「お米パンなのに、小麦パンのように膨らんでほしい。」





そんなふうに、



パンの高さを氣にしながら焼いていたことに



氣づくきっかけをもらった。





昨日から泊まりに来てくれて、



パン教室を受けてくれた友だちと、



お米パンを焼いた。




焼けていくオーブンの中のパンを見ながら、



「もう少し高さが出ると良いんだよね。」



そう言うと、友だちが、


「小麦粉のグルテンが、その高さを出す役割をしているんじゃない?




だから、お米は同じような高さは出ないんじゃない。」



と言った。





その瞬間、



「あっ、そうだよね!!」


と思った。




グルテンフリーを選んでいるのに、


グルテンと同じように膨らむこと


を望んでいた。






私は、お米パンではない「何か」を期待していたんだ。





そして、それは、


お米パンのことだけではなく、


私自身の在り方にも重なった。





私は私なのに、



いつの間にか私ではない誰かを目指している。




お米には、お米の良さがあるように、


私には、私の良さがある。





高さがあるパンが良いパンなのではなく、


小麦パンに似ているパンが良いパンなのでもない。




お米だから生まれる、


もちっとした食感。


素朴な味わい。


体にやさしいこと。


それがお米パンの魅力。




人も同じ。


誰かのようになることではなく、


自分の持っているものを、そのまま育てていく。





「私は、わたしで在る。」


わかっているつもりだったけれど、


今日、パンがもう一度教えてくれた。




高さでは測れない、大切なことを。🍞🌾



友だちが焼いたパンでお昼ご飯💖



今日もありがとう🍞🌾です




多美子tamiko