9p. 山行報告(南アルプス全山縦走達成記録)7日目前編 | 栃木県宇都宮市で攀じるパパクライマー

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人の親になっても頂きを目指し、家族と共に攀じり続けるパパクライマーの記録

1.スケジュール

中岳避難小屋 4:00

1:30 5:30

東岳(悪沢岳) 5:40

1:15 6:55

中岳

1:05 8:00

荒川小屋(水場)

2:30 10:30

赤石岳 10:40

2:15 12:55

百間洞山の家(水場)

1:35 14:30

中盛丸山

0:50 15:20

小兎岳(水場)

0:50 16:10

兎岳(兎岳避難小屋)素泊 約15㎞ トータル93km 計12時間10

(但し上記タイムは地図表記。個人的には15時までに到着予定)


2.道中報告及び感想



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睡眠が深くなっている。この日も昨日同様寝過ごして、起きた時にはもう4時を回っている始末であった。急いで準備をして、小屋のご主人にザックをデポさせてもらう許可を頂き、荒川東岳(悪沢岳)に向かう。出発は5時。あたりは明るくなり、今から向かう悪沢岳の向こうにお日様がもう出ているようだ。ん?



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ぬをっおぉぉぉううぅっ!これは噂のほぼダイヤモンド悪沢岳じゃないか!!予定では山頂で御来光予定だったから、見られないことになっていたんだっけか。いやあこれは遅く起きて良かった。またしてもおいらのラッキーが発動してしまったのか。ありがたいことだわ。南無南無...



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取りあえず、荒川三山最後の東岳(悪沢岳)に登頂し、これで荒川三山サンダル登頂成功。いや荒川三山楽勝でしたね。というか、わたし黙々と元気になってるんですけど! 縦走って山に入っている時間が長ければ長いほど元気が漲ってくるよね。7日目にして敢えて言おう。いままさにわたしのポテンシャルは最高潮であると!(キリッ)


中岳避難小屋まで戻る途中で、昨日同行した若者と別れの挨拶をかわし、デポさせてもらっていたザックを回収しに小屋に立ち寄る。ここで、この縦走最大の贅沢コカコーラを発注。美味し。コーラ美味し! ああ良かったねえ。良かった良かった。なにを書いているのかと思うかも知らんが、わたしはあの時のコーラの味を反芻しているのである。あの時のコーラは最高に美味かったなあ。なにより達成感が最高潮に達していたよね。このときがまさに本縦走のピークだったかもしれない。もう全山縦走成した気分になっていたからね(この後とんでもない目に合わされるのに)。



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しかしこの小屋からの展望見てよ。素晴らしいでしょう。わたしが縦走してきた南ア北部がまる見えんなんですもん。嗚呼こんなに歩いてきたかと思うよね。よくやったわたしと褒めてもバチが当たらんでしょう。まさに最高潮。おれってすごい(キリッ)



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この日は中央アルプスだけでなく、北アや白山まえではっきりと見えました。残念ながら写真にはうつってないけど。



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山小屋のご主人は、この快晴は当分続くなんてことを言っていたけど、のんきに景色を楽しんでいたら、これから向かう赤石岳山頂には早くも雲が!これは行けませんねえ。嫌な予感がしてきましたよ。



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赤石岳への道中、雲は黙々と空を覆い隠した。雨はまだなものの風が出始め、低気圧傾向の風。そこにひょこっと親子連れの雷鳥さんがお出ましになり、わたしの前で親が座り込んで、砂かぶりを始めた(なんたるレアイベント!!)。全然逃げる気配のない。余裕のすまし顔のあまりの可愛さに見とれていたら、ある程度して雷鳥さんはその場を離れた。すり鉢状の砂かぶりの痕には雷鳥の羽根が3枚落ちていた。一枚は後人のために残し、2枚を授かることにした(たまは雷鳥の羽根を手に入れた)。思いもよらぬレアアイテムの入手にほくほくのわたしであったが、このとき既にこの後の災難フラグは立っていたのである。あまりに嬉しくてまったく気づかなかった。



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これが雷鳥の羽根ゲットしてホクホク顔の赤石岳山頂写真。因みに、荒川三山をサンダルで縦走した結果、このまま行けると判断したので、わたしの本縦走には、南ア全山縦走に加えて、南ア南部全山サンダル縦走という目的が加わえていた。でも個人的にトレランシューズよりサンダルのほうが楽なので難しいことをやろうというわけではなかったし、道行く人になんでサンダル?!とか、サンダルで登ってるっしゃるんですか?!とか驚かれて、なかなか気分がよかった。


さて、最悪のイベントが起きたのは、赤石岳から百軒洞方面に下山を始めた頃であった。それというのは、この縦走で初めての雷が鳴り出しだのである!オーマイガッツ!(おーわたしのかみがみ!)わたしは雷がとてつもなく嫌いである。高校の時分に近距離に落ちて吹っ飛ばされたことがあるのだ! そして山の雷の危険もよく知ってる。わたしが登山趣味を始めて6つめに登った那須連山縦走時には、雷が鳴り出したと思ったら5分もしない内に豪雨となり、雷もバッカンバッカン自分のいる場所に落ちだして、死ぬ思いで駆け抜けた思い出がある。今思えば、あの時死んでいてもおかしくなかった。雷をなめてはいけない。


そして12時前だというのに雨まで降り出した。雨は背中側から降り出してきているので、早足で下山することで追いかけっこの様相となった。雷の音は刻一刻と大きくなっていったが、到着した赤石岳避難小屋に避難してしまえば、本日中に二度と小屋を出ることは叶うまいと考えスルーする。この全山縦走を成すためには、最低限百軒洞山の家まで下りておく必要がある。山頂の避難小屋にこの段階で逃げ入るのは賢い選択ではないはずだ。取りあえずこの山を今の内に下りきってしまうのが吉だろう。


赤石岳から百軒洞山の家までは2時間弱。雨は本降りとなり、雷の音はより一層音量をあげていた。わたしが百軒洞山の家に到着したのは14時頃。小屋の受付は避難客でごった返していた。雷の音は既に存在を誇示するかのように鳴り響いており、ここで停滞するのが定石なのは間違いなかった。というかここで停滞しなければならない。わたしは昨日の小屋での会話を思い出していた。


百軒洞山の家に宿泊した人と中岳避難小屋で一緒になったのだが、百軒洞山の家のとんかつが絶品だというのだ。そして、そのとんかつは宿泊客への夕飯としてしか振る舞われないとのことだった。嗚呼それではわたしは食べられない、残念である、などと会話していたのだが、なるほど結局なんの因果かわたしも食べることができるわけだ。


・・・・・・・って、そんなわきゃないでしょ。飯のことなんて考えている場合じゃないですから! まだ14時過ぎだ。ここで本当に停滞していいのか?定石でいいのか。大丈夫なのか?よく考えろ!!!!


わたしは20分以上この小屋で地図と睨めっこし何度となく計算をしていった。この日の目的地である兎岳避難小屋まで行かず、百軒洞山の家で停滞した場合でも、南ア全山縦走は成るのか? わたしは何度となく計算したが、はっきり言って成せないという答えしか導き出すことができなかった。この日、百軒洞に停滞した場合、明日は光小屋まで縦走しなければならなくなる。これは5日目にやったような深夜初の長時間縦走をもってしても容易いことではない。1時に出て始めて夕方に着けるかもしれないというような強行軍である。ちょっと現実味が薄い。


百軒洞に停滞した場合はやはり無理しても翌日は茶臼小屋までしか行けない。そうなると最終日に茶臼小屋から光岳までピストンして、その足で畑薙第一ダムまで下りるということになるが、仮に茶臼小屋にザックをデポしたところで、これも相当な強行軍であり、また迎えの車とダムで約束している15時に間に合わせるにはやはり深夜発しかなく、そうすると暗いうちだから走れない。果たして可能か?


どれも可能と言えば可能ではある。しかし、リスクをいつ取るのか考えれば、なるべく早く取っておかなければなるまい。何故なら、今日この天気である。明日が今日より良くなっている保証がどこにあるのだろうか。逆に悪くなっている可能性だってある。強行軍やるにしたって、前提として天気が回復してなかったらどうする?最終日にリスクの回収を先延ばしにし、最終日に嵐が来たらどうする?


ぬかったわ。本当にぬかった。わたしは悪天続きの北部編をクリアしたことで、もう全山縦走成ったと思っていた。南部編も4日連続で16㎞近く歩かなければならない辛いスケジュールではあったけど、そのくらいのことはわたしなら余裕でこなすだろうと考えていたのだ。まさかここに来て、全山縦走を諦めなければならないのか。


わたしは諦めることができなかった。諦められなかったのである。わたしが行きたい兎岳方面から続々と小屋に避難してくるお客をつかまえて、兎岳避難小屋までの道中がどのような具合なのか浴びせるように質問した。兎岳は大きく、その前にも小兎岳、中盛丸山と2つの山を越える必要がある。中盛丸山の登りは急登と辛いとのこと。山頂や稜線は森林限界の上で雷を防げるようなものはないが、兎と小兎の間には昔のテン場跡、小兎と中盛丸山の間は森林限界まで一度下りるとのことであった。わたしは20分から30分小屋にいただろうか。悩みに悩み抜いたが、結果GOサインを出すことにした。ここで行かなかったら全山縦走は成らない。わたしの計画通りにわたしが動けば行ける。GOだ、GO!!


第一に、先にも書いたがわたしは一度雷に打たれ、また那須岳で雷の攻撃もバシバシと受けたことがある。その経験則から、雷が自分のいる場所を狙っている場合、照準を合わすというわけではないんだろうけども、自分の全身が総毛立つということを知っていた。わたしは静電気を帯びやすい体質であり、人よりそこが敏感だ。本当にお陀仏になる前に雷に狙われていることを体感として察知できるという自信があった(思いこみの可能性大)。


第二に、雷はわたしの進行方向からやってきているわけではないといいうこと。赤石岳の方向からわたしを追っかけてきているのだ。わたしの感覚では自分の頭上に雷様がやってくるのにはまだ幾分かの余裕があると思えた(30分くらいなら)。


兎岳避難小屋まで地図表記で3時間20分程度。その行程すべてをこの雷の中行ききるのは100%無理だろう。しかし、中盛丸山は今日の内にやっつけることができるかもしれない。そして小兎との間のテン場跡に逃げ込めればビバーグできる。それだけの猶予は雷の音の届く方角からしてあるように思えた。逆になかったにしろ、数10mでも数100mでも進んでおかなければならない。この小屋に停滞したら最後、全山縦走達成は諦めるしかない。全山縦走を成すためには一歩でも進んでおく必要あった。


死ぬリスクはある。死ぬ可能性と全山縦走達成という目的を天秤にかけた。結局は目的の価値がどの程度のリスクまでかける価値があるのかってことだろう。そこをどの程度の数値に置き換えて、わたしがGOサインを出したかはともかく、死のリスクが少しでもあると考えながらGOサインを出してしまったこの判断は、下山後必ず山岳会の先輩方に叱責されるであろうことが容易に判断できた。滅茶苦茶怒られるかもしれない。それを分かった上でも山は現場判断だから自分の最終判断をわたしは信じて行くことにする。


次回「山行報告(南アルプス全山縦走達成記録)7日目後編」に続く