俺のどこが、非難されるのか!
こうして、個室の天井を見上げる環境を望んで、何が悪い!
何もわからないまま、お袋が俺を溺愛して、舐めるように可愛がってくれた。
その理由はわかる、自慢の“何でも出来る長兄”が30にも満たないうちに突然死したからだ。
教師で、ハンサムで、しかも剣道の達人。みんなが憧れ、いつも取り巻きが居た。
俺は、馬鹿、馬鹿といつも親父から怒鳴られ、末っ子と、養子に出された兄貴の間で、影のような存在だった。
ほっておかれても、男ばかりの兄弟の中で、それなりに、俺であることは楽しかったのに。
不幸は続く、親父、長兄とたて続けに、大黒柱が消えて逝った。末弟は東京の学校へ、そして独立。
あたりを見回して、俺は唖然とした。残っているのは、俺だけだ!
お袋はその頃から、俺を大切にし始めた。理由は直ぐにわかった。長兄は二人の幼子を残した。
ハンサムだった、容姿をそっくり受け継いだ兄は7~8歳、下は4歳。12歳しか年の差がない俺を、6歳も上の兄嫁と一緒にする魂胆だ。だが、若造の俺は、社会への適応に欠けていた。弟のように、家を離れ、自分で生きていこうとする覇気を生まれながらに、持ち合わせていなかった。それは、お袋の言うとおりであったかもしれない。結局、家を出ても、尻尾を巻いて戻ってくることを誰よりも知っていたのだろう。
田畑はある、家も。金持ちではないが、人に頭を下げなくても、“農家”で食える。
面向きは“逆縁”・・・だが、兄嫁は、断固として籍を入れることを拒んだ。
宙ぶらりんなままで、“夫”“本家の跡取り”は、意地でも、働くことを拒んだ。
年の離れた兄弟のような“甥っ子たち”を、一応、可愛がったつもりだ。何しろ、日々成長するにつれ、兄貴そっくりになっていく。お袋はいつも言う、全部良いところを、長男が持って生まれたと。なら、俺はカスか?
自分も、学校の落ちこぼれ、利口でないことはよくわかっていた。だが、馬鹿は馬鹿なりに、狡くはなれる。
自慢ではないが、一銭たりとも、家に金を入れたことは無い。俺は、家の犠牲になったのだ。面倒を見る事は当たり前ではないか!俺名義の財産なんぞ、どこにもないのだから。
時折、欲しいものがあると、自分の為に働く。
だが、生活費ではない、俺のこつかいだ、冠婚葬祭なんぞに使ってたまるか!
家を出た弟が転勤で、近くに来た。土地をくれと言う。俺の物ではない、甥っこに聞け。
人の好い、善人の甥っ子は、弟の学資を出している。俺は、しらんぷりだ。
親戚は山のようにいる、だが誰も俺に意見は出来ない。俺の犠牲を知っているからだ。
45の時、兄嫁が事故死した。
生意気な嫁は、初めて俺に楯突いた。
“お母さんが可哀想、何故、あなたは働かないのか”と。俺が働き、兄嫁が家を守れば、事故に遇わなかったとほざいた。嫁は内心では、“自殺”を疑っていた。
だから、言ったんだ。もう縁は切れた、もう、父親役はごめんだ。やっと自由になれる。
その日から、俺は、“たかり”を強化した。クルクルと働く嫁は、同居は嫌だとほざき、車で1時間、離れた都会に家を建てた。一人っ子だったから、自分の母親をそこに住まわせた。近所の爺婆は、孫が小さいころは子守りに重宝されるが、学校に上がる頃には、邪魔な存在に成り果てる。みんな、俺の住む屋敷に来ては、一日、茶を飲み、TVを見る。寿司が食べたくなると、代金は、嫁の母親のつけにした。母親は、嫁の不出来を恥じていたせいか、年金やマンションを売った蓄えを工面して、ホイホイ、面白いように金を出した。
生活費は、甥っ子に。こつかいは、母親に。二輪の自転車は面白いように走った。
だが、母親が脳溢血で突然死んだ。二千万位、つかわせたかな?・・・しばらく、静かにしていたが、我慢できなくなった。汗を出して働いたことは一度も無い、だから使うことは簡単だったが、車が一輪では、生活は出来ても、贅沢ができない。
嫁に狙いをつけた。友達という、邪魔な女が割り込んだ。
恥を知れと言う。子供の教育資金を借金で、払わせていた後だったから、少し、いや、さすがに、俺も反省はしたかな?・・・よくいろんなことを知っていた。
嫁が話したんだろう。俺は何にも言えなかった、全部本当の事だったから。出来たことは男の特権、暴力だけだ。
三回くらいかな、小出しに、蓄えを“親”の名目で、“甥っ子”に掃き出させた。
そして、年金を貰える年になった。もちろん、一円も積んだ覚えは無い。全部、おんぶだ。
65になった時、胃に不快感が生じた。土地を分けてやった弟が心配して、俺を入院させた、多分“胃癌”だったのか?全摘で、一年、病院生活を楽しんだ。もちろん、個室だ。入院費、手術代は甥っ子が払った。
嫁は俺を金食い虫のように毛嫌いするが、弟もたいしたもんだ、親戚はみんな似たり寄ったり、くちは出しても、金はびた一文出さない。その典型が、弟だ。
年金生活だから、金は負担できないが、身の回りの世話はすると。
まあ、半年で、根を挙げたな。
嫁は見舞いに来るときは、いつもあの生意気な友達を連れてくる。
そいつが宣告した、年金で、自分の面倒を見ろと。
足りなかったら、退院しろと。足りっこないだろう、バーカ。
そしたら、個室を出ろと言う。
俺は馬鹿だった、嫁の母親は、墓場まで援助のことを黙って持っていっていたのだ。
俺は口を滑らしてしまった、つい・・・東京のお母さんは親切だったと・・・・しまった・・・
その日から、見舞いには来なくなった。
余命3ヶ月が 藪め、5年以上、俺は元気に、病院にいる。
俺のどこが“悪魔”なんだ?
善良そのものではないか?
一体、だれを傷つけたと言うんだ?
