急に暑くなって昨日からエアコンの部屋に籠りきり。
夫も退院して間がないということで休暇中
部屋は涼しいけれど嵩張る男はいるだけで暑い。
そういう顔を私はしていたのだろう、夫は自室に引っ込んだ。
夫は普段の顔は普通(変な言い方だけど)でも笑うと崩れる。
満面の笑みはそれは可愛かったものだ。(過去形)
今は笑わない。特に私の前では。(お互い様だけど)
いつからこんな風になったのかなぁ・・
まあもともとは他人なのだ。
テーブルの上に新聞と、夫の眼鏡がそのままになっていた。
また片づけてない!とぼやきながら新聞を畳み、手に取った眼鏡をふと掛けてみた。
近眼の彼の眼鏡を老眼の私がかけた。
見える世界は全く未知で、なにやら笑いがこみあげてきた。
そりゃそうだ。こんな眼鏡をかけて生活をしている夫と合う訳がないのだ。
合わないならそれをどうこう思うこともない。
そう思ったら、肩の力が抜けてちょっと楽になった。
私は私、我が道を行けばよいし、彼の行動に目くじら立てることもない。
お花は禊萩(ミソハギ)ミソギハギが訛ってミソハギ
字のごとく水を注いでお祓いをする花。
地方によってはこの花を濡らして玄関先でお祓いをし祖霊を迎える習わしもあると聞く。
亡き母は盆花と呼び、お盆のお墓参りに持参していた。
夏の盛りの庭でも萎れることなく元気に咲く花の生命力は旺盛で
地下茎を伸ばしどんどん増え続けるので、
花が咲くとバサバサと切って知人友人に贈って喜ばれている。
こちらはデュランタ。半日陰の鉢植え。
見ているだけで涼し気なこの花を買ったとき「宝塚」という名前も添えられていた。
紫の袴を着たタカラジェンヌに見立てたものらしい。
涼風の渡るうちの庭の特等席で咲いていて、ミソハギは恨めしく思うだろうか?
否、花たちは自分の場所で輝いて咲くのだろう。
せめてお水なりともとミソハギにホースで水を掛けてあげた。
デュランタにはもちろん如雨露で^^;

