いまやシネコンは映画を上映するだけの場所ではなくなりつつあります。オペラもやれば歌舞伎もやる。バレエもやればお笑いライブまで。東京なんかになると、サッカーから競馬まで幅広く映画館で生中継している御時世です。
今はシネマ歌舞伎などと称してスクリーンで歌舞伎を上映する場合、フィルムを焼く必要があったわけだけど、一昨日にも書いたとおり、デジタル設備を整え始めたシネコン陣営は、映画コンテンツ以外をスクリーンに配信するのも実に容易になるはず。まあそりゃそうで、どんなコンテンツにしたって、衛星経由でデータ受信すればいいだけなんだから。なので、スポーツの生中継からお笑い生中継まで、なんでも簡便に提供できるようになるシネコンは、ある意味これからどんな商売だってやろうと思えばできる可能性を秘めた施設に変貌しつつあるわけだ。もはやシネコンは映画ファンだけのものではない。
おいら自身もそんな御時世の恩恵を受けている者の一人で、オペラや歌舞伎や演劇の上映なんかを通い慣れている劇場で格安で楽しんでいるわけだけど、おいらはまだそういった上記コンテンツの中でも生中継というのだけは体験したことがなかった。映画館で生中継を見るというのはどんなもんなんだろうか？
そこで誕生日プレゼントに何あげようか考えていた某氏という存在がいたので、こりゃいいやとプレゼントにチョイスしたのが｢宇多田ヒカル WILD LIFE ライブ･ビューイングinシアター｣。これは、12月8日に横浜アリーナで行われる宇多田ヒカルのコンサート｢WILD LIFE｣を、新宿バルト9、TOHOシネマズ六本木ヒルズ他、全国70スクリーンで完全同時生中継するイベント。音楽ライブを映画館でしかも生中継で見たらいったいどんな気持ちになるのか。また、映画館のクオリティが本当にライブを楽しめるだけのそれになっているのか、おいらは一昨日いろいろな期待と不安を胸にTOHOシネマズ宇都宮に足を運んでみました。
結論から書けば、やっぱりライブは耳で楽しむもんじゃない、体感なんだよなというところに行き着いてしまう、まったく満足できない中継であった。今回のような大大的なイベントが初で、もろもろ手探りだったというのもあるのかもしれないが、それにしたってというクオリティじゃないか。でもオペラなどを映画館で見る場合、十分に満足できるソレであったりするわけだから、やはりライブそれ自体のクオリティに問題の所在をもっていかなければならないだろう。そもそもライブを完成なさしめるのはお客らであって、お客の盛り上がり方如何で、演者のパフォーマンスも数倍になろうというものだ。その相乗効果がライブを形作る。彼女は普段ライブをやる歌手じゃないから、そういったお客との信頼関係がまったくできあがってないし、そもそも彼女自体にライブ体力がない。そしてツアー組んで毎年全国巡っているわけじゃないから、サポートメンバーとのシンクロ率も低い。
おいらはこの中継を見ていて、彼女とお客との断絶、周囲メンバーと彼女との遠慮、彼女が一人素のまま、ステージ上で孤独にパフォーマンスをしているように感じてしまった。彼女はステージ上で楽しみながらやっていたけど、それは自分を誤魔化しているに過ぎない。本当にステージ上で楽しんで歌っている人たちをおいらは今年何組も見てきた。彼女が今の自分が手にしている幸福感が本物だと感じているのなら、それは大きな間違いだよと伝えたい。そのもっと上にちゃんと本物がぁあと、これはダメだ。なにを書き始めてるんだか。えーと、なんだっけ？そう、そもそもこのライブには問題があるよ。それはチケットの流通がちゃんと確立してないことね。宇多田の最後のライブ2daysなのだから、そのライブには熱狂的な彼女のファンたちが集まってなくちゃいけないのに（例えば、彼女の歌なら全部歌えますみたいな）、おいらが客席を眺めるに、どうもファンとは思えないような方達が多く集まっているように思えた。これも偏に、彼女がライブを普段やらないシンガーだからだろう。
歌唱力とライブ力ってまったく別物だよね。ライブも映像作品に仕上げてしまえば誤魔化せるが、生中継ともなるとそうは問屋が卸さないと。まあそういうことだね。
でもね、そういったおいらの感想とは関係なく、TOHOシネマズに集まったお客さん達は大層喜んでいたようだよ。おいらは寂しくてしょうがなかったなあ。だってTOHOシネマズ宇都宮のシアター９が綺麗にビシィーっとお客で埋まっていたんだもの。どんな映画作品もあそこまで綺麗に座席を売り切ることはできない。最近だと『ワンピース』くらいしか思い出せないもの。そういう意味で、夏のメガヒット・ハリウッド大作ってのが、本当になくなってしまったんだなあと実感した次第でした。
ともあれ、宇都宮ですらこの大盛況ぶり。きっと全国的にも大成功を収めたに違いない。ライブの生中継、これから増えるかもしれないよ。客呼べそうなコンテンツはまだまだ山ほどありそうだ。渋谷のミニシアター・シネマライズの跡地はライブハウスになることが決定してるし、将来、シネコンは音楽ファンばっかりになっていたりしてなあ。（おわり）