遠い思い出 その11 屋根の上の秘密基地


菜種梅雨の様な天気が続いていましたが、昨日やっと青空が戻ってきました。
海辺を散歩していると青空がまぶしいです。

海岸に出ると遮るものが無く、空一面を見渡す事ができ寒風も心地良いです。

少し傾いた太陽を見上げると薄雲が広がり周囲に彩雲がたなびいていました。
科学的な知識がなかった昔の人々は、七色に色付く雲を見て人知を超えた力を感じ、さぞ感動した事でしょう。


風に流れる雲は、太陽の傾きと共に刻々と形と色を変え一瞬も立ち止まらず時間の流れを刻んでいきます。

最近意識して見上げる事が無かった空。
久しぶりにじっくり見上げて少し感動しました。
色んな空想をかき立てるね。
そう言えば子供の頃は良く空を眺めていたな。
飛行機雲に心惹かれて屋根に上り、眺めた広い青空を思い出しました。



子供の頃に過ごした家は、木造の古い平屋が建ち並ぶ昭和の街並みで、遊び場だった家と家に囲まれた狭い路地から見上げる空はいつも細長く、それでも青く澄んだ空でした。

そんな細長い空でも空高く流れ行く雲や飛ぶ鳥が見え、姿は見えませんでしたが飛行機の音が聞こえる事も有りました。
頻繁にジェット機が行き交う今と違い飛行機はめったに見る事が出来ませんでした。
飛行機の音がすると、居ても立っても居られず子供心にざわついて家から飛び出して空を見上げたものです。
時には上空に飛んできたプロペラ機が、ビラや小さな落下傘をつけたキャラメルを撒いてくれた事もありました。
細長い路地の空では音は聞こえるも姿を見る事がなかなかできず歯がゆい思いをしていました。

何度か飛行機を見逃して何とか見たいと思い、子供心に思案しある日に屋根に登り待ち構える事を思いつきました。
どこから登れるか家の周りをぐるり見て歩き、隣の家との境の塀に登り庭木に足をかけ登る事にしました。
庭木が細くグラグラ揺れましたが屋根の上になんとか登る事が出来ました。
今と違いすばしっこく身軽だったのでしょう。
ミシミシと瓦が音をたてるので少し怖くなりましたが一番高い所まで登ってみました。
すると視界がパアッと広がり、高い建物が少なかったお陰で遠くまで見渡せました。
南には東小学校の校舎の屋上が見え、鶴形山に生えている木々も一本一本はっきり見る事ができました。
遠くにアドバルーンも見えました。
周囲に高い建物が無く一面に空が広がって見えました。
遠くに沸き立つ雲が見え、真上には形を変えながら様々な形の雲が通り過ぎて行きます。 
こころなしか雲が近くなった様に感じました。
遮るものが無いからか、遠くの音も良く聞こえてきました。
どこかの工事現場からでしょうか、鉄骨がカラーんカラーんとなる音が空から聞こえてきました。
駅前の商店街からでしょうか。
汽笛と共に風に乗って音楽が聞こえてきます。
どこか外国を思わせるような爽やかな曲が、まるで空から聞こえてくる様でした。
どこかの家からかまな板の音が聞こえて来ます。
母ちゃんのまな板かな。

屋根の瓦に体育座りで腰掛けて空を見上げました。
瓦が太陽の熱を受け暖かく心地良かったです。

やがて太陽は西に傾きスッと薄雲が広がって行きました。
太陽は眩しさを失い、空は少しずつ茜色に変化して行きました。
遠く家越しに見る太陽は大きく見えました。
結局、屋根の上にいる間には飛行機は来ず見る事が出来ませんでした。

暗くならない内に降りようかと屋根の端に立つと母ちゃんが路地に出て学校の方を見ていました。
上からみる母ちゃんは更に小さく見えました。
家に帰ると母ちゃんが「もう、どこに行っとったん」
と言い晩御飯を用意してくれていました。

次の休みの日にも屋根に登ってみる事にしました。
しかしその日で最後になってしまいました。
前回同様に隣の家との境の塀に登り庭木に足をかけ登りました。
相変わらず瓦がミシミシと音を立てました。
その音を聞きつけたのでしょう。
隣の家の窓が急にガラッと開き隣のオバサンと目が合いました。
オバサンはびっくりした様に「◯◯ちゃん。危ない!」と言いました。
すぐさま母ちゃんに言いつけられて、母ちゃんとオバサンが心配そうに見守るなか渋々降りて行きました。
相変わらず庭木が大きく揺れました。

それから暫くして庭木の上の方が剪定されてしまい屋根に登る事が出来なくなりました。
夢で遊んだ事もあり、残念でしかたがありませんでした。

今から思うと子供の私は誰にも見つからない秘密基地を作りたかったのかな。
青空と風に乗って聞こえる様々な音、誰も知らない自分だけの場所。 

そんなはるか昔の思い出に浸りながら海辺の空を見上げると、ジェット機が真っ直ぐな飛行機雲を引きながら轟音を立て南へ南へゆっくりと横切って行きました。



遠い昔の思い出でした。
以上です。