MAG2 NEWS:台湾の現状を直視せよ。自民党総裁選で全候補者が掲げた「アメリカ頼りの嫌中外交」と「防衛予算の大増額」が日本を滅ぼす明白な理由 2025.10.07より転載します。
 
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https://www.mag2.com/p/news/657731
 
ts20251006
 

自民党の総裁選挙で、まともな議論がなされなかったと言っても過言ではない外交や安全保障をめぐる政策。こと中国に関しては、候補者たちは習近平政権を危険視するばかりで、いかに向き合っていくかという建設的な主張は皆無に等しいものでした。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』ではジャーナリストの富坂聰さんが、総裁選を通じて浮き彫りとなった日本外交の「無策」を厳しく糾弾。さらにトランプ外交に振り回される台湾の現状を反面教師として、日本が今こそ築くべき現実的な対中戦略のあり方を提言しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:外交無策を露呈させた総裁選 日本はトランプ外交に翻弄される台湾を反面教師にせよ

トランプに翻弄される台湾を反面教師に。「外交無策」を露呈させた自民総裁選

自由民主党第29代総裁には、誰が選ばれるのか。そんな話題が日本列島を席巻した1週間が過ぎた。

選挙はほぼ下馬評通り、高市早苗と小泉進次郎の決選投票となり、最終的に185票を獲得した高市が新総裁に選出された。

選挙結果に関する分析は政治の専門家に委ねるとしよう。本稿では選挙戦の中で繰り広げられた政策論争を振り返り、候補者たちが発した対外政策、就中対中政策について扱ってみたい。

いや、扱いたいとは言ったものの、残念なことに選挙戦を振り返ってみても特筆すべき政策があったかといえば、首を傾げざるを得ない。

とくに対中国だ。

日本の利益や安全を根本から変えかねない隣の大国との付き合い方をめぐり、まともな政策どころか意見にさえ出会わなかったことは、逆に病巣の深さを浮き彫りにしていて興味深かった。

候補者に共通していたのは、中国への警戒心の強調と中国との距離の遠さのアピールだった。これは換言すれば中国のことは「何も知らないし、見えていない」と公言しているようなものだ。その姿勢がかえってアピールポイントになるのだから日本も幼稚な国だ。

一方でスパイ防止法の必要性に言及し、日本にスパイ組織を作るとの意見も聞かれた。防衛費を対GDP比で2%以上にすることも既定路線のように聞こえた。

いずれも勇ましい話だが、要するにガキ大将の後ろで、気の合わない相手を嫌って遠ざけ、批判だけしていれば済むという相変わらずのスタンスだ。そんな無責任な外交がいつまで通用すると思っているのか。

しかもガキ大将の変質は激しい。

セント・アンドリューズ大学のフィリップス・P・オブライエン教授は『フォーリン・アフェアーズ』10月号で

1945年以降、同盟諸国は米主導の世界に順応し、有事にはアメリカが守ってくれると信じていた。だが、そうした日々は終わったのかもしれない。

とはっきり書いている。

共和党の他の指導者たちも、少なくとも、もはや世界で民主主義を守る義務があるとは考えていないと明らかにしている。

とも記す。

もちろん「だからこそGDP比で2%なんだ」という議論なのだろう。しかし本当にそれで中国に太刀打ちできるのか。

中国ときちんと向き合う外交という「力」を放棄した台湾の現状

それこそ台湾の現状を見ろ、だ。

台湾は、現在の頼清徳よりバラス感覚の優れた蔡英文時代から防衛予算を大幅に引き上げ、アメリカの機嫌を取ってきた。しかし経済対策や社会保障に回す予算を削って防衛装備を爆買いしてもトランプ政権は満足せず、最近では「対GDP5%まで防衛予算を引き上げろ」と台湾を責め立てている。

一方で島内の「疑米論」(いざというときに米軍が動かないのではとの疑い)は、むしろ拡大の一途をたどり、頼清徳の支持率はついに28%(TVBS調査)まで下がったという。

米軍が動くか否か以前の問題として、最近ではアメリカ政府やシンクタンクから、台湾周辺で米中が激突すれば「米軍不利」との意見や報告も盛んに出されている。

エルブリッジ・コルビー国防次官はその筆頭だ。

日本が防衛予算を対GDP比2%にまで引き上げると言うが、それで中国との差は埋まるのだろうか。現在の傾向を変えようとする意味でも焼け石に水だろう。戦争を支える産業力という点ではさらに中国に大きな追い風が吹く。

台湾が陥ったように、防衛予算が重すぎて経済対策が後手に回れば、最終的には国力の低下を招き、悪循環は加速する。

だからこそ中国ときちんと向き合い外交という「力」を有効活用しなければならないのである。

台湾を「見ろ」と書いたのは、頼清徳はその外交という利器を自ら放棄したことで窮地に陥っているからだ。日本は台湾と違いきちんと外交する余地が残されている。

防衛費の増額は一つの方法として、それ自体は否定しない。しかし日本を守るという意味では必要条件に過ぎない。

例えば、突発的な危機が日本を襲うケースへの対処はどうだろうか。

世界を見回せば、ロシアのウクライナ侵攻やハマスがイスラエルに越境攻撃を仕掛けるなど、意外性に満ちた事件が多発している。同じことが東アジアで起きないと断じることができるだろうか。

いま頭の体操として、一つの可能性を提起してみよう。

例えば、中国人民解放軍の艦船が突然尖閣諸島周辺に大挙して侵入し、日本の警告も無視して居座り続けたとしよう。そのとき日本には何ができるのだろう。

頭の体操と書いたが実はそれほど現実離れした設定でもない。

先月末、共同通信は「尖閣諸島へ中国軍引き寄せ提起 74年、キッシンジャー氏」と題した記事を配信した。

記事は1974年1月、「米国のヘンリー・キッシンジャー国務長官が沖縄県・尖閣諸島に中国軍を引き寄せ、活動を活発化させることができるかどうか国務省幹部に尋ねていたこと」を公文書から解き明かした内容だ。キッシンジャーの目的は「日本の対中接近を戒め、同時に日本の自衛意識を高める思惑」だった。つまり日中を衝突させる計略だ。

ニクソン政権下で俎上に上った計略は、その根本のところでトランプ政権下に引き継がれても不思議ではないアメリカにとっての国益だ。

私が提起したのは、そうした計略が実行されるか否かではなく、もし本当に起きてしまったとき、日本としてどんな対処法があるのか、という備えの問題だ。

勇ましく靖国神社に参拝してスパイ防止法をつくり、防衛費をGDP2%にすれば中国は引き下がってくれるのか。

ありえないことだ。

キッシンジャーの時代もいまも日中接近の破壊はアメリカの国益だ。ならばアメリカが火消しに回ってくれる保証はない。

日本は独力で解決するしかないのだ。

日本が失ってしまった「日中間で高まる緊張」を冷ます術

だが、中国に近づく政治家を大衆世論に迎合し「親中派」と排除しパイプも消失させてしまった日本に何ができるだろうか。中国と話をしようにも、どこから手を付けたらよいのか、分からない状態なのではないだろうか。

研究者もジャーナリストも、「危ない」という免罪符を得て、中国には行かなくなったし、取材は専らインターネットという体たらくだ。

そのツケが全部回って来て、大混乱が起きるのではないだろうか。

だが翻ってもしこれが、キッシンジャーが実際に計略を仕掛けようとした74年当時であったら、どうだろう。

日中はおそらく、即座にお互いが腹を割って話し合い、アメリカの思惑通りに事が運ぶことはなかっただろう。

なにせ強いパイプが存在したのだ。

日本のトップは日中国交正常化に道を開いた田中角栄であり、外務大臣は、これも中国が信を置く大平正芳(後の首相)だ。そして官房長官は二階堂進である。

中国には毛沢東も周恩来も健在であり、どこからどんな話し合いもできた。

現在と比べたら、何とも頼もしい政治家たちではないか。

その後の日中関係を考えても、いまよりは何倍もマシだ。80年代から90年代にかけての時代、ときには中国のトップがふらりと日本大使館に訪ねてくるような蜜月関係もあった。日本の駐中国大使が請えば、中国共産党の指導層に直接会うことも難しくなかった。

翻って今の日本はどうか。日中間で高まる緊張に対して、日本側にはその熱を冷ます術はない。まるでブレーキの壊れた車だが、それを放置したまま、勇ましいことばかり言って誤魔化している。それのどこが安全保障なのか。日本の政治家にきちんと問いたいのは、その点だ。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年10月5日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。


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