遠い思い出 その9 窓辺のい〜だ



定期通院の為に大学病院に行ってきました。

若い時には病院は無縁だったのに、ここ最近急にガタがきたな。

正に四苦八苦。しょうがないな。  


広大な駐車場に車を止め、巨大なビルを見上げ受付までの長い通路を歩き、自動受付機に診察カードを入れ診察番号伝票を受取り、採血し、診察室前の椅子に座り自分の診察番号がモニターに表示されるのを待ちました。


椅子に座りぼーっと周りを眺めていました。

私の目の前をたくさんの人々が通り過ぎて行きます。

走り回る子供と若いお母さん。

若い男性、女性。

お爺さんが乗った車椅子を押すお婆さん。

腰を曲げ壁の手すりを掴みゆっくり歩くお爺さん。

老若男女様々な人々が通り過ぎて行きました。

思う様にならぬ体を嘆き歩く姿は明日の私かな。

また子供が走って来ました。

若いお母さんが追いかけて来ました。


子供はいいなぁ。

自分も病院でよく遊んだな。

戻れるなら戻りたい。

戻れるのは夢の中と思い出だけ。

はるか昔の話し。

昔病院で遊んだ事を思い出してみました。


子供の頃には倉敷美観地区北側の鶴形山近くに住んでいました。

鶴形山や美観地区が遊び場でしたが、基幹病院の倉敷中央病院でも良く遊んでいました。

今は巨大な高層ビルとなった倉敷中央病院でしたが、私が子供の頃は、広大な敷地の中に鬱蒼とした林が広がり、林の中には鉄筋コンクリートの建物と古い木造2階建ての長い病棟がありました。

見た目、歩くとギシギシ鳴る様な古い病棟です。

長い病棟と平行して桜並木が有り、桜の季節には淡いピンク色の花が病気に苦しむ患者を慰めてくれていた事でしょう。


当時小学校低学年だった私は頻繁に病院に遊びに行っていました。

春から秋には虫取りをし、冬場には実験動物の飼育室にも遊びに行って、ウサギやネズミを見て飼育員のおじさんと仲良くなっていました。


初夏に蝉が鳴きだした頃でしょうか。

木造病棟の下の桜並木に蝉を採りに行った時の話しです。

緑濃い桜並木にはたくさんのニイニイ蝉が鳴いていました。甲高くチーーーーと鳴いているニイニイ蝉は小さく木の色に似た保護色で鳴き声は聞こえるもなかなか見つける事が出来ませんでした。

桜の木を一本ずつ見て歩いている時にふと視線を感じて病室を見上げると、2階の窓から一人の女の子がこちらをじーっと見ていました。

花の飾りが付いたニット帽のような物を被り痩せこけた女の子でした。

子供心に痩せこけた顔が変で、お婆さんの様で、じーっと見られるのも嫌で、私は思いっ切り口を広げて「い〜だ」をしました。

すると私の「い〜だ」を見た女の子も「い〜だ」をし返し、すぐに奥に消えて見えなくなりました。


私は、次の週の同じ時間にも再び桜並木に行ってみました。

その時も女の子が外を見ていましたが、私に気付くと女の子の方から先に「い〜だ」をしてきました。

間髪入れず私も「い〜だ」で返しましたが女の子はすぐに奥に隠れてしまいました。

先に「い〜だ」をされ私は悔しくなりました。


その次の週もいつもの時間に桜並木を訪れました。

遠くから病室の窓ガラスが開いているのを見て、かなり離れた所から「い〜だ」の顔を作り、病室の方を見ながら進んで行きました。

しかしながら、窓は開いていましたが、女の子は顔を出す事はありませんでした。

私は何だか残念な様な、寂しい様な、複雑な気分になりました。

諦めて窓の下を通り過ぎて行きました。

どうしたのかな。

気になって振り返って見ると、いつもの女の子がこちらをじーっと見ているではありませんか。

私は少しうれしくなりました。

私は思いっ切り「い〜だ」をしました。

女の子は「い〜だ」の顔はしませんでした。

ニット帽を被った顔がこちらを静かに見ていました。


結局、その姿が最後になりました。


次の週に再び病室の下に行ってみましたが、窓ガラスは開いていませんでした。

その次の週にも行って見ました。

窓ガラスが半分開いているのを遠くから見つけ、私は何だか嬉しくなり「い〜だ」の顔を作る準備をして急いで近付いていきました。

近付いてガッカリしました。

見知らぬおばさんがガラス窓を拭いている所でした。

おばさんがガラスを拭くたびに歪んだ板ガラスの窓がガタガタ音を立てていたのを覚えています。


女の子は無事に退院したのかな。

花の飾りが付いたニット帽は女の子の若い母ちゃんが女の子を励ます為に手作りしたのかな。 

木造の病棟と桜並木前にいまだに子供のままの私が佇んている様です。


はるか昔に想いを馳せながら診察の順番を待っています。そろそろ私の番号が呼ばれそうです。


以上、