遠い思い出 その10 河原に消えたワンちゃん


ニュースで流れていました。
群馬県で四国犬が人12人に噛みついたらしいです。
一番可哀想なのはトイプードルが噛み殺された事。
17年も生きていたトイプードルでした。
年を取り俊敏に逃げる事ができなかったのでしょう。
長い間家族として生き、沢山の思い出も有り、飼い主の悲しみは如何ばかりかと思います。

私は犬を飼った事はありませんが、嫌いではありません。飼い主に一生懸命に喜怒哀楽を伝え尽くしてくれる姿が好きです。太古の昔から人々と良き友だったのでしょう。(時々家の前に、おしっこや糞をされるのには閉口しますが・・・・)


遠い昔に出合った一匹の犬の事を思い出しました。




私が中学生の頃のお話しです。
中学校入学前に自転車を買ってもらい、行動範囲が増え、遠くまで行けるのが嬉しくて、遠い街や海や河原に良く遊びに行っていました。
中でも高橋川の河原はお気に入りの場所でした。
休日になると友人と頻繁に行っていました。
緑濃いススキが一面に生えている中に、オフロードバイクが通ったのか迷路の様な道が有り、ジャンプ台の様な段差も有り、自転車を走らせるのが楽しくてたまりませんでした。
堤防の傾斜を利用しスピードを上げ走り下り、大ジャンプが出来る場所もありました。
友人は大ジャンプしすぎて前タイヤよりひっくり返り、砂地であった為にゲガは擦り傷程度でしたが、自転車の前タイヤはスポークと車輪がオニギリの様な形に変形し、自転車は放置し二人乗りで帰る羽目になった事も有りました。
それでも大好きな場所でした。
自転車で走るのが楽しくて一人でも頻繁に走りに行っていました。

そんな河原で一匹の犬に出合いました。

一人河原に遊びに行った時の事でした。
草むらの道をひとしきり走った後に自転車を止め休んでいる時でした。
ススキの草むらからポコっと顔を出してこちらをじっと見ている犬がいました。
私は咄嗟に石を投げ追い払おうとしました。
何個も何個も石を投げつけるとススキの草むらに顔を引っ込め逃げていきました。
しばらくすると別の場所から顔を出してきました。
今度は草むらから出て来て私に近付いて来ました。
私は危険を感じ、枯れ枝を拾い振り上げて追い払おうとしました。
枝を振り上げると犬は頭を下げ上目遣いで目をシバシバさせ、叩いてもいないのに痛そうな悲しい表情をしました。
犬の方から噛みついて来ないことが判り、私は振り上げた枝を下げて犬をみました。
一見柴犬の様に見えましたが、耳が少し大きく顔も黒っぽい犬でした。雑種でしょう。
まだ若い犬に見えました。
首輪は付けていませんでした。
毛は濡れたようにボソボソで、お腹やおしりは土で汚れ、顔や体にひっつきもっつき(大オナモミ)や草の種をいっぱい付けていました。
私が何もしないと判ると、首をふりふり、前足を足踏みする様にして近付いて来ました。
私の前まで近付いて来てお腹を見せてゴロンと寝転びました。
随分人馴れした犬だなと思いました。
飼われていた犬が何らかの理由で河原に捨てられたのかも知れません。
空腹でエサが欲しかったのかも知れません。
私は水筒の飲み物以外何も持っていませんでした。
私は犬から離れてススキの間の道を自転車で一周し、もう一度犬が出て来た場所に帰ると既に犬はいませんでした。
その日は何事も無くそのまま帰りました。

次の休みを待ち再び河原に行ってみました。
ひょっとしてあの犬がいるかも知れないと思い、エサのつもりで家に有ったおかきを少し持って出かけました。 
河原に着くといつもの草むらの道を走り抜け、犬が出て来た場所に行ってみました。
その日、犬はその場所にはいませんでした。
せっかくエサを持って来たのにと思い、口笛を吹いたり手を叩いてみましたが、犬は出て来ませんでした。
諦めてその場を離れて水辺に行き、石投げをしたり変わった石がないか石集めをしたりしました。
お気に入りの石を2つ3つ拾い、ふと振り向くとあの犬が現れ草むらの縁からこちらを見ていました。
私は家から持って来たおかきを手に取り見せながら近付いて行くと、犬はエサがもらえると期待したのか、前足で足踏みするような仕草をし、しっぽを激しく振りながら、私の手のおかきをじっと見てきました。
私はおかきをポンと投げてやるとカリカリ音をたてながらあっと言う間に食べてしまいました。
まだもらえると思ったのか自分の鼻の周りをペロペロ舐めながら私の目をじっと見つめて来ました。
又持って来てやるからなと声をかけその日は帰りました。
次の休みに河原に行くと堤防から降りるとすぐに犬が草むらから出てきました。
私の自転車の音か私の匂いかエサの匂いでわかったのでしょう。
嬉しそうに跳ねる様に近付いて来て私の足に前足をかけてしっぽを激しく振りながら舌をペロペロとして来ました。
私のズボンは泥だらけになってしまいました。
今回は奮発して赤いウインナーを数本持っていってやりました。
ウインナーを投げてやるとクチャクチャとあっと言う間に食べてしまいました。
美味しかったのでしょう。
もう少しくれとばかりに自らの鼻の周りをペロペロ舐めながら私の目をじっと見つめて来ました。
相変わらず顔や身体には草の実をいっぱい付けていました。

毎週ではありませんが、それから何度もエサを与えに行きました。
何だか犬にエサをやり、河原で一緒に走るのが楽しくなりました。
犬も私を主人と思ったのか私が行く所について来るようになりました。
いつもの様に草むらの道を自転車で走る時も、私を追いかける様について来ました。
私が水辺近くで石を探している時も追いかけて来て、止めた自転車の傍らで丸くなり寝そべっている事もありました。
私が帰る時は堤防に上る道の下までついて来ましたが怖いのか堤防の上には来ませんでした。
私が自転車を押して堤防の上に上がって行くときには、何とも寂しそうな声で訴えるようにクーンクーンと鳴く様になりました。
堤防の上から振り返るとまだこちらを見ていました。

出合いが有れば必ず別れの時が訪れます。
季節が進み秋となりました。
台風により激しく雨が降る事がありました。
河原はどうなっているのか心配になりました。
雨が止むのを待ち、翌日様子を見に行ってみました。
堤防に上がると激しい水音が聞こえてきました。
川の方からだけでなく頭上から押さえつけられる様な、にぶい低音の轟音でした。
川幅いっぱいに水が広がり激しい水流となっていました。ススキの草原は水深く飲み込まれていました。 

あの犬は逃げられたのかな。
心配になりました。
野生の直感を働かせ、水かさが徐々に増えるのを見てきっと逃げたのだろうな。
そう思うようにしました。

水が引き穏やかな流れとなるのを待って、犬が好きだったウインナーを持ち河原に下りてみました。
河原は荒れ果てていました。
ススキは一方向に倒れて茶色く土にまみれ、自転車で走った河原の道は無くなり、ジャンプ台は流され崩れ、上流から流れて来た石ころが一面に巻き散らかされていました。
何ともヘドロ臭いにおいがしていました。
何も無くなっていました。

私は手を叩き、口笛を吹いて犬を呼んでみましたが、いくら待っても現れませんでした。
それから何度も河原に行きましたが、もう二度とその犬を見る事は有りませんでした。

その犬の姿を覚えているのは私だけでしょう。
私の記憶の中だけで生きているのでしょう。
私に甘え、私の足に前足でつかまり嬉しそうに一生懸命しっぽを振っていた姿は今でも覚えています。
堤防に上がるのを怖がっていたな。
堤防に上がり、無事に水害から逃げられたのかな。
後に優しい飼い主に拾われ、しあわせな一生を過ごしたのかな。

河原に消えたワンちゃん。
さようなら。


2018年の西日本豪雨の時の様子です。
川幅いっぱいに水があふれ、激しい轟音を立て濁流が流れて行きます。
はるか昔、河原のワンちゃんがいなくなった時の濁流も水位は変れどほぼ同じでした。

川に生えていた木々も草も全て飲み込まれています。
河原のグラウンドも全て流されてしまいました。

上流から色々な物が流れて来ました。

(番外編)
玉島ハーバーアイランドで出逢ったワンちゃん。
仲間がいなくなり寂しいのか、ずっと遠吠えをしていました。

以上です。