ALSリバーサル
逆転の方法捜し行脚
このブログはALSという難病の逆転方法を探す旅の途中に出会った不思議な施術、不思議な人、埋もれている謎の治療法・・を日常を交え紹介しています。きっと何かのお役に立つとおもいます。
お立ち寄りくだい
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法力とは何か
今日は本のご紹介
出版社から抜粋
法力という現象の謎に正面から取り組む試みは、前例がほとんどない。
本書は、ユング派の精神分析家である著者が、深層心理学の立場から法力の核心を照らし出そうとする、尖鋭的な研究の成果である。
その桁外れの法力ゆえに「今空海」と呼ばれているひとりの高僧の協力を得て、数十回にのぼるインタビュー、関係者への取材、現地調査を行なうとともに、みずからに起きた出来事の考察もまじえて、堅実に事象に切り込む。
心理臨床の事例研究の手法を応用したそのアプローチは、客観性が担保できる距離を忘れず、深い主観的な経験も切り捨てることがない。現実の多層性を捉えるその姿勢が、法力を狭量な科学的因果論と頑迷な魔術的因果論から解き放つ。
そこに顕れ出たのは、ごく稀な例外的事象も不可欠な構成要素とする、いわば反自然的な「ほんとうの自然」だった。法力の不思議は、人間の意識による「ほんとうの自然」の経験にほかならないのである。
【目次】
第一章 鉤召
第二章 X阿闍梨のこと―青年期まで―
第三章 X阿闍梨のこと―青年期以降―
第四章 教えと行
第五章 ユング心理学に照らして―布置と共時的現象―
第六章 治病
第七章 透視
第八章 浄化
第九章 再びユング心理学に照らして―ほんとうの自然―
内容短く抜粋
和尚は自坊でひたすら拝み続けていた。定められた時刻は迫ってくる。寺から遠く離れた港町では、これからはたして何ごとが起きるのかと固唾を飲んで見守る者たちがいる。すると、そこに驚くべき報せが飛び込んできた。某国空軍の兵士が例の戦闘機を操縦してその町に近い空域に現れた、しかも自衛隊の警戒網をくぐり抜けて接近しつつある、というのである。目的は明らかではない。現地は騒然となった。
その頃、和尚は、意中のものに網をかけて手繰り寄せる呪法から、金縛りの呪法に移っていた。そのタイミングは「自分で相手を引っ張り寄せてるんだから、当然わかります」とのことである。「すべてのものとつながることのできる意識の水準というものがあるし、波動は伝わるものだから」とも。
こうして兵士は身体の自由を奪われ、みずからの意志とは別に、抗い難い力によってその町の空港に着陸することとなった。
朝も晩も、本堂、護摩堂、弁天堂と順にまわって拝む。それぞれの堂内に蝋燭を灯して香を焚き、祀ってある諸尊を招いては供養し、諸法を聞いてから丁寧に見送る、いわゆる十八道行法にもとづく修法であったり、みずからが仏になる内護摩という護摩修法であったりする。ただし、内部に虚空蔵菩薩が祀られている塔のところでは周回が行われる。(中略)
私たちの身心は、一方で煩悩の源となっているが、他方ではこの内なる大日如来へと至る契機ないし通路としても働く。その際に妨げとなっているのが「自我」である。和尚は言う。「「自我」を行によって退けて無になることができれば、おのずから「すごい力」が現れ出てくることになります」。
和尚は言う。「人間が、やっていること、しゃべっていること、思っていることを一致させる。これが三密加持。全身のいろんな役目をしている何十兆もの細胞が1つに揃う。行をしていると、この3つがほんとうにバシーっと揃う瞬間というのがあるんです。そういうときには、臍のあたりがちがってきます」。和尚の言う「臍のあたり」は、いわゆる丹田のことと考えてよい。そのちがいは、断食をしているとわかりやすいそうで、とくに虚空蔵求聞持法を修していた際には顕著だったという。
私は個人的に書かれている内容
山主様から直接うかがいました。
何しろスゲー人が実在してる。
はい ご存命です。
こういった本でると
例祭にいちげんさん増えて
足の踏み場がなくなる。
『すいません』足踏んで謝ると
テレビでよく見るあの大先生。
後ろ振り返ると あの有名な・・
止めとこ ミーハーおっさん
になりそう~
まあ6割は病人か元病人
とその家族?残りは政治家、後援会長、
学者、特殊能力者、坊主・・・かな
興味ある方は 一読ください。