また筋腫のお話です。 | 生殖医療専門医・内視鏡手術技術認定医 田中雄大のブログ

生殖医療専門医・内視鏡手術技術認定医 田中雄大のブログ

神奈川県藤沢市の不妊治療・産婦人科「メディカルパーク湘南」の院長、田中雄大のブログです。
体外受精や内視鏡手術のことから雑感まで、日々の記録を綴っております。

また子宮筋腫の話です。

 

Nさんは、腹腔鏡による子宮筋腫の手術を希望して、わざわざ都内からメディカルパークに来られました。彼女はいきなり当院に来られたわけではなく、その前に複数の病院に通っておられました。腹腔鏡で子宮を温存する手術を希望されたのですが、「筋腫が大きすぎるから」という理由で、どこでも腹腔鏡手術は断られてしまったそうです。その後、どうしても病院に足が向かなくなってしまったそうです。しかし、最近、お腹が苦しくなってきて、メディカルパークを来院されたのでした。

 

初診時。

持参されたMRIの画像を見た時は、実は「なんだ、これなら大したことはなさそうだ」と思いました。確かに相当な大きさではありますが、このサイズ感なら、メディカルパークではそれほど珍しくはない大きさだったのです。MRIの画像を一緒に見ながら、「腹腔鏡手術で出来る大きさだと思います。大丈夫ですよ!」と力強く励ましました。ところが、その後、超音波で子宮筋腫の大きさを測定してみると、どうもMRI画像の大きさと全然違うのです。そこで、改めてMRIを撮影して貰いました。すると、1年足らずの間にほぼ2倍近い大きさに発育していることが判ったのです。筋腫は骨盤も超え、臍の高さも超え、ほぼ胸のあたりまで発育してしまっていました。下はその時のMRIの画像です。黄色い線のところが、腰椎と仙椎の境で、そこから椎体何個分の高さまで筋腫が来ているのかで大きさを確認します。2020年には、腰椎2.5個分程度だったのが、2021年には6個くらいの高さまで来ています。

「1年前に来てくれていれば・・・」と臍を嚙む思いでしたが、そんなことを言っても仕方がありません。この大きさではさすがに私も腹腔鏡手術で完遂できることに自信を持てませんでした。腹腔鏡では、直径1㎝のカメラで、腹腔内の映像を捉えるので、対象物が大きすぎると、全体像が分からないのです。ちょうど、車の運転中に目の前にエアバッグが広がったようなイメージです。エアバッグが邪魔で視界が遮られれば、どんな名ドライバーでもハンドル操作は不可能です。Nさんには、「すみません。最初は可能だとお伝えしましたが、1年の間に急激に発育してしまったようです。全力を尽くしますが、腹腔鏡は断念せざるを得ないかも知れません。その場合には、開腹手術に切り替えることになります。可能性は五分と五分だと思います。」と、率直に伝えました。それでもNさんは手術を受けることをご決断されました。そこから治療が始まりました。少しでも筋腫を少しでも小さくするために、閉経状態を誘導する注射を6か月間行いました。また、相当の出血量が予想されたので、事前に1L以上の「自己血貯血」を行いました。

 

そして、手術。

お腹の中はやはり完全な「エアバッグ状態」でした。それでも子宮筋腫を子宮から切り離すことさえ出来れば、視野が確保できるので、何とか突破口を開こうと、限られた視野の中で躍起になりました。しかし、どうやってもその糸口が掴めず、結局途中で腹腔鏡は断念し、お腹を縦に大きく切る開腹手術に切り替える決断をしました。手術時間は4時間以上かかりました。出血量は3L以上。子宮筋腫の大きさは2950g。開腹手術になったので、当然術後の傷の痛みも強かったと思いますし、なにより入院期間も長くなってしまいました。Nさんは術後10日目に退院されました。

Nさんは、「あの病院ならお腹を切らずに穴だけで手術をしてくれるはずだ」という期待を胸に、片道2時間近くかけて、遠路はるばるメディカルパーク湘南に通い続けました。しかし、結局はお腹を大きく切ることになってしまい、結果的に、私は彼女の期待に応えられませんでした。自分の中で「せっかく来て頂いたのに、腹腔鏡でやって上げられずに、申し訳なかった」という思いがどこかでずっと残っていたのでしょう。ベッドサイドに回診に伺った時にも、しきりにその事を伝えていた気がします。しかし、Nさんが退院間際に、言ってくれた言葉が私を救いました。

 

「先生、命を救ってくれてありがとうございました。」

 

この言葉には、大きな勇気を貰いました。

メディカルパーク湘南には、大きな子宮筋腫を抱えている患者さんが沢山来られます。皆さん、「ここなら内視鏡で手術をしてくれるから」という希望を持っておられます。実際、この病院には、どんな大きさの子宮筋腫も腹腔鏡で対応できる技術と経験が備わっています。

 

これは私に限らずですが、日本全国、あるいは世界中で、腹腔鏡手術を専門にやっている医者は、皆、「お腹を切らずに腹腔鏡で治療してこそ意義がある」と思っているところがあります。私自身も、この技術の研鑽に20年近く心血を注いできた自負があります。どこかで「お腹を切ったら自分の技術の負け」とまで思っています。だからこそ、手術の途中で、腹腔鏡を断念して、開腹に切り替えるというのは、大変大きい決断です。患者さんの期待度を知っていれば猶更です。Mさんの場合も、術中をそれを決断するのは大変重たいものでした。手術をしながら、「もう、諦めろ」「いや、まだ行けるはず」という葛藤が、頭の中で無限ループのように巡っていました。逡巡している間にもどんどん出血量は増えて行きます。恐らく、あのまま腹腔鏡を続けていれば、そして、決断があと30分遅れていれば、生命に関わっていたことでしょう。

 

「患者さんの期待に応えらなかったことを悔悟するよりも、その期待を裏切る決断が出来た自分を褒めるべきなのだ。」

 

でも、それでもやはり、Mさんの期待通り、腹腔鏡手術でやって上げられなかったという負い目は消えない。私は、この経験を生かさなければなりません。これからもメディカルパークには、巨大な筋腫の症例がどんどん集まって来るでしょう。これからもギリギリの状況に遭遇することもあるでしょう。そのたびに葛藤するのでしょうが、その時、自分が少しでも今よりも成長していなければなりません。「成長」ってなんだ?躊躇無く患者さんのお腹を切れることが成長なのか?それも分からない。正解など無いのかもしれない。でも、進むしかない。

 

(写真はNさんの御許可を頂き、掲載させて頂きました。)