魂の学び舎沖縄・カウンセリング
  • 17Feb
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      母を想う!

      寒緋桜最近、母の夢を見る。夢の中の母は、桜色のウエディングドレスのようなドレスを着ていた。肩を出し胸も背中も大きくあいているのだが、よく似合っていて、母は幸せそうで、にこやかにしていた。なぜ、そんな夢を見たんだろうと思った。セミナーで、3歳くらいの写真を持ってくるというのがあって、私は母方の祖母やおばたちの家族と私たちの家族が一緒に写った集合写真を持って行った(小さいころの写真はそれしかない)その写真は写真館で写されていて、みんなにこりともせず緊張した面持ちで写っていた。わざわざ写真館で写しているのに母も祖母も普段着のようなワンピースを着ていた。なぜよそ行きを着ていないのだろうかと思った。でも、その頃はそれが精いっぱいのおしゃれ着だったのかもしれない。なぜならば、母は家では芭蕉布で織られた着物を着ていた。づぎの夢は、車で子どもたちと出かけ家に帰る途中、弟の家族と一緒に道端に立っている母に出くわすという夢でした。母は自分の足で立っていて、車を止めると私の車に自分で乗ってきた。足を骨折してから、考えてみると5年間車いす生活をしていた。若いころから歩いて薪を売りに行ったりしていて、90過ぎても自分で歩いて隣部落のスーパーまで買い物に行っていた母。兄たちや妹が、「子どもはたくさんいるのだから連絡くれたら車で連れていく」と言っても「自分でできることは自分で」と思っていたのか決して兄たちや妹に頼ることはなかった母。そんな母が歩けなくなったのは辛かったのかもしれない、でも泣き言一つ言わなかったので、受け入れていたのかもしれない。夢の中では自分の足で歩いていた母。もう自分で自由にどこにでも行けて、きっと今は幸せなんだろうと思った。それを伝えたくてそんな夢を見させてくれたのだろうか。先日久しぶりに実家に行ったら(コロナで長くいっていない)かじまやーの時の母の写真を引き伸ばして壁に貼ってあって、その写真の母の笑顔がとても穏やかで眩しいくらい輝いて見えた。癒された。やっぱり、母の存在は大きい。なんだか感謝の気持ちでいっぱいになった。

  • 24Jan
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      子どもたちに感動を!

      園から見た朝日昨年の夏ごろ、遊道体操の先生から「最近感動したことは何ですか」と聞かれた、一人ひとり感動したことを答えていった。私は「早起きして日の出を見に行った時、朝日が神の島久高島を照らしているのが神秘的で感動した」と答えた。数か月後、その体験を保育に活かす企画、実践計画書を提出するようにと言う宿題が出された。まさかこの歳になって宿題を出されるなんて思ってもみなかった。しかも、「朝日が神の島久高島を照らしているのが神秘的で感動した」これを保育に活かす!?どうやってー!?3歳児を相手に、朝4時に起きて日の出を見に行くツアーを組むというわけにもいかないし。「どうすればいいんだぁーー」こんなことなら、子どもたちと一緒に体験して感動できるものにするんだったーとパターンが騒いだ。でも一度言ったことを引っ込めるわけにもいかず、どうすれば、自分の感動を子どもたちに伝えられるだろうかと頭を悩ませた。どう考えても、一緒に朝日を見ること以外思いつかない。そこで、「朝日を見た感動をどうやったら子どもたちに伝えられるか」先輩に相談してみた。すると、「子どもたちは、日の出・朝日・夕日が同じ太陽なんだということに結びついていない」と言うことを話された。「へぇー、そうなんだ」と先輩のお話に感動した。私は、企画書を作る前に子どもたちに「太陽さんって知っている?」と質問をしてみた。すると一人の子が「うん、知っているー、隣のクラスの○○さんのことでしょう」と元気よく答えた。「そうだねー」「じゃーお空にある太陽さんは知っているかなぁ?」と聞いた。みんな、キョトンとした顔をしている。「それじゃーお日様は知っている?」と聞くと「知っているー」「知っているー」と目を輝かせて口々に答えた。「そっかー、3歳児はまだ太陽という認識はないだー」その話を同僚にすると、「子どもたちはいつの時点でお日様から太陽に変わっていくのかなぁ、『北風と太陽』からかなぁ」という。子どもたちは、絵本を通してお日様の存在を知り太陽を認識していくことになるのかもしれないと思った。私の感動体験を少しでも子どもたちに伝えるために、何かいい絵本はないかと探してみたが見つけることができなかった。私は自分で写した久高島を照らす朝日や園で写した朝日や夕日の写真を見せ太陽の変化について話、感動を伝えた、そして、園で写した虹や鳥の写真を見せ、自分たちの園の空にもいろんな表情がある事を伝えた。写真に写った建物を見て「僕の家だ」と嬉しそうに話す子も子もいた。ワイワイ、ガヤガヤといろいろ話す子どもたち。その後、「日の出を見にってきたよー」と嬉しそうに伝える子ども、保護者から「子どもが空に関心を持つようになった」という声を聞いて嬉しく感じた。ちゃんと、子どもたちが家に帰って保護者に伝えることができることに感心した。今までは、自分の気になるものを被写体にしていたが、今では、園の周りの建物や雨の日の空、曇りの空、まだ薄暗い周りの様子など、子どもたちが、自分たちの周りに関心を持っていかれるといいなという思いで写真を撮るようになった。

  • 09Jan
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      本年もよろしくお願い致します

      地平線は暑い雲に覆われ日の出を拝むことはできなかったが雲の隙間から朝日が後ろの空には月が遅ればせながら、あけましておめでとうございます。昨年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い致します新しい年が、皆様にとって良い年になりますよう祈念いたします。昨年は、目の手術などもあり、日記を継続できなかったにも関わらず皆さんに応援していただき感謝いたしております。今年の私の抱負は、「私」の資質である、継続力と意志力を使い自分自身を高め創造していきたいと思っております。ブログも継続していきたいと思います。これからもよろしくお願い致します。

  • 16Dec
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      ゆめ

      朝焼け昨日の夜、クラスの子が髪を切ってきた夢を見た、朝その子のお母さんにそのことを告げると「正夢ですね。昨日パパが切ったんです」とのこと。ビックリそして、仕事を終えて帰ってきて昼寝をしていると夢をみた。昼寝で夢を見ることはめったにないのだが。それはどんな夢だったかと言うと、空から白いのが降ってきた。何だろう!霰かな?でも、霰にしては白くてふわふわしているなぁ~。雪かな!?まさか!手を伸ばして掌に!雪だ!沖縄に雪!? 何度も掌で確認してみたがやっぱり雪だ。わ~い沖縄に雪が降った~といったところで、目が覚めた。あまりにリアルだったので、夢だと気づくのにしばらくの間があった。もしかしたら、正夢になるかも(笑)

  • 30Nov
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      笑顔

      tokトックリキワタ(南洋桜)街路樹として道行く人の目を楽しませてくれるある日の出来事。女の子が私のそばに来て、「Mは、明日お休みするんだ」と言う「そうなんだ、どうして」と聞くと、「お兄ちゃんもお姉ちゃんもお父さんもお母さんもお休みだから、Mの誕生日やるんだー」とのこと、「明日お誕生日なんだ。おめでとう、何歳になるの?」「4歳だよー」とほのぼのとした会話をしていた。それから、Mちゃん、「Mは、お母さんと眠るんだよー」と言う「いいなぁー」と応えると、「先生もお母さんいる?」と聞いてきた、「いるよー」と答えておこうかとも思ったが正直に、「先生、お母さんはいないだー」と答えた。「どうしてー」、「死んじゃったの」、「なんでー」、「病気だったの」と言った。(そこでは老衰だったと言いたくないというパターンが働いた。何故かというと自分もおばあちゃだからと説明したくないという。子ども相手に見栄を張っている自分がいた(笑))Mちゃんは、それを聞いて心配そうな顔をしている「でもね、先生もMちゃんと同じ年のころはお母さんと一緒に眠っていたよー」というと素敵な笑顔を向けて他の子たちのところへ遊びに行った。翌朝、朝ご飯をつくっていると、ふと、その子の笑顔が浮かんだ。体に電流が走った感じだった。そして、その子の笑顔の意味に気付かされた。先生にもお母さんがいてよかったーという安心した、優しい笑顔だったんだと。

  • 23Nov
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      嬉しい花束

      勤労感謝の日にちなんで年長さんからもらった花束勤務時間を終え帰ろうと廊下に出ると、年長さんの女の子が数人立っていた。私を見るなり駆け寄ってきて「はるみ先生いつもありがとう」と言って手作りの花束を渡してくれた。思わず、「えー!!、わたしに!」と絶句!涙ぐんだ!「わぁー、なみだがでそう!」と子どもたちを抱きしめた。「ここからあけるんだよー」と言うので、開いてみると中には、「はるみせんせい、いつもありがとう」というメッセージと私そっくりの似顔絵が書いてあった。帰り支度をしながら、思いがけない年長さん達の心遣いに涙があふれてきた。これまでもらった花束の何よりもうれしい花束だった。心優しい子どもたちにありがとう!感謝!

  • 31Oct
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      首里城火災から一年

      ハロウィンと満月が重なるのは46年ぶりスマホではうまく撮れなかったが雲の上からしっかり見えました。首里城消失から今日で1年、改めて悲しみが沸き上がってきました。~1031首里城の消防士たち~という番組が放映され涙しました。一年前私は、首里城が焼け落ちがことに愕然として悲しみに包まれていました。沖縄中の人たちが同じ思いだったのではないかと思います。それだけでなく県外の人たちや世界中の人たちに衝撃を与えたと思います。今日、放映された”1031首里城の消防士たち”という番組を見て、私は自分の悲しみにだけに目を向けていて、最前線で消火活動にあたられていた、消防士たちの思いを考えたこともなかった。そして、彼らの痛みや悲しみ、辛さや無念さ、悔しさ、想像を絶する消火活動のものすごさを全く知らなかった。知ろうともしなかった。再建のことしか頭になかった。消火活動は午前2時41分から12時間にも及んだという。那覇だけではなく近隣の市町村の消防士たちも駆けつけ消火活動にあたった。水をかけてもかけてもどんどん燃え広がり、フラッシュオーバーが起き、1000度を超える壁の輻射熱、消火用の水は水蒸気に変わった、防火服を着ていても暑さに耐えられない状況下で、消火活動を続けた、退避命令が下されても、もう少しもう少しと頑張った消防士たち、誰も諦めようとしなかった、殉職も頭をよぎったという。そんなに頑張った彼らが、いまだに自分たちを責める姿に心が痛んだ。消火活動を終えて呆然と立ち尽くす彼らの姿に心が痛んだ。これは悪夢だ夢であってくれという思いだったという。虚しさと悔しさと、無力感と喪失感、失った悲しさ、私たち以上にそれは深かったと思う。那覇消防署長は消防が勝てなかった火災、もっと何かできなかったかと今でも自問するという。ある消防士は、地域の子どもたちから首里城の火を消してくれたありがとうという、手紙をみて「ごめんなさい」という気持ちだと涙ぐむ。当時、消火活動にあたられた方々、いろいろな面から関わってくださった方がたに心から感謝したい。そして、私は専門家ではないので、よくは分からないが再建に際しては、たとえ火災が起きたとしてもすぐに鎮火でき被害を最小限に抑えられる構造であって欲しいと思う。自分が生きているうちに再建できることを切に願う。

  • 11Oct
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      運動会

      うろこ雲沖縄も朝夕ちょっと涼しくなって秋めいてきたなぁと感じていたら、朝の雲を見て秋を実感じました。運動会の日に秋を実感できたのが嬉しかった。昨日は運動会でした。今までは、昼食をはさんで午後まで行うのが恒例でしたが、コロナの影響で午前中で終わることになりました。参観者も家族から二人と人数を制限しての開催でした。例年でしたら、保護者、きょうだい、祖父母、叔父叔母、いとこたちも応援に来られるご家族もありにぎやかに行われます。今回は人数制限することになりましたが、応援に来てくださったご家族も子どもたちも、お互いをすぐ近くに感じられて、いい面もあったのではないかと思いました。子どもたちは、コロナの影響で練習時間も少なかったのですが、よく頑張ったと思います。練習のときは、うまくいかない部分のあった子どもたちも、お父さん、お母さんや応援に来てくれた家族にいいところを見せたいという思いで張り切ってくれました。今までに一番の最高の演技になりました。本番に強い子どもたちです。練習期間や本番を通して大きく成長した子どもたちを感じる部分がいっぱいありました。保護者の皆さんも我が子の成長を感じ感動されたのではないかと思います。明日からの保育が楽しみです。私はといえば、今までは4・5歳児の担当だったので、本番で表舞台に出ることはなかったのですが、今回は3歳児なので一緒に演技に参加する場面もありちょっと緊張していましたが、当日はそんなこと気にしているゆとりはなく、ただ精一杯頑張るのみでした。いい経験になりました。

  • 04Sep
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      祖母!

      アデニウム・オベスム豆知識アデニウム・オベスムの群系は何世紀にも渡って生き続けます。貴重な存在としてずっと大事にするだけでなく、一家の幸福を見続ける存在として後世に引き継いでいくこともできます。アデニウム・オベスムは美意識にあふれています。審美眼が養われ、想像力が掻き立てられます。花言葉:揺るぎない愛への献身(意識して選んだわけではないが祖母の愛そのものという感じです)朝の祈りで、祖母への感謝を呟いているとき祖母の姿が現れました。たまに顔を思い出すことはあっても、はっきりとした姿で現れたのは初めてでした。とても温かい気持ちになりました。祖母は優しく、温かく、懐が大きく、貴賓のある人でした。他のお年寄りは前かがみになって歩く姿をよく見かけましたが、祖母は逆に両手を後ろにして、そり気味に歩いていたのが印象的でした。祖母はきれいな人で、髪は長く、洗った後はくるくるとまとめてジーファー(銀でできたかんざし)を挿す姿は、沖縄のおばぁーという感じで憧れの存在でした。私の家は茅葺屋で高台にあったので夏も涼しかった。祖母の家はコンクリート屋で住宅街にあり大きな通りのすぐそばにあった。夏休みに祖母の家に泊まりに行くと、車の音がうるさいうえに、コンクリートづくりなので暑い。私が、夜中に車の音と暑さで寝苦しそうにしていると、祖母は起きて座って私をうちわで扇いでくれました。最初のうちは、無意識にやっていたと思うのですが、何度か泊まりに行くうちに、意識的に「暑い暑い」と言ってい祖母に扇いでもらっていました。そのことを思い出した。その時、祖母は幾つだったんだろうと思った。たぶん、今の私と同じくらいの年だったんじゃないだろうか!なんだか、申し訳ない気持ちになった。祖母の温かさは、私の心の成長に大きな影響を与えてくれたなぁと涙が出てきて感謝の気持ちでいっぱいになった。祖母といると、いつも優しく包まれている感じがしたなぁーおばぁー、ごめんね!そして、いっぱい、いっぱい、いっぱい、ありがとう!

  • 03Sep
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      旧盆

      コウトウシラン沖縄はお盆を旧暦で行います。なんと、今年のお盆は台風9号が直撃。私が生まれてこのかた、お盆に台風が来たことはなかったように思います。大型台風の中ご先祖様大丈夫かなぁー。前入りして下さるかなぁー(笑)なんて思っていました。台風も忖度して下さったのか、1日目、ウンケー(お迎え)の日8月31日は午前中はそんなに風も強くなくご先祖様も無事に来られたと思います。2日目、中日(なかび)は、大型の台風で大荒れでした。中日はいつもゆっくり過ごしているので私のところはあまり影響はなかったです。でも、停電のあった地域は大変だったと思います。3日目、ウークイ(お送りする)の日は、台風も去り静かに送ることができました。4日間やるところもあるので、その地域は今日がウークイです。ただ、今年はコロナの影響で、お盆も自粛でどこにも行けなかったという方たちも多かったようです。私の実家も母の初盆で盛大に行うものらしいのですが、台風とコロナで兄の家族だけでやることになりました。にぎやかなのが好きな母は少し寂しかったかもしれませんが、その時の状況に合わして生き抜く力を持っていたので、きっと受け入れて過ごすことができたと思います。

  • 01Sep
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      お久しぶりです

      美容室で洗髪してきました(アプリで自撮り)術後まだ洗顔もせず(タオルを濡らして拭くだけ)メイクもしていないのにアプリで写すとまるでプロにメイクしてもらったよう(笑)7月27日に、明日右目の手術ですと書いた後、ずっとブログをお休みしていました。術後の経過が思わしくないのではと、ご心配をお掛けしてしまいました。術後は順調に回復しています。私自身が、光に対して敏感なのだと思います。手術前から蛍光灯は全光にすると眩しすぎて、トーンを落としていました。手術後は目がクリアになった分、光を強く感じすぎるのか、吐き気がして気分が悪くなったりします。考えてみると、40代後半ごろも、窓の光を見ると吐き気がしたりすることがありました。術後は0.6だった視力が.1.2まで回復しています。ブログをアップしていないにも関わらず、多くの方がブログを閲覧してくださっていたことを知り申し訳なく思いました。そして感謝いたします。これからは、無理をしないようにしながらブログをアップしていきたいと思います。これからも応援よろしくお願い致します。

  • 24Jul
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      術後の生活

      ロサ・キネンシス(バラ科)左目の白内障の手術をしてから、今日で一週間になりました。手術前の説明では、翌日から働けますということでしたが、個人差はあると思いますが、私の場合は、少し痛みがあったり、違和感があったり、ちょっと次の日から働くのは厳しいかなぁと思っています。薬は、手術当日は1時間おき、2日目は2時間おき、3・4日目は3時間おき、5日目以降は1日4回になります。4日間は結構気を使います。4日間は、目に水が入って雑菌に感染してはいけないので洗顔・洗髪はできません。でも、毎日のやっていることなので、つい洗ってしまいそうになります。それを防ぐために、私はまず保護メガネをかけて、シャワーキャップをかぶります。(首から下はシャワーしても良い)そうしないと、毎日、さぁー髪から洗うぞという体制に入っている自分がいます。いかに、毎日無意識に、朝の準備をしていたかということに気づかされます。4日後からは、洗顔・洗髪、オッケーだが、目に水が入らないようにということであったので、不器用な私には、ちょっと難関。なので、洗髪は美容室で行うことにしました。洗顔は、タオルで丁寧に拭く、目の周りはカット綿で拭いて清潔にします。日中はずっと、保護メガネをかけています。ほこりが入らないようにということもありますが、目がかゆくなって掻いてしまうのを防ぐし、髪の毛が入るのを防ぎます。目薬は、右目の手術前なので、左目と右目で入れるのが違うので間違わないように気を付けないといけない。(どりらも、3~4種類時間によって違う)両目の手術が終わったら、薬も同じになると思うので気を遣う必要はなくなることが嬉しい。明日は、右目の手術なので、左目と右目の見え方を比べてみると、左目は白くはっきり見えるが、右目は黄色味を帯びてぼんやり見えていることが分かりました。そして、右目は疲れを感じます。明日は右目の手術。一度体験しているので今回は気が楽です。

  • 22Jul
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      白内障の手術Ⅱ

      夏の朝空以前アップした出勤途中の朝焼けの空と同じ時間、同じ空なのにこんなにも違う。冬空と夏空。(よく見ると中央にヒキガエルのような雲がある、右側には羊の顔のような雲、面白いなぁ雲の表情)白内障の手術無事に終わってきました。朝、6時に病院につき、検査と説明がなされた、「付き添いの方いらっしゃいますか?」と聞かれた。手術室に入って手を握ってもらうという。なぜかというと、手を握ってもらうことでリラックスするというのである。手術は、15分はかからなかったと思う。麻酔を打つのでいたいですよーと言われた。人間痛いと言われると構えるからなのか、そんなに痛さは感じなかった。医師は、手術の間工程を逐一説明してくださった。おかげさまで安心していられた。男性の看護師さんが、傍で○○何センチと○○何ミリと何度も言っていた。時折肩と首の力を抜いてくださいと声をかける。言われると意外と肩と首に力が入っているのに気付く。緊張していないつもりでも緊張しているんだなぁと思った。あと三分の一で終わります。と言われたとき看護師さんが手を握ってきた。やっばりリラックスする感じがした。ちょっと迷惑かけたかなぁ!次回は連れ合いに入ってもらおう(笑)手術前の目の映像は魚の目が腐ったような色をしていたが、手術後はクリアになっていた。これが同じ目と思った。医師から、1か月はお酒を飲めません。3か月は忘れずに目薬を入れてくださいと説明があった。「えぇ!3か月も~」と思っていたら見透かされたように、大変だと思うけれど、長い人生からするとたったの3か月ですとのこと。確かにそうだ。確かに、よく見えるようになっている。今、眼鏡なしでブログを書いている。日帰りでも良いらしいが、私は1日入院することにした。その間、何度かの検査、1時間おきに3つの目薬を5分間隔で入れる。途中、飛蚊症のような症状が出てきた、すぐに検査をしてもらい、医師の診察が受けられ説明をしてもらった。問題はないと言ことであった。退院の朝も検査と診察があった。日帰りでも良いかもしれないが、何か気になることがあったときすぐに対処してもらえるので、私は入院をお勧めする。他の病院で手術した人は、新聞もテレビも見れないので退屈だったと言っていたが、新聞もテレビもオッケだった。個室なので、私は声に出して語り替えワークをしたりして、退屈することはなかった。次回は右目なので、両目手術したあと見え方がどう変わるか楽しみである。

  • 21Jul
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      白内障の手術

      シクンシ(病院の庭に咲いていました)花言葉:無邪気いよいよ、今日は、左目の白内障の手術です。生まれて初めての手術、ちょっと緊張しています。でも、白内障の手術をすると、よく見えるようになるという話もあるので、少し期待感もあります。これから行ってきます。

  • 20Jul
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      自分が好き!

      クロトン理想の自分の中に才色兼備でありたいというのもありました。容姿端麗でもなく、なんの才能もなく自信のない自分が嫌いというものです。では、そんな自分が、自分が好きと思えるようになったのはなぜか?理想の自分でないと言って、自分を責めているのは誰かということです。自分はダメだと言っているのは誰かということです。それは、黒パターンです。本当の自分=「私」ではありません。本当の自分=「私」は、普遍的な資質を持っていて、すべてを受け入れ許す力があります。魂の道場のカウンセリングを学ぶことで、まずは、それを知ったということです。それを知るまでは、黒パターンに翻弄され、感情的になったり、自分はダメだと責め苦しんでいる自分が本当の自分だと思っていたんです。では、本当の自分の存在を知ったら自分のことが好きになるかと言ったらそうではなりません。日々出てくる感情(悲しい、腹が立つ、不安、情けない等)を通して、自分の中にある黒パターン(聖人君子でなければならない、才色兼備でありたい、○○が嫌い、あんなこと言われたくなかった、自分はダメだ、人は信じられないetc)を見つけます。それに「私」が語りかけワークをします。中立ワークもします(これは物事をあらゆる方向から見るワークです)そして、白黒ワークをします。これは●自分をダメだと言っている黒パターンを、○自分はダメではない、などの白パターンに選び変えるワークです。白黒ワークで選び変えるということは、自分の人生も選び変えられるということです。自分で自分を変えていかれるということです。これらのワークは、自分を落ち着かせるためにあるのではなく、本当の自分=「私」を育てていくためのワークです。本当の自分=「私」が育つと、すべてのパターンを包み込み守っていかれるようになります。「私」は、パターンたちに「あなたはそのままでいいよ、ずっとそこにいていいよ」と語ります。そうやって、受け入れられたパターンたちは安心して落ち着いていきます。だから、理想の自分でなくていい(聖人君子でなくていい、才色兼備でなくていい、健康であれば少しくらいお腹がでていてもいい)ありのままの自分でいいと自分を受け入れられるようになっていきます。そもそも、理想の自分って何なのでしょう?他人と比べ、他人の目を気にし、他から認められるために自分で作り上げた幻想にすぎません。私と小鳥と鈴と、 みんな違ってみんないい。(子どもの小3の国語の教科書から)そうなんです。みんな違っていて、いいんです。一人ひとり役割があって、みんなできることは違うんです。他と比べる必要はないんです。ありのままの自分でいいと思えることです。ありのままの自分を認め受け入られることです。人と比べなくても、成長しようと頑張っている自分がいるじゃないですか。それでいいんです。それが腑に落ちて分かったということです。そうやって、自分のことが好きになっていかれたんだと思います。今では、感情が大きく波立つことは少なくなりました。でも、これから大きく波立つことがあると思います。。それでもいいんです。それをケアできる自分がいます。それと一緒にいられる自分がいます。(なんか強くなったなぁ自分)これからの人生、なんの根拠もないけれど、なんかやっていかれると思っている自分がいます。そんな自分が好きです。これから、長い道のり、自分の足でしっかりと立って、自分のペースで走っていきたいと思います。

  • 19Jul
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      なぜ、自分のことが嫌いだったのか!

      クロトン花言葉:絶え間ない変化私は、クロトンが好きです。葉っぱの形や色の違う種類がたくさんあります。その美しさに魅了されます。美しい花を咲かせるわけでもないが(花はとても小さかった気がします)、存在感があり、力強さを感じます。私が子ども頃は、ほとんどの家の庭にクロトンがありましたが、最近はあまり見かけなくなりました。花言葉もいいなぁ!これからの自分を示唆しているような、とこじつけています(笑)先日のブログで、「今は、自分のことが好き」と言いました。では、以前はなぜ、自分のことが嫌いだったのかと考えてみました。人間は感情の動物だと言いますが、私はそれを地で行く人間でした。他の人から、自分の意に沿わないことを言われたり、されたりすると、まずは我慢します。我慢して、我慢して、我慢してどうしても我慢できなくなると言い返します。だから、言い方がきつくなります。言えないから、態度に出たり、顔に出たりします。自分のことではなくても、弱い人が理不尽な扱いを受けていると思うと、腹が立ったり、反論したりします。これは自分のことではないので、我慢することなく言えていました。(よく、正義感が強いからねと言われていたが、(自分でもそう思っていた)カウンセリングを学ぶことで、自分の正しさを押し付けていただけだったと知りました)人間関係をうまく築けない自分、誰にでも同じように接することのできない自分、人の顔色を見ている自分、感情的な自分、何もできない自分。etcそんな自分が嫌いと思っていました。では、なぜそんな自分が嫌いだったかというと。それは、理想の自分ではないからです。では、理想の自分とはどんな自分だったのでしょうか。(以前の語りかけノートを見てみると)自分は”聖人君子”でなければならない、と思っていました。中・高生の頃、学校の教師から教わった、キリストの「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」(汝の敵を愛せよ・敵をも許しなさいと受け取っていた)という言葉にすごく感動し、自分もそうありたいと思ったのに、ちっともそうなれていない自分。誰にでも同じように接し、誰でも同じように愛し、誰にでも平等であるべきだと思っていた、全然それができていない自分。聖人君子とは程遠い自分。そんな自分が嫌いだったんです。自分を責め苦しんでいる自分がいました。(最近、この語りかけワークを見て、笑ってしまいました。「えぇ!そんなこと考えていたんだ~、私、」すっかり忘れたいました。)そんな自分がどうやって、自分を好きになっていかれたのか?続きは明日!

  • 17Jul
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      先生のブログ長距離走を読んで

      百日紅花言葉:幸運・雄弁・執着愛・女性らしさ先生のブログを読んで、魂の道場のカウンセリングを学ぶ前の自分、学び始めたころの自分を思い出しました。カウンセリングを学ぶ前の自分は、自分のことが嫌いで、人間嫌いで、自分はダメだと思っていました。そんな自分を変えたくて、自己啓発本を読み漁っていました。読んでしばらくは高揚感があり自分が変化したような気になりますが、それは長くは続きませんでした。そして、魂の道場のカウンセリングと出会い、学び始めた頃の自分は、中々成長できない自分に焦り、もっと早く変化し成長できるもはないかと思っていました。でもある日、先生の著書『卵の上の私Ⅱ』をもう一度読み返した時、「これしかない」と確信しました。それからは、もう、ぶれることはありません。素晴らしい本はたくさんあります。(先生の本が素晴らしくないと言っているわけではないですよ)(笑)でも、本当に自分に変化を起こすことのできる方法を、具体的に指示したのは、これ以外にないと私は思っています。先生が人の成長・長距離走と言われたいるように、自分で成長したな、変化してきたなと感じられるようになったのは10年目でした。でも、着実に、確実に変化しています。自分が嫌いと思っていた自分、人間が嫌いと思っていた自分。今は、自分のことが好きです。人間が好きです。でも、たまに、○○が嫌いと思うパターンも出てきたりします。できない自分に目が向くパターンも出てきたりします。それ全部をひっくるめて自分です。それをケアできる自分がいます。今は、それでいいと思っています。先生の言葉に「はじめは意識して走っていたが、知らないうちに惰性で走ってしまっていることがある」とありました。もしかして、今、惰性で走っていたのではないかと反省させられました。そこで、新たに選択しなおし、自分のペースで、たとえ蟻の歩みであろうと、自分らしく走っていきたいと思います。

  • 16Jul
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      パパイヤの雌木・雄木

      パパイヤの実(雌木)パパイヤの花と実(雄木)パパイヤに雌木と雄木があるって知っていましたか?私は、2年前に知りました。パパイヤの木を植えて、そろそろ実のつく大きさになったと、楽しみにしていたら、花の付き方が”変”「何これ、パパイヤ !? だよねー」葉っぱは確かにパパイヤ。でも花が、、、、。線香花火のように垂れ下がって咲いている。今まで見てきたパパイヤは、葉柄の根元に花をつけ実がなります。雄木のように小さな花ではなく少し大きめです。2年前の我家のパパイヤも、写真のようなパパイヤでした。(写真は近の駐車場にあるのを見つけました。実際に雄木を見るのは2度目です)通常、雄木のパパイヤは実はつけないが、県農業研究センターによると「日照りなど環境の影響で、まれに、雄の花が雌に変化して実がつく」とのこと。まれにということであるが、私が見た雄木は、2つとも実をつけていました。温暖化の影響なのだろうかとも思う。沖縄では(というより私は)、パパイヤは青いものは、ニンジンシリシリーをするスライサーで、スライスしてシーチキンと一緒に炒めて食べます。ニンジンも一緒にしても美味しいです。(ねぎを加えてもOK)(ニンジンシリシリーをするスライサーは、一般のスライサーとはちょっと違います。一般のスライサーでは、シリシリーの美味しさは出せないと私は感じています)熟したものはそのまま食べます。冷凍庫で凍らせてシャーベットにしても美味しいです。産後は、お乳がよく出るようにということで、産婦に食べさせていました。(沖縄で昔から言われていることで根拠は分かりません)

  • 15Jul
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      毎日、毎日、暑い!

      ルリマツリ豆知識伝説によると、古代に、恋に落ちた兵士と王女がいたそうです。ところが、兵士は戦地に向かわなければならなくなりました。残酷な戦争により、兵士は二度と帰らぬ人になりました。愛する人を失った王女は、自ら命を絶つことを選び、彼女が亡くなった場所にはルリマツリが咲いたそうです。(悲しく、せつない話ですね)花言葉:憂鬱毎日、毎日、暑い日が続きます。朝、玄関で、顔を合わせると「おはようございます。暑いですね」というのが挨拶になっています。「毎日、これしか出てきませんね」とお互いに笑って言います。登園した、子どもに「○○さんも暑いですかぁ?」と聞くと笑顔で「暑い」と答えます(笑)元気いっぱい走ってくる子もいます。一人ひとり名前を呼んで、「○○さん、おはようございます」と挨拶をします。嬉しそうに挨拶を返す子、照れて保護者の後ろに隠れる子、恥ずかしそうに小さな声で挨拶する子。まだ、名前と顔が一致していない子もいます。その子たちには、名前を呼ばずに挨拶だけします。すると、その子たちは、じっと私の顔を見つめます。今年は、コロナの影響でマスクをしてくるし、検温表のチェックもあるので、中々名前を覚えられないでいます。(でもこれはいいわけです)子どもたちには、そんな大人の事情は関係ないです。早く、全員の名前が覚えられるようにしようと思います。毎日、暑いけれど、毎日、子どもたちのいろんな表情を見られるのは嬉しいです。楽しいです。感謝です。

  • 14Jul
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      水遊び!

      キバナサンダンカ車を走らせていると、塀に生えているキバナサンダンカを見つけた。こんなところでよく成長したものだ。自生したのか、植え付けてあるのかどちらにしてもたくましい。どんなところでも、強くたくましく成長する花。自分の生き方も考えさせられた。例年の水遊びは、簡易プール・シャボン玉・水鉄砲・色水遊びなどいろんなコーナーを設置して行っていたが、今年は、コロナの影響で、簡易プールの設置はなく、水鉄砲などで遊んだ。それでも、子どもたちは、大好きな水遊びを思う存分楽しんでいた。最初は、顔に水がかかるのを嫌がっていた子どもも、「雨だよー」と言ってホースで”雨”を降らせると、自分からそこに来て”雨”に濡れキャキャとはしゃいでいました。子どもたちの苦手意識もちょっとした工夫、声掛けで気持ちを切り替えることができるんだと思いました。研修を受け、自分の気持ちが変わり、見る目が変わることで、子どもたちの姿は変わっていなくても落ち着いてみていられる自分がいる。何をしでかすか、わからない3歳児・予測できない行動が多いけれど、子どもの行動には意味がり、わがままな行動に見えても、まずはそれを認めつつ、次の行動に移していけるように声掛けをしていかないといけないと思った。