中学受験したいと言い出した小4アズキと

かつて偏差値競争の世界から逃亡した

ゴリゴリに働く母おまめ

(時々、学歴に興味のない父)による

中学受験への道のりです。

算数に苦手意識のあるアズキ。

4教科の中で確実に足を引っ張っています。


単元によっては「感覚的に掴めていないな」と

感じることもしばしば。

「算数センス」というものがあるのなら、

それがある方ではないでしょう。


ただ、学校の算数の習熟度別クラスは

3段階の一番上だし、

学校のテストはけっこうできてる。

それでも「私は算数が苦手だから…」

と発言してしまう苦手意識の根源は

幼少期の公文にある気がしているのです。


絵本が好きだったおかげか

特に教えた訳でもなく、割と早い段階から

アズキは勝手に平仮名の読み書きを始めました。


その興味をうまく伸ばせればというのと、

勉強の習慣がつくと良いなという思いから、

幼児期から公文で国語のみ通い始めたのです。


最初は楽しくやっていたものの、

どんどん進んでいって漢字が難しくなると

宿題がはかどらなくなっていったアズキ。


なかなかやらない。

やっても進まない。

分からないと癇癪を起こす。

そこで「やりたくないなら、やらなくていい」

(きっとこの言い方が良くないのだろうけど)

と言うと「ヤダ!やる!」と言う。

でも、できない。

次第に私もイライラしてきて家の中が険悪に。。


大前提として、

幼児期の勉強は楽しめる範囲で十分で、

イヤイヤやるものではないと思ってます。

それに最低限、勉強嫌いになってほしくない。

本人と先生とも相談し、

公文の教科を国語から算数に変更しました。


すると気分も変わって、

スイスイ解けるのが楽しくて

前向きに取り組むように。

しかしそれも

どんどん進んで難しくなるとはかどらなくなり…

と、国語の再現に陥ってしまいました。


それを国語と算数でもう一周ずつやった後、

ちょうど引っ越し等も重なって

アズキは公文をやめました。

そして残ったのは「算数難しい」「算数苦手」

という苦々しい印象だったのです。


公文のシステムのお陰で

「毎日勉強する」感覚が身についたのは

本当に良かったので後悔はありません。

でも、苦手意識というやつはなかなか厄介。


ちょっと考えればわかる問題も、すぐに

「分からない」「私は算数が苦手」と

決めつけてしまうのです。


だから栄光に通い始めて

「算数楽しい」と言った時は衝撃だったけど、

それはほんの束の間の出来事で

またすぐ苦手状態に戻ってしまいました。。


でも。

当時公文でできなかったことだって、

数年経てばスイスイ解けるようになってる訳で

やっぱり「学ぶのに適した年齢」

というのがあるのは明白で。

それに合わせてるのが、きっと

公立小学校のカリキュラムなのだと思うのです。


例えば年長のアズキは公文で

掛け算・割り算まで進んだけど、

当時はまったく意味が理解できず

反射神経的に解かされていて

それは苦痛だったろうなと想像するのです。

それも今はちゃんと、

「10個の木の実を3匹のポケモンで分けると…」

と理屈で理解できています。


中学受験を目指して先取りで学んでる子たちは、

今日塾で習ったことができなくても

「できない(能力が足りない)」ではなく

「今はまだ、できない(そのうちできる)」

ということのはず。


「そのうち」が小6の冬までに来るのかは

人それぞれなのだと思うけど、

(受験的には来なければなのだけど)

決して今できないことで悲観したり

本人を責めたりすることではないなーと思います。


なので我が家は苦手な単元も

「そのうちできるようになるから大丈夫!」

と一旦横に置いておいて、

できない事にフォーカスし過ぎず

前に進むようにしています。

まだ小4だし。


そんな風に思えるのも、

公文のお陰といえばそうかもしれません。