第343回【人徳にまさる財産なし】
「松下政経塾は、評論家ではなく、命がけで国民の幸せのために働く政治家を養成したい!」松下幸之助
写真の布団に寝ておられるのが勝田銀次郎という神戸の実業家で見舞っているのが曽祖父の田宮嘉右衛門である
この勝田銀次郎の評伝、『評伝勝田銀次郎』を読みおえて
上の松下幸之助さんの言葉を思い出しました
勝田銀次郎は勝田汽船の創業者で神戸を代表する海運事業主であったが、とにかく「利他の心」のかたまりであったようだ
第一次世界大戦中に捕虜の送還に協力したり、ロシア革命後の1920年には混乱に巻き込まれたロシアの子どもや婦人たちを救い出し、3ヶ月かけて故郷に送り届けたりしている
人道主義を第一に採算を度外視した行動であった
得た財産は社会事業や、教育事業のために使い、金銭的に恵まれない若者には個人的に学資の支援などもしている
そして勝田は実業家から政治家に転身し神戸市長を2期8年つとめるが
職員から信頼され、神戸市民に慕われる市長で名市長と呼ばれた
それもそのはず財産を市民のために注ぎ込み、自らは質素な生活をして神戸市民のために命がけで働いたからである
引退後も勝田を慕い多くの人が訪れた
そのうちの一人が曽祖父であったのだろう
松下幸之助さんは
「人から慕われる徳があってこそ、その人の持つさまざまな力が十分に生き、人も喜んで動いてくれる」
と言います
勝田銀次郎の生涯がまさにそうだったと思います
※勝田銀次郎と見舞う曽祖父