9月2日に退院しまして、2週間の安静を申し渡されています。
で、家の中で伝い歩き、杖歩き。

急に振り返ってはいけないので、

おかん!

と呼ばれても、ウィーン・・・とゆっくり振り返ります。

なぜか杖をどこかに置き忘れることが多く、立ってしまってから、

な・・ない・・・

生まれたての仔山羊のように、立つ気は満々なれど、
次のアクションはどうすればいいのかわからず、
フリーズしていることも結構あります。


私は、今ここ。
(大きい音が出るので気をつけて開いてくださいね)
👇
生まれたての仔山羊



時間をかければ、そのうちには寝返りも打てるのですが、
夜中に4回ぐらい、痛くて目が覚めると、それはイコール、
トイレに「今」行きたい状況。

その状況で、あっちを向いては力が入らず、
こっちを間違って向いては痛みに悶絶して固まる。
腹筋に力をいれ、敷き布団の縁を掴んでも体がどうにも持ちあげられず。
次は、どこにつかまって何をすればいいのかわからなくて
暗闇でキョロキョロしている時間が長すぎます。


しかたない、電動介護ベッドを導入しちゃうことにしました。
介護認定がなくても、相談に乗ってくれるという、病院お出入りの業者さんです。

無理して布団に寝ていて、足掻いて消耗するより、そこは楽をして、
エネルギーを蓄えてリハビリした方がいいと思いました。

ところで、退院翌々日の金曜日(昨日ですが)に、
ふと気づくと、縫合部が化膿していました。
痛くもなんともないのですが、放っておくと、すぐに週末になります。
病院の主治医の先生に伝えたところ、今から来られますかとのことです。

やばい。
受付終了まであと20分しかない。

着替えるが先か Goタクシーを呼ぶのが先か。

外に行ける服は洗濯してもらって2階にある。
手元にあるのは、楽は間違いないが、ユニクロのリラコ。

Goタクシーは意外にすぐ来てしまいます。

ハムレットのように懊悩したけれど、
我が家の前は車が止まっていられないごく細い道です。

しかたない、階段を這って、17日ぶりに2階へ上がりまして、
室内干しの洗濯物から服を選び、階下に下り、Goタクシーを呼びました。

すると、「クレカが生きていないので手配できません」
とGoタクシーが言っています。
そうだ、入院前にクレカを失くして、再発行してもらったのだった。
そして、登録し直しをしていなかったのであった。

(よし、来てもらってから車内で登録し直しだ)

と思ってもう一度タクシーを呼ぼうとしたけれど、同じメッセージ。
そりゃそうだ、払う方法を示していない人のために、来てくれはしないでしょう。

ドキドキしながら新しいクレカをGoタクシーさんに登録し、呼び、
「あと5分で来ます」
と言ってもらったので、着替え、荷物をまとめて、
今の私に撮っての最大の難関というか関所である、
フロアから三和土へ降りる数十センチをプルプルしながら下ります。

安全マーク! よし、ついている!
診察券よし、携帯持ってる、お財布ある!
鍵を出せ!

玄関を出たら雨が降ってきた。
けれど、右手に杖、左手に傘をさし、道路までの五段の外階段を降りるのが、
どうにも危なすぎるように感じ、傘は諦めました。
幸いすぐにタクシーが来てくれて、結構濡れながら、もたもた乗り込みました。

つい2日前にお別れしたばかりの先生に会い、
傷口は消毒していただき、新しいテープを貼られ、
抗生物質の錠剤と軟膏が処方されました。

院外の処方箋薬局へ濡れながら歩いて行き、
(あっぶねぇー!)
という瞬間もちょっとあり、お薬が出てからそこにまたタクシーを呼び、
家の前で下りた時には さらに雨足が強くなっていました。

今日濡れなかったのは、なぜか防水スプレーを 追いスプレーしていたバックパックのみ。


退院後の初めてのお出かけは、
トイレが同じ階にあるお寿司屋さんに行きたかったのだけれど、
今日は予定外、まさかの雨中単独行でした。


土日なので、レンタルベッドの会社も、頼りの大手も電話は通じません。
早く電動ベッドに寝て、ウイーンと言わせながら背中部分を立ててドラマ見まくったり、
むくみきっている脚を足をうぃーんと上に上げたり、
夜中のトイレはベッドの高さを上げてお尻で滑り降りるなど、
ハイテクなベッド生活を楽しみたいです。

ベッド、待ってるYO!

まだ申し込めてないけれど。


バケットリストというのは、英語ネイティブに教えてもらった言葉です。
死ぬ前にやりたいことリストといういう意味だそうです。

バケット=bucket =バケツです。

「kick the bucket 」、絞首刑に処せられる時に、
死刑囚が立っているバケツが蹴っ飛ばされることから、
これを「死ぬ時」という意味だとする俗説があるそうで、
そこから、「死ぬ前にしておきたいことのリスト」という表現ができたのだそうです。


栗原はるみさんが、夫君を亡くされて茫然としていたとき、息子さんが、

死ぬ前にやりたいことを100あげて
そうしたら応援するから

と言った、というのをテレビで見て、感じ入りました。
そして、自分でバケットリストを書いてみて、
いくつもないことにびっくりしたのでした。
多分 お金がかかることは、最初から入れていなかったのでしょう。

さて、2週間ちょっとの入院で、
人が一人生きていくスペースと持ち物は、そんなに要らないと気が付きました。
そうなると当然、バケットリストの中身も変わるものです。

今、リストの上の方にあるのは、

・ピアス穴をもう一つ開ける
・声楽と水泳を習う
・アメリカ在住の生徒を(トランプ政権が終わったら)訪ねる
・デモに行く

です。

いつかはと思っていたけれど、デモ以外には、しないと困るものはありません。
ですが、いつもぼんやりと希望していたことでした。
いつか、いつかと思っていましたが、先延ばしにしてました。

でも、人間の健康が簡単に損なわれることを知り、
なにごとも、できる限り後回しにしないようにしようという気持ちになっています。

年齢からも、元気でいられる時間はそう長くはありません。
そろそろ手をつけないと、永遠にやらなそうです。
杖が離れたら、まず水泳を習おうと思います。

さて、バケットリストは、したいことリストですが、
実は頭の隅い、したくないことリスト、渋々リストもあります。

断捨離や溜まってしまった医療費控除手続きのようなものです。
医療費控除は5年前までしか遡れませんが、
渋々リストも、どうも先延ばしにしてしまいますね。
今はしんどいので、忘れておこ、と思っています。

昨日はデッサン用の人体が届きました。
白木で小さくて、美術室にあったような立派なものではないですが、
まあまあリアルにポーズをとってくれます。



せっかく病院で理学療法士さんに教わったリハビリプログラム、
忘れたくないので、この人体モデルにポーズをとらせて写真を撮っています。

これで遊んでいるとすごく楽しくて、郡上おどりを踊らせたりします。

これももっと前に買えばよかったなあと思います。






昨日、9月4日(金) NHK放映の「あさイチ」、プレミアムトークに、
おのおのがた!
山口馬木也殿が出陣されましたぞ!

まだ、NHKプラスで見られるものの、NHKの過去番組の引っ込めかたは、
とてもむら気でござって、すぐ引っ込んでしまったりするによって、
ゆめゆめご油断めさるるまいぞ!


確認しましたところ今日、9月6日(日)時点で、
豊臣兄弟の前話と、このプレミアムトークが見られるようです。




前話、「北庄城の別れ」、柴田勝家とお市の方の最期、壮絶でしたね。






いろいろ知りたくなり、「真田丸」の続きを見ながら、映画「清洲会議」を見て、また、「かしまし歴史チャンネル」も聴きに行きました。
「清洲会議」は、真田丸に出てきる人が、役変になっていて面白いですね。

歴史の時間にぼーっとしていた私も、
なんとなく知っているあの時代、あのキャラクターたち。
きちんと史実を正しく知っているわけではなく、
大河ドラマや司馬遼太郎や池波正太郎の歴史小説でつまみ食いをしてきただけですが、
それにしてものこの辺の時代は、本当に面白いですよね。


柴田勝家を演じるには、スマートすぎる気もする馬木也さんですが、
プレミアムトークで流された、勝家とお市の方の最期の場面を見て、
うるうるとしてしまったり、

「帰りたいなぁ」(あのドラマの世界に、でしょうか)

と何度も呟く様子に、ファンとしては胸を熱くしました。

お料理がプロ級なのはよく知られるところですが、
番組で紹介された愛用の圧力鍋とシャープのヘルシオは、
私の使っているものと同じでした。
馬木也さんの腕には遠く及ばなくても、
同じ調理器具を使って料理をしていることを知り、
またまた胸を熱くした私なのでした。



圧力鍋の圧力栓?と呼ぶのかな、
その部分が失くなってしまったと言う馬木也さんに、視聴者の方から、

「スーパーで型番とかを言うと取り寄せられますよ」

と教えてあげるコメントが来ました。

私もテレビに向かって、取り寄せられますよ! と叫んでいました。


俳優デビューが25歳の遅咲きだった馬木也さん。
実は画家になりたくてパリまで行った画学生だったそうです。
あまりにお金がないので、容姿はいいと言われることがあったのと、
ドラマなどを見ていて、演技というのは誰でも普通にできるものだと思っていたため、俳優になったそうです。

なってみたら、外から見ていたら誰でもできそうなのに、そんなことが全くなく、相当苦しみ、だから

「今でも、俳優になりたい俳優、みたいな感じでいるんです」

とおっしゃっていました。
可笑しいわ、馬木也さん!

と言うわけで、ファンならずともなかなか面白いトークでしたから、
よかったら「NHKオンデマンド」です、すぐ見つかりますよ。
いかがですか?

ちょっともう一回見てきますね。

9月1日(火)
今朝も主治医の先生が様子を見に来てくれました。

今日は退院予定日で、朝6時前から血液検査。

理学療法士さんが来てくださり、退院後の注意などあり。
いつレントゲンの呼び出しがあるかわからないので、
今日はもうリハビリはいいですねということでした。
退院後の受診は2週に一度、2ヶ月目からは月一だったかな。
診察の後は、同じOさんのリハビリ指導を受けられるということで、
これは嬉しいです。

昨日、頑張ってリハビリをやりすぎたのか、11時ごろのレントゲン撮影の往復は、
下半身が軋み、一歩ごとに刺す痛みがちょっと辛かったです。
いつもは1Fに行ったら喜んでコンビニに行くけれど、今日はやめておきました。

午後、看護師さんが、病院の都合で退院は明日になると告げにきてくれました。
それまで、家族が迎えに来たらにすぐ荷造りができるように、
あちこちに散らばっていた荷物をバッグに分けておいたので、
ちょっと気が抜けてしまいました。
でも、明日の準備が楽になっているということです。
歯ブラシやタオル、着替えなどをもう一晩分取り出し、
自販機に大きいペットボトルの水を買いに行きました。

もう帰るからいいかなと思っていたけど、なんだかぽかーんとした気持ちになり、
どうせなら気楽に、好きに過ごそうと思いました。
それで、今まで見られずにいたDiseney➕とネトフリのコードを家族に教えてもらい、見ることにしました。
とはいえ、そんなに見られません、お腹いっぱいです。

税金で買った本・ホットスポット・豊臣兄弟 見ました。

豊臣兄弟の、馬木也様とお市の方の最期。
悲しいけれど、愛と清冽さに満ち、涙が出ました。




9月2日(水)退院日 入院後15日目

両脚付け根の疼痛で1時間ごとに起きてしまいました。
5時には もういいやと思って本格的に起きました。
いつでも荷造りをしてもらえるように、できる限り物をまとめていると。
看護師さんが血圧・酸素チェックと、検温に来てくれました。

退院が後ろ倒しになったので、今日のレッスンは1コマキャンセル。
ちょっとあまりにも忙しない感じがしたので。

9:30 夫と娘が迎えに来て荷造りをしてくれ、
看護師さんたちが入れ替わり立ち替わり訪れ、返却物や必要書類、薬をいただきました。
部屋の最終チェックを受け、いよいよ退院です。

午前10時。
病院の忙しい1日の始まる時刻なので、2週間お世話になったみなさんにはほぼ会えずで、
名残惜しい気持ちを抱いて整形外科入院棟を後にしました。

また来ます! と言えないところなので、ちょっと残念ですね。

1F外来で名前を告げると、ほどなく主治医の先生の診察となりました。
家族3人で術前術後のレントゲン写真を見て、これからの生活の注意点について教わりました。

主治医の先生は、去年の骨折の時、他から紹介されて、ほんの少しお世話になった方で、
股関節の専門医ということだけ覚えていました。
そして、これまでの10ヶ月間も、どうしても治らなければ、
いずれは絶対この先生に受診しようと思っていました。
それが本当に幸運でした。
先生の術式は、
仰向けで行う、筋肉を大きく切らない前外側アプローチ(MIS-AL Supine)で、
回復も早いということです。


2週間後の受診を楽しみに、夫が入口まで回してくれた車に もがきながら乗り込み、
コンビニで昼食を買って自宅へ帰ったのが10時半。
しみじみと、家は良いものです。


人に任せることが苦手な私が、否応なしに全ての人に助けられ、無事帰ってきました。

主治医の先生
理学療法士の先生
看護師さん
看護助手さん
事務方のみなさん

どなたもとても親切で、不安なことや嫌なことは少しもありませんでした。
終の住処と決めたこの地に、バスでたった5分のところにこんな総合病院があることは、本当に幸せです。

仕事にはほぼ穴を開けず、見たかったドラマはみんな見て、
やりたくないけど持ち込んだものは200%やらずでした。
痛くさえなければ、2週間の休暇と呼びたいぐらいです。
入院中に、数年前に卒業していった生徒たち2人が戻ってきました。
上級者なので、教えていてとても楽しいです。
なにかのご褒美かな?

では、入院日記はここまでということにいたします。
お付き合いくださったみなさん、ありがとうございました。
日常生活にリハビリを織り込んだ毎日がこれからの普通になります。
さぼらず、無理せず、やっていきたいと思います。






あっという間に時はすでに9月。
よろよろしているうちに月が変わりました。
私は今、レントゲン撮影の順番を待っています。

わからんわからんという嘆きの声の中、VIVANTも回を重ねてはや6話。
(通算16話目)。

⚠️まだご覧になっていない方は、
以下はネタバレがありますのでまたご来場くださいね⚠️

最新話に至って、急に面白くなってきましたね。
堺雅人の第三の人格、あの演技も鬼気迫る素晴らしさです。

今日は友達と、この回を見終わっての深い考察をいたしました。

以下、LINEのスクショを切り取ってお伝えします。

緑は私、白は友人Mさんです。




坂東彌十郎さんは、ここでは公安トップらしいですが、VIVANT の中の役名がまだ覚えられていません。どの役をやっても私から彌十郎さんと呼ばれます。
野崎たちが秘密会議をするのは、月島の? もんじゃ焼き屋さんです。
元公安の諜報部員だったおかみさんが協力してくれるのだそうです。











バルカ、モンゴル、タイランド、イスラエル・・・・
別班のメンバー5人が囚われていた何とかキャッスルと、
物語は雄大に広がっていきますが、

私はつい、今の一般的な年金額を思って、

「公安の諜報員を引退して、月額30万円ももらえたら羨ましい・・!」

と思ってしまったのでした。

でも、それでは、拷問とかに耐え忍んできたのに対しては、
やはりちょっと、少ないですね。


今日は病院から(駄)でお送りしました。