駆け巡る夏 (夏詩の旅人2 リブート篇) | Tanaka-KOZOのブログ

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★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!



 2000年の2月になった

 2月に入っても終わらない作業に、いいかげん見切りをつけた僕は、音源をマスタリング業者へ託す事にした。
完成したマスタリング音源は、2月の末に出来上がって来た。

マスタリングした音源は、まるで別のものに仕上がって来た。
音域は広がり、音には厚みが出て、そしてクリアな音源になった。

これなら流通して、大手CDショップが相手でも商売できるな…。

そう判断した僕は、その音源を今度はプレス業者へ発注した。
リョウにデザインしてもらったCDが完成し、僕の自宅へ納品されたのは3月の終わり頃となった。

 それを今度はディストリビューター(流通業者)へ搬入し、発売日を5月に決めた。
5月にしたのは、プロモ期間を考えての事であった。

夏をテーマに歌ってる僕の曲が、秋頃にジワジワとブレイクする事はない。
だから4月の一ヶ月間は、各CDショップやFM局への営業活動に力を注ぐ事にしたのだ。



 ディストリビューターから、「レコチョクなどのDL販売はやるのか?」と問われたが、僕はそれをやらない事にした。

僕のような得体のしれないアーティストなら、確かにDL販売した方が売りやすいのだとは分かっていた。
だが僕の対象となる購買者の人数は、CDでもDLでもさほど変わらないはずだ。

DL販売をしたら1曲60円の印税が発生するらしい。
だがDL販売は、合計金額が5000円毎に仕切られて支払われるのだ。

60円が5000円になるまで一体、何人DLしなければならないのだ?
では4900円分でDLが止まったら、それまでが全部パーだ。

そんなバカバカしいシステムなら、CD1枚の印税の方が遥かに良いではないか。

普通CDアルバム1枚の印税は、300円ほどであるが、僕は自分のレーベルから販売するので1枚1500円の印税となる。
その方がずっと合理的だと判断し、僕はレコチョク販売はやらない事にしたのだ。




 4月になった。
僕は都内のアコースティックバーなどを中心に、ほぼ毎週土曜日にはライブを行った。
日曜日はCDショップへ1stアルバムを発注してもらえる様に営業を掛けた。

平日は、会社が終わってから各FM放送局へ挨拶文を作成し、それをコンビニに持って行きCDと一緒に発送した。
その作業は毎夜、深夜2時まで行われ、気が付くとPCの前でうつぶせで眠り、そのまま朝を迎える日などが、あの時はしょっちゅうであった。

だがプロモ活動には手を抜けなかった。
エイマックスに切られ、福岡に帰って行ったサキも、結局事務所が、プロモに力を入れてくれなかったからだ。

たとえプロになっても、よっぽどの話題性がなければ事務所では、ほとんどプロモーションなどしてくれないのが現実だ。

事務所だって、次から次へとデビューしてくるアーティストに、いちいち付き合っていたら大変だ。
彼らは、モノになりそうなアーティストだけに力を入れて行く。

サキの誤算はそこだったのだ。
変にこじんまりとデビューするのであれば、制約の無いインディーズの方が、いろいろ試しながら自分たちでバンバン宣伝する事が可能だった。

これからは、セルフプロモーションをできるアーティストだけが、生き残っていける世界なのかも知れないと僕は感じていた。



※サキとは新宿の「EXP」に通っていて、夜は学校の寮がある上石神井で、ARROWSという駅前のBARでバイトをしていた。そして19歳で、エイマックス系の事務所からアイドルロックバンドのドラマーとしてプロデビューをしたのだが、バンドは成功せず契約を打ち切られてしまい、今は実家の福岡に帰っている。





5月
発売日よりも早く、amazonでは先行予約販売が始まった。

各CDショップからも注文が入り、ディストリビューターからは追加発注の連絡が僕の元へ来る。
僕は追加分のCDを夜になると、近くのコンビニからディストリビューターへ発送した。


(アニキ!、ありました!田中星児の隣に!)

田中星児とは、僕が子供の頃に「ビューティフル・サンデー」という曲で大ヒットした歌手である。
CDリリースの当日、渋谷のタワレコで、僕の1stアルバムを見つけたグリオが、わざわざケータイで、その証拠画像を送信してくれたのであった。




6月
あるブッキングライブで、僕は「愛川ゼン」というシンガーソングライターと、出会う事となる。

彼も僕と同じ時期に、インディーズデビューしたアーティストであった。
下積みが長かった彼は、僕よりも年齢は少しだけ上であった。

その時に連絡先を交換していた愛川から、後日僕の元へ電話が入った。

電話の内容は、愛川が今、自分の音源をアップしているインディーズ紹介のサイトに、僕にも参加しないか?という事であった。
そのサイトは、関西のラジオ番組と連動しており、毎週インディアーティストのランキングベスト10を放送するという番組らしい。

愛川は、そのサイトで自分の曲が現在2位になっていると、僕に嬉しそうに話していた。
だから君もやった方が良いと、誘って来たのであった。



へぇ…。そんなものがあるんだ…?

僕は軽い気持ちで、サイトにメンバー登録してみる事にした。
そして、1stの楽曲の12曲を全てアップロードしてみた。

販売数に影響するかもとは思ったが、売り上げなんかよりも、より多くの人の耳に届けたいという気持ちの方が強かった。

そして週が明けて、次のランキング10が発表された。
僕の楽曲は、なんと1位~10位まで全て独占する結果となった。

圏外の11位と12位も僕の曲で、愛川の2位だった曲は14位となってしまった。
愛川としては、皮肉な結果となったのであった。

今にして思えば、やつの性格から、僕を咬ませ犬にしてやろうという考えだった事が伺える。



「すごいね!、おっ…、おめでとう…!」
引きつり笑いの愛川が僕に言う。

それから愛川は、猛然と新曲を次々とサイトにアップした。
だが結果は毎週、1位~12位までは僕の曲で、彼の曲はいつもその後になってしまった。

僕の楽曲は、それから半年間ずっとそのサイトを独占した。
半年で終わったのは、ラジオ番組自体が終了してしまい、そのサイトが閉鎖されてしまったからだ。



 ある夜、ベロベロに酔った愛川から、僕のケータイに電話が入った。

酔っぱらった愛川は、怒鳴りながら僕に悪態をついてくる。
ロレツ回っていなくて、何を言いたいのかよく分からなかった。

ただ「お前が目障りだ!」「お前の存在が邪魔で許せない!」「俺の前から消えろ!」とか、そんなワードがバンバン出て来たのを覚えている。
要は、いくら新曲をアップしても、僕をランキングで越えられない愛川が、嫉妬で発狂した様なのだ。

自分から誘っておいて、何を言ってやがるんだこいつは…?

僕は以来、愛川と縁を切るが、今でもあの時のやつが不憫に思えてならない。

ミュージシャンは、こういう偏屈で自己顕示欲の強いやつが実に多い。
だから僕は、ミュージシャンの友達は、あまり多く作りたくないというのがホンネだ。

愛川はオッサンなのに、年齢を隠したりしてアホかと思った。
お前はアイドルになりたいのかよ?
そんな、若い女にチヤホヤされたいのが目的で音楽やってるやつが、俺に勝てるワケね~だろッ!?

僕は愛川に対して、そう思うのであった。




 7月になった。
僕が会社の昼休みに、カフェのテラスでランチをしていると、ケータイ電話が鳴った。

電話の相手は、湘南レディオというFM局の女性パーソナリティーからだった。
夏休みが始まる海の日に、江ノ島の頂上で特設ブースを設置して公開生放送をやるから出ないか?という誘いであった。

出演依頼された番組は、湘南レディオが力を入れている夏の特番であった。
その初日のゲストに、僕は呼ばれる事となったのだ。

そして放送日。
念願の、FMラジオから僕の曲が4曲もかけてもらった。
そして軽いジョークを交えたおしゃべりもし、僕の出演時間は40分にもなった。




8月
僕は相変わらず、毎週のようにライブバーに出演していた。

ある平日。
また昼休み中に僕のケータイが鳴った。

今度は、たまラジの音楽番組を担当している、フリーの女性パーソナリティーからだった。
彼女は、来日した外タレミュージシャンとかも相手にしている、耳の肥えた人物であった。

その彼女から「良い声してますね~♪、どんな顔してるのかしら?」と言われたときは、僕も自分のやって来た事に、自信が持てる気がしてくるのであった。

たまラジ出演は、平日という事だったので、お昼休みの時間帯にしてもらった。

僕は近くの公園で、木の陰に隠れながら電話出演した。
公園にいた周りの人も、まさかこんなところから、僕がラジオ出演してるとは夢にも思うまい(笑)

当初、出演時間は10分だと言われていたが、相手の女性パーソナリティーさんが、どんどんノッテきて、気が付いたら後のコーナーを押し除け、僕を30分もしゃべらせてしまうのであった。



 こうして、その年の夏が終わった。

CDは3ヶ月で100枚売れた。
100枚と聞いて少ないと思うかも知れないが、時代はCDが売れなくなっている傾向にあったのだ。

オリコンでは200枚以下の売り上げは公表されない。

紅白のトリを毎年勤めていた、あの大物女性歌手でさえ、その年にリリースされたシングルが200枚以下で、未公表となっていた。
それほどCDの売り上げは、低迷していたのである。

僕の信条は、付き合いや義理で、人に無理やり買ってもらう事は絶対にしない。
そんな事で売り上げ枚数を増やしても、何にもならないからだ。

そうやって興味のない人にCDを売っても、埋もれてしまうだけなのだからと、僕は思っていたのだ。

大物紅白歌手には、大手レコード会社がバックについて、TVで宣伝して、多くの関係者がノルマで買わされている事などを考えると、僕の1stが3ヶ月で、知人以外から100枚売れたというのも、そんなに悪くないんだと思った。

それに僕のCDの印税は1枚1500円だ。
普通、自主製作じゃないCDアルバムの印税は、1枚300円あれば良い方なのだ。

大物紅白歌手の売り上げ枚数が、たとえ199枚であっても、運営費や印税収入率で考えたら、僕の方が全然利益が出ているのである。
投資した費用を考えたら、まだまだ元を取り返してはいないが、次の2ndアルバムに向けた原動力にはつながった。




9月
サーフ系雑誌“F”で同僚の中出氏が、なんと結婚した!

毎週のように、合コンや、「耳かき膝まくら」に通っていた中出(ナカデ)氏が結婚するという事で、同僚たちは驚いた。
実は彼には、何年も付き合っている彼女がいたようで、その彼女の妊娠が発覚した事でのデキ婚だったのである。



これにはデザイナーのリョウも、中出氏に対して不信感をバリバリに募らせる。
だってリョウは中出氏に、「彼女が欲しい」と頼まれて、何回もやつの為に合コンを設定させられていたからだ。

「ちょっと!中出さんッ!、来月の合コンどうするつもりだったんですかッ!?」
怒ったリョウが、中出氏に詰め寄った。

「大丈夫!大丈夫!、結婚してもちゃんと出席しますから…」と中出氏。

「……ッ!」
口をあんぐりと開けたリョウが、中出氏の前で固まった。

「そんな事、許されませんよッ!」
あまりにもいい加減な中出氏に、キレるリョウ。



「大丈夫!大丈夫…!、私の人生、バーリトゥード(何でもあり)ですから…」
そう言うと中出氏は、中指でメガネのフレームをクイッと押し上げるのだった。



 中出氏の結婚式当日。

僕やグリオなど、“F”誌の同僚たちは披露宴に出席した。
結婚式は彼の地元からほど近い、立川のホテルで行われた。

両家の来賓者は、友人関係だけの招待であった。
お互いの両親は勿論、親戚関係者も呼んでいなかった。

新婦側のお披露目は別途、沖縄で後日パーティーを行うらしい。
中出氏の奥さんは東京都羽村市生まれだが、彼女の母親の実家が沖縄なので、そうするらしい。

そんな中出氏の結婚式は、異様な雰囲気の中、始まった。
それは、新婦の方が思ったよりも出席者数が多かった為、人数が集められなかった中出氏が、現在進行中の浮気相手女性まで、頭数に入れて招待するという、暴挙に出たからである!



「それでは新郎のヨシノブさんに、ご友人からお祝いメッセージが届いておりますので、読み上げて行きたいと思います…」
披露宴の司会者がマイクを手に言う。

「では、お読みいたします…」

「ヨシノブさん久しぶり…、あんたよくもまぁ、ぬけぬけと私にこんな報告をしてきたものね…、あれッ?、あれッ?」
「しっ…、失礼いたしました…。手違いで間違えたメッセージを読み上げてしまい申し訳ございません…」

動揺する司会者。
新郎新婦席に座る中出氏は、「ん!?」という顔をした。

「では、改めまして…、メッセージを読み上げさせて頂きたいと思います…」
額に汗をかく司会者。

「は~い元気ナカデちゃん!、最近お店に顔出さなから心配してたのよ。顔出さないって言っても、まだ一週間だけどね。だってナカデちゃんは毎日来てたから…」
「えっ、あたしは誰かって?、あたしは吉原のミドリちゃんでぇ~す…。あれぇ~?」

ははははは…。

笑うしかない司会者。
ざわつく披露宴会場。

「それでは、メッセージはこの辺に致しまして、ご友人からお祝いの言葉をお願いします」
「では新郎のご友人である、桜木ルミさん、お願いいたします」

司会者がそう言うと、僕の隣の円卓に座っていた女性が、スクッと立ち上がり、マイクがある壇上へと進んで行った。

マイクを握る女性。
するとイキナリ中出氏を睨みつけて、叫び出した!

「おいッこらッヨシノブッ!、てめぇ何考えてんだよッ!」
「先月まであたしと結婚するってほざいてて、こらどうゆう事だよッ!?、説明しやがれッ!」



ブローザー・ブロディみたいな、ロン毛ソバージュの女が、髪を振り乱して怒り出す。
その様相は、まるでプロレスの試合を終えたばかりのリングに乱入して来た、超獣コンビさながらの姿であった。

「あたしとこの女と、一体どっちを取るんだよぉ~!」

警備員に取り押さえられながらも、マイクを離さずに怒鳴り続けるブロディ。
中出氏は、「ん?」という顔をして、何が起きているのか把握できていない様だった。

ブロディが無理やり外へ連れ出されそうになると、他のテーブル席に座っていた新郎の友人女性たちも、壇上へ走り出して加勢する。

中出氏に罵声を浴びせ掛ける、新郎の来賓客女性たち。
披露宴会場は大パニックと化した。

うわぁ~…!
こんな結婚式初めて観たぜ…。

僕は、女性たちに胸倉を締め上げられている中出氏を眺めながら、そう思うのだった。

バシャ~ンッ!

中出氏は女性の1人から、グラスのビールを顔にぶっかけられていた。
やつの結婚披露宴は、まさにバーリトゥード(何でもあり)となるのであった。


To be continued….