あの日から消えた笑顔 (夏詩の旅人 1st シーズン) | Tanaka-KOZOのブログ

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 2003年3月

「は~い!、じゃあ撮るわね~」
一眼レフカメラを持ったリョウが、ヒロミとサトシに言った。

ヒロミの実家の庭で、笑顔で寄り添う二人。
それを嬉しそうに見守るヒロミの両親。

カメラを構えたリョウが言う。

「じゃあテッパンですが、チ~~~ズ!」

カシャッ

「もう1枚いくね」

カシャッ…。

カシャッ…。

カシャッ…。


野中涼子23歳
サーフィン系雑誌“f”の編集者

この日リョウは、締め切りに追われる忙しい日々の合間を縫って、今週末に結婚式を控えた親友、ヒロミの実家がある東北のM県まで東京から訪れていた。

彼女は、明後日に結婚式を控えるヒロミと、その恋人のサトシの写真を、自慢の一眼レフで記念撮影していたところだった。

「ありがとうリョウちゃん」
写真を撮ってくれた彼女へヒロミが言う。

「なんの、なんの、せっかく大金はたいて買った一眼レフですもの…。こんなときに使わなくていつ使うのよ!」
笑顔でヒロミに言うリョウ。

記念撮影もひと段落し、縁側に腰掛けるリョウとヒロミとサトシ。

「いいなぁ…、ヒロミも結婚かぁ…」

カメラを抱え、空を見上げながら言うリョウ。
その空には、うろこ雲がいっぱいに広がっている。

「リョウちゃんは良いひといないの?」

「合コンとかしょっちゅう呼ばれるけど、ダメダメ!、チャラいやつばっかでさ」

「そうなんだ…」

「ねぇヒロミ!、ブーケトスは絶対、私目がけて放ってね!」

「上手く投げれるかなぁ…」

「私に投げなかったら絶交よ!」

ははははは…。

「サトシさん…」
リョウが笑顔から真顔になって、ヒロミの恋人に言う。

「このコね…、ちょっと真面目過ぎて頑固なとこあるの、でもとっても良いコだから、どうか宜しくお願いします」
リョウがサトシにペコリと頭を下げて言う。

「知ってますよ。そういうところが好きになったんですから…」
笑顔でそう応えるサトシ。

「あらま!お熱いこと…。今は3月だってのに…」

ははははは…。



「じゃあ当日…」
帰り際、ヒロミの実家前で、リョウがヒロミに言う。

「リョウちゃん、遠くから来てくれて本当にありがとう」
リョウの手を取りヒロミが言った。

「幸せになってね」とリョウ。

「うん…」
リョウのその言葉に目が潤むヒロミであった。




 翌日。
ヒロミは勤め先の役場へ、最後の挨拶に向かっていた。
彼女の職場は町役場の防災課であったのだ。


「あら、トメさん」
役場へ向かう途中、道で会った老人にヒロミが言う。

「ヒロミちゃん、明日は結婚式なんだってねぇ…?」
幼稚園くらいの孫を連れていた老人がヒロミに言う。

「そうなの…。だから役場の仕事は今日で最後」

「あんたは頑張り屋だった…。絶対幸せになるんだよ」
老人がヒロミに言う。

ヒロミはトメさんの温かい言葉にジンと来て頷いた。

「トメさんはこれからどこへ…?」

「孫と一緒に海岸へ散歩さ」
孫と手をつないだトメが、ヒロミに言う。

「そう。楽しんできてね」
ヒロミはトメにそう言うと、二人と別れた。




その頃、リョウは一眼レフを構えて、海岸から海を撮影していた。

「良い写真が撮れたわ…」
画像で写真を確認するリョウが言った。




「長い間お世話になりました…」
ヒロミが役場の防災課でそう挨拶すると、同僚の職員が拍手で応え、ヒロミに花束を渡した。

「ヒロミくん、君は今まで本当によくやってくれた。これからは自分の為の人生を全うしてくれよな」
防災課の課長がヒロミにそう言葉を掛けた。

「ありがとうございます。みなさんと一緒にお仕事した事は決して忘れません」
目を潤ませたヒロミが同僚たちに言った。

ヒロミがそう言い終えると、突然建物がグラグラ…っと揺れた。

「地震かな…?」
誰かが言う。



ドンッ!

次の瞬間、突然何かが下から突き上げる様な衝撃を感じた。

グラグラグラ…ッ!

町役場の建物が凄い勢いで揺れ出した。
揺れは横揺れでなく、縦揺れだ。

「大きいぞッ!」
課長が叫んだ。

建物はヒロミが立っていられない程、大きく揺れ続ける。
今まで経験した事のない様な、大きな揺れだ。

バリンッ!

役場の窓ガラスが割れる。
天井の蛍光灯が大きく揺れている。
棚の書類が揺れで落ちたと思ったら、今度は棚自体が揺れで倒れた。

ズダーンッ!

きゃぁ~ッ!
叫ぶ女性職員。

役場の職員たちは顔面蒼白で、揺れが収まるのをひたすら待ち続けた。

3分程揺れた町役場。
ようやく激しい揺れは収まったが、まだ建物が揺れている感じが残っていた。
町役場の中は、倒れた棚からの書類や、机の上の物が散乱しており、しっちゃかめっちゃかになっていた。

「TVをつけろッ!」
防災課の課長が、部下へ急いで指示をする。

障害物をまたいで、職員がリモコンを手に取りTVをつける。
つけたTVでは、地震に関する緊急速報をアナウンサーが伝えていた。

放送では、津波が来ると大声でアナウンサーが言っている。

「沿岸にいる人は直ちに逃げて下さいッ!、繰り返しますッ、沿岸にいる人は直ちに避難して下さいッ!」
TVのアナウンサーが、ヒステリックに叫び続ける。

「まずいぞ…、震源地はこの近くだッ!、津波が来るッ!」
課長が大声で叫んだ。

「私、防災棟へ行って来ますッ!」
海岸にある防災棟へ行くとヒロミが言った。

「ダメだ!、危険だ!、みんな避難するんだッ!」
防災課の課長が彼女に言う。

「海岸にはたくさんの人たちがいますッ!、津波を知らせないと巻き込まれてしまいます!」
トメとその孫の事を思い出し、ヒロミが言う。

「君は明日結婚式を控えてるんだ!、ムチャするなッ!」と、防災課の課長。

「私はまだ防災課の人間ですッ!、海岸の人たちを見捨てる訳にはいきませんッ!」
そう言うと、ヒロミは部屋を出て防災棟へと走り出した。




「津波が来るぞッ!」
海岸にいたトメが周りの人間に叫んだ。

近くにいたリョウは、トメのその言葉に驚いた。

「あんたも早く逃げるんじゃッ!」
孫の手を引いたトメが、側にいたリョウに言う。

海岸の波は、みるみるうちに沖の方へと吸い込まれて行った。
こんな引き潮を、リョウは未だかつて見た事がなかった。

「おばあさんッ!、小学校のグラウンドへ逃げましょうッ!」
この地域の避難所が、小学校だった事を思い出したリョウが急いで言う。

「あんなとこじゃダメじゃッ」

「えっ!?」

「見てみい、この引き潮じゃッ!、あんなとこじゃ津波に呑み込まれるッ!」

「じゃあどこへッ!?」

「神社じゃ…。昔からこの地で大津波が来たときは、みんな神社へ逃げたという言い伝えがある」
「神社は高台にある。それに神社は何百年も昔から無事に残っている。こういうときは神社へ逃げるんじゃ!」

「分かりました!急ぎましょうッ!」
リョウはそう言うと、トメの孫を背中におぶって、神社がある小山の方へトメと一緒に急いで向かった。




「佐竹さんッ!、状況はどうですかッ!?」

防災棟へ着いたヒロミ。
階段を駆け上がり、息を切らせながら当直の職員へそう確認した。

「ヒロミくんッ!?、どうしてここへッ?」

「海岸にいる人たちが心配で来ちゃいました」

「危ないぞ!君は早く非難しろ!」

「大丈夫です。ここは高さが20mもあるんですから…」
そう言うとヒロミは、管制室の窓から海を眺めるとマイクを手にしゃべり出した。

「こちらは町役場防災課です!まもなく津波がやって来ます。海の近くにいる方は急いで高台へ避難して下さい!繰り返します…」

ウ~~~ッ、ウ~~~ッ、ウ~~~ッ…。
防災棟からはヒロミの声と共にサイレン音も鳴り響く。



はぁはぁはぁ…。
汗をかき、息も絶え絶えにリョウは坂道をトメと上っていた。

「ヒロミの声じゃッ!?」
遠くから聴こえて来る防災アナウンスの声にトメが言う。

「えッ!?」とリョウ。

「あんなとこで何をグズグズしとるんじゃッ!、早く逃げんと津波に呑み込まれるぞ!」
防災アナウンスが聴こえる方へ向かって、トメが叫ぶ。

「私、助けに行きますッ!」とリョウ。

「馬鹿いうなッ!今行ったら死にに行く様なもんだ!」

「でもッ…!」

リョウがそう言った次の瞬間、30m程先の十字路から、海水がドバッと流れ込んで来たのが見えた。

「早く上に上がれッ!」
叫ぶトメ。

リョウは慌てて、道の横にある石段を上がる。
振り返ると、先ほどの十字路から海水がどんどん水位を増し、車や瓦礫、そして人間たちを押し流している光景が見えた。


「あああ…、あああ…」
その状況を見たリョウの全身は、ガタガタと震え出した。




「信じられんッ!こんな津波は初めてだ!」
管制室でヒロミの後ろにいた佐竹が言う。

水位はどんどん上がり、防災棟の下部分は既に海水で埋まっていた。

(怖いよ…、怖いよ…サトシ…。あたしこのまま死んじゃうのかなぁ…?)
そんな事を思いつつ、ヒロミは震える手でマイクを握りしめ、懸命に避難勧告を叫び続けた。



はぁはぁはぁ…。

 大分上まで登って来たリョウ。
トメと孫と3人が今いる林道は、見晴らしの良い開けた場所だった。

その場所からは海岸と町が見下ろせた。
下に見える町は完全に水没していた。

そして海岸に建っている防災棟も、管制室のすぐ真下まで海水に浸かっているのが見えた。

「あああ…」
呆然とその光景を眺めるリョウ。
目には涙をいっぱい溜めている。

そして沖の方からは、一際高い波が陸へすごいスピードで押し寄せて来るのが確認できた。

ズズズズズ…ッ!

「うわぁッ!来るぞッ!」と防災棟の佐竹。

管制室の正面に向かって、大きな波が押し寄せて来るのが見えた。


ザーーーーーーーーーーーーーッ!

(サトシごめんね…。私、あなたのお嫁さんになれそうもないや…)
ヒロミは涙しながら、左手薬指にはめた婚約指輪に向かってそう囁いた。


「ヒロミ~~~~~~~ッ!逃げてぇえええええ~~~~~ッ!」
高台から防災棟へ叫ぶリョウ。

ザーーーーーーーーーーーーーッッ


「ヒロミ~~~~ッ!」


ザバッ!

津波が防災棟を丸ごと呑み込んだ!

「いやぁああああああああッ!」
リョウが狂った様に叫ぶ。

「あああ…」
海に呑み込まれた防災棟を、泣きながら見つめるリョウ。

そして呑み込まれた防災棟が引き潮で再び姿を現した。
だがそこから見えた防災棟は、骨組みの形だけしか残っていなかった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ…。ゔゔゔ…。あ゛あ゛あ゛~~~~ッ。」

リョウは高台から海に沈んだ町を見つめ、断末魔の様な叫び声を出して、いつまでも泣き続けていた。





 3年後…。

2006年6月。
リョウは都内赤坂の雑踏を歩いていた。
彼女は東日本で起きた大災害の復興が、一向に進んでいない現状に苛立っていた。


リョウは毎朝新聞社へ向かう途中、あの時の悪夢を思い出していた。

あの日から数日後、海水が引けたM県の港町の惨状は言葉で言い表せない状態であった。

「せめて亡骸だけでも見つかってくれれば…」
ヒロミの母が自宅の庭先で涙ながらに言う。

ヒロミの婚約者のサトシは、がっくりと跪いて泣いていた。

その場にいたリョウは何も言葉が掛けられず、自身も涙ぐんでいるしかなかった。



あれから3年経つが、ヒロミの遺体は、未だ発見されていなかった。

更にあの大地震があってから間もなく、今度は隣のF県が津波災害の影響で原発事故が起きてしまった。

放射能汚染の影響でF県の住民たちと、汚染エリアに隣接したM県の港町の人々は、心と身体がボロボロのまま、みんながちりじりと離れ離れになってしまった。
その中にはヒロミの家族も含まれていた。

そして住民たちは今度は移住先で、被爆者として謂れのない差別を受けた。
また新しい土地での学校へ転校した子供たちは、被爆者という事でいじめにあった。

何故こんな理不尽な思いを、被災者がしなければならないのッ!
リョウは復興の対応が遅い、国や政府を恨めしく感じていた。

彼女はあの震災以後、勤めていたサーフィン誌の出版社を辞めていた。
あれからリョウは、度々被災地を訪れては、その惨状をカメラに収め、自身が立ち上げたHPで被災地の現状を民衆に訴え掛けていた。

それは、国がもっと復興活動へ力を入れさせる為には、民意の力が必要だと思ったからだ。
リョウの強い思いが込められた彼女のHPは、次第に多くの反響を呼ぶ様になっていった。

そんなある日、大柴リュウジという男から、リョウのHPへ一通のメッセージが届いた。

私は毎朝新聞編集者の大柴リュウジと申します。
あなたのHPを拝見して衝撃を受けました。

私も政府や官僚の対応に疑問を抱いている一人として、あなたの力になりたいと思いました。

私どもの毎朝新聞で、あなたの写真と記事を載せたいと思っています。

私も反原発主義者です。

あなたも是非、私たちのグループに参加して世の中を一緒に変えてみようと思いませんか!?

やろうよ!…、君も…!


毎朝新聞の大柴という男は、リョウにそんなメッセージを送って来た。


 後日、大柴と会ったリョウは、彼から毎朝新聞のジャーナリストとして入社しないか?と誘われる事となった。
リョウに断る理由は無かった。

よ~し!、やってやる!
見ててヒロミ。あたしが毎朝新聞で世の中を変えてみせるから!

リョウは今は亡きヒロミへ、そう固く誓うのだった。



 毎朝新聞に入社したリョウがまず最初に行ったのは、大柴が主宰する社内勉強会への参加であった。
ジャーナリズムにまったくの素人だったリョウは、まず日本社会の現状を学ばなければならなかったからだ。

勉強会には、大柴のアシスタントで、鳥川ケンイチという恰幅の良い中年男性の他、学生、主婦、サラリーマンと様々なジャンルの人たちが参加していた。

「はじめまして…、ミタイナ…?」
鳥川はリョウへそう挨拶をした。

(変な言葉使い…?)
そう思ったリョウであったが、とりあえず鳥川と握手して大柴の講義を聞く事となった。

その勉強会で、リョウは腐敗しきっている現在の日本の状況に愕然とした。

「なぜ政府は、あの危険な原発を推進したか!?、それは海外諸国に対して原発技術が大きなビジネスになるからです!」
大柴がマイクを手に熱心に言う。

「政府は、その利権の為に、一部の県民を犠牲にしたのです!」

「みなさん!、政府はあの時、電力が足りなくなると言って、あれだけ計画停電、計画停電と騒ぎ立てていましたよね?」
「だけど今はどうでしょうか?、現在、原発が減ってみて、電力が今、足りてないと感じてる人はいますか?」

大柴はそう言うと、アシスタントの鳥川に指示を出した。
鳥川は映写機からの映像を、エネルギー資源の比率を表しているグラフ画面に切り替えた。
それを指差しながら大柴がしゃべる。

「このグラフを見て下さい!、原発の電力なんて、たかが国内の30%を占めるかどうかのエネルギーです!」
「だから原発なんか使わなくたって、火力発電や水力、太陽光だけでも十分にやっていけるのです!」
「今私たちが生活する中で、現にそれが証明できてるじゃないですか!?」

「アメリカや中国などでは火力発電が中心に運営されています!」
「これは政府が、原発技術はカネになるという目的だけで、同胞の住民を見殺しにしたというゆるぎない事実ですッ!」

(許せない…ッ!)
リョウは大柴の話を聞きながら、どんどんのめり込んで行った。

「まだまだ私たちだけの力では、国を動かすことは困難です」
「だからみなさんの力をお貸しください!、もっと仲間が必要です!」

「この腐敗した日本の現状を、どんどんSNSなどで拡散して、民衆に呼びかけましょう!」

「やろうよッ!…、君がッ…!」
マイクを手に熱く語る大柴は、最後にそう締めくくった。

(私が…、私が絶対、この日本を変えてやるッ!)
大柴の講義を聞きながら、そう強く誓うリョウであった。




  2006年7月初旬。
東京都中野区某所

 警視庁公安部の平松は、部下たちと古い木造アパートの周りを取り囲んでいた。
警視庁公安部とは、国内外で行われるテロ活動などを極秘に阻止する為の警察組織である。

「平松さん…、ホントにこんなボロアパートの一室にやつらは潜んでるんでしょうかね?」
平松に部下の馬場刑事が言う。

「ああいうやつらは、一見して分からない様な、こんな場所に潜んでるものさ…」
電柱の陰からアパートを見上げ、そう言う平松。

平松と部下たちが今追っているテログループは、先月(6月)に、東京渋谷の「CLUB KAVE」で深夜に起きた爆破テロ事件の犯人であった。

無差別に行われたこのテロは、当日クラブへ訪れていた多くの人々が巻き込まれた。
被害にあった多くの犠牲者は大学生などの若者が中心で、その死者数は30人以上だと云われている大惨事となった。

(日本ものんきにやってるから、ついにこんなテロ事件が起きる様になっちまった…)
平松はあの悲惨な事件を思い出しながら、懐の拳銃を取り出した。

「よし、行くぞ」
小さな声で言う平松。
指でクイクイと部下に指示を出す。

アパートの外階段から、部下の馬場、三橋、折原、広瀬が静かに上がって行く。
一方平松は、井星、式田、岡田という4人の刑事たちと下で待機し、アパートからの逃亡犯を挟み撃ちにする為、建物を四方から取り囲んだ。

馬場たちは外に面した通路を通り、犯人が潜伏してると云われている通路中央のドア口の前へ、左右2人づつに別れて立った。

(行け…)
その様子を下から見上げている平松が、馬場へアイコンタクトで合図した。

平松へ頷く馬場。
緊張が走る。

コンコン…。

「ごめん下さ~い。お荷物お届けに参りましたぁ~」
宅配業者の恰好をしている馬場刑事が言う。

無反応。

再度、呼びかける馬場。

「ごめんくださ~い…」

ガチャ…。

ドアが開く。
アジア系の男性が中から顔を出した。

「警察だッ、動くなッ!中を調べさせてもらうッ!」
言った瞬間、両サイドから刑事たちが銃を構えて出て来た!

「警察来了ッ!快跑ッ、快跑开ッ!」
後ろの仲間へ、慌ててそう叫ぶ入口の男。

叫ぶ男が奥へ駆け戻る!
馬場たちも中へ入る!

タタタタタ…ッ、タタタタタ…ッ

「うわッ!、撃って来やがったッ!」と折原刑事。

中にいたテロリストたちは、傍に置いていた自動小銃AK47で乱射し出した。

タタタタタ…ッ、タタタタタ…ッ

「うわッ!」

「馬場ぁ~ッ!」と折原。

「平松さんッ!、馬場がやられましたッ!」
広瀬が下の平松に叫ぶ。

タタタタタ…ッ、タタタタタ…ッ

ガーンッ、ガーンッ

応戦する階上の刑事たち。
現場は壮絶な撃ち合いになった。

「くそッ!、今行くッ!」
平松はそう言うと、下にいた他の刑事たちにも呼び掛けて階上へ向かう。

タタタタタ…ッ、タタタタタ…ッ

ガーンッ、ガーンッ

「哇ッ!」

相手の1人も撃たれて叫んだ。

ガーンッ、ガーンッ

タタタタタ…ッ、タタタタタ…ッ

「くそう…、これじゃ中に入れない!」
三橋刑事が応戦しながら言う。

平松より先に到着した井星刑事と式田刑事が、みんなで一斉に撃つぞと仲間に言った。

ガガガガガーンッ

「もういっちょうッ!」

ガガガガガーンッ

「哇ッ!」

平松が通路に上がる時、相手がもう1人やられた声が聞こえた。

「よしッ!、いくぞッ!」
折原が玄関から中に入る。

慌てるテロリスト。
その時、窓から1人が逃げた。

ダンッ!

隣の家の屋根に飛び移った男。

「平松さーんッ!、1人窓から逃げましたぁッ!」

「何ッ!?」
そう言った平松は、撃ち合うドア越しを通過し、通路の奥まで走った!

撃ち合いをしている三橋刑事が、中に残っている犯人に言う。
「もう諦めろッ!」

中に残っていた男は、撃ち合いを止めてニヤッと笑う。
手元に何か握っている。

一方、通路を走っている平松が言う。
「おいッ!待てこの野郎ッ!」
屋根の上の犯人に、通路端の柵に手を置いて叫ぶ平松。

黒革のボストンバッグを抱えた犯人が、平松に振り返る。

犯人の顔をしかと見る平松。

犯人は平松の顔を見るとニヤッと笑った。

ドカーンッ!

その瞬間、平松の後ろから物凄い爆音がッ!

犯人の部屋のドアが吹っ飛び、爆風が飛び出るッ!

「うわぁッ!」
爆風に巻き込まれた平松が倒された。

屋根上の犯人は、平松のその姿を見届けると、その場から逃げて行った。

「ううう…、待て…」
倒れ込んだ平松が、苦しそうに犯人へ言うが身体が動かない。

振り返ると、アパートは半壊しており、大きな炎を上げていた。

部屋に入っていなかった岡田と式田と井星も、通路で倒れていた。
身体がピクピク動いているので、命に別状は無さそうだった。

しかし中に入った、3人は今の爆破で助からないだろう。

「馬場~ッ!、三橋~ッ!、折原~ッ!、広瀬~~~ッ!!」
炎が上がる部屋の中にいる、仲間の名を叫んだ平松。

平松は薄れ行く意識の中、遠くから消防車のサイレン音が聴こえて来るのを感じた。




 2006年9月初旬。
東京赤坂一ツ木通り。

「おい!リョウじゃないか!?」
僕がそう言うと、反対側の道を歩いていた彼女が振り向いた。
リョウは、僕が以前勤めていた会社の後輩だ。

「やっぱりそうか…」
僕はリョウの方へと駆け寄る。

「久しぶりね…」
リョウが僕へ静かに言う。

(なんか元気ないな…?)
いつも明るい笑顔がトレードマークだった彼女の様子が変であった。

「今日はどうしたの?」
リョウと並んで歩く僕に彼女が言う。

「今日は、MBSラジオの仕事で赤坂に来てる」

「そうなんだ?、私も実は…」

「毎朝新聞でジャーナリストなんだろ?」
同系列で働いてると言おうとした、リョウより先に僕が言う。

「知ってたの?」

「マイから聞いた」

「そうそう!、この前、マイに会ったんだよ。マイの雑誌の仕事が来たんだ」

「雑誌…?」

「ああ、マイは今、ロッキンSの編集部で働いてるんだ」

「そう…。マイちゃん元気だった…?」



「ああ…、相変わらずじゃじゃ馬だったよ」
笑いながら僕は言う。

「そん時に、ほら…、以前“f”誌の連中が集まってBBQした河原…」
「中出(ナカデ)氏とか、グリオとか、みんなで行ったあの場所にも寄ったよ」



「ああ…あの場所…。懐かしいわね…」
そう言ったリョウの顔が、少しだけ綻んだ。



「そう言えば、ナカデ氏は、今どうしてるの?」

「さぁなぁ…?、あいつが転職してからは連絡取ってないから分かんないなぁ…?」

「そう言えば、グリオから最近聞いた話だと、あいつ国分寺のスナックの女に手を出したらしいんだけど、その女がヤクザの女だったらしくて、命狙われてるから今は雲隠れしてるって話だよ」

「呆れた…。あの人結婚してるじゃない!?」

「しかも娘が生まれたばかりだ」

「なんでもアリなのね?」

「あいつの人生、バーリトゥード(何でもあり)だから…(笑)」

ははははは…。

「はぁ…、なんか久しぶりに笑ったわ…」
下瞼を指で押さえながらリョウが言った。

「元気ないな?、何かあったのか?」

「実は…」

「まぁ久しぶりの再会で立ち話もなんだから、ちょっとそこの喫茶店でお茶でもしようか?」
深刻な顔をしたリョウを見て、じっくり話を聞くべきだと思った僕がリョウへ言う。

「時間あるの…?」

「ああ、ON AIRまで2時間近くあるから大丈夫だ」

「私も社に戻るだけだから少しくらいなら大丈夫」

リョウも時間があるというので、僕らは近くの喫茶店へと入って行った。




「そうか…、そんな辛い事があったんだ…?」
リョウから親友の死と、毎朝新聞へ入った経緯を聞かされた僕が言った。

「ねぇ、あなたはどう思う?、政府の被災地への対応の悪さを」
リョウが僕に聞く。

「確かに当事者からしてみたら、復興の対応が遅いと感じるのも仕方がない」
「だけど対応が悪いかどうかは、実際に国会の中で政治家が何をしてるのか見てみないとなんとも言えないな…」

「遅いわ!」

「一生懸命動いてるけど、結果につながっていないのかも知れない…」

「でも、日本の政治家が腐ってるのは明らかよ!」

「腐ってるやつもいるだろうが、みんながみんな腐っている訳ではないと思う」

リョウは僕の言葉に納得がいかない雰囲気だった。

「君の情報源は、君の新聞社一方からだけの情報だろ?」
「こういう判断は、双方の意見を取りまとめてから判断しないと危険だ」

「危険って?」

「ある一部の政治イデオロギーに、プロパガンダされやすいという危険だ」

「あなたは、あの現場を間近で見ていないから分からないのよ!」

「確かにそうかも知れない…」
リョウのその言葉に対し、僕は静かに言う。

「反原発を訴えてるミュージシャンたちが、プロもアマも、被災者へ募金ライブをたくさんやってる様だけど、あなたはそんなの全然やってないみたいね…」
リョウが僕へ皮肉を言う。

「リョウ…、彼らが募金ライブをやってるのは俺も知っている」

「だが大物じゃないアマのミュージシャンたちが、ライブの売り上げから黒字部分だけを寄付するなんて行為は、かえって電力を消費する行為で、まったく意味がない」(アコースティックライブならまだしも…)

「彼らは被災者に優しくしている自分に酔っている」
「そして、己の宣伝を兼ねたプロモーション活動として、被災地を利用している様に俺は見えてしまうよ」

「それは、いわゆる被災地ビジネスだと?」とリョウ。

「その通りだ。小物は現地でボランティア活動する方がよっぽど被災者に感謝される」
「小物が稼いだ微々たる黒字分なんかよりも、本当に復興を願うのならば、自分の稼いだ金を全て募金に注ぐべきだ」

「反原発は大物ミュージシャンもいるわよ。世界的な…」

「世界的ね…」
鼻で笑って僕は言う。

「大物は大物で、いつも高見の見物だ」
「彼らは24時間、空調や床暖房が整備された快適な豪邸に住んで、普通の家庭ならばおよそ使わないで済む電力を消費しながら、反原発と叫んでいる」
「あんなの、まったくナンセンスだ」

「あなたそんな発言してると、業界から締め出されるわよ」

「構わんさ。俺は別に音楽で稼ぐ気なんて更々ないんだから」

「なぁリョウ…、君は自分の会社の社長が、聖人君主じゃなきゃ許さないのかい?」

「どういう事?」

「君の会社の社長は奥さんがいるけど、実は愛人がいて、しかも会社のカネで、いかがわしい風俗店で使いこんでいたら許せないかい?」

「許すも許さないも、そんなの別に私には関係ないわ」

「だろ?、それはそんな社長でも、今自分の生活が害される事なく、会社が運営されて、君の給料がきちんと支払われているから、君には問題ないという事だよな?」

「社長業ってのは最高責任者だ。そりゃあ大変なプレッシャーの中で毎日過ごしているよ」
「そんな彼らが、我々の生活を壊さない程度の不正なら俺は許せるよ。でなきゃ社長なんて誰も成り手がなくなっちまうさ」

「何が言いたいの?」

「政治家も同じって事だ」
「それに日本経済は、なんだかんだいっても今安定してる」
「世界的に見ても、こんなに医療費、福祉費、教育費、生活保護に手厚い国はないよ」

「孫の世代に借金を残して?」

「あれは財務省の嘘だぜ。日本の総資産は黒字だ。国際機関のIMFがちゃんと認定してる」

言い返せないリョウが僕を睨んでいる。

「なぁリョウ…、俺だって子供の頃、近所の柿盗んで食ったり、親の財布から金を少し抜いたり、同級生をイジメて泣かした事だってある」

「そんなのじゃ逮捕されないわ」

「でもモラルは犯している」
「君は無実と無罪を混同しているな」

「逮捕されなくても悪行には変わりない」

「世の中、そんな素晴らしい人間ばかりが多い訳じゃない」
「誰だってスネに、1つや2つの傷を持っているという事だ」

「だから、いちいち過去の話などを持ち出して、スキャンダルに取り上げ、政治家を叩く行為は、返って政治活動の妨げになってしまう気がするよ」
「それがイコール、復興を遅らせる事にもつながるんじゃないのか?」

僕の話を聞いていたリョウが、何か考えて込んでしまった様だった。


パチパチパチ…。
リョウの後ろに立つ男が小さく拍手した。

「いや…、素晴らしいご意見だ」
男が言う。
どうやら僕らの話を聞いていた様だ。

「野中くん、こんなとこにいたのか?、早くしないと勉強会が始まるぞ」
短髪で40代半ばくらいの、メガネをかけた男がリョウに言う。

「あっ…、申し遅れました。わたくし毎朝新聞の大柴リュウジと申します」
男はそう言うと、僕に名刺を差し出した。

僕は無言で名刺を受け取ると、その大柴という男に会釈した。

「さぁ、行こうッ!野中君。みんなが待ってるよ」
胡散臭い笑顔で、大柴がリョウに言った。

「じゃあまた連絡する…」
リョウはそそくさと僕にそう言うと、大柴と2人で店を後にした。

(勉強会か…。変な政治集会に巻き込まれてなきゃいいけどなぁ…)
僕は、店から出て行ったリョウの後姿を眺めながら、そう不安に思った。




 東京霞が関、警視庁本部内。

「こいつだッ!」
頭に包帯を巻いた公安警察の平松刑事が言う。

「本当ですか!?」
同じ室内にいた式田刑事が驚いて聞く。

「間違いないッ!、俺はこいつの顔は絶対忘れんッ…」

警視庁の顔認証データベースから、執念で1人の男をついに割り出した平松刑事は、顔を硬直させながら言った。


テロリストの名は陳春光31歳。
中国籍のスパイだが、国籍を台湾に偽装し、名前も変えられていた。

「どうしますか?、手配書回しますか?」と岡田刑事。

「バカヤロウッ!、指名手配なぞしたら見す見す海外へ高飛びされるのがオチだ!」

「では、どうします?」

「泳がせろ…」

「はっ!?」

「奴を泳がすんだよ!」

「やつらは大量の爆薬と銃器を所持していた」
「必ず近い将来、テロを再び起こすだろう」

「やつが逃げたときに抱えてたバッグの中身は、おそらく持ち出せるだけ持ち出した武器と弾薬だ」

「だから陳春光は、必ず仲間と近々接触するはずだ」

平松の話を2人の刑事が聞いている。

「公安部総出で、極秘に陳春光の行方を捜せ!」

「行けッ!急ぐんだ。早くしないと大変な事になるッ!」

「はッ!」

平松の指示に従って、2人の刑事は部屋から駆け出して行った。

(見てろ…、次は逃がさんぞ…。必ず仲間の仇を取ってやるからな…)
平松は、何としても次のテロを防いでやると心に誓うのだった。






 東京赤坂、毎朝新聞社内の第4会議室。

「原発フォーラム2006ッ!?」
そう言ったのはリョウ。

「そうだ。来月(10月)に、鎌倉国立大学で学園祭がある」
「そこの講堂を貸し切って、当日、反原発を訴える集会を開く事が決定された」

大柴が勉強会のメンバーたちに言う。

「この日は我々、毎朝新聞も含めて多くのメディアが取材に集まって来る」
「ここで大掛かりで、派手なイベントをぶち上げるつもりだ」

大柴がそう言うと、メンバーたちから、“お~!”という歓声が上がった。

「鳥川ッ!」

「はいッ!」

「お前は、大学とタイアップで当日の学園祭イベントを運営する会社、“Unseen Light”へFAXを送ってくれ」
「原発フォーラムのゲスト出演者は、届をちゃんと出さなければならないからな…」

「分かりましたッ」
大柴の指示にそう応える鳥川。

「大柴さん、ゲストとは?」
リョウが聞く。

「当日、公演中にゲストが途中で入って歌ってもらう、そのRAPグループを呼んだ」
「“フールズ”という若手ミュージシャンなんだが、彼らも我々と同じ志で、反原発を訴え続けている仲間だ」

フールズの名はリョウも聞いた事があった。
過激な歌詞で、国会議事堂の前から政府批判の歌を歌っている姿を、以前TVで観た事があった。

「それから野中くん」

「はい?」

「君は、君のHPから当日の原発フォーラムへ、多くの人たちが集まって来る様、どんどん呼び掛けてくれないか!?」
「君のHPは人気があるし、君自体がクリーンなイメージがあるから、きっと多くの賛同が得られるはずだ」


「分かりました!」
リョウが応える。


「それじゃみんなにもやってもらう事があるから、今から説明する。説明が済んだら早速準備に取り掛かってくれッ!」

「分かりましたッ!」と参加メンバー一同が言う。

「やろうよッ!…、君がッ!」
最後に大柴は手を高々と挙げて、みんなにそう叫んだ。






東京新宿、“Unseen Light”オフィス内。

「社長~ッ!、毎朝新聞さんから原発フォーラムのゲストのリストが、今FAX来ましたぁ!」
部下の和田が、社長の岬不二子へ、届いたFAX用紙を手に言う。

「ごめ~ん和田くん!、私今、鎌大の別のイベントの打ち合わせ中なのよ」
不二子は、学園祭の屋外ステージで行われるライブイベントの打ち合わせ中だった。

「悪いけど、そっちはあなたに任せるわ!」

「分かりましたッ!」と和田。

「あっ…、ゲストグループは何人いるの?」

「3人いますッ!」

「そう、分かったわ。あとよろしくね!」
そう言うと不二子は、パーテーションで仕切られた応接室の来客の方へ向き直した。

不二子の目の前に座っているのは、僕(主人公)の友人のカズとジュンであった。

不二子は学園祭の野外ライブ出演者に、歌手のジュンを呼んでいたのだった。

「忙しそうですね?」
ギタリストのカズが笑顔で不二子に言う。

カズがこの場にいたのは、ジュンの提案で、バックは自分の学生時代での演奏メンバーで揃えてやってみたいという希望を、不二子に出したからであった。

「えッ!彼の事知ってるの?」
僕の事を知っていた不二子に、驚いたジュンが言う。

「ええ…、よく知ってるわ。でもまさか2人と学生時代にバンドを組んでたなんて知らなかったわ」
嬉しそうに不二子が言った。

「ドラムは小田さんに頼むけどね…」
小田さんは学生時代のメンバーじゃなかったので、カズが一言添えた。

「キーボードは?」とジュン。

「君が弾きながら歌えば良い」
一瞬、ハリーの事を思い出したカズだったが、何をしでかすか分からない危険人物だったので、その考えは直ぐに却下した。

「彼は、何をやるの?」
ワクワクしながら不二子がカズに聞く。

(なんかあいつの話をする時は楽しそうだな…?)
カズは不二子の行動にそう感じた。

「あいつはベースでもやらせときましょう」とカズ。

「ベース…?」と不二子。

「ハヤシさんは?」とジュンがカズに言った。

「あいつはダメダメ…、前日に酒飲んで、当日ゼッタイ遅刻するから…」

ほぉ…。

カズのその言葉を聞いて、納得するジュン。

「あの…、なんで彼はベースなのかしら…?」
訳を聞きたくてしょうがない不二子がカズに言う。

「あいつは元々ベースなんですよ。でも全然ダメだから俺がボーカルにさせたんです」

「大丈夫なの?そんなんで…?」と不二子。

「今は弾けます。それにベースじゃないと、あいつを参加させる枠が無いですよ」

「そう…、じゃあしょうがないわね…」
不承不承と納得する不二子。

「別に出なくていいんじゃないの?彼は…」
ジュンが言う。

「それはダメよッ!」と、慌てて不二子が言う。

「はッ!?」と、不二子を見つめる2人。

「あッ…、ははは…やぁねぇ…。だって彼はこの小説の主人公なんだし…、いないとおかしいと思うのよ…」
不二子が照れながら慌てて言う。

「主人公ってナニ…?」
不二子の意味不明な言葉に、カズとジュンはお互いの顔を見合わせて言った。




 2006年9月下旬。
鎌倉国立大学学園祭まで、あと1週間となった。


 神奈川県逗子市、渚橋近くのレストラン。
警視庁公安部の平松は、爆破テロ犯の陳春光が、この日このレストランで仲間と接触を図る情報を得ていた。

レストランの従業員と店の客は、全て成りすました警察官たちであった。
平松は犯人に顔を見られている為、店の前の駐車場に車を停めて待機していた。

(早く来い…陳め…)
平松は店内からの情報を、イライラしながら待ち続けていた。

「あっ…、誰か現れました!」
他の車で待機してる井星刑事が無線で言う」

「どうしますか?」
平松の指示を仰ぐ井星。

「ここからだと顔が確認できんッ。一般客の可能性もある」
「とりあえず店内に入れて、陳じゃないと分かったら店から退避させろ」
無線で平松が支持をした。


レストランの中に、サングラスをかけた男が黒革のバッグを持って入って来た。
挙動不審に、周りをチラチラと見ている。

「職質しますか?」
店内から無線が入る。

「待て!、もし違ったら…、近くに陳がいたらやつに逃げられる」
「もう少し様子を見てからだ…」
無線で平松が言う。

店内に緊張感が走る。

その時、サングラスの男がスマホを手に取り、メールを確認した。


店内スベテ、警官。逃ゲロ!


メールを見た男はギョッとした!

男は辺りを見回しながら、出口の方へ後ずさりする。

「お客様…?、どうされましたか?」
変装した警察官が、男にそう言いながら近づいた。

懐に手を入れた男。

ガーンッ!

「ウッ!」
変装した警察官が男の銃で撃たれた!

「陳だッ!、確保しろッ!」
無線マイクに向かって、平松が叫んだ。


一斉に動き出す警官たち。

ガーンッ!

「うぁッ!」

ガガーンッ!

「ああッ…!」

ガーンッ!

「うッ!」


陳は的確な射撃で警察官を圧倒する。

黒革バッグを投げ捨てて、陳が走り出す。

「外へ出たぞ~!」

ガーンッ!

ガガーンッ!


陳は連射しながら駐車場を横切り、走って逃げる。

道路に飛び出した陳は両手を広げ、1台の車を無理やり止める。

ガーンッ!

空に向け威嚇射撃をする陳。
慌てて車外へ飛び出す男性。

陳はその車を奪うと、猛スピードで走り出した。



「逃がすなぁ~ッ!、追え~!追え~!」
平松が仲間の刑事らに号令をかける。

次々と駐車場から飛び出す覆面パトカー。
その様子の一部始終を、向かいのコンビニから見ていた人物がいた。

「あぶね~、あぶね~…。俺もあそこに行ってたらパクられるとこだったぜ…」
「くそう…、武器の調達が失敗したか…。仕方ない別の方法を考えよう…」

コンビニ駐車場にいたその男は、そう言うと車に乗り、その場から立ち去って行った。

ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ…。

サイレンを鳴らし、猛スピードで犯人を追跡する平松。

「こちら平松!、犯人は黒のボクシーを奪って134号から森戸線に抜け、葉山マリーナ方面に向かって逃走中!繰り返す…犯人は…」

ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ…。

海岸線を疾走する陳のボクシー。
それを逃がすまいと、必死に追う平松のパトカー。

「キチガイざただ…。こんな狭い道をあんなスピードで走りやがって…」
「このまま行くと、2年前に川野幸吉議員のバカ息子が起こした、あの人身事故の二の舞になりかねんッ…!」

ガッ…。

平松の車に無線が入る。

「班長ッ!、黒革バッグの中身はやはり弾薬と銃でした」

「あたりまえだッ!」

「拳銃は、デザートイーグル357口径が5丁でした」

「分かった!、引き続きバッグの中身から何か手掛かりになるものを探しておけッ!」

「了解ッ!」

ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ…。

陳のボクシーが、目の前を塞ぐロードバイクの集団にクラクションを鳴らす!

ブブーッ、ブーブー!

サイクラーたちは振り向くと、うるさいやつがあおってるという感じで、無視してそのまま自転車を横一列で漕ぎ続けた。

その時、陳のボクシーがサイクラー目指してイキナリ加速した!

ドーンッ!

ドーンッ!

次々とボクシーに跳ね飛ばされるサイクラーたち。

「あのヤロウ…、やりやがったなぁ…」
平松は、ひしゃげたロードバイクをかわしながら追跡を続ける。

ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ…。

「御用邸まで行かすなぁ~ッ!、葉山署と連携して、海岸線を封鎖だ~!」
「葉山側からバリケードを立て、挟み撃ちにしろぉ~ッ!」
無線片手に指示を出す平松。

海岸線の両脇に停車している、トラックやセダン。
犯人と平松の車は、車線中央を猛スピードで走り抜ける。

ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ…。

「ヘリだッ!、ヘリも飛ばせぇ~ッ!」

「もうやってますッ!」

「誰だッ?、でかしたッ!」

「岡田ですッ!」

「よ~し岡田ぁッ!、ヘリで先回りしてやつの前方から威嚇しろぉ~ッ!」

「はぁッ!?」

「ヘリで先回りしてやつの前方から威嚇しろぉ~ッ!」

「はぁッ!?」

「聴こえねぇのか岡田ぁ~ッ!?、インカム付けとけボケェッ!」

「了解しましたぁ!」

「岡田ぁ~!、今どこだぁ~?」

「班長の上空です!」

「何ッ!?」

バララララララララララ……。

そのプロペラ音と共に、岡田のヘリが平松の後ろ側から、ぬわっと持ち上がる様に現れた!

「よしッ!、行けぇ~岡田ぁ~ッ!」

バララララララララララ……。

上空から、海岸線をカーチェイスする2台を見下ろす岡田刑事。

「了解ッ!」

ヘリは陳のボクシーの上空を越え、旋回して前に回り込んだ。

ガーンッ!

ガーンッ!

ヘリに向かって発砲する陳。

ヘリは再び上空へ上がる。

「くそう…。ダメかぁ…」
陳のボクシーを追走しながら平松が言う。

2台は森戸海岸も通過した。

「県警はまだかぁ~ッ!?」

平松がそう叫ぶと、道が少し広くなったカーブの先に、県警のバリケードが確認できた。

ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ…。

「よ~しッ!挟み撃ちだぁ~ッ!」
平松はアクセルを強く踏んで加速する。



陳はバリケードの手前15m程で、ボクシーを乗り捨てた。
そして県警隊に発砲しながら、右側の一色海岸方面へと走り出した。

林の中を走り抜ける陳。
それを追う平松ら警官隊。

「まずいぞッ、海岸にはまだ海水浴客がいるぞ!」
銃を手に走りながら平松が言う。

ガーンッ!、ガーンッ!

どけどけとばかりに、砂浜にいる海水浴客らに威嚇射撃をする陳。

「きゃぁああああ~ッ!」

陳が一人の海水浴客に銃を突きつけ、羽交い絞めにする。


陳は海を背に、人質女性を盾にしながら後ずさりする。

陳と人質女性の足が海水に浸かった。

「銃を捨てろッ!」
拳銃を構えた平松が陳に言う。

陳は警官隊に周りを完全に囲まれた。

陳は観念したのか?、人質女性を手前に突き飛ばした。

じりじりと陳に詰め寄る警官隊。

その時、陳は銃口を口にくわえて発砲した!

ガーンッ…。

頭から血を吹いて崩れ落ちる陳。

平松ら警官隊が陳へ駆け寄る。
一人の警官が、泣いている女性を保護していた。

陳は目を剥いたまま、砂浜に仰向けに倒れている。

「お前らの次の標的は、どこだぁ~ッ!?」
即死した陳に無駄な質問をする平松。

「くそぉ~…ッ!、やつらの次の標的は一体どこなんだぁッ!」
怒りに震え、天に向かって叫ぶ平松。

彼の上空にはヘリが旋回していた。


To Be Continued…。