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今回は金融機関である「農林中央金庫(以下・農林中金)」についてです。5,000億円もの損失を計上し、さらに1.2兆円もの増資を行うと報じられました。この損失額はかつてのリーマンショックの時に出した損失に相当するほど大きなもので、そこに1.2兆円もの増資をするとはただ事ではないように見えます。リーマンショックの再来になるのではないかという論調も見られます。今回は農林中金の損失がどういう経緯で発生し、金融業界にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。(『 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 』栫井駿介)
プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
損失5,000億円……いったいなぜ?
皆さんが農林中央金庫に直接関わる機会はあまり無いのではないかと思います。区分としては「銀行」に該当していますが、一般の人がここに銀行口座を開いたり、ここから直接お金を借りたりすることはほぼありません。
なぜかというと、農林中金はJAのお金を預かって運用している「運用機関」になるからです。“日本最大のヘッジファンド”という呼ばれ方もしています。
貸出等も行っていますが、より債券などの運用に軸足を置いている銀行になります。
農林中金がなぜ損失を計上したのかというと、外国債券に偏った運用を行っていたからということです。
特にアメリカの債券を運用していたという話ですが、決して変なものに手を出していたわけではなく、国債などのいわば“普通の”債券に投資していたことは確かです。
ところが、世の中では今、金利の上昇が起こっています。債券には、金利が上がると価格が下がるという特徴があります。
アメリカではコロナ禍の時に、世の中にお金を流さなければならないということで金利を一旦0付近まで引き下げました。
その後インフレが進んできて、それを抑えるために一気に5%というところまで引き上げました。
金利が上がると、期間が長い債券ほど価格が下がることになります。
金利はこれまで長期に渡って低下を続けていて、金利の上昇によって債券価格が大きく下がるということは、金融機関も経験がなく、このリスクが見逃されてきた実態があります。しかし、今回そのリスクが日のもとにさらされているということです。
※参考:農林中央金庫、外債運用に誤算 1.2兆円の資本増強へ – 日本経済新聞(2024年5月22日配信)
昨年、シリコンバレー銀行(SVB)などの銀行がこの債券価格の下落によって、実質的には破綻したということがありました。今回の農林中金の損失もその流れを汲んでいると言えます。
農林中金の運用資産は、国内債券が14%に対して外債が42%で、全体の半分近くを外国債券で運用しているということになります。国内の金利も上がってはきましたが、長期金利が1%にやっと乗った程度で、それに対してアメリカは0から5%まで大きく上がっていて、アメリカの債券やドル建て・ユーロ建ての債券の価格が大きく下がっているわけです。
ドルやユーロで投資をしていて、円安になったなら債権の価格が下がったとしても為替で得しているのではないかと思うかもしれません。しかし、農林中金をはじめ、日本の銀行が外債で運用する時は基本的に為替はヘッジして、為替変動の影響を受けないようにしてしまいます。それによって、円安の恩恵を受けることができませんでした。
さらに、株式も2%しか持っておらず、他の銀行などは株価が上がった分で債券の損失を補えていたのですが、農林中金は損失だけを被ってしまったという側面があります。
農林中金の運用がハイリスクなものだったということでは決してなく、一般的な考え方としては債券の方がリスクが低いと言われていました。今はその逆転現象が起きているということです。
Next: なぜ損失を「計上」する必要があった?背景に農林中金ならではの事情
損失を「計上」したワケ
金利が低いコロナ禍の時は債券価格が高いということで、ある意味“債券バブル”という状態でした。農林中金はその債券バブルの時に高値で債券を多く買い込んだことで、いま金利が上がって価格が下がり、損失を計上してしまっているところがあります。
ただ、債券には年限があり、最後まで持っていれば、金利は今の市場相場に比べて低かったとしても損が出ることはありません。
よって、償還があるまで持っているとしている債券に関しては基本的に損失を計上する必要はありません。
ところが今回農林中金は、最後まで持っていれば損は出ない債券を途中で売ってしまって、実現損として計上してしまうと言っています。
なぜこのようなことをしなければならないのでしょうか。
そこにも農林中金の特性が関わってきます。
農林中金が運用するお金は、人々がJAバンクに預けているお金であり、日本円ということになります。
それを海外で運用しようとすると、ドルに換えなければならず、為替ヘッジのためドルを借りる形になります。
ドルを借りる際の金利は市場金利に連動するので、金利が高くなっています。
一方で満期保有としている債券の利回りは例えば1%ほどで、借りる金利は5%くらいなので、5%で借りて1%で運用するという逆ザヤの状態となってしまいました。
逆ザヤの状態を続けるよりは、今のうちに処理して、債券の利回りも今は5~6%あるので、改めて債券を買えば逆ザヤ状態を解消できます。
こういう形で、ある意味“大鉈を振るった”というのが今の農林中金の状況かと思います。
普通のメガバンクであれば、海外にも銀行を持っていたりして、その預金から安く資金を調達できるのですが、日本円でしか資金を調達できないという農林中金の構造の特徴が、今回の損失の計上につながったということです。
したがって、これは農林中金独特の問題であって、銀行全体に波及するようなものではないと思われます。
増資の目的は?
気になることは、5,000億円の損失に対して1.2兆円もの資本増強をしなければならないのかという点です。
銀行の資本増強というのはやはり自己資本が足りないからということになります。
銀行には規制自己資本(バーゼルⅢ)があり、それよりも高い自己資本であれば良いということです。
図の青の部分が売買目的の債券の含み損で、オレンジの部分が満期保有の債券の表に出ていない損失です。
これがかなり膨らんでいるということです。
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貼り付け終わり、