見つけた時に単行本だったので、文庫になるまで待ってました。

 

名探偵のままでいて

ちょっとネタバレます。

 

以前小学校の校長をしていた祖父は、現在「レビー小体型認知症」を患っていて、自宅で介護を受けている。

孫のは祖父と同じく小学校の教諭をしながら週に1回、離れて暮らす祖父に会いに行く。

認知症の70%は「アルツハイマー型認知症」で、次に多いのが脳卒中や脳閉塞の後遺症に起因する「血管性認知症」で、全体の20%を占め、祖父の患っている「レビー小体型認知症」は、全体の10%を占め、1994年に名前の付けられた「第3の認知症」と言われる。

※現在はレビー小体型認知症はアルツハイマー型に次いで2番目に多い認知症と言われていて、血管型を含め「3大認知症」といわれている。

 

楓が祖父を訪ねると、彼はほぼ寝ているが、たまに起きていても幻視※の話ばかりする。

※字の通り幻が見えることで、実際にないものが本当のように見える、レビー小体型認知症の特徴的症状です。

今日は青い虎が入って来たと言い、楓に話して気が済むと、彼の定位置のリクライニングチェアに寄りかかり目を閉じてしまう。

祖父の部屋には本棚が部屋を囲み、認知症になっても本は好きな様で、本棚から取り出して読んでいる。

祖父は自分が認知症だと理解して、幻視が見えた後に我に返ると、それは幻視だとわかるのだと言う。

ただ彼の頭の中には豊富な知識と知性が残っていて、そんな祖父が楓は大好きだった。

 

ある日、楓は祖父を訪ねた時に、ネットでようやく見つけた、すでに絶版になった評論家故瀬戸川氏の評論集を取り出し、その中に4枚の訃報記事が挟んであった事を話し、それは誰が何のために挟んだのか祖父に話してみた。

祖父は先輩だった瀬戸川氏の記事を、当時全部目を通したと言い、そして彼はメガネを外し、楓の話を昔の有名なミステリ作家の代表作の様だと言い、唐突に煙草をくれないかという。

フランス煙草のゴロワーズが祖父のお気に入りで、手が震える為火をつけてくれと言い、煙草をくゆらせながら、楓に彼女の仮説=物語を聞く。

楓は彼女なりに考えた“物語”を話し、祖父はその物語の矛盾点を話し、自身の見解を語り、その見解は決って正しく、話し終わると彼は煙草を水の入った灰皿で消し、恍惚の人に戻っていく…「緋色の脳細胞」

 

校長の時に祖父は「まどふき先生」と呼ばれ、生徒に一番の人気者で、あだ名の通りワイシャツの袖をまくり窓を拭いたり、草花に水をあげたり、トイレ掃除をしたりしていて、生徒とすれ違う時必ずその児童の名前を呼んで、今どんな本を読んでいるか聞く。

児童が読んでいる本の内容をすべて知っていて、その本の魅力を熱く語ったらしい。

そして卒業式には証書と一冊の本を、それも児童一人一人に合ったものを渡したと言い、楓が何より驚いたのはホラー系のアクションゲームを渡した子もいて、祖父にとってはゲームさえ、人格を形成していく上で大切な“物語”だった。

後にその児童はゲーム会社を起業して、ヒット作を連発しているそうだ。

 

小学校教諭の楓の同僚の岩田が、突然「昨晩殺人事件が起きたんです。」と語り始めた。

祖父も昔ひいきにしていた割烹居酒屋での出来事で、岩田の高校時代の野球部の後輩が、そこに居合わせた時の出来事だと言う。

変人だと言う後輩と一緒に、その事を話したいという岩田の誘いに楓は乗ることにした。

楓が待ち合わせ時間5分前にイタリアン・バールに行くと、予約席にはすでにワンレン男子が本を読んでいて、名乗ると待ち合わせの時間まで4分25秒あります、と言って目線を本に戻し、時間になると本を閉じて、お互い名前で呼ぼうと言い、自分は四季と名乗り楓も名乗る。

四季は勝手に料理を注文をしてしまい楓にほ何も聞かない。

彼の読んでいる本について楓が話しかけるが、ミステリについての意見がかみ合わない。

仕事で遅れた岩田が来て、しばらくして事件の話しに移り、店の略図を見せる。

 

A~Mがお客様で当時満席で、テレビではサッカー日本代表の試合が流れていて、皆それをつまみに飲んで、大いに盛り上がっていた。

Fに四季が座り、Hに劇団員仲間が座ったそうだ。

楓はスマホで話を録音させてもらいながら聞くことにする。

トイレに立ち3分ほどで戻って来たFが、席に着き煙草に火をつけたので、四季(F)がトイレ空いてるか聞くと、Hは空いてると答えたので、トイレに入ろうとするがドアが開かず、ノックをしても返事がない。

その時にトイレの中から血液らしきものが足下に流れて来て、仰天して大丈夫かと声をかけるが返事はない。

洗面台に足をかけ、上から覗き込むと背中にナイフらしきものが刺さった血だらけのスキンヘッドの男が前かがみになって座っていて、動かないので四季は死んでいると思った。

騒ぎにならない様に厨房の女将に話し、警察を呼んでもらい事情聴取の結果、一番怪しいとされたHが連行されてしまったと言う…「居酒屋の“密室”」計6作の連作集。

 

楓の周りで起こった物語を祖父に聞いてもらい、真相を解き明かす物語で、最後に楓本人に危険な“物語”が起きる。

 

本当に面白かったです。

 

ちょっと本が厚いのでどうしようかと思いましたが、途中で止められずに一気に読んでしまい寝不足です。

 

この小説は安楽椅子探偵物※で、楓が持って来た謎案件を前に、病気を忘れたかのように“物語”を紡いで真実にたどり着く祖父の姿は、ただのなぞ解きではなく、祖父と孫の穏やかな関係も感じることができます。

※アームチェア・ディレクティブと言い、室内から動かないまま、事件の状況を来訪者から聞いて事件を解決する探偵、もしくは小説の事。

 

「困った時のおじいちゃん」、病を患っていても“物語”を紡ぐときはかつての大好きで聡明な祖父になるから、楓にとってそういう人がいる事は心強い。

 

作中に有名どころのミステリ作品が引用されて載っているので、ミステリを読む参考にもなります。

 

そして、同僚の岩田と劇団員の四季との3人でいる時は、楓にとっての心地よい空間になり、人付き合いの苦手な楓にとっては大切な仲間か大切な男性になるのでしょう?

 

この本の後に続編が出ていて、3人の関係にも変化があるのかもなので、それも文庫本になるまで待ちます。