なぜ受験するのか?

どうやって受験するのか?

受験をやめるのはどんな時か?


未知の中学受験というものを検討し始めてから

次から次へと選択と決断を迫られていました。


夫とも何度も話しました。

中学受験は必要なのか。

どんな学校へ進学させたいのか。

志望校に合格しなかったらどうするのか。

習い事はどうするのか。


夫は基本的に、学歴や偏差値に興味がありません。

社会に出たらそんなの関係ない、

大事なのはコミュ力だ、という考え。


きっと誰でも

自分の人生にとって、学校で学んだことや

出身校名に意味があったと思えば

学歴は大事だと考えるだろうし、

それは意味をなさなかったと思えば

そこに価値を見出さないのでしょう。

あるいは、自分の学歴に不足があるから

正当な評価や機会が得られなかった、

だから学歴はやっぱり大事だ、

と思う人もいるかも知れません。


私は芸術系の大学を出ているので

学力じゃない評価軸の中で青年期を過ごしていて

だから正直なところ、よくわからない。


ただ、理系最難関私大と大学院を卒業している

高度専門職の知人2人(40代半ばと50歳位)が

「旧帝大卒の同僚に私大卒とバカにされる。

 旧帝大出ていても仕事ができないくせに」

と別々のタイミングで同じ事を話していて、

その歳になってまで学歴にとらわれ

振り回される生き方はイヤだなと思いました。


娘のアズキには

学校名や所属の肩書きを誇るのではなく

好きなことを見つけて熱中し、

満足度の高い人生を主体的に生きて、

笑いながら最期の日を迎えられる

そんな人生を送っていってほしいのです。


そして私自身も、そんな人生を送りたいのです。

やりがいを感じている仕事を楽しみ、

私自身も勉強し、成長していきたいのです。


目的と手段を間違えてはいけない。

子の受験は私の目的ではない。決して。


目的がそれぞれの満足度の高い人生であり、

幸せな最期を迎えることであるのなら。

我が家の受験は

ギリギリ限界まで勉強を詰め込んで

べったりびっちり付きっきりで世話を焼き

本人の極限まで偏差値を引き上げる、

というものではないのだと

自分の中で軸が見えてきたのでした。


ではその上で、

中学受験という手段を選ぶ理由は。

次のテーマはそこになりました。