バラードは命と引き換える 1話 (夏詩の旅人2 リブート篇) | Tanaka-KOZOのブログ

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 2005年4月某日(月)
アカシックレコード本社ビル

いつもの月曜日だが、この日は歌手、櫻井ジュンが先週リリースした待望の新曲の“初動売り上げ枚数”が知らされる日であった。

「初動」とは、発売日からの1週間、もしくは発売した日から最初のオリコン結果発表する月曜までの間の売上の事である。
1週目の売上は音楽業界で「初動売上枚数」と呼ばれる事から、マスコミなどでも同じ様に喧伝される。

オリコンが発表する集計方法は、毎週月曜から7日間までの集計期間中に、CD・DVD・書籍等の売り上げを集計する。
日曜日に集計を締め切り、月曜日には業界関係者らのみに、チャートが発表される。
※一般のチャート公表日は、翌日の火曜日となる。

“初動”売り上げ枚数は、その曲の話題作りの為にも、インパクトが大きい方が良い。
通常日本においてCD・DVDなどの作品は水曜日に発売されることが多い。
その為CDショップでは、毎週火曜日が棚卸作業に追われ、最も忙しい日となる。

 火曜日の棚卸作業についての余談であるが、プロと違ってインディーズの作品などは、個人が直接営業を掛けて行かなければならないのはご存じだろうか?
新星堂などは、本社を押さえれば、まとめて発注を貰えるが、タワレコ、HMV、ディスクユニオンを始めとしたチェーン店では、店舗ごとに発注担当をバイトスタッフが行っている。

よってインディ作品は、店舗ごとに発注スタッフを捕まえて、店に置いて貰う交渉をしなければならない。
渋谷のタワレコで店に置いてもらう事が出来たとしても、自動的に新宿のタワレコ店にCDが置かれる訳ではないのだ。

新宿店に置いて欲しければ、新宿の担当者に改めて営業を掛ける。
しかし、その担当者の好みの作品でなければ、CDは置いて貰えない。

更に営業を掛けるのは、火曜日は絶対に避けたい。
先程申した通り、火曜日は商品棚の入れ替えで店のスタッフは忙しいのである。

そんな時に、ワケの分からんCDを持って来られても、面倒臭くって悪い印象しか持たれない。
なんせ発注権限は、そのバイトスタッフの独断にあるのだからね。

 発注担当者が、販売サービス業種のアルバイトスタッフというのも、営業を掛ける側からしたら一苦労なのである。
店舗に行っても、電話しても、サービス業のバイトスタッフだから、いつ店に出勤してるのか分からないのだ。
また、「今レジ打ってるので、フロアには、あと1時間は戻りません」なんて事もある。
余談が長くなってしまったが、CD1枚を店舗に置いて貰うというのは、それくらい時間と労力が掛かるのである。



 さて、話は戻るが、“初動”売り上げ枚数は、話題作りの為にも、インパクトが大きい方が良いと書いた。
そしてオリコンが発表する集計方法は、毎週月曜から7日間までの集計だが、日本においての、CD・DVDなどの作品は水曜日に発売されることが多いと…。

 そこでレコード会社は、売り上げを枚数を最大限に増やす為に、“フラゲ”をする。
“フラゲ”とは、“フライングゲット”の略称で、水曜日の発売より、1日早く入荷されたものを火曜日に入手することを指す。

すると、オリコンのデイリーチャートでは、火曜日の売上に集計されてるので、火曜日に新曲をリリースしたミュージシャンが、水曜~日曜までの集計に対し、“フラゲ”は1日多く売り上げ枚数が集計されるのだ。

また、“フラゲ”日の火曜が祝日の時は、月曜に店頭発売されるので、この場合はウィークリーチャートの集計期間が月曜~日曜までとなり、更に売り上げカウント日が1日延びるのである。

 そこでアカシックレコード社のナンバー2で、元、櫻井ジュンのマネージャーであった時田加奈子は、ジュンの新曲リリースを、“フラゲ”日にしたのであった。


 午前10時
アカシックレコード本社オフィスに、歌手の櫻井ジュンが現れた。



「おはようございます!」
声を躍らせてオフィスに入ったジュンが、時田加奈子と現在のマネージャーである、藤田のぞみの背中に言う。
2人は、パソコンの画面を食い入る様に見つめていた。

時田と、のぞみは、関係者だけが前日に知りえる、オリコンのウィークリーチャートをチェックしているのだと、ジュンはすぐに理解した。

「あ!…、おはよう…、ジュン…」
時田が、静かな声で言う。
隣に座っていたのぞみは、無言でジュンに会釈する。

「どうでした!?、オリコンの初動は!?」
“フラゲ”でリリースした新曲の反応に、期待を込めたジュンが笑顔で聞く。

「そ…、それが…」
ジュンの問いに、時田が歯切れ悪く言う。
その雰囲気に、ジュンは「??」と、不思議に思う。


 日は遡り、現在から2ヶ月ちょっと前の事。
時田加奈子は社長の宝田に、ある提案をしていた。

アカシックレコード本社、社長室

「つまり君は、これでジュンの再起に賭けてみるという事かね…?」
時田から手渡された企画書を見つめながら、社長の宝田がポツリと言う。

「そうです!…、ジュンも今年で、デビューから18年に成ろうとしています!」
「それで、このメンバーでジュンの新曲をリリースすれば、大きな話題になるはずです!」
時田が懇願する様に、宝田に言う。

「作詞が、松本タケシ…、作曲が大滝エイジ…、編曲が後藤利次か…」
「そしてレコーディングメンバーは…、ギターが都築シゲル…、ベースが伊東コーギ、ドラムは青山シュンで、キーボードが難波ヒロフミ、コーラスはIVEを使うのか…」
ふむふむと…、時田の企画書を読み上げる宝田。

「どうでしょうか、社長!?、これならミリオンヒットも狙えませんか!?」
声を躍らせて、時田が社長の宝田に聞いた。

「時田…、君は分かってるのか?」(宝田)

「は?」(時田が聞き返す)

「これだけのメンツでやるって事は、相当なカネをかけるという事だぞ…?」(宝田)

「分かってます!、でも、それくらいのインパクトが必要なんです!、お願いします!」(時田)

「このメンバーでリリースした曲が、もしヒットしなかったら、大赤字どころか、我社はとんだ大恥を晒す事になるんだぞ?」(宝田)

「それも分かってます!、でもジュンなら…、ジュンの歌唱力とビジュアルがあれば、きっと大丈夫です!」(時田)

「信じて良いのか、君を…?」
社長の宝田は、普段は信頼している部下の時田に問いかける。

それはこの当時、CDの売り上げが、業界全体でかなり落ち込み始めていたからであった。
ヘタなバクチは、会社全体の運営においても、影響が大きいからだ。

「私に任せて下さい!、お願いします!、社長!」
時田はそう言うと、宝田に深々と頭を下げた。

「分かった…。今回は君を信じてそのハナシに乗ってみよう…」
社長の宝田が、時田加奈子へ静かに言う。

「ありがとうございます!」
時田は満面の笑顔で、宝田にそういうのであった。


 数時間後、時田が社内のジュンに笑顔で話し掛ける。

「ジュン!、上手く行ったわ♪」(時田)

「ホントですか時田さん!?」
ジュンも笑顔で言う。

「もう大丈夫よジュン!…、今まで惨めな思いをさせてごめんなさいね…。これでもう大丈夫!」
「これが上手く行けば、あなただって、またミリオンヒットする事が出来て、紅白だって出られるわよ♪」(時田)

「私、頑張ります!」(笑顔のジュン)

「ジュンちゃん、良かったね!?」
隣にいたマネージャーの、のぞみも喜びながら言うのであった。

 それから数週間後、大滝エイジの作ったデモ音源に、松本タケシの歌詞をつけたものが仕上がった。
ところが、そこでアクシデントが発生した。




アカシックレコード本社、会議室
そこには作曲の大滝と、作詞を担当した松本が招かれていた。

「え!?、どういう事?」
大滝エイジが正面に座る時田に聞いた。

「申し訳ないんだけど、この楽曲の雰囲気と、詞の世界観を少し変えて欲しいの…」
時田が目の前に座っている2人に、すまなそうに言った。

「なんで!?、バッチリじゃん!」
作詞の松本が言う。

「加奈ちゃんだって、これでバッチリだって言ってたじゃない!?」
ちょっと不服そうに、大滝が言った。

「社長が…、ダメなのよ…。これじゃOK出してくれないの…」(時田)

「どこがダメだって言ってんだい?」(松本)

「もっと…、ジュンの初期の頃の作品みたいに…、アイドル色の強い、キャピキャピした雰囲気じゃないとダメだって…」(時田)

「うぇッ!、それっていつの時代のハナシだよ!?、悪いけどオタクの社長さん、センス無さすぎだよ!」
大滝がちょっと仰け反って言う。

「そのやり方で、加奈ちゃんはホントにヒット出来ると思ってるのかい…?」
松本がしみじみと言う。
時田は黙ってしまった。

「俺たちだってメンツがあるよ!、ヘンな曲作って評判落としたら、たまんないよ!、いくら加奈ちゃんの頼みでも、それは受け入れられないな!」
憮然として言う大滝。

「ジュンちゃんだって可哀そうだよ…。せっかく、このメンバーでレコーディングするってのに…」
松本が困惑顔で時田に言う。

「なんとか、お願いできないかしら…?」(時田)

「俺は断る!、やってらんないね!…」
大滝は時田にそう言うと、会議室を出て行ってしまった。

「あ…!、大滝さん…」
時田がそう呼びかけると松本も、「俺も無理だよ…」とポツリと言って、会議室から出て行ってしまった。

 こうしてジュンの新曲は急遽、作曲が小村哲也へと変更され、作詞はジュンがする事となるのであった。

 時田はこの2人に、今回の一件を説明した。
そんな中でも2人は快く引き受けてくれた。

そして新曲の構成も、宝田社長の意向を汲んで、今どきのヒット曲とはかけ離れたものを小村は、仕事だと割り切って作ってくれるのであった。


 場面は回想シーンから、再び現在のアカシックレコード本社オフィス

「どうでした!?、オリコンの初動は!?」
“フラゲ”でリリースした新曲の反応に、期待を込めたジュンが笑顔で聞く。



「そ…、それが…」
ジュンの問いに、時田が歯切れ悪く言う。
その雰囲気に、ジュンは「??」と、不思議に思う。

「どうしたんですか?」(ジュン)

「……。」
時田とのぞみが黙っている。

2人の様子を見たジュンは、変だと気づきすぐさまパソコン画面を見る!

「えッ!?」
画面を覗き込むジュンが言う。

「ど…、どういう事!?」
ジュンはそう言いながら、ランキングチャートが出ている画面のカーソルを、どんどん下に下げて行く。

「そ…、そんな…」
1番下までカーソルを下げて確認したジュンが、愕然とする。
それは、オリコンが発表している200位までのランクに自分が入っていなかったからだ。

今回の新曲を大いに期待していただけに、ジュンの失望感は計り知れないものであった。

(私はもう、世間からは必要とされていない歌手なんだ…)
ジュンはそう思うと、目頭が熱くなって来た。

今年の8月には36歳を迎えるジュンは、歌手を続けて行く限界を感じるのであった。


 それから10日後
アカシックレコード音楽事務所本社ビル

「あれ!?、時田さん。のぞみは?」
のぞみが会社に来ていないのに気が付いたジュンは、時田加奈子に聞いた。

「あのコ、今日、ちょっと病院に寄ってから来るって…」
時田がジュンに応える。

「病院…?」
ジュンが聞き返す。

「ええ…、なんか以前から身体が重だるくて調子悪かったんだって。だから今日は検査するみたいよ」(時田)

「そうですか…」

そう言えば昨年辺りから、のぞみはよくその様な事を言っていたのをジュンは思い出す。

ジュンとのぞみは、今回の新曲を何としてもヒットさせたかった。
あれから2人は、二人三脚で夜遅くまでSPの対策法を練りながら動いていた。

だから、ここでのぞみが抜けるのは非常に厳しい状態となる。

(のぞみ大丈夫かなぁ…?、あのコ頑張り過ぎちゃうトコあるから…)

ジュンは、のぞみの体調がすぐ回復してくれる事を切に願うのであった。


 翌日
アカシックレコード本社

いつも通りアカシックレコード社に出社したジュンが言った。

「あ!、のぞみ!」
今日は出社しているのぞみを見て、ホッとしたジュンが彼女に声を掛けた。

「あ…、おはよう、ジュンちゃん…」
時田加奈子と話していたのぞみが、振り返って笑顔で言う。

「どうなの具合?、もう大丈夫なの?」
少し心配そうにジュンが聞いた。

「ジュンちゃん…、実は私、入院する事になっちゃった」
ちょっと申し訳なさそうに、のぞみがジュンに言う。

「入院!?、一体どうしたの?」
のぞみの言葉に驚くジュン。

「昨日病院に行ったら、もう少し詳しく検査しましょうって云われて…、でも大丈夫!、長くても1週間くらいで戻って来れると思うから…」
「今、その事を時田さんに丁度話してたところ…」
「だから、今日はこれで失礼させて貰うね」(のぞみ)

「そうなの?、あなた大丈夫なの?」
ジュンの心がざわざわする。

「大丈夫!、心配しないで!(笑)」(のぞみ)

「うん…」(ジュン)

「それよりも、ごめんねジュンちゃん…、新曲出たばかりで大変な時なのに…」
のぞみが申し訳なく言う。

「何言ってるのよ!、そんな事よりも自分の身体の事、心配なさい!」
「こっちは大丈夫だから心配しないで。早く元気になって戻って来てね」(ジュン)



「ふふ…、ありがとう…、じゃあね!、行って来ま~す♪」
のぞみは笑顔でそう言って、ジュンに手を振った。



「のぞみ…」
部屋から出て行こうとする、のぞみの背中にジュンが言う。

「ん?」
振り返るのぞみ。

「待ってるよ…。早く元気になってね…」
少し寂し気にジュンが言った。

のぞみは、ジュンの顔を見て微笑むと、部屋から出て行くのであった。


 その夜
ジュンはテレビTOKIOの、動物バラエティ番組のナレーションを収録していた。
その番組出演者のレギュラーを担当していたのは、元ロック歌手で現在は俳優のキリタニ・ジョーであった。

そうなのだ。
ジュンは相変わらず、あのキリタニ・ジョーと番組共演で、ちょくちょく顔を合わせていた。
ここまで共演が続くと、もはや腐れ縁の様相を呈していた。



「よお!ジュン。今日は、のぞみはいないのか?」
番組の打ち合わせを終えたジョーが、収録を終えたジュンの様子を見に現れて、そう言った。

「あのコ体調を崩しちゃって…、今、入院してる…」
ジュンがジョーに素っ気なく言う。

「え!?、入院?」
ジョーが少し驚く。

「あのコ、いつも頑張り過ぎるから…」(ジュン)

「そうか…、心配だな…」(ジョー)

「それに、あのコがいないと不安だわ…。あのコ、優秀な営業ウーマンだから…」(ジュン)

「その優秀さに甘えて、ジュンはワガママばかり言って、のぞみを困らせてたからなぁ…」
ジョーが苦笑いで言う。

「なによ!、まったく…ッ!、人の気も知らないで…」
「もお、早くあっちに行ってよぉ!」
ジョーの言葉にカチンときたジュンが、ジョーを突き放す感じで言った。

「お~こわ…」
ジョーはそう言うと、その場からスゴスゴと引き上げて行く。

しかしジュンは分かっていた。
確かにジョーの言う通りなのだ。

自分が、のぞみに苦労を掛けて体調を崩させてしまったのだという事を…。

 
 それから2日後。
ジュンは、のぞみが入院している都立H病院へ見舞いに行く。

「あ!、ジュンちゃん!」
病室に入って来たジュンに、ベッドから身体を起こしていたのぞみが笑顔で言う。

花を手にしたジュンが、のぞみと、その隣に座る彼女の母に会釈した。

「櫻井ジュンさんですね?、いつも、のぞみがお世話になっております」
のぞみの母は立ち上がると、ジュンにそう挨拶をする。

「お世話なんて…、私の方こそ、いつものぞみさんに助けて頂いて、大変お世話になっている次第です…」
のぞみの母にそう言われたジュンは、慌てて謙遜して言う。



「お花持って来ました…」(ジュン)

「ありがとうございます…。さ…、どうぞ、お掛けになって…」
のぞみの母が、病室に1つしかない椅子から立ったままジュンに席を譲る。

「いえ…、大丈夫です…」
笑顔のジュンが遠慮する。
すると、ベッドの、のぞみが言った。

「ねぇお母さん…、ジュンちゃんとちょっと2人にさせてくれる?」(のぞみ)

「え?…、あ…、うん…、分かった…」
そう言うとのぞみの母は、ジュンに会釈して病室から席を外した。
ジュンも会釈する。

二人っきりになった病室。
のぞみの病床は個室であった。



数秒の間。
のぞみがジュンに話し出す。

「ジュンちゃん、どう?、新曲の売り上げは?」(のぞみ)

「あなたはそんな事、心配しないでいいの!」
「それよりも、あなたこぞどうなのよ?具合は?」
ジュンはそう言いながら、ベッドの脇にあった花瓶に、自分が持って来た花を生けるのであった。

「売り上げ伸びてないんだ…?」(のぞみ)

「だからもうその事は…」(ジュン)

「ごめんね…。力になれなくて…」(のぞみ)

「もお!、何でそんな事言うのよ!、あなたが居なくても大丈夫よ!」(ジュン)

「私が居なくても、ジュンちゃんは、しっかりやって行ける?」(のぞみ)

「何言ってんのよ!、年下のくせに…ッ!」
苦笑いでジュンが言う。

「動物番組のナレーションどうだった?」(のぞみ)

「まぁ、それなりに楽しかったわよ。ありがとうね。仕事取って来てくれて…」(ジュン)

「その後、どこからかオファーは来た?」(のぞみ)

「全然ッ!(笑)」(ジュン)

「そっかぁ…」
のぞみは、そう言ってため息をつく。

「まぁ正直言うと、あなたみたいな優秀な営業ウーマンが居ないと、仕事は減ってしまうわ…(笑)」(ジュン)

「私は優秀なんかじゃないよ…」(のぞみ)

「優秀じゃないの!、落ち目になって来た私の仕事…、いっぱい取って来てくれる!…、まぁ…、ジョー絡みの仕事が多いのは、ちょっと気になるけど…(笑)」(ジュン)

「ジュンちゃん…、おかしいと思わなかった?、右も左も分からない私みたいな素人の小娘が、19歳でジュンちゃんのマネージャーになってから、小さい仕事でも途切れずに取って来れるって事を…?」(のぞみ)

「だから、それはあなたが優秀だから…」(ジュン)

「違うよ!」
ジュンの言葉を遮って、のぞみが言う。

「あのね…、『言うな、言うな』って、ずっと云われてたけど…、あれは全てジョーさんが、回してくれた仕事なんだよ!」(のぞみ)

「え!?」(ジュン)

「ジョーさんが、仕事が無くて困ってる私たちを見て、『何か困ってないか…?』って、気を利かせてくれて…、自分に入った仕事をスケジュールの都合だと嘘ついて断って、その代わりにジュンちゃんをクライアントに紹介してくれてたんだよ!」(のぞみ)

「ジョーが…ッ!?」(驚くジュン)

「そうだよ…。私なんかが、あんなに仕事取って来れる訳ないじゃない!?」(のぞみ)

「そうだったんだ…?」
数秒の沈黙後、ジュンがポツリと言う。

「ジュンちゃんは、ジョーさんの事、嫌なやつだっていつも言ってるけど、あの人はジュンちゃんが思ってる様な人じゃないよ。とっても良い人だよ」

のぞみがそう言うと、ジュンは考え込む様に黙ってしまった。
そしてまた数秒後、ジュンがのぞみに聞いた。

「ねぇ?、何でジョーから黙ってる様に云われたのに、私にその事を喋ったの?」(ジュン)

「今、伝えておかないといけないと思ったから…、最後は、ジュンちゃんに知らせなきゃって思ったから…」(のぞみ)

「最後…?」(ジュン)

「私、きっと死ぬんだと思う…」(のぞみ)

「え!?、どうして!?」(ジュン)

「自分の身体の事だもの…、分かるよ…。何の病気か知らないけど、だけど私はもうそんなに長くないんだって…」(のぞみ)

「やめてよ!、そんな事いうの!、何?、じゃあ、のぞみはもうマネージャーに戻る気は無いって事なの!?」(ジュン)

「そんな…、そんな事ないよ…」
言葉を詰まらせたのぞみの瞳は潤んでいた。

「だったらそんな事いうのヤメテ!」
のぞみから思いもよらない事を聞かされたジュンは、涙目で彼女を叱った。

「うん…、ごめんねジュンちゃん…、ヘンな事いって…」(のぞみ)

「良いのよ…、私も怒ったりして悪かったわ…」
「あなたもきっと仕事の事が心配で、変な考えを張り巡らしちゃったのよ…」(ジュン)

「うん…、私、早く元気になって、必ずジュンちゃんの元に戻るから…」
のぞみはそう言うと、くすんと鼻を啜った。


「じゃあ、のぞみ!、また来るね♪」
それからしばらくして、ジュンはそう言うと病室を後にするのだった。

 H病院のエントランスまで戻って来たジュン。
そこへ、彼女を呼ぶ誰かの声がした。

「あ!、お母さん!」
声の方に振り返るジュンが言った。
彼女を呼び止めたのは、のぞみの母であったのだ。

「今日はわざわざ来ていただいて、ありがとうございました」
ジュンが彼女の側に行くと、のぞみの母はそう言って頭を下げた。

「そんなわざわざだなんて…、当然の事です。どうかお顔を上げて下さい」
少し困ったジュンが言う。

「あの子…、何か言ってましたか…?」
顔を上げたのぞみの母は、そう言ってジュンに尋ねた。

「あ…、あの…」
先程の話を言うべきか、迷うジュンは言葉を詰まらせる。

「何か言ったんですね?」
確認する様に聞く、のぞみの母。

「あの…、のぞみは自分は助からないと思うとか言って来ました」
「彼女の病気は、一体何なのですか?」
困惑した表情でジュンが聞く。

「そうですか…」
のぞみの母はそう言うと、がっくりとうな垂れるのであった。

しばらくの沈黙が終わると、のぞみの母は重い口を開くのであった。

「あの子は白血病なんです…」(母)

「え!?」(驚くジュン)

「しかも急性白血病で、進行がとても早いそうです…」
「症状もどんどん悪化しています…。あの子も、薄々感づいて来たのでしょう…」

「明日から抗がん剤の治療が始まるそうです。でも、はっきり言っていつまで生きられるかどうか分からないそうです…」

「お医者様からは…、手を尽くしますが…、う…、覚悟しておくようにと…、うう…ッ」
のぞみの母が、言葉を詰まらせながら言う。

「原因は何なのですか!?」(ジュン)

「はっきりとは、分かりません…」
うつむきながら、首を左右に振る母。

「はっきり…?」(ジュン)

「はい…、原因はよく分かりませんが、喫煙者や、強いストレス…、過度の疲労から症状が出るとも云われているそうです…」
のぞみの母からそう聞いたジュンは、愕然とした。

「あ…、ああ…、あたしのせいです…。のぞみはタバコは吸いません…」
「ストレスや過度の疲労が原因なら…、それは私のせいです!」

涙目のジュンはガクガク震えながら、のぞみの母に伝える。

「わ…、私が不甲斐ないばかりに…、のぞみさんに苦労ばかり掛けて…、ふぅううッ…」
「ほんとうに、申し訳ありません!…、うう…ッ。うう…ッ」

ジュンはそれだけ言うと、のぞみの母に深々と頭を下げながら震えて泣いた。



「ふぅぅ…ッ、うう…ッ、ごめんなさい!、わたしのせいです!、うう…、うう…ッ」

そう言い続けるジュンに、のぞみの母は、「どうか頭をお上げになって下さい…」と、オロオロしだす。
母は、自分が泣く事も忘れ、困惑しながらジュンに語り掛ける。

本当に泣きたいのは、のぞみの母親の方なんだと、ジュンも頭では分かっているのだが、それでも、この涙と申し訳ないという気持ちが込み上げて来て、どうにも止める事が出来ないのであった。


  数日後、ジュンはキリタニ・ジョーが出演するCMのナレーションを収録する為、都内にある録音スタジオにいた。
それは、まだ元気だった頃の、のぞみがジュンに取って来てくれた最後の仕事であった。

ナレーション収録後、スタジオを後にするジュン。
スタジオが入っているビルを彼女が出ると、そこにはキリタニ・ジョーが立っていた。

「よお!」
ジョーが似顔でジュンに言う。



「ジョー…?」
そこにいるジョーに、少し驚くジュン。

「のぞみは、まだ具合が良くないんだな…?」
独りで行動しているジュンを見たジョーがそう言った。

「ええ…」
ジュンが静かに言う。

「ジュン…、明日からの仕事で、何か決まってるものはあるのか…?」(ジョー)

「無いわ…」(ジュン)

「そうか…」(ジョー)

「ねぇ、ジョー…」(ジュン)

「ん?」(ジョー)

「ありがとう…、私に仕事を振ってくれてたんですってね?、のぞみから聞いたわ…」(ジュン)

「え!?…、ああ…、うん…」(動揺するジョー)



「何で今まで黙ってたの?」(ジュン)

「いや…、まぁ…、その…」(ジョー)

「私のプライドが傷つくと思ってたのね…?」(ジュン)

「いや…、はは…、まぁ、そんなとこかな…?」(ばつが悪そうなジョー)

「どうして、のぞみが私にその事を喋ったと思う…?」(ジュン)

「さあ…?」(首を傾げるジョー)

「あのコね…、急性白血病なの…」(ジュン)

「え!?」(その言葉に驚くジョー)

「もう長く生きられないだろうからって…、うッ…、本当の事を私に伝えなきゃって…、うう…、うう…」
ジュンが目に涙を溜めながらそう言うと、ジョーは何て言葉を掛けて良いのか分からずに困惑するのであった。

「ジョー、お願いッ!、力を貸して!、私に歌える場所を…、TVから歌える仕事を頂戴!」
「私は、のぞみが死ぬまでに、彼女を安心させてあげたい!、TVで元気に歌ってる姿を見せてあげたいの!」
「もお、今の私にはプライドも何も無いの!、のぞみを安心させてあげられるなら、何だってするわ!」
ジュンはそう言って、ジョーに泣いて懇願する。

「わ…、分かった…。色々と当たってみる!」
もはやプライドも捨て去り、切羽詰まった状態のジュンを見てジョーは言った。

「ありがとう……ッ」
ジュンはそう言うと、うつむいて肩を小さく震わすのであった。


  その翌日
ジュンは、キリタニー・ジョーと共に、NHK放送センターに訪れていた。
ジョーは番組の収録後、局の関係者にジュンの出演交渉をする予定だ。

一方、ジュンの方は、ジョーが収録中の間、顔見知りの芸能人で歌番組の司会をしている、緒方ユウタに交渉を試みるのであった。

 緒方は毎週日曜の夕方に、NMKホールで公開生放送をしている歌番組「ヤンタンHITステージ」の司会を務めていた。
年齢はジュンと同じで35歳。
元々は俳優であったが、今はバラエティ関係の司会業がメインとなっている。



NMKホールのエントランス前
会場入りをする為、送迎車から降りて来た緒方を、張り込んでいたジュンが捕まえた。

そこでジュンは、「ヤンタンHITステージ」に何とか出して貰えないかと、緒方に頭を下げた。

「おやおや…?、珍しいねぇ?、あの大物歌手の櫻井ジュン様が、わざわざ僕なんかのところに訪ねて来るなんて…」
緒方は不敵な笑みで、ジュンに嫌味を言う。
ジュンは、その嫌味を無言で耐える。

「君さぁ…、ヤンタンは、高視聴率で大人気番組なんだよ?、悪いけど…、今の君の人気じゃさぁ…」(緒方)

「分かってますッ!、だからヤンタンに出演(で)られたら、私の新曲も注目を浴びて話題になると思って、お願いしてるんです!」(ジュン)

「君さぁ…、よくも僕の前で、のこのこ顔を出せたもんだねぇ…?」と、優越感に浸る緒方が言う。
実は、緒方は20代前半の頃、ジュンに散々アプローチを掛けていたのだが、まるで相手にされなかった過去があった。

「ジュンちゃんは、話題になりたいんだぁ…?」
ばかにしたような顔つきで緒方が言う。

「はい」(ジュン)

「話題になりたいのなら、もっと確実な方法があるよ、ジュンちゃん…」(ニタニタと緒方)

「確実…?」(ジュン)

「ヘアヌード!(笑)」(緒方)

「え!?」(ジュン)



「ヘアヌード写真集を出すんだよぉ!(笑)、いや…アダルトビデオでも良いかぁ!?」(緒方)

「で…ッ、できません!、そんな…」(ジュン)

「さっき、プライドを捨てて、何ででもやるつもりだって、僕に言ってたじゃない?(笑)」
緒方にそう言われたジュンは、黙ってしまう。

「ほらさぁ、よく落ち目になった芸能人が、金に困って脱ぐじゃない!?」
「君は30代だけど、まだまだ見た目はイケると思うよ!」
「話題になると思うよぉ~…、だってさぁ、元紅白出場歌手で2年連続レコード大賞を獲った君が脱いだら、そりゃ世間は大騒ぎになるよ!」

緒方はそこまで言うと、「ひゃはははは…!」と、高笑いをした。

「くッ…!、うう…ッ」
悔しさと惨めさが入り混じった、涙目のジュンが黙って堪える。
すると建物の陰から男性の声。

「噂には聞いていたが、お前…、相当なクズなんだなぁ…」

「誰だッ!?」
その声に振り向く緒方。

「ジョー!」
そしてジュンも言う。

「ジュンが、緒方のとこに頼みに行くって言ってたから、気になって様子を見に来たんだよ…」
そうジュンに言う、キリタニ・ジョー。

「何だよ!?、お前!」
ジョーへ威圧的に緒方が言った。

「ふふん…。お前さ…、世間では好感度タレントとして名が通ってるみたいだが、噂以上の食わせモンの様だな…?」
冷ややかな眼差しで緒方を見つめるジョー。

「何だとぉ!?」(緒方)

「お前さ…、今のハナシ…、俺が週刊新調や女性ヘブンにタレ込んだら、どうなると思うよ?」(ジョー)

「うッ!」(動揺する緒方)

「それこそ世間に大きく取り上げられて、芸能界から抹殺されるぞ…」
「なんせ芸能界は人気商売だからな」
「お前は世間のイメージと、まったく真逆だと知られて、今の権力を失墜するワケだ…」
ジョーがニヤ突きながら緒方に言った。

「お…、お前!、分かってんだろうなぁ!、俺を敵に回して、音楽メディアで、やって行けると思ってんのかよぉ!」(緒方)

「音楽メディア~…?、ふふふ…、どうぞどうぞ…、好きにしな…」
「俺は今や俳優だ。お前が成功しなかった俳優業がメインでな…。それに俺のロックバンドは、とっくに解散してるからカンケーねぇ…」(ジョー)

「お前、俺を恐喝する気かぁ!?」(緒方)

「さぁ…、どうすっかなぁ…」
不敵な笑みを浮かべるジョー。

「く…、くそッ!」
緒方がそう言ってジョーを睨む。
するとジョーは、ジュンの方へと歩いて行く。

「ジュン…、もう行こうぜ。こんなやつと同じ空気吸ってっと、こっちまで頭がおかしくなっちまう…」

ジョーはそう言うと、背後からジュンの両肩を支えながら、歩き出す。
ジュンはヨロヨロと力無く歩く。

「じゃあな!」
ニヒルな笑みで、ジョーは緒方に振る向いてそう言うと、ジュンと2人でその場を後にするのだった。


 翌日
アカシックレコード本社ビル

自分のデスクに座っているジュン。
彼女は、どうすれば今回の新曲がメディアに取り上げて貰えるのか、悩んでいた。

(ああ…、一体、どうすれば良いの…)
デスクに肘を付き頭を抱えるジュン。

「ジュン…」
その時、アカシックレコードのナンバー2、時田加奈子がオフィスに入るなり、ジュンに背後から声を掛ける。

「はい…?」
振り返るジュン。

「さっき、のぞみのお母様から電話が入ったわ…」(時田)

「そうですか…」(静かに言うジュン)

「あのコの病気の事も聞いたわ…。あなたも知ってるんでしょ?」(時田)

「はい…」(沈んだ声のジュン)

「今日からは私が、あなたのマネージャーを兼務するわ」(時田)

「え!?」(ジュン)

「私が今やってる業務と兼務するわ。だってそうでしょ?、のぞみがここに戻って来れるかどうか、分からない状況なのよ」(時田)

「ダメです!、のぞみは必ず戻って来ます!、だって私と約束したんです!」(ジュン)

「私だって、あのコを信じたい!、でもジュン!、現実を見なさい!」(時田)

「のぞみはクビですかぁ…?」(涙目のジュン)

「さっき電話で、のぞみのお母様が会社を辞めさせて欲しいと言って来たわ…」
「でも、それはもう少し待って下さいと伝えたわ。だから彼女はまだアカシックレコードは辞めてない」
険しい表情の時田加奈子が言った。

「そうですか…」(ジュン)

「ジュン!、しっかりなさい!、こんな時こそ踏ん張らないでどうするの!?」
「今回の新曲を少しでもヒットさせて、のぞみを安心させてあげなさい!」
時田加奈子はそう言って、ジュンを叱咤激励した。

「はい…、分かりました…」
ジュンは口ではそう言ったもの、昨日のNMKではジョーの方も、まったく手応えが無かったとの事で、もはや絶望的に近い心境であった。

「は!、そうだ!」
その時、ジュンが閃く!

「どうしたのジュン?」(時田)

「ちょと電話して来ます!」
そう言うとジュンは、慌ててオフィスから出て行った。


 プルルルル…。プルルルル…。

裏の非常階段からスマホを握るジュン。
彼女は高校時代の先輩で、現在は売れっ子スタジオミュージシャンのカズに電話をした。



プルルルル…。プルルルル…。

(カズは、いろんなミュージシャンとレコーディングをしている!)
(その中には、アイドルの仕事も入っていた!、カズなら、新曲がヒットしない原因が分かるかもッ!?)

「お~!、何だ?、久しぶりだなぁ…」
相変わらずの間の抜けた声で、カズが電話に出た。

「カズ、久しぶり!、この前、私の新曲のCD、そっちに送ったじゃない?」
テキパキと用件を言うジュン。

「ん?…、ああ…」(カズ)

「聴いてくれた!?」(ジュン)

「あ…、ああ…、聴いたよ」(カズ) ←うそ

「どうだった!?、あなたの意見を聞きたいの!」(ジュン)

「え!?、意見?」(カズ)

「あなたを、売れっ子スタジオミュージシャンと見込んで聞きたいの!」
「私の今回の新曲が、あんなにプロモーション掛けたのに売れないの!、それは何故だと思う!?」(ジュン)

「俺には、よく分かんないなぁ…?」 ←聴いてないからな

「今回の新曲は、私が今まで成功して来たやり方で、やったのにダメなの!、それは何故!?」(ジュン)

「そうだよなぁ~…、俺は悪くないと思うけど…」 ←繰り返すが聴いてない

「そっかあ…、カズでも分からないかぁ…」(がっかりするジュン)

「アイツに聞いてみたら良いじゃん」
その時、電話越しにカズが言った。それは学生時代のバンドリーダーの事だ。

「アイツって、こーくんの事?」(ジュン)

「そう…」(カズ)

「そうか…、こーくんなら何とかしてくれるかも!?」(ナルホドとジュン)

「アイツの分析力と、奇想天外な発想力なら、なんか分かんじゃねえの?」(カズ)

「ねぇ!、カズ!、こーくんのケータイ教えて!」(ジュン)

「あれ?、お前知らなかったの?」(カズ)

「知らないよ!、ケータイが出回った頃には、会ってないもの!」(ジュン)

「そうか…、実はな…。この前、あいつからケータイ番号が変わったって電話があったんだ」(カズ)

「番号変わったんだぁ?、それじゃ、その番号を…!」(ジュン)

「それがさ…、着歴を後で登録しとくつもりだったんだけど、その後、仕事の電話がバンバン掛かって来ちゃって、そうしたら登録するの忘れちゃってさ」
「思い出して、登録しようとした矢先、俺のケータイ壊れたんで買い直したんだ。そしたら履歴も消えちゃった(苦笑)」(カズ)

「あ~!、もお!、何やってんのよ!」(ジュン)

「そのうちまた、掛かってくるって…」(カズ)

「そんな悠長な事、言ってらんないの!」
「ねぇ?、こーくんは今、何してんの?」(ジュン)

「もう会社辞めて、音楽活動してるよ…。いろんなとこ旅して、ドサ周りみたいな事してるよ…」(カズ)

「ドサ周り…?」(ジュン)

「そう…。それで何ヶ月か経つと、東京に戻って来て、そしたらまた旅に出てるみたいだな…」(カズ)

「それじゃ、彼を見つけ出すのは、ほぼ無理ってこと!?」(ジュン)

「いや…、そうとは限らん…。あいつがもし東京に戻って来たのなら、必ずあそこに現れるはずだ…」(カズ)

「あそこ…?」(ジュン)

「柳瀬川だよ!、俺たちがバンド組んでた頃、青学の軽音サークルの連中とでBBQやってたじゃん!」 ←他の女子大生ともな…(笑)
「ジュンも、あいつが暇なときは毎日、柳瀬川で釣りしてたって言ってたじゃんか!」(カズ)

「柳瀬川…ッ!」
ジュンはそう言うと、当時、高校3年だった頃を思い出す。
それはジュンがバンドを抜けて、歌手としてデビューする直前の時であった。



 1987年7月下旬 
柳瀬川の畔

ジュンは夏休みの間、釣りで暇をつぶしていた彼に毎日ポカリを差し入れに訪れていたのであった。

「ねぇ、こーくん」

「ん?」

「私ね、送別会の翌日からレッスン開始なんだ。ほら、夏休みだから学校…」

「そうか…、いよいよだな?、頑張れよ…」

「そうしたら、もう会う事もないんだね…」

※ポケベル、ケータイ、インターネットの無い時代なので、固定電話か文通でしか連絡手段は無かったのである(笑)

「そうだな…」
川の先を見つめながら彼が言う。

「ねぇ?、この川に来たら、またいつか会えるかな?」

「俺が釣りをしてればな…」

「じゃあ、ずっとここで釣りしてて!(笑)」

「アホか!、そんな事できるわけねぇ~だろッ!(笑)」

ははは…。

そう言って笑うジュンの髪が、風に揺られていた。

※回想シーン終わり


「そうだ!、柳瀬川に行けば彼に会えるかもッ!?」
そう言ったジュンは続けて、「どうもありがとうカズ!、じゃあまたねッ!」と言って電話を切る。

ツー…ツー…ツー…。

「なんだぁアイツ…?」
イキナリ電話を切られたカズは、ケータイを手にしながらボヤくのであった。


To Be Continued…。




バラードは命と引き換える 2話