スーパーの入り口辺りに置かれている

 

お花コーナー

 

私はそこでよくお花(切り花)を買います

 

いつも行くスーパーである時

 

バケツに並んでいるお花の中に

 

『サステナフラワー』と書いてある

 

小さなブースがありました

 

そこに説明が書かれていて

 

一度店頭に出て売れ残り帰ってきたお花で 

 

まだ元気に咲けるお花を集めたもの

 

と言うような内容でした

 

 

 

『サステナフラワー』とは(AIによる概要)

 

《廃棄される運命にあった「フラワーロス(花の廃棄問題)」を削減するため、まだ価値のある花を再利用・再生し、新たな価値を与えて届けられる花のこと》

 

 

 

フードロスはよく聞く言葉でしたけど

 

フラワーロスは聞いたことがなかったです

 

今まで知る機会がなかったから

 

 

そのお花はフラワーロス削減のための

 

一環だったようです

 

 

(サステナフラワーで置かれていたお花ですニコニコ

 

 

 

 

 

ここ最近テレビでは動物の番組をよく見ます

 

保護犬・保護猫ちゃん達の

 

譲渡会までの道のりとか

 

保護された時の状態から心を開き始め

 

その後人慣れしていく過程を見ていると

 

人間と動物との信頼や愛を感じられ

 

いつも心が温かくなります

 

 

 

私はお花と暮らす 動物と暮らすって

 

同じ感じ方なんだと思っています

 

同じ生き物として

 

お花と人間にも信頼や愛を感じられます

 

 

動物に言葉をかけるように

 

お花にも「おはよう」て声をかけます

 

動物がお腹空いてるか元気であるか

 

気にかけるように

 

お花にも水は足りているか暑くないか

 

目を配ります

 

動物が元気に走り回っている姿を見ると

 

嬉しく楽しい気持ちになるように

 

お花も蕾から立派な花を咲かせた姿を見ると

 

嬉しくよく咲いてくれたと誇らしく感じます

 

動物が長生きしてくれて

 

これまでの思い出に愛を感じるように

 

お花も寿命は短いけれど

 

一緒に生きてくれてこの家を華やかせ

 

枯れ落ちるまで精一杯咲き誇ってくれたことに

 

愛を感じます

 

 

 

動物もお花も

 

人間に癒しや愛を与えてくれる存在だと思います

 

 

 

 

 

過去にお花の視点から書いたものです

〜絵本を読むような小さなおはなし〜

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は書くことが好きとか

 

書くことが得意とかではない

 

感じることは得意なのかもしれないけど

 

それを言葉にしたり

 

文章として書くことは苦手

 

だからいつも何度もノートに下書きをして

 

いっぱい書き直して

 

毎回書くことに挑戦している感じ

 

書くことが苦手なのに

 

どうして書くのかなって考えて見た

 

・・・   ・・・

 

 

 

 

書き上げた時の自分の喜びがあったから

 

それは他者に評価されたからとか

 

そういうものではなくて

 

それは

 

『自分を表現できた』

 

っていう喜びなのだと思う

 

 

 

苦手なことはやりたくないと

 

色々避けてきたこともあったけど

 

挑戦してみるとその苦手の先に

 

喜びを感じられるものもある

 

 

『苦手』はただの自分の思い込みなのか

 

本当に苦手なのかは

 

その先に喜びがあるかないか想像するしてみる

 

そこに

 

「そうなったら嬉しいな!」

 

「これができたら最高な気分!」

 

そう感じられるものがあるなら

 

その苦手は

 

ただ挑戦を怖がっているだけなのかも

 

 

 

きっと上手くできない・・・

 

他にもっとすごい人はいる・・・

 

失敗したらどうする・・・

 

迷惑かけるかも・・・

 

ダメだったら恥ずかし・・・

 

 

怖い 不安 🟰 苦手となる

 

 

私は今まで

 

どうせ上手くできない

 

他の人より劣る

 

恥ずかしい

 

そういう自分を知るのが怖くて

 

苦手として挑戦を避けてきたのかも

 

 

 

でも本当は

 

心が喜びとして反応するものは

 

きっと誰もが自分の中にある可能性に

 

触れた時じゃないのかな

 

 

 

完璧じゃなくていい

 

理想通りじゃなかったとしてもいい

 

 

 

小さな可能性を

 

思い込みでねじ伏せてしまう前に

 

小さな一歩を踏み出してみると

 

その先にあるのは

 

誰かに見せるための自分ではなく

 

愛おしいただの自分を

 

知るっていうことだけなのだと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このブログに度々でてくる私の大好きな公園

 

木々もすっかり紅葉が進み 

 

枯れ落ち葉は赤 黄 オレンジ 茶色と 

 

綺麗な絨毯のように広がり

 

また表情が変わり魅力に溢れていました

 

(もみじが重なりきれいにポージングして待っていてくれた照れ

 

 

 

先日の夕方公園にお散歩に出かけた時のこと

 

私が歩いている前方少し離れたところに

 

赤ちゃんを抱っこしたお父さんと 

 

横にお母さんが並んで歩いていました

 

その家族は途中 舗装された道を外れ

 

突然ふかふかの土の上を走り 

 

銀杏の木に駆け寄って行きました

 

 

 (公園の銀杏の木ニコニコ

 

 

そしてきれいな黄色をバックに

 

すぐさまお父さんは赤ちゃんを持ち上げ

 

高い高いのポーズを

 

それを急ぎパシャパシャと

 

カメラマンのように写真を撮るお母さん

 

その家族は本当に楽しそうに笑い合っていて

 

遠くから見ていても

 

笑い声が聞こえてくるような 

 

なんとも微笑ましい光景でした

 

私がその銀杏の木の後ろを

 

通っていることなんて気づかないくらい

 

きっとその写真には

 

私は写り込んでいないでしょう

 

写っていたとしてもピンボケの人間くらいで

 

今その家族が見ているのは今ここの幸せだけで

 

その楽しい瞬間を感じている

 

 

 

人の思考や感情も

 

何にフォーカスしているかで変わる

 

 

 

今目の前にある小さな幸せに

 

フォーカスしていくと

 

外側に起こる

 

心地よくないことや不快なことの背景は

 

ゆっくりと薄れていきピンボケする

 

さらにピントを絞って

 

目の前にある幸せにフォーカスし続けていくと

 

ピンボケした背景は

 

徐々に写真のフレームから外れ

 

もう自分の視野にも入らない

 

 

 

 

過去のことや先の心配 

 

人間関係や自分の思考癖

 

心が囚われ辛く抜け出せないでいる時は

 

今自分の目の前にある

 

自分だけの小さな幸せをたくさん探して

 

そこにフォーカスし続けていくことで

 

囚われていた思考や感情は

 

ゆっくりと自分の心の視野から外れていく

 

(朝のコーヒー お花を愛でる 公園に行く 冷たい風にあたる 温かい湯船にザブーんと浸かる 好きなお菓子買う ふかふか毛布に包まってネトフリ見る)左矢印左矢印これらは私の幸せ例ラブ

 

 

 

今何にフォーカスしているかで 

 

自分の心に写るものは変わってくる

 

 

あの家族はそんな日常の心の構図を

 

見せてくれたように思いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日私は誕生日に 

 

夫から初めて花束をもらった

 

黄色いバラとカスミソウの花の中に 

 

小さな水色のお花

 

その小さなお花は茎も細く 

 

やさしく可愛らしかった

 

黄色いバラとカスミソウの隙間に

 

水色が散りばめられて

 

主役はバラなのだけど 

 

私は先に水色に目が行った

 

「わぁ〜この子かわいいじゃん!」

 

小さなお花はそこに存在を放っていた

 

じっくり見ていると 

 

水色の小さなお花が主役で 

 

周りに黄色いバラが

 

散りばめられているようにも見えた

 

主役は見る人によって変わる

 

でも 主役だとか脇役だとか

 

人間のこっちが勝手に見ているだけで

 

お花は一本一本がすでに主役として生きている

 

 

 

 

 

人間も同じように

 

そこに自分らしく在ることで調和がとれ

 

自分の役割を果たしているのではないかな

 

 

 

妻(夫)だから とか 

 

母(父)だから 娘(息子)だから 

 

長女(長男)だから 

 

年上だから 年下だから 

 

女性(男性)だから とか

 

何かや誰かの為に

 

必死にその役割を果たそうとピリピリしたり

 

それを果たせずに

 

罪悪感を感じたりする必要もなくて

 

どの関係性の中でも

 

本来の自分 ありのままの自分

 

自分の人生の主役は自分であることを忘れず

 

まずは自分自身と調和をとっていく

 

 

 

それは

 

自分自身との調和が

 

互いの調和へと繋がっているのだと思うから

 

 

 

 

あの花束の

 

黄色と水色が素敵なように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何をやっても心が晴れない時

 

思っていた人生を歩めていないと思った時

 

今のままでは・・・

 

どうにかしなきゃと思いつつも

 

どうしていいかわからない

 

まわりはどんどん変化し

 

先に進んで行ってるように見えて

 

自分だけが何も変わらず ずっとここにいる

 

 

 

こんな心境の時

 

「人と比べなくていい」て言葉

 

私は頭で自分にいい聞かせているだけで

 

全く響かなかった

 

 

 

でも ある時

 

 

 

 

今まで通らなかった要望が通った日

 

 

初めての場所に行き緊張して

なんとか無事に帰って来れた日

 

 

ちょっとした人助けをして「ありがとう」

と言われて自分を誇らしく思えた日

 

 

自分なりに充実感を味わえた日

 

 

 

 

そんな時

 

 

少しだけ

 

 

あ・・ なんか

 

「うまくいってるな」

 

て思えた

 

 

 

自分だけが感じられること

 

人にはわからない

 

だから

 

「人とは比べられない」

 

 

外側から見たら何も変わっていない

 

その変化は亀ほどのペースでも

 

私は確実に変化し進んでいた

 

これが私の生き方で このペースなんだ

 

 

 

 

人はきっと 

 

ほんの少しだけ

 

自分のことを

 

ほんの一瞬かもしれないけど

 

肯定的に思えた時

 

誇らしく思えた時

 

「人と比べなくていい」て言葉が

 

心の奥底に

 

しっくりと落ちていくのかも

 

 

 

 

腑に落ちる という