https://www.mag2.com/p/news/594355
![onk20240305](https://www.mag2.com/p/news/wp-content/uploads/2024/03/onk20240305-650x401.jpg)
十分な審議を尽くすこともせず、新年度予算案の衆院通過を画策した自民党。これに対して野党は採決を遅らせるため、フィリバスターと呼ばれる長時間演説による抵抗戦術に出ました。フィリバスターについては「議事妨害」との批判も多々聞かれますが、1日に立憲民主党の山井和則衆院議員が行った演説はそれには当たらないとするのは、毎日新聞で政治部副部長などを務めた経験を持つジャーナリストの尾中 香尚里さん。尾中さんは今回、そう判断する理由を解説するとともに、2時間54分という衆院での最長を記録した山井氏の演説内容を紹介しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題「立憲民主党・山井和則、魂の大演説」
プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。
ヤジとも「対話」。関係者すら意外な展開と驚く一級品の演説 前編
自民党の派閥の政治資金パーティー裏金事件をめぐり、迷走を続けている通常国会。自民党が野党の追及をいかに逃れ、裏金事件を「終わったこと」に持ち込もうと右往左往しているさまは目を覆うばかりだが、そんな国会で1日、日本の国会の歴史に残ると言ってもいい名場面が生まれた。立憲民主党の山井和則衆院議員による、小野寺五典・衆院予算委員長(自民党)解任決議案の趣旨弁明である。
2時間54分にわたった趣旨弁明は、同じ立憲民主党の枝野幸男代表(当時)が2018年7月に衆院本会議で行った安倍内閣不信任決議案の趣旨説明(2時間43分)を超え、衆院で最長を記録した。しかし、注目すべきは長さではない。誰にでもわかるやさしい言葉で「国会の役割とその素晴らしさ」を語り、議場のヤジとも「対話」して場の空気を支配していった、その弁論術に感銘を受けたのだ。
久々に「政治における言葉の力」を感じた。時間のみならず、内容の面からも一級の演説だった。
この趣旨弁明が発生するまでの流れを簡単に振り返る。
裏金事件をめぐり、野党はパーティー収入の還流(キックバック)を政治資金収支報告書に記載しなかった安倍派、二階派の衆院議員51人に対し、衆院政治倫理審査会(政倫審)への出席を求めた。51人のうち誰が出席するか、政倫審公開か非公開かなどをめぐり自民党が迷走を極めるなか、岸田文雄首相は突然、呼ばれてもいないのに自らが政倫審に出席すると表明した。
首相の突拍子もない発言の狙いが、2024年度予算案の年度内成立に向け、問題の「幕引き」を図ることにあるのは明らかだった。首相は2月28日、何一つ新しい事実を明らかにすることなく政倫審を終えると、翌29日に衆院予算委員会の小野寺氏が、これも突然、予算案を1日に採決することを委員長の職権で決めてしまった。
「トップが政倫審に出たんだから、裏金なんてもういいだろ?予算案は年度内に成立させてもらうよ」と言わんばかりの自民党に、立憲民主党の安住淳国対委員長も「最低の総理大臣」と口走った。立憲は1日朝、小野寺委員長の解任決議案を衆院に提出。そしてこれが、関係者すら「意外な展開」と驚く歴史的な演説を生むことになったのだ。
何が山井氏のスイッチを入れたのか。突如始めたぼやき漫談
関係者によると、山井氏に求められていたのは「自民党が1日じゅうの採決を諦めるまで、とにかく時間を稼ぐ」ことだったようだ。フィリバスター(長時間演説による抵抗戦術)に挑むことは決まったが、大量の資料を前に、演説の内容も事前には十分に定まっていなかったらしい。山井氏自身も不安を感じていたのか「同僚議員に長時間演説のコツを尋ねていた」との証言もあるほどだ。
しかし、大量の資料を議場に持ち込み、解任決議案の案文をやや頼りなげに読み上げた頃から、山井氏の何かにスイッチが入った。山井氏は原稿も資料も打ち捨て、予算委員会の筆頭理事としての自らの思いを、ぼやきを交えて延々と語り始めたのだ。
フィリバスターを単に「国会審議を妨害するための野党の戦術」と断ずる向きがあるが、少なくとも山井氏の演説について、それはあたらない。演説の中で山井氏は「円満」という言葉を何度も繰り返した。
「私はやはり、国会というのは、被災者支援、防衛、外交も含め、まあ対立するところは仕方ありませんけれど、できる限り円満に進めていく。かつ、ルールに基づいて、80時間なら80時間(質疑を)やる。それが当たり前の民主主義のルールではないでしょうか」
「80時間」について、少し説明が必要だろう。
予算案は例年、採決までに80時間の審議時間を取ることが、与野党の暗黙のルールとなっている。採決までの80時間をどう使うか、どの段階でどんな質問を繰り出すかに、野党は精いっぱい頭を絞る。ところが今回、小野寺氏は80時間まで11時間を残した69時間の段階で、野党の合意を得ずに突然審議を打ち切り、採決することを決めた。
舞台を見に行ったら、クライマックスの直前でいきなり幕が降りたようなものだ。残り11時間、様々な質問を用意していたはずの野党側としては、たまったものではない。山井氏はまず、野党側の怒りのポイントがここにあることを明らかにして、解任決議案提出の正当性を訴えた。
「今回の国会は、やはり能登の震災がありましたから、できるだけ円満にということで(自民党の)加藤(勝信)筆頭理事ともできるだけ協力しながら、円満に、円満に、質疑を積み重ねてまいりました。
しかし、私も謎なんですよね。別にね、『(採決を)1週間遅らせてくれ』とか『来年度予算を通さない(成立を阻止する)』って言ってるわけじゃ、全然ないんですよ」
能登半島地震の被災者支援や復興支援に影響を及ぼさないよう、予算案成立を阻止するために採決に抵抗する考えはないことを強調した上で、山井氏はさらに続けた。
「明日(2日)、明日ね、土曜日ですけれど、卒業式のシーズンですよね。大切な卒業式に出られる都合を立てておられる方、非常に多いと思いますよ。ここで提案しますがね、明日の審議とか採決とか、さすがにそれはやめませんか。いかがでしょうか?」
「1日採決」に野党側が抵抗する構えだとみるや、岸田首相サイドは翌2日が土曜日であるにもかかわらず、無理にでもこの日に審議をして予算案を2日に衆院を通過させる考えをちらつかせてきた。
予算案は衆院を通過して30日がたてば、参院で採決が行われなくても自然成立することが、憲法に定められている。つまり、2日までに衆院を通過させれば、裏金問題で参院の質疑が紛糾しても、予算案は年度内に成立することが決まる。
有り体に言えば、岸田首相は「裏金問題を事実上、この日で幕引きできる」と考えたわけだ。
「なんか私変なこと言いましたかね?」敵の心にも届いた脱力系の語り口
首相がこだわる「裏金問題の幕引き」のために、全衆院議員のみならず、国会職員も中央省庁の官僚もメディアも記者たちも、多くの人々が土曜出勤を余儀なくされる。山井氏は「予算案の成立を邪魔する考えがない」ことを強調した上で「土日を休んで週明けの4日に審議時間を確保して採決しても、別に問題ないではないか」という、極めてリーズナブルな提案をしてみせた。
それにしても、議場の議員たちに向けて「明日の採決はやめませんか?」と呼びかけるのは、国会の演説としては相当に型破りである。議場は拍手とヤジに包まれた。
山井氏はしばらく黙り込んだ。言葉に詰まったのではない。演説の時間を延ばす戦術でもない。議場の喧騒に黙って耳をすましていたのだ。そしてこう一言。
「なんか私変なこと言いましたかね?」
国会での演説らしからぬ「ぼやき漫談」のような語り口は、やがて少しずつ場の空気をつかんでいった。与党が圧倒的多数を占める本会議場で、山井氏がそういう空気を作ることに成功したのは、ひとえに岸田首相の身勝手な国会運営への介入への違和感が、与野党を超えて一定程度共有されていたことに加え、山井氏のやや「脱力系」な語り口が、政敵の心にも届く力を持っていた、ということなのだろう。
おそらく本人も想像しなかった形で、趣旨弁明はやがて「山井劇場」の様相を呈していった。
演説の序盤で相当な文字数となってしまった。「衆院史上最長の演説」なのだから、これも致し方ないだろう。続きは次回に譲ることにする。
(この記事は「無意味な抵抗戦術」と揶揄するメディアの情けなさを一刀両断する後編へ続きます)
最新刊
『野党第1党: 「保守2大政党」に抗した30年』
好評発売中!
image by: 立憲民主党
尾中香尚里
貼り付け終わり、