石垣島へ | 玉寄兼一郎ブログ〜Tama Style~

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カンコンキンシアターでは漁火兄弟だったアクションの玉ちゃんブログ。


お花


家族については、今まであまり語ったりしませんでしたが今回は、父ちゃんの事を書き残したいと思います。

性格は頑固で真っ直ぐで几帳面、世話好きでもありました。
そして、人が良くて何でもホイホイあげてしまう所があります。
今となったら貴重であろう《現役時代の王&長嶋サインボール》等の僕のお宝もいつの間にかありません。

そんな親父は今年に入ってから、以前から患っていた肺の病気に加え癌と戦う事が判明しました。

性格だと思うのですが、我慢できなくなるまで検査に行かないんですよ。
だから検査終わりで即入院でした。

離れて暮らしている僕には、いつもの様に知らせは入りません。
母が怪我や病気で入院した時もそうでした。
余計な心配をかけぬ様にするんです。
たまにしかかけない電話の時に入院を知るって感じです。

今回の親父の入院もしばらく経って知りました。
正月に帰省してはいましたが、3月にも再度帰省。次は夏の舞台公演後だな、と頭の中で予定を立てていました。

ちょっと頑張ってしばし実家に戻ろうか。とも考えましたが、現実は厳しく満足なギャラが発生しなかった月々に悩まされ、実現は叶いませんでした。

自分に出来ることは連絡を取って様子を伺う事。そして祈る事。
母に携帯を持たせ、度々様子を聞く日々でした。

先週はPOWERBOMBが出演するステージの手伝いとドラマのリハ等で多忙。
ステージが終わっても、そのまま3日間は撮影スケジュールが埋まっていました。
暇だったのに、重なる時は重なるんですよね。

10日のステージ本番当日も合間を見て母に電話。退院している親父の様子を伺う。

本番終了後「手足が冷えて来たから心配、回復を祈るのみ」と姉からのメールが入る。
車を運転できる姉が近くに居るので、姉には苦労をかけて申し訳ないが、何となく安心はしてました。

打ち上げ後に再度、姉からメール…。



「父、亡くなる」



今現在、実家に居ます。
お通夜には戻れませんでしたが、周囲の協力で告別式には何とか間に合う事ができました。

義理堅い親父は最後の日、話す事やトイレに行くにも辛いカラダでお見舞いをしてくれた方々、それぞれにお返しの品を手続きし終えた後、布団に横たわって眠り、そのまま旅立って行ったそうです。

後になって見つけましたが、葬儀案内のチラシも出て来ました。

親父らしい最後だったと思います。

親父は居なくなりましたが、これからの事。もう少し頑張って行ける気がします。


「石垣に行きたい。」と言っていた沖縄生まれの親父をもう一度だけ連れて行きたかった。



※ご協力頂いた関係スタッフの皆様ありがとうございました。