この間、セッションという映画を見て一人の先生を思い出しました。
きつくて苦しくて情けない思い出。
「猪田先生」(いだ先生)
小学校の頃のミニバスケットボールクラブ、通称ミニバスの指導者。
厳しい、恐い、正義感が強い、面白い、力強い、熱血。
教え子達への指導の厳しさが強く、メンタルへのプレッシャーが半端ない。フィジカル的にも練習内容が凄くハードで、膝の故障者が続出。膝の整形外科の先生からは、大事な骨の成長期にかなりの負担を強いることは教育者として失格だ!とまで言われていてガチでケンカするほど。
私は厳しくてハードな練習が嫌で何度も辞めようと思ってました。でも辞めるとなるとかなり怒られるだろうと思い、恐くてやめたいとは言えませんでした。
試合でミスをするといつもよりも厳しく怒られました。たくさんの父兄さんが見守っている中でも御構い無しに殴る蹴る。今ではあっという間に体罰問題でしょう。
私は試合でミスをするのが恐くてわざと下手なプレイをしてスタメン入りを避け、6.7番手のサブのポジションに逃げていました。
そんな3年間のミニバスの活動が終わりとなる6年生の最後の公式試合。猪田先生は6年生を全員試合に出します。メイン、サブ、ベンチも全員。
円陣を組んで最後の声出し。逃げ続けた3年間だったけどなぜか涙が止まりません。我慢してやり続けたことに対する満足感と充実感と寂しさ。
しかし、一番強い涙の原因は逃げ続けた自分への情けなさでした。
「もーどれだけ怒られてもかまわない。時間は取り返せないし。これから二度とみんなとできない。だから今試合に少しでも多く出場して楽しみたい。」
だから私にとって一番楽しかったバスケの試合は、みんなで出場した最後の公式試合なんです。
猪田先生のおかげで、小学6年生の子供ながら大事なことにたくさん気付けました。
あの頃のミニバスメンバーが全員、僕と同じく猪田先生を今でも尊敬していて感謝していることでしょう。
仕事、サークル、団体などのいくつものコミュニティーの中で皆さんも活動、活躍中だと思います。
私もたくさんの場所で活動させていただいています。
指導者は生徒にどう伝えるかを親身になって工夫していかないといけない。しかし結果、指導側の人間がほんとはどう思っていようと、生徒側がどうとらえるかがほとんど全てだと言うこと。
教える、教えられる関係とはほんとに難しい。
PS.
猪田先生はカンニングの竹山さんの恩師でもあるのですが、竹山さんがどうしてもテレビで御礼を言いたいという企画がありました。
猪田先生がテレビに出た時はビックリしましたが、竹山さんもきっと私と同じく感謝の気持ちを持っているんだなぁと嬉しく思いました。
いつか猪田先生に直接御礼が言いたい。
「先生、あなたのおかげであれから逃げずにぶつかって生きています。仲間達を信じる力は折れてません。ほんとうにありがとうございます_(..)_」

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きつくて苦しくて情けない思い出。
「猪田先生」(いだ先生)
小学校の頃のミニバスケットボールクラブ、通称ミニバスの指導者。
厳しい、恐い、正義感が強い、面白い、力強い、熱血。
教え子達への指導の厳しさが強く、メンタルへのプレッシャーが半端ない。フィジカル的にも練習内容が凄くハードで、膝の故障者が続出。膝の整形外科の先生からは、大事な骨の成長期にかなりの負担を強いることは教育者として失格だ!とまで言われていてガチでケンカするほど。
私は厳しくてハードな練習が嫌で何度も辞めようと思ってました。でも辞めるとなるとかなり怒られるだろうと思い、恐くてやめたいとは言えませんでした。
試合でミスをするといつもよりも厳しく怒られました。たくさんの父兄さんが見守っている中でも御構い無しに殴る蹴る。今ではあっという間に体罰問題でしょう。
私は試合でミスをするのが恐くてわざと下手なプレイをしてスタメン入りを避け、6.7番手のサブのポジションに逃げていました。
そんな3年間のミニバスの活動が終わりとなる6年生の最後の公式試合。猪田先生は6年生を全員試合に出します。メイン、サブ、ベンチも全員。
円陣を組んで最後の声出し。逃げ続けた3年間だったけどなぜか涙が止まりません。我慢してやり続けたことに対する満足感と充実感と寂しさ。
しかし、一番強い涙の原因は逃げ続けた自分への情けなさでした。
これで最後だとほんとうに実感したときに気付けた本当の思い。
「あー、俺はバスケが好きなんだな。」「寂しい。」「何で俺は本気で向き合わなかったんだろう。」「みんなと離れたくない。」
結局少しだけ気付いたんです。最後の最後のギリギリで。
厳しい練習を一緒にずっと耐えてきた仲間達がいかに信用できるやつらなのか。(途中で厳しい練習に耐えれずにやめていったやつらもたくさんいた)
自分は弱くて情けないと卑下していたけれど、一生懸命に取り組んだ時間は嘘ではなく、3年間やりとげたことにより自信がついた。
それも全て僕らのために厳しくあり続けた先生がいたから。そんな先生が悪い人間であるはずがなく、結局大好きだったということ。
円陣を組んだ数秒間に走馬灯のように3年間が頭をよぎり、声出しの瞬間に今までの弱い自分が消えてしまった。
円陣を組んだ数秒間に走馬灯のように3年間が頭をよぎり、声出しの瞬間に今までの弱い自分が消えてしまった。
「もーどれだけ怒られてもかまわない。時間は取り返せないし。これから二度とみんなとできない。だから今試合に少しでも多く出場して楽しみたい。」
だから私にとって一番楽しかったバスケの試合は、みんなで出場した最後の公式試合なんです。
猪田先生のおかげで、小学6年生の子供ながら大事なことにたくさん気付けました。
それは猪田先生が僕らの将来の事を考えて、常に子供扱いをしなかったから。
敬語と挨拶に厳しかったのは、僕らが社会に出て人間関係でつまづかないようにと思う気持ちがあったからでしょう。
宿題を忘れるとひどく怒っていたのは会社に入ってそれでは通用しないからでしょう。
確かに練習で膝は壊れたかもしれません。完璧な教育者ではなかったのかもしれません。
でも生徒の誰もそんなこと、今となっては大したことに思っていないでしょう。
それよりも本気で怒るということは本気で信用していないと出来ないという事を教えてくれた。
厳しい課題を課すのは本気で乗り越えてくれると信じて期待していることだと教えてくれた。
敬語と挨拶に厳しかったのは、僕らが社会に出て人間関係でつまづかないようにと思う気持ちがあったからでしょう。
宿題を忘れるとひどく怒っていたのは会社に入ってそれでは通用しないからでしょう。
確かに練習で膝は壊れたかもしれません。完璧な教育者ではなかったのかもしれません。
でも生徒の誰もそんなこと、今となっては大したことに思っていないでしょう。
それよりも本気で怒るということは本気で信用していないと出来ないという事を教えてくれた。
厳しい課題を課すのは本気で乗り越えてくれると信じて期待していることだと教えてくれた。
自分に厳しく人に厳しくできることは正しいことだと教えてくれた。
そうやって【あきらめない】【信じる】【強く期待する】【粘る】などの本質を見ようとする力は、猪田先生から受け継いだことです。
あの頃のミニバスメンバーが全員、僕と同じく猪田先生を今でも尊敬していて感謝していることでしょう。
仕事、サークル、団体などのいくつものコミュニティーの中で皆さんも活動、活躍中だと思います。
私もたくさんの場所で活動させていただいています。
そういった場所で、今の自分は教えることが多い立場にあります。
だから私もたくさんの悩み事があります。
だから私もたくさんの悩み事があります。
指導者は生徒にどう伝えるかを親身になって工夫していかないといけない。しかし結果、指導側の人間がほんとはどう思っていようと、生徒側がどうとらえるかがほとんど全てだと言うこと。
教える、教えられる関係とはほんとに難しい。
不器用だとさらに難しくなるのでもっと柔軟に自分を変えていきたい。
熱い感情を持ちながら、感情的に行動せず冷静にぶつかっていける【教える、教えられる両側から正しい人間】になりたいと思います。
PS.
猪田先生はカンニングの竹山さんの恩師でもあるのですが、竹山さんがどうしてもテレビで御礼を言いたいという企画がありました。
猪田先生がテレビに出た時はビックリしましたが、竹山さんもきっと私と同じく感謝の気持ちを持っているんだなぁと嬉しく思いました。
いつか猪田先生に直接御礼が言いたい。
「先生、あなたのおかげであれから逃げずにぶつかって生きています。仲間達を信じる力は折れてません。ほんとうにありがとうございます_(..)_」

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