余がこの世に生まれ出でて以来、余が当たり前と思い動くと、ことごとく うつけと評された。

癇癪は確かに尋常ではなかったかもしれぬ。やれ、生まれてまもなく 乳首を噛み切ったとか・・あれは腹が減っていたからだ、乳の出が悪かったからに過ぎん。余も定かには覚えておらん、なのに後世まで、余の癇の強さを表す逸話となった、ふん、誰が事実を知る。赤子にとって、乳の出が悪ければ、即、死に繋がる。死なぬまでも、虚弱になるわ、身を守る術は、もっと乳のでる者を望むは当たり前だ。余はその身分にかかわらず、下賤の者達と野山を駆け巡ることが何よりも楽しかった。危ない,なりませぬ、はしたない・・叱責されればされるほど、止められた事をあえてするのが楽しく、爽快でならなかった。余に命令、指図なんぞ言語道断、余は自らしたい事だけ己の意志で選び為すのだ、 誰にも命令は受けん。やがて、年を重ねれば、嫌でもしたくないことをせねば、生きていけぬ事をおさな心に、感知していたのかもしれん。今、好きな事をせぬで、いつ、するのだ!

やがて、幼い余を、周囲の者はあきれ果て、癇癪を恐れ、寄り付かなくなった。たった一人、五月蠅く、行儀作法を説く者がいたが。そやつは、何度、余が癇を募らせようが、決して諦めず、岩のような意志で、余を教育しようと試みたが、まあ、根競べは、余の勝利であったと思う・・・・思う?とは、卑怯にも援軍を呼びおったからだ。自己の手に余ると考え、別な者を、余に引き合わせたのだ!・・・・
それが、やがては生涯の出会いであったと気ついたのは何時の頃であったか?

一人の、全くの少女と言っていいほど若い、嫌や 幼い女が眼前に 余の視界に入った。

華奢で、踏みつぶせるほど、小さな 存在。
美醜に全く興味はなかったが、まあ、美しい分類かもしれん。

其の眼にまず、驚いた。恐怖は一片も見て取れぬ、溢れ出んばかりの好奇心と、感嘆がその切れ長の瞳に宿る。

余を見て、恐れを感じぬ者はほとんどおらん、だが   こいつは何者ぞ?

小癪にも自ら名乗りおった
私は帰蝶、蝮と畏れられる美濃の国主、斎藤山城守道三の娘よ

今日から、貴方の守役よ、必ず、仲良くなれるわ。
言っておきますけど、絶対に負けませんからね

貴方はいつか、私を認め、そして、共に 美濃を守るのよ

その意志は堅固であった、本当におなごかと思うほど、意志は強かった。

どんなに無視しようが、冷たく、惨く接しようが、帰蝶は意に介さなかった。
何度も、その華奢な手を腕を体を惨く打ったか、余は思うが儘、いたぶったのだ。
周囲の者が何度も止めに入った、だが少女は驚くべき粘り強さで、決して怯まなかった。
1年に満ちるか足りぬか、
やがて余は帰蝶の姿を見ぬ日は、寂しさを感じるようになった。日が陰り、光が消え、あらゆることが、つまらなくなる。だが、ひとたびその鈴の音のような声が余の名を呼ぶと、あたりは歓喜の色に染まる。
余の心はいつの間にか、帰蝶で一杯になっていた。

我慢が出来なくなっていた。
空威張りは、遠に消え去っていた、ただ誇りが許さなかっただけだ。

もうずっと以前に余の寵を求めぬ、この少女に、余は魅せられていたのだ。その思いを覆っていたのは、ただ余の自制心と驕りであったかもしれぬ。
ある日、ついに、余は 余でさえもてあます、誇りを捨てた。

帰蝶に、こうべを下げたのだ。
悔しくはあったが、それを何倍も上回る、
満足が 喜びが 幸せが 余の全身を貫いた。

今でも思い出す、帰蝶は嬉しさで、その美しい顔を曙色で染めたのだ。
桜色が、ほほを染めたのだ。

そして、その眼・・・ああ、余は今でもまざまざと思い出せる、
彼女は、帰蝶は 余に恋をしている。

余が 帰蝶を思う以上に、余を思ってくれている!

その時からだ、我らは片時も離れぬ 仲となった。

たとえ、運命が我らを引き離そうとも、
我らの心は、現身を超え、離れても、共に寄り添う。

時々、帰蝶は驚きの声をあげる・・まあ、またお子ができたのですか!・・・と。

余の血を引く 子 は尾張に満ちる。 帰蝶との子は何故か、為せない。

だが、何十の子より、その生母より、余は帰蝶が大切であり、大好きなのだ。

今日も、帰蝶は駆けてくる、余に向かって。

たとえ、その名を濃姫と変えられようとも、余にとっては帰蝶のままだ。

そして、余の名を呼ぶ・・・

鈴の音と形容される、涼しく澄んだ、たとえようもない美しい声で。

ただ、一つの名、   彼女が 余に 名つけた   ”(あざな) を・・・・・


          『黒龍』   と!

 

 トーテラス=toto

 サリネロ=サリー
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