ムービーレビュー カンタービレ -5ページ目

ムービーレビュー カンタービレ

映画館で見た映画の感想です。ネタバレは原則行いませんが、時々核心がばれてしまう可能性は否定できません。

ご感想ご意見、お待ちしております。

みなさん、アフリカの人たちのこと、知ってますか?

インド映画の次はアフリカです。アフリカのイメージっていうと、大自然とか、野生の大型動物とかで、そこに住む人々の暮らしや、置かれている政治的現状は、ヨーロッパやアジアほどの関心を寄せてはいませんでした。しかし、かつてヨーロッパ人たちが「暗黒の大陸」と呼んで憚らなかった人類発祥の地には、確かに私たちと同じ「人間」が過酷な運命を生き抜いていたのでした。

「グッド・ライ~いちばん優しい嘘~」

アフリカの映画、といっても製作はアメリカです。ドキュメンタリーではありませんが、実話というか、取材をもとにした実在するエピソードを下敷きにしています。プロデューサーは「ビューティフル・マインド」「ダヴィンチ・コード」のロン・ハワード。監督はカナダ人のフィリップ・ハラルドーで「ぼくたちのムッシュ・ラザール」で2012年のアカデミー賞外国作品賞にノミネートされています。戦時中のスーダンに居住した体験を持っており、「スーダンを去るとき、彼らを見捨てたという罪悪感に苛まれた」と語っています。「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」「キューティ・ブロンド」のリース・ウィザースプーンが、アメリカ人として、スーダンからの移民の受け入れの窓口役として出演しています。

内戦が続くスーダン。牧畜を営むマメール少年一家が住む小さな村にも戦火が及び、村は根こそぎ焼き払われる。なんとか生き残ったマメール、兄のテオ、姉のアピタル、ポール、ジェレマイア達は、戦争を避けて果てしない道行きの末、ケニアの難民キャンプに到着する。何人かの仲間達を亡くし、兄のテオともはぐれてしまってはいたが。

13年の難民キャンプ生活後、マメール達は、アメリカへの移住計画により、渡米を果たすことになる。しかし、アメリカは、大手を広げて彼らを迎え入れてくれたわけではなかった。カンザスシティーの職業斡旋所で働くキャリーは、彼らをなんとか就職させて独り立ちさせようと四苦八苦するが、なかなかうまくいかない。しかし、彼らの人間性に徐々に惹かれ始めていく、そして。

この映画を観た後に、スーダンという国をググってみました。エジプトの真南に位置し、ナイル川を抱えるアフリカ最大の面積を持つ国(2011年に南スーダンが独立して3位になりましたが)であること。アラブ系と黒人系が50年以上争い、2011年に南スーダンと別れたばかりであること。石油などの豊富な地下資源と、ナイル川沿岸の肥沃な大地がそこにはあり、それを狙う大国や西アジアの国々が存在すること。

何一つ知りませんでした。こういったことを知るきっかけになったというだけでもこの映画を観た価値があったと思いますが、驚いたのは、この映画の最後に明かされるスーダンの人たちを演じた役者さんの素性です。胸が締め付けられます。

戦争などの争いをなくしていくために必要なことは、異文化や自分とは違う価値観の存在を認め、それとはうらはらでありますが、違いの中に見え隠れする共通点、共感できることを探していくことに他ならないのではないでしょうか。「同じあるいはすごく似た感情を持った人間」だと思えることが、互いに引く引き金を抑止する力になるような気がします。

ただ、僕は今、むしろ同じ日本人の中に共通する言葉を見つけられない、と感じることが多くなってきました。

守りたい人がいるすべての人にお勧めします。

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みなさん、インドという国に、興味ありますか?

ご存知な方も多いかと思いますが、インドという国は、年間の映画製作本数が、アメリカを抜いて世界一だそうです。大ヒットした1995年の「ムトゥ踊るマハラジャ」が代表的作品ですが、ほとんどの作品が、ミュージカル仕立てで、尺も長いっていうのが特長です。しかし、この作品は、「踊らない、歌わない」新しいインド映画になっています。

「女神は二度微笑む」

監督はスジョイ・ゴーシュ。主演はヴィディヤー・バーランです。他の作品を挙げるのは難しいですが、カンヌ映画祭の審査員を務めたこともあるオーソリティを備えているようです。

ロンドンから、臨月に近いと思われる大きなお腹を抱えた妊婦ヴィディヤが、インドの大都市、コルカタ(カルカッタですが、今はこういうそうです)に一人でやってくる。コルカタにいるはずの彼女の夫アルナブからの連絡が急に途絶えたからだ。しかし、彼の行方は全くつかめない。掴めないばかりか、そういう人間が存在したという証すら見当たらなかった。しかし、夫によく似た人物ミラン・ダムの行方がやはり消失しており、人違いでトラブルに巻き込まれたのでは、とヴィディアは考え、ミランの行方を捜索していく。やがて、国家規模の巨大な陰謀の影が見え隠れしてくる。

ハリウッドでリメイクが決まったハラハラドキドキのサスペンスです。意外な展開にクエスチョンマークがたくさん出ること請け合いですが、ストーリーもさりながら、コルカタの街の、猥雑でありながら色彩にあふれた雑踏、まったく耳になじまない言葉、そして異国のお祭りに、「踊る、歌う」ことのない「インド産」の映画の醍醐味が感じられました。異国情緒満載な雰囲気は、「世界市場」を意識した作品だからなのでしょう。

そうそう、音楽性には、なんとなく「昔のインド映画」の面影を感じられましたよ。違和感、というよりは、ちょっとホッとしました。

色々な意味で楽しめた映画ではありましたが、アジアの国々が文化的にもアメリカ的なものに流れていく、独自性を失っていくようで、ちょっと寂しい感じもしました。底抜けに明るいインド映画にも存在価値はあったと思ってしまうのは、身勝手な感想でしょうか。

アジア好きな人、お祭り好きな人、サスペンス好きな人、美しい妊婦が好きな人にオススメします。

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みなさん、日本の漫画、お好きですか?

日本文化における漫画の位置付けって、よく言われるけど世界的に「独特」らしいです。オタクでもない普通の大人が、文学作品を読むように日常的に漫画を読み、その作品の権威も高い、って言うのは外国にはないそうです。(そんなことない、というエビデンスをお持ちの方は、是非お教えてください)まあ、ひとえに手塚治虫先生のおかげさまなのかなって思います。

「寄生獣 完結編」

この映画を説明するには、まずは原作について語らなくてはいけません。「モーニング オープン増刊」及び「月刊アフタヌーン」という漫画雑誌で1988年から1995年まで連載されておりました岩明均の同名作品です。連載当初から高い評判を取り、早稲田大学教授・文芸評論家の加藤典洋は「文学を含め、戦後のベストテンに入る」としています。(wikipediaより抜粋)

2005年には、アメリカの配給会社が映像化権を獲得したものの、結局製作されず、契約期間終了後、アニメ化及び前後編として実写映画化されることになりました。

監督は「三丁目の夕日」シリーズ、「STAND BY ME ドラえもん」などヒットメーカーの山崎貴です。脚本は、彼と「キサラギ」「探偵はバーにいる」シリーズの古沢良太が担当しています。原作と相違点はあるものの、コンパクトに映画の趣旨をブレさせずに抽出した手腕は、見事です。

主演は「ヒミズ」「パンドラの匣」の染谷将太です。最近、女優の菊地凛子と22歳の若さで結婚しております。前編から男として成長が著しい姿が、本人とかぶって眩しいです。長い睫毛が印象的です。

共演は余貴美子、大森南朋、北村一輝、東出昌大、橋本愛、など印象的な役者散が多いのですが、なんといっても深津絵理です。冷酷なキャラクターの中に母性が立ち上っていく経過を無表情に見せてくれます。その他、ピエール瀧は、「凶悪」で見せてくれた恐怖を楽しく撒き散らしてくれます。

人間の脳を乗っ取って人類を捕食する「寄生生物」は田宮良子というリーダーの元、ゆるい秩序の元、集団化し始めた。そして一味の一人、広川はこの地の市長に当選し、市役所は「寄生生物」のアジトと成り果てるのであった。一方、地元の高校生、泉新一は、奇跡的に脳を奪われず、代わりに右手を寄生生物に奪われる。止むを得ず共生生活を営むことになったのだが、「寄生生物」に母親や、級友を殺され、自分も瀕死の重傷を負うことになる。復讐に立ち上がった新一であったが、新一の共生生物、ミギーは「人間こそ、この地球にとって一番害悪なのではないか」という。

「寄生生物」達に復讐を繰り返す新一。そして、人間との共生生活を目指しみずから子供を産み、育てる田宮。そして、この街を「寄生生物」の砦と画策する市長の広川、そして「寄生生物」側の武闘派、後藤。さらには娘を「寄生生物」に殺されて復讐を誓う人間、倉森、そしてこの連続事件を追う刑事、平間。それぞれが、それぞれの思惑で動き、「寄生生物」と「人間」との正面対決が始まる。

この手の「いつの間にか隣人が入れ替わっている」作品は1956年、ドン・シーゲル監督の「「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」をはじめとして、「パラサイト」「パラサイト・イブ」など多数ありますが、ここまで深く掘り下げられた作品もないのではないでしょうか。ことに、「寄生獣」の正体が明らかにされた時に、我々は、愕然と鏡を見るしかないのです。

ただ、原作と違うテイストはエンディングだと思います。「身近な人を守るためにはなんでもする」という明確な動機は、こういう時代には、ちょっと怖いかな、と思います。原作の方が僕は好きです。

前述の加藤典洋教授の言葉をそのまま引用します。
「進路選択に迷ったとき、あるいは大学の授業がつまらないと感じたとき、異性にふられて悲しいときに読んでみることをおすすめします」

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