アメカジ大将の監督道 -3ページ目

アメカジ大将の監督道

アメカジ好きな工事現場の監督のブログ

遂に始まりました2015年!
平成ももう27年経つのね!
そりゃ年取るわけですわ。

今年は後厄な24歳(3月生まれ)な私。
年末に元伊勢籠神社で一年間の感謝を捧げ、初詣は京都の如意寺で済ませたものの・・・
まだ御神籤を引いていないのですわ。

地元長野に善光寺というお寺さんがありながら今回は近寄りもしにかったですし。

仕事初めであった今日はどこの神社にも行けないから今週末にでも御神籤を引いて来ましょう。


さて、昨年はやり初めたことが中途半端になってしまっていたので、今年こそはやりきろうと思います。

先ず、昨年放り出した「ヨタロウ作り」を一段落させること。

楽器を演奏すること。

それから車も買ったので自転車で走りに行くこと。
これは車に自転車積んで走りにいくというくとです。

そして何より今年こそは資格を取る努力をすること。

あとは仕事を適度に頑張ることですね。

今年はそんな感じ!


風邪を引いた。
3ヶ月に1度は風邪を引き,完治するまで1ヶ月はかかる私の体だから時期的に不思議ではない。

さて,風邪を引いた時に生姜コーラなるものを飲む人はどれくらいいるのだろうか。
私がその存在を知ったのは上京して3年目,大学3回生の冬だった……と思う。
森見登美彦氏の著書,『夜は短し歩けよ乙女』の作中に出てきたのが生姜コーラだ。
作り方は至ってシンプル。
すりおろした生姜とコーラを鍋に入れてひと煮立ちさせれば完成である。

「うええぃ,マジかよ……。」
ホットコーラ,しかも生姜入りという未知の飲み物に驚愕したことを覚えている。

そこで大学の友人に「生姜コーラを知っているか?」と尋ねたところ,森見作品好きな一人の友人から,
友「風邪引いた時はよく飲んでたよ」
という供述を得た。……ホントかよ。

私は関東人なのでまったく知らなかったが,関西居住の経験がある姉に尋ねたところ,どうやら関西では割とポピュラー(?)な飲み物らしい。
だから京都が舞台である『夜は短し歩けよ乙女』にも出てきたのか。
ひとり納得したところで生姜コーラを作り飲んでみたところ,
「あ,悪くない。」

そうして生姜コーラを飲み始めて既に何年経っただろうか。
私は大学を卒業して社会人になっていた。
それでもやはり風邪はひく。

そんな時,風邪薬と共に定番となったのが生姜コーラ。
すっかり風邪の特効薬の地位を獲得してしまったこの黒くしゅわしゅわした飲み物。
これを飲むときは京都に思いを馳せながら,ちびりちびりとやるのである。
実を言うと私は暗算が出来ない。
小学校で習う足し算引き算,すべてが頭の中で処理できないのを思い出した。
だから掛け算をするにも割り算をするにも,筆算に加えて己の指を数えるという計算方法を取らざるを得なかった。
それは社会に出て数年経つ今でも同じことだ。

何も子供の様に指を折って数を数えていた訳ではない。
微かに指を動かし,軽く机をタッチする感覚で数えていた。
十本しかなない指のうち右手は鉛筆で塞がっている。
暗算の一部を補うものだ。
空いた左手の五本の指だけで事足りる。

しかし人からは理解できないことなのだろう。
中学時代に隣の席の女子生徒から,「指で計算してる」と笑われたものだ。
先にも後にも私のこの計算方法に気付いて指摘した人物は彼女だけであったが。

そんな私は学力がないために私立高校の推薦枠でしか進学できず(頭が良ければ自力で公立高校の受験も出来ただろう),
大学付属の私立高校だったために大学進学も,ある程度の学力試験はあったものの,センター試験などという一般的受験方法ではなく簡単に済んだ。

何故急にこんな事を書き始めたのだろうか,私自身としても甚だ疑問であるがきっかけは今読み終わった本だろう。

『記憶の隠れ家』小池真理子著

この本の初版が刊行されたのが1998年,私が8歳の時の事だ。
そして書かれているのは過去の記憶を家と共に呼び起こす短編サスペンス小説。
読み終わった時に私も自身の記憶を無意識に辿ってしまい,そして……何故暗算の事など思ったのだろうか。

今まで誰にも言ったことの無い,両親や兄弟にも話せなかった事なのに。
ここにつらつらと書き綴りたくなったのは如何なる衝動だったのか。

解せぬ。

ともあれ私は不思議でならない。
暗算とはどういうものなのか,何故出来るのか。

私の脳が異常であることは確かであるが,暗算と言うシステムが理解できない。
今も昔も二桁の計算が出来ないというのは,やはり生活に少々不便なところである。
仕事でパッと答えを出せないのももどかしい。
計算機を使うより暗算の方が早いのは当たり前(らしいの)だが,私には出来ない。


……ま,単純に私が発達障害なのだろうという仮説は立てられるが,自分が障害という事はなかなか受け入れられるものではないな。
そこに甘えそうになるし。
ただ,状況証拠的に分析すれば,上記の結論は決定的なものではある。
それを誰にも伝えられずにいるのは,一種の矜持なのだろう。

認めた方が楽になると思うけれど。


アスペルガー症候群や発達障害,ADHD。
具体的な事は知らないが教職に就いている母から教え子のそういった話を聞いたことがあった。
彼女自身,自分の息子が発達障害だと聞いても驚かないだろう。
むしろ納得するのではないか。

さて,問題は私が社会で生きていく上での障害である。
が,執筆欲が無くなったのでこの問題は棚上げする。

簡単に言えば,自覚さえして何とかしようとすれば鬱病にはならないだろ,そんな感じだ。
もし私が鬱病になるとしたら,仕事がキツイという逃げを打つのだろう。
父親の影響で中学から吹奏楽を始め、父親と同じトランペットを吹き始めた。

中学時代は同学年の男子は俺一人で、後輩も女子ばかりだった。

妙にひねくれていた俺は男女比40:1の部活に嫌気が差し、しかし退部届けを出すのも億劫だったので幽霊部員となっていた。

高校に入って心機一転、何かやろうと部活を見て回るも、体力作りをしてこなかったモヤシっ子に運動部のハードルは高すぎた。

そして気が付くと吹奏楽部の部室に来ていた。

そこで出会ったのが同じトランペットパートの一年生、ファットマンだった。

見た目もそうだが、同輩男子という珍獣を見つけた俺はそのまま入部を決めた。

当時の一年生で俺を含め男子は6人(だったハズ)。

実に中学時代の6倍である。

そうして中高と吹奏楽を続けた結果、分かったことは俺にトランペットの能がないということだった。

大学に進学してすぐに吹奏楽部の扉を叩いたが、技量の無さと金欠と(バイトはしていなかった)友人と遊びたいのとで長続きはしなかった。

その後、気楽な吹奏楽サークルに身を寄せるも同じことで、ほとんど練習をしなかった。

結局、学生時代は吹奏楽に関わりを持ちながら奏者としては何もしていなかった。

それでもかつては奏者であったという自負というか矜持も少しはあり、リハビリをしようと思い立ったのは社会人になってからだ。

持ち運び易いポケットトランペットを購入したものの、仕事で疲れた毎日は練習する気力もなく、週一の休日は遊びに出掛けていた。

そんな日々が続きながらも吹奏楽というものに囚われている俺は、昼休みに練習すればいいと気が付いた。

昼飯を食べた後の30分の時間を昼寝ではなく練習に充てよう、と。

そして先日、職場にポケットトランペットを持ち込み、昼休みに近くの公園へ赴いた。

そこはさすが昼休み、タバコを吹かすサラリーマンや時間潰しの人らでベンチは埋まっている。

適当な所に腰掛け、迷惑にならないようにプラクティスミュートを付けて音出しをする。

ブランクがありすぎて音が出ない。

チューニングのB♭はこんなに出し難いものだっただろうか。

早くも挫折しそうになるが、低音域でのリップスラーを繰り返した後に、ロングトーンを上り音階だけやる。

これだけでキツイ。

俺も落ちたものだな、なんて自嘲しつつ適当に基礎練習を続ける。

高校時代は授業中に基礎練習メニューを考えていたものだが、何をやっていたのか思い出せない。

しかも当時の基礎練習メニューをこなせない。

「一日サボれば取り戻すのに三日かかる」とはよく言ったものだ。

「お前もう何日だ?」
「いち、にぃ、さん……」
「帰れ!」

「オババ、もう一度握り方から教えてくれろ!」

なんて『ピンポン』のワンシーンを思い出していた。


飛べねぇ鳥もいるってこった。

と言っていた俺だが、もう一度叫んでみようじゃないか。

アイ キャン フラーイ!

イエスッ!ユー キャン フラーイ !

川ダイブ ~終~
世間を騒がせているデング熱

聞きなれない言葉に最初は天狗熱かと思っていました。

蚊による感染(蚊媒介感染症)で代々木公園及び新宿中央公園が発生源(?)という報道がされている。

感染経路のひとつなのだろうけどここで問題となるのが,私の職場が新宿だということだ

明治神宮なんて徒歩60分圏内であるし,仕事現場は水溜りも存在する。

蚊にとって少量の水場があれば繁殖できてしまうわけである。

ぐるっと現場を見回すと,シンク廻りが水浸しで酷い有様であった。



現場の4S(整理整頓清潔清掃)がなっていない!

綺麗にさせるのが私の仕事なのに……。


ただ時期が晩夏ということで気温が低下してきて蚊が猛威を振るう時期は過ぎつつある。

しかも私個人としては今年は蚊に刺された記憶がない。

お盆休みには半袖短パンで飛騨高山へ出かけたものだが
長ズボンの友人のくるぶしが蚊に刺されたものの私には蚊が寄ってこなかった事例もある。

今年は珍しく(と言うか初めて)キンカンにお世話にならなかった年となった。

不思議な事もあるものだ。

デング熱自体が一過性のものであると同時に,蚊に刺されないという状況から判断して,
個人的にはまったく気にしていない流行り病であるのであった。