もう!
ジョーなんとかして!

ジョーに咎(とが)はなけれども、つい文句を言いたくなりました。

ある生徒が一冊の教科書を終え、次に2冊の教科書を一緒に選びました。
アマゾンUSですと、千円のものが五千円になります。
いつものように気軽に、

「私送ります。今はコロナで着くのが遅くなるでしょうけど」

と言いました。

アマゾンJPで注文した翌日には2冊が届き、
プチプチ封筒に包んで郵便局に行きましたら、

今は電子的に登録をしないと、アメリカは小包を受け取らないのですが、

と言われました。

「それはあれですか、テロ対策ですか?」

ーーはい、そうだそうです。

そのとき4時45分でしたかな。

「結構時間がかかりますので、お家で会員登録されては?」

と、親切な局員さんに言っていただいたのですが、
昔、ワープロオペのアルバイトをしていた私、打鍵の速さには定評があります。


「5時には取りに来てしまうので、間に合わないかと・・」

と気遣う郵便局員さんに対して、余裕の笑みをかまし、

やってみますね。

と嫣然えんぜんと微笑みながらも、

(我に間に合わないわけがあろうか)と、

いつも背負って歩いているタブレットを広げて、
そのばでメンバー登録を始めたのですけれど、
あららら、意外に入力する部分が多くて、
うっかり、押してはいけない方の「戻る」を押してしまい、
それまでに入力したものがわやになったりしているうちに、
「取るにくる人」が、来てしまいました。

その日は惜しくも家に引き取ってきまして、その晩家で、再度、会員登録をしました。

そしてそこには、その郵便局のサイトには、なにやら、

「・・送付伝票を入れるための何やらを取り寄せてくれないと引き受けない」

というようなことが書いてあります。

仕方ない、明日郵便局へ出直すつもりでしたが、
それを送ってくれるように申し込んで、その日は終わりました。

で、三日ほどすると、その何やらが届きます。

さて送るとしましょうか。

ちょうどその日、くだんの生徒のレッスンでしたので、

「・・・ということなので、これから送るから待っていてくださいね」

と言いましたら、

「そういうことならば、もう一冊送っていただきたいものがあり・・」

と、依頼がありました。


また遅れてしまうなぁ。
まいっか。

で、その本をアマゾンに注文する、来るのを待つ、で、また3日かかりました。

いよいよパッキングをやり直して、
今日こそは送り出そうと、郵便局に向かっていたときでしたが、
うかうかと文房具店に吸い込まれて、私はすごくいいものを見つけてしまいました。

それは、仕掛け絵本で、シリーズで6冊ぐらいもあるうちの、
「お鍋ことこと」と「おべんとう」というのを立ち読みしたら、
すごく楽しいんです。

お料理のプロセスが、つまみを引くとその下に出てきて、
お鍋の蓋を開けると、下でおでんが煮えていたり、
おたまの中のパンケーキのネタが、フライパンに入っていったり、
とにかくすごく面白いのです。

日本生活の長かった彼女は、
餃子とタンメンと生の組み合わせの素晴らしさを知っていますし、
唐揚げ・卵焼き・おにぎり・ラーメン・・と、
今ではあまり食べられない日本食について、
夢見る目をしていつも語っています。

彼女が離日後、小さい娘さんと日本に遊びにきた時は、
3人でカツカレーやラーメンを食べ歩いたものでした。
今でもSBゴールデンカレーを、
アジアンスーパーで買って、家族でおいしく食べているという生徒一家に、
これを送りたい、これが買わずにいられましょうか。

と思いましたが、自己満足であるかもしれないので、一旦家に帰って、
頭を冷やすことに決めました。

どうせここまで遅れているしと思って、2日置いて、
もう一度文具店にしかけ絵本を見に行ったのですが、
やっぱり欲しい、やっぱり送りたい。

で、買いました。

帰って、5冊に増えた本をまたまた包み直し、
ついでに娘ちゃんの大好きなふりかけを2袋入れ、
いよいよ、やりなれない、
「アメリカへの荷物の電子伝票を作成して印刷する」
ことにしました。



さて、先に取り寄せてあった、「伝票をいれるあれ」をよく見たら、
それって、別に取り寄せなくても、郵便局でももらえるそうです。
ちぇぇ〜い、3日間ぐらいロスをした気分。

入力をしているうちに、自分が「法人」で登録していたことに気づきました。

悩んだ後に、今度は一定回数以上、
パスを間違えてしまって、「アカウント停止処分」となり、
「また明日やってみるがよかろうて」いうメッセージが出てきてしまいました。

自分、落ち着きなさい。

とうとう郵便局に電話をして助けを求めました。
忙しいのにごめんなさい。

「法人として、間違って登録して、会社名なども入れられませんし、
個人として会員登録を新たにしてもよいですか?」

慌てていて、なんだか日本語が変になっています。

よいそうです。

なんかもうどんどん時間が経つ・・。

入力していて、悩むことがさらに、どんどん出てきました。

彼女の電話番号がわからない。

この欄は、郵便局に行かなければもらえない番号らしい。

郵便局でそれを教えてもらって、その場で入力したとして、
じゃ伝票のプリントはしてもらえるのでしょうか。

いろいろほら、おばさんなだけに、すっきりとわからないことが多くて、

ええいもう、こうなったら郵便局で教えてもらう!

そう決めて、この寒空に(朝、名古屋はボタン雪が降っていた・・)、
手袋して、ニットの帽子までかぶって、
愛車ショコラくん2号に打ち跨って出かけたわけです。

解らないところを訊いてみたら、簡単簡単!
赤いアスタリスクのついている欄だけ入力すればよかったのでした。
隅々まで一生懸命読んで、そこがわからなかった。
やっぱりじわじわと慌てていて、視野が狭まっていたのでしょう。

かなり悲しかったです。


そして、せっかく入力したものが消えないようにと、
家を出るときにiPadをそう〜っと閉じ、そろりそろりと・・
まるで、

「徹夜で一夜漬けで暗記したものがこぼれないようにそろそろ歩いて登校した高校生のとき」

のように、持ち物にも気をつけてやってきたというのに、
郵便局で広げてみたら、iPadには入力したはずの内容が保存されておらず
(自分がちゃんとやってなかった)、相手の住所がわかりません。

気の毒そうに「大丈夫ですか? お家は遠くていらっしゃいますか?」

と郵便局員さんが訊いてくださるのに対して、

「すぐそこですので大丈夫です。すぐ戻ります」

と言って、ショコラくん2号に再び飛び乗って家に戻りかけましたら、
どういうインスピレーションが働いたものか、
1000円カットのお店の角を曲がった途端、

「あっ! 前にアマゾンであの人に本を送った!」

と思い出しました。
自転車を止めて確認すると、ちゃんとタブレットに残っています。

出ていった私があまりにもすぐ帰ってきたので、
郵便局員の人が驚いて首を伸ばしていました。

訊かれてないのに、

「アマゾンの送付先にあったのを思い出しました」

と報告したら、

それは本当に、よかったですね。

と喜んでくれました。



最後の段階まで、歩き始めたミヨちゃんのように、
教えてもらい導かれて、ついでにみつけた切手も買って、
やっと本を送り出すことができました。

今やアメリカは、EMSの書類と、EMSの物品以外は、
船便で何ヶ月もかかってしまうそうです。

コロナは私たちの暮らしに、こんな影響も与えているのですね。

ジョー・バイデンさん、選挙キャンペーン中はずっと応援してあげたんだから、
もう少し手続きを簡易にしてください。
私もう、疲れちゃいました。

でも一回やったから、もうできます!

で。

本5冊と、ふりかけ2袋で、2.5kg.

あと400g減らせたら、900円は安くなりますが、何かお取りになりますか?

と、親切に訊いてくださいましたが、もう頭がくたくたになっていたので、
全然大丈夫ですと言って、それを支払って、寒風の中を帰って参りました。

郵送料7200円でした。😭



私は切手は結構使います。
どうしても使うのを惜しく思ってしまうので、いつも2シートずつ買いますよ。

今日の収穫はこれ。





名古屋飯と・・・




鬼滅ですね!



アメリカに住む3人の子供ちゃん生徒にお手紙送ろうと思います。

あ〜疲れた・・

みなさん、オミクロン大変です。
看護師の友達が、転院先が見つからない地獄が目の前だと教えてくれました。

どうか安全な週末を、ゆっくり休んでお過ごしくださいね。






前回は、自分にとって懐かしい昔について書かせていただきました。

ものすごく不安定な雇用で、非効率的な働き方をして、
でもやる気満々で、張り切っていた頃のことです。

結婚・出産・子育てで、保育園・幼稚園・小学校・部活・児童館・・といろんなグループと関わりながら仕事は続けましたが、やはり子供の安全や安定が優先順位一番で、子供のことでやきもきして、目の回る十数年が続きました。

子供が赤ん坊の頃、主夫をしている夫に託してきた冷凍母乳が足りなくなり、ギャン泣きをしている長女を都心まで連れてきてもらい、東京タワーの下で授乳したことや、

フルタイムではないために公立の保育園を利用できず、
二つの別々の私立の保育園を、抱っこ紐とベビーカーで駆け回ったり。

生徒も一人や二人で、新しい教科書を使うチャンスもなかなかなく、
どんどん自分が時代遅れになっていくのを、ひしひしと感じていました。


子供の送迎に必要になって、死ぬ思いをして子連れで教習所に通ったけれど、
乗らないでよくなったらたちまちゴールド免許のペーパードライバーになりました。

収入よりも保育料の方がずっと高くつくという中で、
なぜあんなにも仕事を続けることに懸命だったのか。

どうしても、人と話す仕事が好きなのだと思います。
続けてきて飽きたことや、やめたくなったことはなくて
それはとても恵まれたことであると、周囲に感謝しています。


現在の仕事の環境はどうかというと・・

とにかく、全然動きません。
11年前からずっと、ほとんどオンラインレッスンです。
コロナ禍の時代が始まっても、仕事のやり方は変わりません。
変わったのは、同じように仕事をしている人と交流ができたり、
ずっと使ってきたGoogle Docsの他にも、
いろいろ便利なツールをみなさんに教えてもらったりして、
少しずつですが、使えるものが増えたことです。
とても助かります。


数時間座りっぱなしになるデスクの脇、手の届くところに教材があります。

この本が簡単すぎる?
では、これにする?

と、現物をすぐ手に取って、生徒と相談もできます。

重いバッグをぶら下げて寒風の中、炎暑の中を歩き回っていた時代が嘘のようです。

今はレッスン中に、生徒から連絡が入っても、タブレットの上の方に、
すーっと、メールが来ました、スカイプチャットが来ました、
テレグラムが来ました・・と、黙って出てきて教えてくれます。

隙間時間にすぐ読んで、返信するのも容易たやすいです。

リアルに歩き回っている間は、授業の前後は移動のために1時間は取ってありますので、一つレッスンがドタキャンになると2時間から3時間は空きます。
なので、キャンセルの連絡をもらうと、がっくりくることが多かったのですが、
今はずっと家ですから、そういうことはありません。




昨日、「もう、昔には戻れない」みたいなことを書いて終わりにしましたが、
その理由はやはり、無駄時間が生じないこと、急に時間ができても時間潰しに苦労しないし、逆に急に臨時のレッスンが入っても対応できることです。


場所の移動がないことは、このぐらいにありがたいことなのでした。

コロナの時代が終わり、学習者が自由に動けるようになると、
日本語学校での日本語教師の需要も増えるでしょう。
政府公認の日本語教師の制度も始まると聞きます。

でも私はほほぼ確実に、オンラインの日本語レッスンを続けるだろうと
今では考えているのです。

日本語レッスン今昔物語、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


























私の日本語教師生活の半分以上は、日本語学校や、
語学教師派遣の会社に複数属していました。
一つの学校だけでは、到底仕事として、授業数が足りなかったからです。

大抵の日本語教師の皆さんと同じく、私も常勤であったことはなく、
生徒数の上下はそのまま、その週に教えられる(=クラスに入れる)時間数ですから、なんとなく、心安らぐ日々ではありませんでした。
将来についても、ものすごく不安で、
いつまで続けられるだろうかと、しょっちゅう考えていました。

今のように零細個人商店でやっていくことになろうとは、
全く思っていなかった時代が長く続きました。

仕事の入り方ですが、クラス授業以外に、学校やエージェントから、

tamadocaさん、何曜日の何時に、ここに行けますか?

と訊かれれば、否も応もない気持ちになり、
断ると言うことはありませんでした。
修行時代は、自分からお金を払ってでも、経験が積みたかったということもあります。

依頼のあったレッスンの、始まる時間がとても早い。

時間は早くはないが、めちゃくちゃ遠い。
(神奈川・千葉・埼玉の奥地にいくこともたまにありました)

レッスンとレッスンのの間がやたらに長くて時間つぶしに困る。

このように、なかなか大変でした。

でも、教師を配置する学校の方の苦しそうなのをよく見ていたし、
当時は主婦の方が多くて、夜は入れないなどもあり、
理由はどうあれ、断るなどはできないと思っていました。

朝の6時台に家を出て、最後のレッスンの終わるのが夜9時で、
帰ってから、収入の不足を補うためにワープロ入力もやっていて、
昨日と今日がくっついてしまう心地の毎日が続きました。


ある学校は、スムーズなスケジューリングにご協力を、ということで、
他の学校で引き受けている授業も含めた、
全体の行程表を提出することになっていました。

なので、

tamadocaさん、火曜日の午前10時に調布で終わると言うことなので、
12時からのみなとみらい、行けますよね?

というような話がよくあり、「遠いので嫌ですよ〜ん」とかは言えませんので、必死に行きました。

みなとみらい、遠かった。
バスもないので、社長車が毎回迎えに来てくれて、
運転手さんとおしゃべりしながら、延々とドライブしました。
まだあまり、あの辺も開けていなかったのです。


しかしその昔、私がガラパゴス諸島から日本に漂着して、日本語教師になったばかりのころは、まだまだ時代が良くて、ある学校などは、2時間以上授業の間が開くと、なんと、お茶代を! 1500円も、くれました!

老舗の、Sで始まる有名校です。
よかったなぁ、ハイクラス?の学校で駆け出し時代を過ごせて。

その後、どんどん時代が悪くなり、たとえば交通費請求なども、

「自分の好みとか、乗り換えの利便ではなく、
調べた中で一番安いルートだけで申請してください」

という学校も出てきました。

「時間が空いて帰宅するのは自由ですが、
申請した通りの一筆書きの最安の交通費の往復分のみ支給です」

ということになり、なんだか不安で足元がさわさわしました。

そういえば、一回のレッスンで、教師と生徒がそれぞれ、タイムシートというのにサインをすることになっていることが普通でした。
レッスンの終わり頃に急な仕事が入り、バタバタと辞するときなどは、
つい、広げた教材をカバンに放り込むのに気を取られ、サインをもらうのを忘れてしまうこともありました。

月末には、タイムシートや、授業の報告書を「ファックス」で事務所に送ります。
ちょうど、月末の最後の授業のサインをもらい忘れましたら、
来週まで待てないので、今日か明日、もらってくるように言われました。
なんだか、信用されていないようで、気持ちがふさいだのでした。

授業と授業の間の時間が、6時間、7時間と空いても、
一度家に帰る、というのは大変で、あまりやりませんでした。

空き時間にちょうど、見たい映画があることなどはあまりなく、
私はよく日比谷図書館でお弁当を食べ、本を読み、授業準備をしていました。
私の人生で、あれほど本を読んだことはなく、
あれほど、ドトールとプロントとベローチェに
1日に何回も入ったことはありません。
今もドトールが大好きで、通りかかると吸い込まれそうになります。
というか、用がなくても、入ってしまいます。


今の時代、無料のワーキング・スペースもあり、
(東京駅に、無料のアウトドアのができたそうですね。
ぜひ、一回ぐらい使ってみたいです)

これから先、訪問授業をすることがあれば、
タブレットぐらいしか入っていない、
軽い鞄で動き回れるでしょうから、きっとすごく楽でしょうね。

カフェでもショッピングモールのフリースペースでも、
iPadを出して、ネットでいろいろしていれば、退屈はしないはず。
そうそう、カラオケで昼寝したり、
なんなら昼間のフリータイムで絶唱したりもできますね。
コロナ禍、もう2年以上ヒトカラも行っていませんが、
私は一回昼間にカラオケに入ったら、何時間でも歌う方なので、
そんな時間の潰し方も、今ではできるのですよね。

コロナが終わって、東京に帰ることがあって、
また、それなりの服装をして(全身GUコーデではなくて)、
企業を回る日が来たのなら。

うむ、そのときこそは、駆け出しの頃と違って、
笑顔で仕事のオファーを断れることでしょう。

保育園の送迎もなく、幼稚園のお迎えもなく、
学童のお迎えもなく(思えばお迎え人生だった・・)

遠いとか、時間が空くからとかで、断っちゃうわけです。
どんなに楽かしら・・
ほほほほ・・


と思って遠い目をしてから気づきました。

それほど楽でも、私は今の仕事スタイルをやめられないでしょう。

その理由はまたあした。















二人で一緒に喫茶店に入ったが、
自分だけ注文することになった、と言う経験があります。

トライアルレッスンのために、初対面はカフェでとか、
帰国前のお土産ショッピングにつきあったとか、とにかく、
外国人に日本人が付き添っているという形になっていました。

こちらは自然、保護者的な指導者的な、責任を感じています。
庇おうとか守ろうとか、カバーしようという
職業病的なまでのものがあったのは確かです。


一回目の時は、日本語が全くできない人で、私に向かって、

「何も要りません。水でいいです」

と言いました。



「いや、要らなくても頼もうよ」

と言えるほどの間ではなく(なにせ初対面)、

どうするのが一番いいのだろう
世界ではこれもありなのかしら・・

などと考えながら、
結局私が2品を頼みました。

西麻布のホブソンズ、もう20年ぐらい前の話です。



別のときは、日本語がよくできる人でしたが、
注文を取りに来た喫茶店のご主人に これまた

「水でいいです」

と言いました。


ご主人は、

「皆様にご注文いただいていますので、申し訳ありません」

と言い(当然ですね)、
こういう時は先生が払うものだ、というお国から来ているのだろうか、
でも、こちらが合わせればいいというものでもないのでは、
と、思いながらも、3〜400円の飲み物のことでフリーズするのもと思い、
また私が2つ、コーヒーを頼みました。
両方飲みました。


一回目の時から随分経っていたのに、私の方に、
対応する力が備わっていなかったわけです。


二人とも本当にお腹がいっぱいだったりしたのでしょうが、
喫茶店は喉の渇きを癒すとか、空腹をを満たすためと言うよりも、
オープンと維持に投資した「居場所」を使うためのレンタル料、
いう面もあるでしょうから、
何も頼まないのは、どう理解したらいいのでしょう。
人件費も光熱費も維持費も必ずかかっていますしね。

飲食店に入って席につきながら、何も注文しない・・・。
自分のお国では、それは普通に通用することなのか。
それともこれは、日本にいて、
保護者的な人とよく一緒にいるようになったために生まれた、
新習慣だったのでしょうか。

例えば、一人で喫茶店に入り、お水を飲み、
テーブルを占有使用し、なんならトイレなども使いながら、

何も注文しません。
要りませんから。

ということができる、強心臓の人は、
世の中にはたくさんいるのでしょうか。


同僚の日本人教師の友人たちからも、

あの、《お水でいいです》が出ると、ドキッとするよね。

と、聞いたことはあるのですが、どうなのでしょう。

今は激減しているだろうカフェレッスンで、これをされると、
私なら落ち着かなくて辛いです。
毎回二つコーヒーを私が頼むのも変です。


そうだ、今度「お水でいいです」の人と出会ったら、
今度こそ直接、

なぜ?
一人でもそれをやりますか?
お国ではそれは普通ですか?

ってちゃんと訊いてみよう。



もう一つは、「泡が要らない」人。

あるときレッスンで、

先生、I do not want the foam は何と言いますか?

と聞かれました。

その人は続けて、

日本でビールを頼むと、上から5分の1ぐらいは泡です。
私はビールを飲みたいのであって、泡は飲みたくないです。
泡にお金を払いたくありません。
そういうことをする日本のレストランは、ずるいと思います。

と言いました。

なるほど、自分には普通でも、
違うアングルからみると、そういうことなのですね。
勉強になりました。

私は他の国は知りませんが、確かにニュージーランドでも、
大きなグラス、ジョッキには、
ふちまでなみなみとビールが入っていて、
泡はほとんどありません。

私は泡に口をつけ、なかなか来てくれないビールを待ちながら、
ジョッキをゆっくり傾け、冷たいビールが口に届く一瞬も好きなので、
逆に、ビールだけでいっぱいのグラスは、ちょっとつまらないです。


ビール好きの人たちは、
生ビールの泡の肌理きめの細かさや、
管理が良くて清潔で、毎日よく洗浄している生ビールタンクの、
そのホース経由のビールは、ビアグラスに横線を残していく、
などと言う話を嬉しそうにしたりしています。

私は自然に、泡は良いもの・愛でるものと思ってきました。

キリンシティでは随分昔から、
ビール注ぎマイスターのような熟練した人がいて、
三回に分けてビールを注いで、
素敵な泡を作るということをしています。

そののメニューにも確か、

素晴らしい泡を作りますから、少し待ってください。

みたいなことが書いてあったような気もします。


考えてみると、泡とコミでグラスに入っているその量が、
その正規のビールの値段ではないかしら。

ビールを頼んだお客さん全員に、
同じようにそういうビールが来ますから、
泡が要らないと言った人だけに泡を入れないで出すと、
よく考えたら今度はそれが、不公平であることも、確か。

質問してきた生徒は、画面の向こうで答えを待っています。

私は言いました。

「今度、生を頼んだら、泡をよく見てください。
他のお客さんのジョッキもよく見てみてね。
たぶん、同じような泡の量だと思います。
日本のビールは、泡+ビール で売っているみたいです。
私なら言わないけど、言ってみたい場合は、
『泡は少しでお願いします』ぐらいではどうでしょう」

彼女の気持ちもわからなくはないので、
なんとも歯切れの悪い答えになってしまいました。

一回ぐらい、言ってみたでしょうか。

どこに行っても、生ビールには、
蓋をするように厚みのある泡が載っていますから、
それも込みで

ぷは〜!
日本の生ビールはうまい!

って言えるようになっているといいですね。




今 画像検索したら、泡の少ないものもありますが、
やはり全体の 1/5 ぐらいは泡ですね。
美味しそう、今すぐ飲みたい!







近頃流行りの、缶なのに泡が出てくるものなどは、
あの生徒が見たら仰天してしまうかもしれませんね。


















長くこの仕事をやっているので 、今ではあまり困りませんが、
昔は即答できなかったり、うまく説明できないことがよくありました。

30年ほども昔です。
よく一緒に行動していたオーストラリア人がいました。

彼があるとき、

You are rude って、なんて言うの?

と訊いてきました。

ゆーあー・失礼?

・・・なんだか穏やかでない感じです。
相手によっては、殴ってくるかもしれません。

なぜこんな事を訊いてきたかというと、
日本にいると、じろじろ見られたり、ガイジン!ガイジン! と言われたり、
子供などには集団でついてこられたりして、気分がよくないので、
そう言う失礼なことをされたら、その人に、

あなたは失礼です

と言いたいのだということでした。

日本語教師でなかった私は、頭を抱えました。


「あなたは失礼です」

ーーなんだと!? 表へ出ろ!

みたいになっては困ります。


悩んだ末に、

「しつれいだなぁ〜」

と言ったらどうかな、と教えました。

さて、非日本人にとり、語頭と語尾の音の「無母音化」「無声化」は大変難しいものです。

非日本人は、ローマ字でもひらがなであっても、
しつれい・shitsurei とあれば、たいてい

しぃつぅ・れぇい

というふうに言うものです。(字を見たらそうなるのが自然です)

あえて自然に近い発音を、文字で見せようとすれば、

Sh-ts-ray

と書くしかありませんが、私、当時は日本語教師ではなかったですので、
そんなことはわかりません。

私が発音して、彼が繰り返しました。

で、彼が一生懸命そのフレーズを言おうとしていても、
到底「失礼だなぁ」に聞こえていませんでしたが、
相手に通じない方が、むしろ彼の安全面ではベターだと思ったため、
あえて発音を直しませんでした。
というよりも、経験0の私には、直せませんでした。

その後のあるとき、彼がホームステイをしている家に行ったら、
その家の人から、

このごろトニーが、

つっつれーだなー、 つっつれーだなー

と言うのですが、何を言っていると思いますか?

と聞かれてしまいました。
冷や汗をかいたのを、昨日のことのように思い出します。

やはり、彼は失礼だと思うと、遠慮なく、
その相手に向かい、「あなたは失礼だ」と言っていたのです。
というか、通じると思って、連発していたのです。

あちゃぁ・・・。

日本語教師でなかった当時の私には、
それを言うなら日本語ではこうなります、という「置き換え」もできませんし、
コンテクストを通じて、いつ・どんなふうに言うか、
を教えることもできなかったのでした。

さすがに今では私はそんなことはしません。



今 同じことを言われたら、こう言うでしょう。

(理屈爆発なので、読んでいてうざいですが、
本当にこういう話し方です。
教師として、言葉だけでなく、背景を教えたいときは、以下のようになります)


「なるほど。
君は、失礼なことをしてきた人に対して、You are rudeと言いたいのですね?
では、ちょっと説明が長くなりますが、聞いてください。

You are rude に当たる日本語を教えることはできますが、
使うのはちょっと待ってください。
特に、人に面と向かって言うために、これを使うことはしないように。

なぜかというと。私たちはまず、失礼だと思った瞬間に、相手に面と向かって、
『あなたは失礼です』
と言うことが、稀だからです。

あなたが感じる程度の「失礼さ」は、
日本人にとってはまだまだ、黙ってやりすごすレベルです。

相手に、ついに、「あなた、失礼ですよ」と言うのは、
ずっと言わないで我慢して、我慢しきれなくなったときか、
あまりにも失礼が過ぎて耐えかねるときです。

ただしこれは、
「面と向かっては言わないものだという意味だ」
というふうに、押さえておいてください。

というのは、例えば、
子供に、「そんなことをするのは失礼だから」というふうに教えるとか、
マナーとして、「これこれをするのは失礼です」
ということなどは、もちろん、普通に言っているからです。

私は、面と向かっての「失礼ですよ」は、取り扱い注意品目だと思っています。

言うときは、その場で険悪な雰囲気になる覚悟を決めてください。
争いになるか、関係が切れるのを分かった上で、言うものです。

なぜかと言いますと、
日本人は、【外の人】(それまでに、うち・そとの感覚をよくお話ししています)
に対し、
「ことを構える」のを非常に嫌います。

ですので、日本人なら、相手の失礼な振る舞いにかなり頭に来ても、
黙ってやり過ごすか、表情や態度に表したとしても、
言葉にまではしないことが多いです。

二度と会わない、ぐらいに気持ちを固めるかもしれませんが、
とりあえずその場では、「失礼です」とは言わないでしょう。

もちろん後刻、親しい間柄の人(ウチの人々)には、

すっごく失礼だった!
許せない!

などと、大いに爆発するでしょうが。

このように、あなたが言いたいことを、外国語に直したからといって、
その言語を使っている場所で、それをそこにいる人たちに、
「言っていいわけではない」ということがあります。

これは日本語に限りません。

日本人が 英語であなたに話しているときに、
英語人だったら到底言わないようなことを言ってきて、
びっくり仰天することがありますよね?

つまりはそういうことです。

大丈夫です。
言わない方がいいことについては、私がちゃんとお伝えしますから、
疑問・質問、なんでも言ってきてください」


まあ、今なら、このぐらいは言うでしょう。

もちろん、プライベート・オンラインレッスンの、
長く感じる1時間のうちの、息抜きとしてです。

ずっと根を詰めていることはできないので、
脱線しますよと言ってからはお話しするわけです。

現実には、一人で演説しているわけではなく、
生徒からも、「ああ、そういえば・・」などのように、
困ったり笑ったりした経験談がどんどん出てきます。

プライベートレッスンの良さの一つは、
シラバスや進度、スピードに縛られず、
必要だと思えばじっくりお伝えすることができることかもしれません。

次に続きますね。