持層の2割は、君がほっといても支持してくれるからな。つまり選挙と同じだ。無党派層をどれだけ取り込めるかというのが重要なんだ」

彼がそこまで言うと、ジュンは、「それで良いの…?」と、彼に聞く。

「それで良いんだ。8割も支持を得たら、それはもう周りからは、誰も君の曲にアンチなんていないものだと見て取られる」

「たとえ君のアンチが、曲に難癖つけて来ても、8割の支持層が、その難癖を葬ってしまうのさ…」

「人ってのは打たれ弱いもので、そのたった2割のアンチの意見に、悩んで自殺まで考える」

「職場のパワハラ、学校のイジメ…、よくよく見渡してみれば、実はアンチなんてのは全体の2割だけだ」

「先程も言ったが、大事なのは残りの6割を、どう、こちら側に引き込むかだ。それを考えて歌詞をもう一度、練り直してみろ」

彼はそう言うが、ジュンはのぞみの状態から、そんな悠長な事など考えてる余裕などなかったのであった。


 翌日
都立H病院、血液内科病棟

ジュンは、この日も見舞いに訪れていた。
のぞみの個室病室に向かって通路を歩いていると、のぞみの母が歩いている姿が見えた。

「あ!、お母さん」
のぞみの母に声を掛けるジュン。

母はジュンに会釈を返す。
その時、母親の隣に看護士の女性がいる事にジュンは気が付いた。
するとのぞみの母親が言う。

「いつもありがとうございます」
弱々しい笑顔の母。

「これから先生(担当医)に、のぞみの状況のご説明を聞きに行くところなんです。宜しかったら、ジュンさんもご一緒にどうですか…?」
のぞみの母が静かにそう言うと、ジュンは、「分かりました。私も行きます」と言い、一緒に担当医の元へ向かうのであった。


 午後4時
練馬区石神井公園 カズ自宅スタジオ

 「遅かったじゃないか…」
いつもよりかなり遅れて現れたジュンに、彼は静かに言う。

「もうやめましょ…」
するとジュンは、うつむき加減にボソッと言う。

「今日、のぞみのお見舞いに行って来たわ…」
続けてジュンはそういうと、シクシクと泣き出した。

「その時に、お医者様からのぞみの状況を聞かせてもらった…。お医者様が言うには、のぞみは今生きてるのが不思議なくらいだって言ってたわ…」

「何がここまで、のぞみを生き続けさせてくれているのだろうって…。でも…、今度こそ本当に長くはないだろうって…」

「これじゃ曲ができたって、ヒットするまでには間に合わないわ…」
ジュンはそこまで言うと、口を手で塞ぎ嗚咽を堪えた。



「売れるかどうかなんて、考えるなと言ったはずだ…」
だが彼は、ジュンに冷ややかに言う。

「だってどうやったって、彼女は死んでしまうのよッ!」
「死ぬ前に安心させてあげられなかったら、意味ないのよッ!」
ジュンは泣きながら彼に言う。

「甘ったれんなッ!」
「何で彼女が死なないで、ここまで頑張ってると思ってんだ!?」

「彼女は君なんかよりもっと絶望的なのに、君のところへ戻るために、懸命に生きてるんだぞッ!」

「分かってるッ…分かってるよわょ…ッ」
「でも、あたしだって、もぉボロボロなんだよぉぉ…!」

「なんであなたっていつもそうなの…!?」
「もっと…、優しくしてよぉ…」

ジュンはそう言うと、スタジオの床に泣き崩れた。

彼は泣いて震えているジュンを、しばらく見つめていた。
そして、少し落ち着きを取り戻した彼女に、彼はゆっくりと言った。

 「なあジュン…、君は別れというものを勘違いしている」

「人は生きて行く上で、必ず別れを、何度も何度も経験する…」
「そして別れには、いろんなものがある。死別と言うのもその中の1つだ」

「人が人と別れるとき、1番大事なことは、相手をどう見送るかという事だ…」
「それは何故だか分かるか?、それは、人は別れても、絆は決して断ち切れるものじゃないからだ」

「のぞみが、どうして生き続けられているのか分かるか?」
「それは君の曲を待っているからだ。君との最後の約束を果たす為だ」

「大丈夫…。あのコはまだ死なないよ。だから君が今やるべきことは、のぞみの心に響く歌を完成させる事だ」
「そして、たとえ、のぞみがこの先、ジュンの目の前から見えなくなってしまっても、君の新しい歌があれば、彼女はずっと君の傍にいる…」

彼がそこまで言うと、顔を上げた涙目のジュンは、「傍に?」と言って彼の顔を見た。

「ああ…、傍にだ」
「さあ、始めよう」
彼は泣いているジュンを抱え上げ、ピアノの前に座らせた。


 それからジュンの歌詞は変わった。
人を思いやり、心の支えとなる様なメッセージを書き綴る事ができる様になった。

 そして2週間後、ついにバラードが完成した。
カズのスタジオで生録した彼女の歌うバラードは、哀愁が漂う中にも、どこか心地よく、人に力をみなぎらせてくれる様な曲であった。

「のぞみのところへ行って来るわ!」
ジュンはそう言うと、i-Podに入れたバラードを持って、のぞみが入院しているH病院へと向かうと言った。

「ジュン…、上でカズが待っている。アイツに乗せて貰え…」
彼が自宅スタジオの正面で、カズが待機している事を伝えると、ジュンは部屋を出て、地下階段を駆け上がる。



「おう!、俺これから青山のスタジオで仕事あんだ。お前、広尾に行きたいんだろ?、乗れよ!、そこまで送ってやる」
運転席のカズがジュンにそう言って、ニヤッと笑う。

「ありがとう…」
ジュンは、カズにそう言うと急いで助手席に乗り込んだ。

カズが運転する車が発進した。
それから少し経つとジュンのスマホが、ブルブル…と揺れた。



(あ!、ジョーだわ!)
キリタニ・ジョーからの着信を確認するジュンが、受電する。

「はい…、もしもし…、ジョーどうしたの?」(ジュン)

「ジュン!、やったぞ♪、明後日のヤンタンHITステージに出られるぞッ!」
電話越しのジョーが、声を躍らせて言う。

「え!?、どういう事ッ??」
スマホを握るジュンが驚く。



「緒方だ…。緒方のお陰だよ…(笑)」
ジョーはそう言うと、ククク…と、笑う。

緒方は、毎週日曜18時から公開生放送をしている人気番組、ヤンタンHITステージの司会者をしていた。
そして先日、緒方はジュンに侮辱的なセクハラ発言をし、それをジョーに抑えられていた。



「ほら…、この前のハナシ…、あいつ、俺が女性ヘブンにタレ込むぞって、脅したらビビったじゃんか!?」
「それで、今回はあの時の発言を公表しないという事で、取引をしたんだ」(ジョー)

「脅迫したの…?」(ジュン)

「取引だよ…(笑)」
ジョーは電話越しで、イタズラな笑みを浮かべる。
そして続けて話し出す。

「どうする?、ジュン!、ちょっと汚ねぇやり方になっちまったが、ヤンタンに出れるぜ…」
「こんなやり方じゃ、お前の良心が許せないってか?」(ジョー)

「もちろん出演(でる)わッ!」
スマホを握るジュンが、力強く言う。

「そう言ってくれると信じてたぜ…。ジュン…、お前も変わったな…(笑)」(ジョー)

「今の私は、なり振りなんて構ってらんないわ!、のぞみの為なら、なんだってやるわ!」(ジュン)

「よし分かった!、後で詳細を伝える」(ジョー)

「了解!、じゃあまた後で…!」
ジュンはそう言うと、ジョーとの通話を切った。

(これで準備は整った…ッ!、曲も完成し、約束の歌番組の出演も決まった!、待っててね、のぞみ!)
フロントガラスを真っ直ぐに見つめながら、ジュンはそう思うのだった。

To Be Continued…。


バラードは命と引き換える 1話


バラードは命と引き換える 最終話